INTERVIEW
No.100

両親の夢を叶えようと、甲子園球児からパティシエへ。人との出会いで道が開けていったのは、目の前にあることに全力投球してきたから。

株式会社ベルクリエイティブフーズ 製造責任者 

神﨑琢也さん

profile.
長崎県佐世保市出身。小学生の頃から野球のクラブチームに所属し、スカウトを受けて長崎県立波佐見高等学校へ。3年次には、正捕手として春の甲子園に出場。しかしプロの道はめざさず、パティシエになるべく大阪の辻製菓専門学校に進学。2013年に卒業後、尊敬する坊佳樹シェフについて台湾へと渡り、洋菓子店の新規開業スタッフとして務める。2015年に帰国後、神戸の『アンプレシオン』や佐世保の菓子店で修業を積み、2018年8月、佐賀県鳥栖市で洋菓子の卸売業を営む株式会社ベルクリエイティブフーズに入社。翌年、フランス菓子店『ke-ki』をオープン。両事業の製造責任者として活躍中。

父の夢だった甲子園出場を果たし、母の夢を叶えようと製菓の道に。

生まれ育ったのは長崎県佐世保市。小学生の頃から野球一筋だった。地域のクラブチームに所属し、何度も全国大会に出場。やがて野球の名門校である長崎県立波佐見高校からスカウトを受け、特待生で入学する。3年次には正捕手として春の甲子園に出場。1回戦で強豪・横浜高校と対戦し、タイムリーヒットでチームを勝利へと導く。その際、受けたインタビューにより、新聞に意外な文字が躍ることになる。
2011年、第83回選抜高等学校野球大会出場時
「“パティシエの卵”と書かれ、周囲を驚かせました(笑)。プロをめざすのかという質問に対し、パティシエになると答えたので…。甲子園出場は父親の夢でした。それを叶えて次はどうしようかと考えたとき、プロや大学の話もありましたが、どうしたって細すぎるし、身長も伸びない。だったら母親がなりたがっていたパティシエに自分がなれば、将来一緒に店をやれるんじゃないかと考えたんです」
2列目左端が神崎さん
そんな思いを内に秘め、10以上もの大学からのスカウトをすべて断った。そして辻製菓出身のパティスリーとの出会いも多かったこともあり、両親にもチームの監督にも言わずに、大阪の辻製菓専門学校のオープンキャンパスに参加。自身で返済する奨学金の申し込みも済ませた時点で両親に伝えた。
「もう決めてきたからハンコを押してくれって(笑)。進学ガイダンスで説明を聞いて決めたんですが、迷いはありませんでした」
辻製菓専門学校時代

製菓学校に入学後、食べ歩きを徹底し、惚れ込んだシェフのもとへ。

大阪では寮で暮らし、洋食店でアルバイトを始める。授業で学ぶことは何もかもが新鮮で、とても楽しかった。早い段階で高い意識をもてたのは、担任教諭からの一言を受けてのこと。
辻製菓専門学校時代
「入学早々、なぜか『お前がクラスをまとめろ』って言われたんですよね。だったら誰よりも知っておかないとだめだなと徹底的に食べ歩きをし、すべてレポートにまとめました。4月中には、大阪のフランス菓子店を網羅したほどです。そのなかで惚れ込んだのが、神戸にあった『ル・プレジール』。全種類食べたんですが、そのすべてがおいしかったんですよ」
「ここしかない」と決めてからは、放課後に毎日通い、働きたい意志を伝えた。採用予定のないことは把握していたが、どうしてもオーナーの坊佳樹シェフから学びたいと通い続け、一生懸命想いを伝えた。
「『そこまでするならいいよ』と5月に内定をいただきました。先生にも驚かれましたよ(笑)」
辻製菓専門学校の卒業式にて
おかげでクラスメイトの就職活動を手助けできた。クラスの一人ひとりに目を向け、全体を見渡す。キャッチャー経験で培ったリーダーシップを発揮し、授業についてこられなくなりそうだった友人のサポートもした。団結力が強まった彼のクラスは誰ひとり欠けずに1年間の課程を修了し、今も強い絆でつながっている。一方で、神﨑さんの状況は、卒業前に大きく変化した。
台湾時代
「12月になり、『ル・プレジール』を閉めると聞かされて…。新たなお店を台湾に出すので俺と一緒に行くか、支店の『アンプレシオン』で働くかと問われ、『台湾へ行きます』と即答。卒業と同時に台湾へ渡りました」
台湾時代

