INTERVIEW
No.007

福島力を世界に発信できる、 生産者と共に歩む料理人でありたい。

Hagiフランス料理店 オーナーシェフ

萩 春朋さん

profile.
エコール 辻󠄀 東京フランス・イタリア料理マスターカレッジ1996年卒。フランスや都内有名レストランで研鑽を積み、23歳の時にフレンチレストラン「ベルクール」をオープン。2011年、震災後の5月に現店名に改名。いつまでも記憶に残る本物だけの提供を理念に、昼夜1組のみのフランス料理店として話題を集める。2013年には福島代表としてフランス・パリにて開催された料理フェアに参加。宮殿にてオランド大統領やモナコ公国アルベール大公に料理をふるまう。2014年、農林水産省より「料理マスターズ2014」として顕彰。地元福島の生産者と密接につながりながら、食と食材の魅力を発信し続けている。
access_time 2017.05.12

生産者とともに食の未来を見つめる 「料理マスターズ」

農林水産省が取り組む「料理マスターズ」という制度をご存知だろうか。日本の「食」や「食材」、「食文化」の魅力に誇りとこだわりを持ち続け、生産者と協働しながらこれらの伝承、発展にかかわってきた料理人を顕彰するというものだ。萩さんは2014年にこの「料理マスターズ」に選ばれている。
「私は幼い頃から野菜は同じ種類でも土地や風土、生産者によって美味しさが違うことを知っていました。祖母の影響なのでしょう。個々の食材のうまさを引き出す料理人になりたかった。しかし、レストランを開業した当時は、そんな想いはとても叶いませんでした。多くのお客様に料理を提供するためには、一定量の食材の仕入れが必要です。農家や生産者を訪ねて回るにも限界があるし、選択できるような流通の仕組みもありませんでした」
それが今、こうして「料理マスターズ」に選ばれるほど地域や生産者と密接な信頼関係を結ぶことができているのは、地元への深い愛情と萩さんが信条とする「Small&Long」の地道な努力の積み重ねに他ならない。
「私は、福島の食材が世界一だと信じていますから」

震災を機に、昼夜一日一組だけの レストランに変更。

萩さんのレストランは、福島県いわき市の郊外にある。「ベルクール」という店名で開業し、当初から繁盛店として賑わってきた。
「小さなお店から始めて、実績をつくりこの場所に越してきました。50席でスタッフも6人くらい。おかげさまで忙しくさせていただいてました」
ただ、冒頭で紹介した「地元食材の魅力を引き出す」という想いには、まだ届いていなかったそうだ。仕入れる量が限られるし、原価のこともある。
「そんな時に見舞われたのが震災です。福島は大変なことになりました。食材は出荷停止になり、お店を続けることもできません。閉店も考えましたが、生産者の方はもっと深刻です。微力でも役に立ちたいと、お手伝いにあちこち出かけていくようになりました」
豊かな農産地であるだけに、ボランティアに参加するうちに生産者と話をする機会も多くなり、互いの絆を強めていく。
「それまで漠然と考えていた地産地消の概念が、さらに強くなりました。生産者の皆さんは広い畑の中で、どの野菜がいちばん美味しいかを知っています。どうすればもっと美味しくなるかも。だから野菜にもランクができます。トップランクでも、またその中でランクはある。トップのトップは1/1000くらいしかできません。いちばん美味しい野菜をさらに美味しく料理したい。そのためには生産者ともっと仲良くなりたいし、食材のことももっと勉強したい。そんな想いから一念発起し、たどり着いたのが一日一組というレストランです」
お店をコンパクトに改装し、店名も「ベルクール」から、シェフひとりで賄うという責任感も込めて「Hagiフランス料理店」と改名した。オープンキッチンでその日に採れた食材を説明しながら、お客様の目の前で調理を進めるスタイル。
「その日の一番いい食材を自分の目で確かめ、最適の調理法に合わせてメニューを決めます」採れたての食材の香り、食感を高める包丁のいれ方、互いを引き立てる素材の組み合わせ、そして仕上がった料理の色合いや味覚。食材と料理人、お客様がひとつになる「食」という魔法の時間がそこにはある。

