INTERVIEW
No.003

生産者と料理人たちがつながることで広がる、地方創生の可能性。鹿児島県の小さな島の町が見せる大きな第一歩。

地域おこし協力隊

太田良冠さん

profile.
大学卒業後の2013年4月、ITベンチャー企業の株式会社ルクサに入社。厳選レストランの会員制予約サイトの予約サイト『ルクサリザーブ』の立ち上げメンバーとなり、2年半ほどで約800店舗を訪問。2016年2月、「地域おこし協力隊」の一員として鹿児島県長島町に移住。一次生産者とレストランをつなぐ取り組みを行っている。
access_time 2017.04.28

もっと生産者をサポートしなければ 良い食材が失われてしまう。

鹿児島県の北西部。九州本土から続く約500mの黒之瀬戸大橋をわたると、長島町の本島にたどり着く。4つの有人島と23の無人島からなる人口約1万人のこの町は、海と山に囲まれた食材の宝庫だ。世界最大の生産量を誇る養殖ブリをはじめ、水産物、農産物、畜産物がいずれも愛情たっぷりに育てられている。
そんな町の生産者たちと、料理人とをつなぐ取り組みを行っている人がいる。2016年2月、「地域おこし協力隊」の一員として移住してきた太田良冠(りょうかん)さん。2013年、高級レストランの予約サイト『ルクサリザーブ』の立ち上げメンバーとなり、2年半ほどで約800店舗を訪問。さまざまなシェフと出会い、その思いを聞くことが好きになると同時に、生産現場の厳しい現状も知るようになる。
「もっと生産者をサポートしないと良い食材が失われてしまうし、料理人が本当に求めている食材が生産者に伝わっていないという問題もある。橋渡し役の必要性を痛感していたところ、先に移住していた先輩から『お前のやりたかったことが、ここならできる』と誘われたんです」(太田さん)

いかに産地のストーリーを伝えるかも 料理人にとっての大きなテーマ。

島でありながらも大陸のような変化に富んだ環境と、食の生命力にあふれる風土。長島町が“長島大陸”という愛称を打ち出し、「食」を活用した地域活性化に力を入れ始めたのは2015年のこと。数々の取り組みに賛同した辻󠄀調グループは2016年3月、力を合わせて食による地方創生に努めようと、特産品のブランド化や人材育成、Iターン、Uターンなどを推進する、学校と自治体としては全国初の連携協定を結んだ。
その一環として、同月から始まったのが長島大陸視察ツアー、通称「シェフツアー」。一流レストランのシェフをはじめ、バイヤーやサービスマンなど、食の業界で活躍する関係者が生産現場へ足を運び、生産者とふれあう企画だ。コーディネートや案内などの運営は、太田さんが担当。訪れた人たちは生産者と直接交渉し、新たな仕入れ先を開拓できる。
「お客様は実際の料理だけではなく、情報も一緒に食べている。背景の知識を得て、その雰囲気も味わうことで、料理はよりおいしくなるんです。多くのレストランを訪ね歩いた経験から、いかに生産者や産地のストーリーを伝えることができるかが料理人にとって大きなテーマだとわかり、その機会を提供するよう努めています」(太田さん)

生産現場を訪ねる「シェフツアー」で 養殖魚への偏見が払拭された。

第1弾のシェフツアーでは、辻󠄀調の関係者や卒業生のシェフらが、長島大陸の魅力を存分に体感した。東京・青山にあるフレンチレストラン『モノリス』の石井剛シェフも、そのひとり。
「正直、それまで養殖に良いイメージを持っていなかったんですが、その概念が食べた瞬間、壊れました。長島町のブリは脂がのっていて本当においしいし、何より品質が安定している。ヒトでも食べられるオリジナルの飼料を使っているのも、何を食べているかわからない天然魚と違って安心だなと」(石井さん)
ブリ日本一の水揚げ量を誇る東町漁協では、全業者の統一ブランド『鰤王(ぶりおう)』を立ち上げ、海で獲れた稚魚を集荷販売。出荷までの一元管理で、均一品質を保っている。さらには加工品の販売まで行っていて、厳しい食品衛生管理の方式「HACCP」の基準もクリア。世界約30カ国へと輸出している。
「エサがガトリングガンのように出てくるんですよ(笑)。シェフらには、実際に船に乗ってその臨場感にも感動してもらえる。一つのアトラクションとしても、楽しんでもらえています」(太田さん)