台湾での開業に力を尽くし、神戸での修業を経て、地元へ戻ることに…

台湾では、坊シェフ以下日本人スタッフは責任者の女性と神﨑さんのみ。坊シェフの指導を受け、学んだことを現地スタッフに伝えながら、実作業にも励む。バウムクーヘンも台湾人スタッフと共に学び、2年半全力疾走した。
台湾時代
「日本人がいかに細かい仕事をしていたか思い知りました(笑)。大雑把な人が多くて心が折れたんですが、道具がなくてもどうにかできる、という姿勢には驚かされました。これがないとつくれない、じゃ応用力がないなと。シェフは厳しい方でしたが、吸収できることばかりで、ついてきて良かったと感じていました」
帰国後は『アンプレシヨン』に勤務。坊シェフと神﨑さんと後輩の3人体制で、本格のフランス菓子に取り組む。しかし2年ほど経った頃、実家へ戻ることになったため、佐世保の老舗菓子店へと移った。
「佐世保のお店は、いくつもの店舗がある大きなところでしたが、それまでとは方向性が違い、学んだことが活かせる環境ではなかったんですよ。もっと自分のスキルを発揮できる仕事がしたい。そんな葛藤があったときに出会ったのが、いまの会社のオーナーでした」

初対面の時点で人柄に惹きつけられたオーナーパティシエとの出会い。

きっかけは、専門学校時代の就職担当の先生からの紹介だった。
「困ったときにはいつでも連絡をと言われていたので、ことあるごとに相談をさせてもらっていたんですが、今回の転職もそうでした。卒業後のケアなど、バックアップが本当に手厚くて、ありがたいと心から感じています」
「佐賀にすごい社長がいるから、コンタクトをとってみないか」と言われ、2018年7月、株式会社ベルクリエイティブフーズの代表取締役、松尾賢一郎さんに出会う。
オーナーの松尾賢一郎さん(左)
高校卒業後、地元佐賀から東京に出て製菓の経験を積み、さらなる修業のために20代半ばでフランスに渡った松尾さん。30歳で戻ってきてからはさまざまな店舗でシェフを務め、40歳を前に卸しの会社を設立。大手カフェチェーンが展開するブランド店で出されるタルトケーキをはじめ、依頼元に合わせた商品を開発し、委託工場で生産する事業を展開してきた。
自社の利益だけでなく、常に取引先のことを考え、要望されているクオリティーを超える商品を提供するという姿勢を、卸売りという業態の中で貫いてきたという。受注量の増加で、製造が間に合わなくなってきたため自社工場を新設しようとしていた時に、神崎さんを紹介されたという。
「初めてお会いした時点で、その人柄に惹きつけられたんですよね。後日、誰かに相談したいことがあったとき、真っ先に電話したのがオーナーでした。そのとき『自分を見失うなよ』という言葉をもらい、うわっと大泣きしてしまって…。そして『うちに来て、自分がやりたいことをやればいい』と言ってくださったんですよ」

卸しの自社工場に加え、活躍の場となるフランス菓子店を新設。

松尾さんは当初、工場だけを新設するつもりだったが、神﨑さんと出会ったことで一転。フランス菓子の実店舗も構えることにした。2人で協力しながら、ほぼ手作業でお店づくりを開始。
「本当になんでもできる方なんですよ。製菓の道具も一緒に買いに行って、ないならないで代用して…。僕のために、随所に働きやすい工夫を凝らしてもらえて、本当に感謝しています」
開業準備中に、製菓学校卒業2年目の岡陽介さんも入社。約1カ月の準備を経て、9月に工場併設のフランス菓子店『ke-ki(ケーキ)』を佐賀県鳥栖市にオープン。神﨑さんが製造責任者となり、岡さんと2人で卸しと店頭販売、すべてのお菓子づくりを担い、接客も行っている。卸しでは7~8種類のタルトを1日40台ほどつくって急速冷凍させ、月間で600~700台出荷している。
開設準備中からのメンバーの岡陽介さん
「最初はつくれるか不安だったんですが、どうすれば効率よく大量につくれるかを教えていただき、今では新商品を考える余裕もできています」
台湾で学んだことを活かしてつくったマンゴープリンは、オーナーの絶賛を受け、そのまま商品化した。「人は即戦力として扱うと伸びる」と松尾さん。
「自分でつくったものが売れたらうれしいだろうし、自信にもなる。若い感性を発揮させ、イメージしたものを形に変える技術を鍛えたいんですよ」(松尾さん)

