INTERVIEW
No.105

日本の製菓学校へ留学し、台湾にパティスリー、中国に製パン業を展開。母校の先生方や卒業生たちとのつながりが今も支えになっている。

Sweet 16 Patisserie オーナーシェフ Northern lights Bakery 取締役

盧又熏(ロー・カオル)さん

profile.
台湾出身。父親の仕事により小学1~2年次は大阪で過ごし、13歳でカナダへ移民。大学卒業後から家業である中国の電子部品工場に勤め、27歳で家業の製パン工場に転職。34歳で大阪の辻󠄀製菓専門学校へ留学し、1年間の課程を経て2015年3月に卒業。2016年2月、台湾台北市に『Sweet 16 Patisserie』をオープン。2017年から台湾実践大学餐飲管理学系/餐飲管理講座講師を歴任。2018年からは、中国の深セン市で製パン業も展開。2019年7月、母校の辻󠄀製菓専門学校で留学卒業生初の外来講師を務めた。
access_time 2019.11.15

留学卒業生初の外来講師として母校を再訪。自身の原点を振り返る。

2019年7月、大阪にある辻󠄀製菓専門学校で、留学卒業生による外来講習が初めて開かれた。講師を務めるのは、台湾出身の盧又熏(ロー・カオル)さん。同郷の留学生が多く参加するなか、選んだメニューは台湾でも人気だという抹茶とマロンのパウンドケーキだ。準備段階から、同じく卒業生であるアシスタントの先生たちが細やかにフォロー。その手際の良さや気配りにローさんが感心する。
外来講習のアシスタントを務めた、久世先生(中)・鎌田先生(右)
参加者は皆、熱心にメモをとり、積極的に質問。回答するローさんもうれしそうだ。恩師である當麻功先生とも関わりながら、和気あいあいとした雰囲気で講習が進んでいく。実施にあたり當麻先生は、ローさんがオーナーシェフを務める台北市の『Sweet 16 Patisserie』に訪問。そのとき提供したモンブランを、厳しかった先生に絶賛してもらえたことが、何よりうれしかったというローさん。濃密だった学生生活をこう振り返る。
台北市の『Sweet 16 Patisserie』に訪問の當麻功先生(右)
「学校の授業はとても厳しかったんですが(笑)、ものすごく楽しかったです。実習後には必ず徹底的に掃除をしたのも、後の習慣につながるいい経験でしたし。学びを通じて、日本の職人の丁寧さ、食物に対する気持ちも知ることができました」
辻󠄀製菓時代

パティスリーを開くという新たな夢を叶えるために留学を決意。

「実家が中国で電子部品の工場を営んでいて、貿易の仕事をしていたんですよ。その都合で、小学校1~2年の間は大阪で過ごしました。祖母も近くに住んでいましたし、日本語を覚えたのはその期間。楽しかった良い印象が残っています」
その後は台湾へと戻り、13歳でカナダへ移民。大学を卒業後、実家の工場で営業職に就いた。27歳になると、父親が副業で始めていたパン工場へ転職。
「当時、中国のパンはあまりおいしくなかったので、母の同級生を通じて、日本の大手ベーカリーから技術を学んで始めたんです。そこでも営業を担当していたんですが、電子部品の工場より面白かったんですよね」
もともと食べることは好きだった。しかし何より、パンづくりの工程に惹かれたのだという。
「酵母って生きているでしょう。生き物との付き合いが、子どもを育てるようで面白いなと。当時は正直、この先自分が何をやりたいかというビジョンもなかったんですが、おかげで食の道に進みたいという思いが芽生えました」
営業職とはいえ、製パンの知識や技術がなければ、シェフとの仕事も進めにくい。
「だから勉強したいなと考えていたことに加え、看護師をしていた今の奥さんの夢が、お菓子屋さんを営むことだったんですよ。そのためにも製菓を勉強しようと、日本への留学を決めました」

留学生に対しても、わかりやすく丁寧に教えてくれる製菓学校へ。

インターネットで検索し、一番に見つかったのが辻󠄀製菓専門学校だった。さらに調べ、3校のオープンキャンパスにも参加したが、やはり同校へ進学することに決めた。
辻󠄀製菓時代
「何より魅力だったのは、先生たちの熱心さ。留学生に対しても、わかりやすく丁寧に教えてくださることが決め手になりました」
お菓子は基本を固めれば、広く応用が利きやすい。母校での学びを振り返って、ローさんはこう語る。
「実践の繰り返しで基本を固められ、あわせて理論も染みつくのが、この学校のアドバンテージです。シュー生地だけでも数え切れないぐらい仕込み、目をつぶってもできるぐらいになりましたしね(笑)」
「だからこそ卒業後、すぐに現場へ入っても、新たなことを吸収していける。お菓子づくりは奥が深く、経験を重ねていくことがプロになる道です。基本的な技術がないと必ず問題が起きる。そうならないための土台を育んでもらえました」