生産者にとって料理人との交流は 新しい食文化を知れる機会でもある。

長島町と九州本土を隔てる黒之瀬戸は日本三大急流に数えられる海峡。潮の流れが速いため海水がよどまず、養殖魚たちは生け簀のなかでも自然の海と同じ環境で育てられている。
「漁とは別に、約130の生産業者が、ブリをはじめ、タイやサバ、シマアジなど、さまざまな魚種や、アオサの養殖にも力を入れています。実際に体感してもらえたら、良いと言っていただけるので、我々にとっても自信になりますね」(東町漁協・濵村豊和さん)
「7~8年前からサバを手がけていますが、養殖だからこその安全性で、刺身でも食べられる。我が子のように愛情を込めて育てています。実際に料理をしてもらう人に会えるのは、励みになりますね」(濱鮮魚店・濱常人さん)
「魚はその日に食べるのが当たり前だったんですが、料理人の方々との交流により、熟成ブリのおいしさを知ったんですよ。おかげでいまでは、新しい食べ方にも挑戦しています」(濵村水産・濵村修二さん)
「生産者の人たちにとって、シェフツアーは新しい食文化を知れる絶好の機会。自分たちがつくっている食材がどう変化するのか想像が広がり、やりがいにつながっているようです」(太田さん)

料理人が本当に欲しがっているものが 生産者に伝わり、新しい発見に。

シェフツアーでは、伊唐島(いからじま)でジャガイモを生産する高橋進さんの農園も訪れる。伊唐島は、鮮やかなまでの赤土が特徴。温暖な海からの潮風をたっぷり浴びたミネラル豊富なあたたかい土壌が、しっとりと甘みがあり、皮ごと食べられるジャガイモを生み出している。
「土の温度を確保するため、ビニールを手作業で隙間なくかぶせるなど、夫婦ふたりで丁寧に仕事をしています。人間も働きすぎると疲れるので、畑もそうならないよう、土の手入れが大切。シェフツアーでは、土のあたたかさも体感してもらいました」(高橋さん)
「石井シェフから、メインの肉料理にそのまま添えられる小さいサイズがほしいとのご要望があったんです。味がしっかり凝縮されていて理想的だと。だけどこれまで、小さなジャガイモは規格外として商品にされていなかったんですよね。シェフとの交流で、さまざまな発見がありました」(太田さん)

生産にかける思いを伝え、 新たな可能性を感じられる交流。

日本で最もポピュラーな「温州みかん」発祥の地でもある長島町。現在は、ミネラル分が多く保水力がある赤土を活かした、「不知火(しらぬひ)」や「サワーポメロ」といった柑橘類が盛んにつくられている。不知火という名前は、熊本県宇土市不知火町発祥に由来する品種。全国農家連合会の基準をクリアしてJAを通して出荷したものは、「デコポン」と 呼ばれている。
「樹を疲れさせないために蕾や花、果実を落とす作業も不可欠。開花期から収穫期まで剪定や摘果、病気や害虫防除等々、一瞬たりとも油断禁物です。」

現場に足を運び、町を好きになれば 食材への愛情もさらに増す。

「シェフツアーでは、生産への思いをしっかりと伝えました。うちでは独自に光センサーを導入し、糖度と酸度を測っているんですが、食べてもらったら、料理に使うには10.5~11度ぐらいがいいというコメントをいただき、新たな可能性を感じています」(山上さん)

現場に足を運び、町を好きになれば 食材への愛情もさらに増す。

「私のつくったものが、まさかああいう形で姿を変えて、皆さんに喜んでいただけるとは…。料理人の手で魔法がかかると、すごいものに変わるんだなと驚きました」(山上さん)
シェフツアーにより長島大陸に魅了された石井シェフは、約1年後の3月1日、長島町の生産者たちを『モノリス』へ招き、交流パーティを催した。翌日からは2週間にわたり、長島町の食材を使った『長島大陸セゾンコース』を用意。「シマアジとサワーポメロのカルパッチョ、山葵風味」や「鰤王とアオサ海苔のしゃぶしゃぶ」、「鹿児島黒牛ランイチ、マスタード入りビーツのソース、赤土ジャガイモ添え」といったメニューを提供し、一般客からも大好評を博した。
「シェフツアーでは、『針尾公園』の展望台から漁場を見てもらうなど、長島の美しい風景も楽しんでもらっています。現場に足を運ぶことでこの町を好きになり、ファンになってもらうことも大事なんです。生産者の方々も刺激を受けレベルアップしていますし、シェフたちも背景を知ることで料理のインスピレーションがわくとのこと。たくさんの相乗効果が出てきています」(太田さん)
食と地方創生”長島大陸”編#01 ショートムービー
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