INTERVIEW
No.082

各国料理の広い学びと、日本料理の深い学びが融合。留学を経て居酒屋やうどん店を開業した料理人が、圧巻の職人技で人々を魅了する。

花伝(Caden) オーナーシェフ 

鄭鎬泳(ジョン・ホヨン)さん

profile.
韓国ソウル市出身。高校卒業後、いくつかの仕事を経て、居酒屋、日本料理店に勤務したことで、日本料理の道へ進もうと日本へ留学。大阪の語学学校から、辻󠄀調理師専門学校、辻󠄀調理技術研究所 日本料理研究課程(当時)に進学。2008年の卒業後に帰国し、日本料理店、寿司店での修業を経て、同窓生3人で居酒屋を開業。その後、独立。2012年、ソウルに『花伝』を開業し、居酒屋、うどん店、炉端焼き店を展開。2015年から人気番組「冷蔵庫をよろしく」に出演。2016年には、全業態を統一する大型店舗に拡張移転。『ミシュランガイド・ソウル』の2017から2019では、高い基準を満たした料理に与えられる「ミシュランプレート」を獲得。
access_time 2019.01.25

韓国の人気テレビ番組で日本料理の匠として登場し、一躍有名に。

中国料理、イタリア料理、フランス料理…各ジャンルを代表する韓国屈指の料理人たちが、スターゲストの自宅にある冷蔵庫を持ちだし、中の材料だけを使って料理の腕を競い合う。2014年に始まった、韓国の人気テレビ番組「冷蔵庫をよろしく」。そこに日本料理の匠として出演しているのが、鄭鎬泳(ジョン・ホヨン)さんだ。
「制限時間はわずか15分。その間に、日本料理をベースにした複数の品々、ときにはコース料理もつくります。難しいけれどやりがいもある。おかげで店を訪ねてくれる人も増えました」
2012年、ソウル市内に『花伝』を開業。現在は延禧洞(ヨンヒドン)に本店を構え、40席の1階を『UDON花伝』、70席の2階を『Izakaya 花伝』として展開している。
1階のうどん店のメニューは約30種類。麺や出汁のおいしさに加え、毎日でも食べたくなる豊富な味わいにも人気が集まっている。2階の居酒屋では、新鮮な食材を使った本格の日本料理に加え、さまざまなエッセンスを取り入れた創作料理も味わえる。
「目の前のお客様においしいと喜んでもらえる料理の世界は、やはり楽しい。その喜びを、若い料理人たちにも味わってほしいと願っています」

「日本料理を勉強したいなら日本に行くべきだ」という助言。

生まれはソウル市内。母親が経営する食堂で掃除や給仕を手伝うのが、幼い頃から楽しかった。高校卒業後、すぐ兵役のため軍隊へ。戻ってからは、さまざまな仕事についたが、どれも長くは続かなかった。そんななか23歳で入ったのが居酒屋。仕事は非常にハードだったが性に合い、3年続けられた。その後、韓国式の日本料理店に勤め、素材を活かす日本料理の味わいに惹かれて本格的に学びたいという想いに至り、料理学校への進学を考え始める。
「すると社長に『日本料理を勉強したかったら日本に行くべきだ』と言われて。大阪の辻󠄀調理師専門学校で研修をした人だったんですが、話を聞いて留学を決意しました。たとえば兜煮(魚の頭の煮つけ)を日本で食べたこともないのに、韓国でだけ勉強してつくるのは何かが違うでしょう。経験すれば自信をもってできると思ったんですよ」