地球がつくった自然の味を、 さらに磨き上げていくのが料理人。

いい食材を見つけるために萩さんは福島県中を飛び回る。生産現場で生産者の声に耳を傾け、料理に生かす努力を怠らない。
「フレンチはソースやバターが決め手になることが多い。でも、ソースに頼りすぎると料理そのものは美味しくても、個々の素材の良さが伝わらないこともあります。そこで、極力ソースを使わない。すると、気づかなかった素材の良さが発見できたり、新しい調理法が見えてくることもあるんです」
生産者にもこだわりがある。うちの野菜はここが特徴だ。どうしてその良さが出ないのか。そんな厳しい意見を正面から受け止めて、萩さん流の答えを模索した結果のひとつ。
「素材の味は、地球が育てたもの。気候、風土、生産者の思い。それを損なうことなく、磨き上げていくのも料理人の仕事です」
キッチンには、その日のお客様にお出しする素材のひとつ「山独活(うど)」が用意されていた。一般に見られる独活とは違い、太くて短い。
「これも福島県の農家で栽培されたものです。いい香りでしょ。歯触りもシャキシャキしていて、実に美味しい。生産するのが難しくて手間暇もかかるので、少なくなりました。でも福島にはこうした本物がまだまだ沢山あります。それを私は、料理人として発信していきたい」
山独活(うど)は、いわきの海で採れたヒラメとマリネにし、みかんソースがほのかに香る一品に仕上げられた。この料理をいただくお客様の 笑顔が見えてくるようだ。

辻󠄀調では、一生の学びの 姿勢を教えられました。

「辻󠄀調では“生きる術”の全てを学びました。卒業するだけでもシェフとして十分通用する技術や知識は十分身につきます。それほど辻󠄀調の技術は高く、厳しい。でも私が学んだのはそれだけではありません。料理に限界はなく、常に次を求めて探求する姿勢こそが大切。社会に出てからさらに学び、生きる術を身につけることができました。辻󠄀調卒業生という自信と環境がしっかりとそれをサポートしてくれます。辻󠄀調出身でなければ、今のネットワークは築けなったと思います。私の場合、図書館で見つけた辻󠄀静雄校長の本に感動して入学を決めたのですが、その出会いに改めて感謝です」

料理人と生産者、お客様、 三位一体の姿勢をこれからも貫きます。

萩さんは、「いわき夢ワインを育てる会」会長を務めるなど、地域や生産者とのつながりながら福島の食の魅力を発信し続けている。2013年にはフランスとモナコの宮殿でオランド大統領を福島発の料理でもてなすという快挙も成し遂げた。
「福島には震災を乗り越えて、美味しい野菜をつくるスーパー農家がたくさんあります。でも、それを料理人が知らなければより多くの消費者に発信していくことはできません。生産者と消費者を結ぶ役割を、料理人としての私が担いたい。生産者と料理人が互いに切磋琢磨し、お客様に美味しさを届けることで福島を日本一の食材王国にすることが今の目標です。私のお店は地元の方が7割ですが、全国からわざわざ足を運んでくださるお客様も少なくありません。お客様も含めれば三位一体。すべてを大切に思う姿勢をこれからも貫いていきます」

ニューヨークやパリ、東京よりも 最先端の料理を地元で

最後に萩さんは、これから料理の世界を志す後輩たちにこんなアドバイスをくれた。
「私は最初から地元福島で料理人になることが目標でした。そんな私でも悩むことがあります。料理文化の最先端はニューヨークやパリ、そして東京。とても華やかで優秀な料理人が集まってきます。福島のような地方で、頑張っていていいのだろうか、なんて。でも、料理の原点である素材の生産現場は大都会にはありません。それは各地方にあって、より良い素材づくりに凌ぎを削っています。素材の良さを知り、最も新しい料理を開発できるのは、そこに一番近い私たちなのです。それが評価されれば、やがて世界に広がり、世界が憧れるブランドになる。地方を大きく変える料理人の役割だと信じています。料理は世界を変えられる。小さな力も継続して発信する”Small&Long“。地方の食材の良さを発信できる料理人を私は応援したい。いつか手を取り合うことができる日を楽しみにしています」
Hagiフランス料理店_ショートムービー

萩 春朋さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ

フランス料理とイタリア料理の現場で、
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フランス料理とイタリア料理。
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