他業種で得た技術も趣味でつながった人脈も、仕事に生きてくる。

今までとは一変した神﨑さんの生活。終業後には岡さんと食事に行くことも多く、休日も予定を立ててオフを楽しむようになった。「スタート直後、オーナーから休憩をとらないことを怒られたんですよ」と笑う神﨑さんに対し、「お菓子づくりで怒ったことは一度もないのに」と松尾さん。
「休日に出勤しようとしたり、休みの日に一日寝ていたりすると怒りますからね(笑)。きちっと休憩をとって、いい環境で働こうというのが私のモットー。疲れが溜まると効率も生産性も落ちますから。しっかり休んだうえで製造が終えられる工程を組むのが管理者の責任です。なるべく早く帰って、たっぷり眠って、プライベートを充実させなさいと言い聞かせています」(松尾さん)
「オーナーからは、『仕事も、遊びも、目の前のことに一生懸命に向き合えば必ずカタチになる』と教えられ、休日の行動も大きく変わりました」(神崎さん)

まだまだ知らないことだらけ。まずは自分の引き出しを増やしたい。

「人と話すのが好きなので、自分で接客ができるのもうれしい。小さいお店なので、お客様一人ひとりに100%の対応ができるんですよ」(神﨑さん)
萎縮していたら、笑顔で元気に「いらっしゃいませ!」も言えないもの。松尾さんが、気持ちよく働ける環境に心を砕いている理由は、そこにもある。
「彼はお客様が驚くほど元気です。何事にも一生懸命で、人間性がいい。うちの店は、味はもちろん雰囲気の評価が高いんですよ。しかも彼はお客様のお名前やこれまで話した内容など、一人ひとりのことを本当によく覚えている。『ke-ki』には、お客様に『また来たい』と思っていただける要素がたくさんあります。2人ともとても優秀な、自慢のスタッフです」(松尾さん)
「つくり手でいたい気持ちもあるんですが、人と会話し、自分からアプローチできる、商品開発やコンサルティングの仕事もすごく魅力的だなと、オーナーの仕事ぶりを見ていて感じます。まだまだ知らないことだらけ。まずは自分の引き出しを増やしていきたいです」(神﨑さん)

夢は途中で変わっていい。ただ、やりたいことを見失わないでほしい。

まさに出会うべくして出会ったように、息ぴったりな関係の松尾さんと神﨑さん。“食”に関わる道をめざす人や歩んでいる人へのメッセージにも、共通するものがあった。
「大人は『めげちゃだめだ』と言いますが、若いうちから自分の将来を決め切っているわけじゃないですよね。いま学んでいることは、たとえ違う世界に行っても必ず役に立つことだから、自信をもって学べばいい。目の前にあることに全力で取り組めば、必ず先につながります」(松尾さん)
「これまで出会ってきた人にレールを敷いてもらったようなものですが、その分、目の前のことに全力で取り組んできました。自力でできることを頑張りさえすれば、夢や目標は途中で変わってもいいと思います。ただ、身を置いた場所が自分に合わないからといって、やりたいことを見失わないでほしい。僕自身、何かあればいつでも相談できる先生方に支えられ、道が開けました。だから迷っている人、悩んでいる人も、一人で選択肢を狭めず、可能性を広げてほしいですね」(神﨑さん)

神﨑琢也さんの卒業校

辻製菓専門学校 launch

辻製菓専門学校

洋菓子・和菓子・パンを総合的に学ぶ

フランス・ドイツ・ウィーンの伝統菓子から和菓子や製パンまで、多彩なジャンルでの学びを深めながら、クオリティの高い製菓技術を習得。あらゆる現場に生かされる広い視野を養い、
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