素材を重視し、学生時代に学んだことを活かしたお菓子が高評価に。

中国のパン工場を拡張させつつ、台湾に菓子店をオープンさせる。そんな明確なビジョンをもって留学し、在学中から台湾での物件探しを進めていた。こうして卒業翌年の2月、『Sweet 16 Patisserie』をオープン。
『Sweet 16 Patisserie』
「自分の家のリビングルームのような、『こういう雰囲気でお菓子を食べたいな』というイメージを形にしました。だけど1年目は厳しかったですね。家族や友人に支えられ、なんとかやってこられた感じです。軌道に乗り始めたのは、テレビや雑誌などの取材がきっかけ。日本の製菓学校を卒業したオーナーシェフはまだ数が少なく、日本で学んできたことへの評判も相まって、徐々に人気が出てきたんです」
『Sweet 16 Patisserie』
原材料の約80%が日本産。学生時代に使っていた材料を仕入れ、学んだ味をベースにつくっていたことが高評価に。日本の味を知る人たちからも好評を博し、リピーターが増えていった。
「学生時代に素材の大切さを知りました。いくら腕があっても、素材がよくないと、ある程度のものにしかなりません。うちは素材にこだわっているため、単価も高め。台湾のお菓子業界は、環境的に日本とは異なる点もあるので、お客様のことをよく学び、良き対話をさせて頂き、きちんと説明するべきことがあると考えています。
見た目は変わらないのに、ローコストのケーキもありますからね。なぜ価格が違うのか、理由をちゃんと説明し、納得して頂けるように考えています」
つくり手となり、「おいしい」「ありがとう」という言葉の感動も知った。仕事そのものは疲れるが、お客様が喜ぶ様子には、それも吹き飛ぶぐらいの力があるという。
「お金を払ってくれたお客様のほうから、『おいしいケーキをつくってくれてありがとう』って言われるんですよ。そういう気持ちをいただけるのが最高だと思っています」

スタッフと一緒に考え、一緒においしいお菓子をつくることが楽しい。

一方、パンの事業では、父親の工場に替わって、2018年、中国のシリコンバレーと呼ばれる大都市、深セン市で新たな展開をスタート。工場と1店舗から始め、2019年末までには4店舗までに拡張するという。
深セン市で計画中の新店舗
「工場で10種類の生地をつくり、各店舗で約90種類のパンに仕上げる形態です。学生時代に習ったことに加え、独学でも勉強を続けて今に至ります。パンの事業を経営基盤にして、パティスリーの展開を広げていくのが目標です。年内には姉妹店のオープンも計画。ゆくゆくは日本にも出店したいですね」
現在、『Sweet 16 Patisserie』のメニューは10種類ほど。人気が定着したレモンタルト、ミルフィーユ、ミルクレープをレギュラー化し、あとの7種は季節に応じた新商品を出している。
「開発は全員で取り組んでいます。決まった作業だけでなく、経験を重ねてポテンシャルを発揮してもらうのが僕の経営方針。どんな味で、どんな層に、何を伝えたいのかも、ちゃんとプレゼンテーションしてもらい、販売スタッフとも共有するようにしています。でなければお客様に説明できませんからね」
中国でのパンの現場は任せているが、台湾に帰ってきたときには、厨房に入るようにしている。
「お菓子づくりが大好きですからね。スタッフと一緒においしいものをつくるのが楽しいんですよ」
『Sweet 16 Patisserie』の厨房
現在のキッチンスタッフは5名。母校に留学した卒業生も採用している。ローさんに憧れ、辻󠄀製菓への留学を相談しに来る人たちも少なくないという。
『Sweet 16 Patisserie』の厨房
「母校とのネットワークは強いです。台湾出身の卒業生に研修に来てもらってOKだと伝えたところ、すでに5人ほどが来てくれています。同じことを学んできた人たちだから、あれこれ言う必要もなく、仕事も教えやすいです」
『Sweet 16 Patisserie』の厨房

母校が結んだ人と人とのつながりは、今も強い絆となっている。

後進の指導にも力を注いでいるローさん。技術の底上げを願う背景には、こんな思いもある。
「学校で学んだ味は本当においしく、最高だと思っています。お店でつくっているカスタードも、若干アレンジはしているものの、ほぼ学んだものと同じルセット(レシピ)です。僕がつくったお菓子をみんなに教えてあげたら、独立されたとき、僕の味が広がり、みんなの食べている味がつながっていくでしょう?そうなるのが理想なんです」
また、専門学校時代の同級生や卒業生とは、いまもなおつながっている。現在お店で出しているカステラは、その道に進んだ日本人の同級生に教えに来てもらった。
「原材料の貿易会社に就職した台湾人の同級生は、今、僕の仕入先になっていますし、調理(グループ校の辻󠄀調理師専門学校)に進んだ台湾人同級生のお店で同窓会も開くなど、密に関わり合っています。台湾出身の卒業生や先生らが参加するLINEグループは、すでに120人を超えているんですよ」
母校での外来講習も自ら志願したというローさん。基本や理論の重要性を熱く伝えたことで、学生たちの意欲も高まったようだ。熱意をもって参加してくれた学生たちや、学校側のサポート体制に感謝を込めながら、母校への想いを力強く語る。
ローさんの講習参加者と
「職場で問題が起こったとき、理論がわからなければ解決する方法が見つかりません。お菓子づくりは科学です。学校でお菓子づくりの理論をしっかり教えてくれたので、壁にぶつかることがあっても必ず突破できます。先生方には卒業してからも、いろんな相談をさせてもらっていますし、自分で調べても解決できない問題は、教えを請うようにしています。迷ったときに戻れる場所がある。この学校で学んだことを誇りに思い、それが新しい展開や、若い人たちを受け入れるうえでの自信となっています」
奥様と當麻功先生と

盧又熏(ロー・カオル)さんの卒業校

辻󠄀製菓専門学校 launch

辻󠄀製菓専門学校

洋菓子・和菓子・パンを総合的に学ぶ

フランス・ドイツ・ウィーンの伝統菓子から和菓子や製パンまで、多彩なジャンルでの学びを深めながら、クオリティの高い製菓技術を習得。あらゆる現場に生かされる広い視野を養い、
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