実践的な実習がとても印象深く、そのときの記憶が『花伝』の由来。

約2年間の勤務を経て、まずは大阪の日本語学校へ。在学中に進学する学校を探そうと考え、辻󠄀調理師専門学校の体験入学に参加。そのときに出会ったのが、現在、ソウルで蕎麦店『美な味』を営んでいる、南昌秀(ナム・チャンス)さんだった。
「同じく日本料理の学校を探そうと、東京から来ていたんですよ。体験授業で先生の丁寧な指導に感動していたところ、南さんから『いろんな学校を回ったが辻󠄀調が一番良い』という話を聞いて、入学を決意しました」
辻󠄀調理師専門学校時代
1年目は和洋中すべての料理を幅広く学んだ。日本料理を軸にしつつもジャンルにとらわれないメニューを考案している現在、そのときの経験も大いに活かされているという。2年目は、より専門的に日本料理を学べる辻󠄀調理技術研究所の日本料理研究課程(当時)へ。実践的な実習がとても印象深く、そのときの記憶が今の店名にもつながっている。
「中でも思い出深いのが、料理人役、サービス役、お客様役を交代でやるシミュレーション実習。お客様役の同級生は、実際のお客様なら言わないようなことまで指摘してくるから(笑)、とても勉強になります。次回の改善につなげられるよう全部書き留め、頭に刻み込みました。その舞台となった校内のサービス実習室の名前が『花伝』だったんですよ。学生数に対して先生が多く、丁寧に教えてもらえるのもありがたかったです」

日本料理の概念に縛られず「おいしい料理」を追求したことで人気店に。

2008年の帰国後は日本料理店での勤務を経て、韓国で最も有名な寿司店へ。しばらく経つと、同じ寿司店に就職していた専門学校の同窓生2人と共同で居酒屋をオープンさせる。
「1人で開業するほどの資金もありませんでしたからね。10年前の当時は、本場の日本料理が食べられる居酒屋はまだ珍しくて。しかも韓国で辻󠄀調理師専門学校は名門として名も通っている。その卒業生であり、有名寿司店出身の3人が店を出したということで話題になり、みるみる忙しくなりました」
1年後には2号店をオープン。土台ができたところで独立し、寿司店を開く。しかし客数の波が激しく、仕入れの調整も難しかったため半年で断念。コースメニューのみで門戸が狭かった反省も活かし、単品でオーダーできる居酒屋に切り替えたところ、徐々に客足が伸びていった。
「あの頃、韓国の居酒屋は魚料理ばかりでしたが、『おいしい料理を食べられるお店』という想いで始めたので、日本料理に縛られず、専門学校時代に和洋中をしっかり学んだことを活かし、お客様の要望にお応えするかたちでピザや肉料理なども提供していたんですよ。その点も人気が高まった要因でした」

留学時、日本のうどんに感動。その味わいを韓国で再現してみたい。

『花伝』では、母校に留学した後輩たちを積極的に採用するようにした。そのなかに日本のうどん店で経験を積んだスタッフもいたことが、新たな目標を見いだすきっかけとなった。
「留学時、日本でうどんを食べて感動したんですよ。韓国で食べたことのあるうどんとはまったく違い、コシがあって種類も豊富。季節ごとのメニューもある。冷たいうどんも初めてで新鮮でした。大好きになったうどんを納得できるものに仕上げて、韓国でも多くの人に食べてもらいたい。そう思って挑戦することにしたんです」
こうして製麺機を輸入し、居酒屋開業の1年後にはうどん店をオープン。その半年後には、居酒屋からの派生で炉端焼き店も開業した。事業を展開するにつれ、雑誌や料理番組からの取材が次々と舞い込んでくるように。ほどなく「冷蔵庫をよろしく」へのオファーも入り、番組開始の翌年となる2015年から出演し始めた。
トリュフのざるうどん
「日本料理の料理人=寿司職人というイメージから、お寿司やお造りぐらいしかできないと思われていたようで…。だけど私に関してはなんでもやる。それが番組の企画にマッチしたんだと思います」
牛かつ

1日600杯つくっても、お客様にとっては大切な1杯だからこそ、丁寧に。

テレビ出演を機に、ますます忙しくなった。居酒屋と炉端焼き店、うどん店を統合する形で2016年、広くて駐車場もある延禧洞(ヨンヒドン)の現店舗に移転。人気の高かった西橋洞(ソギョドン)の『UDON花伝』は並行して営業を続けている。
 
アボカドたれやき
「メニューは今もすべて私が考えています。味を統一させるのに何が必要かを考え、何度か試しながら、新しい一品をつくりだす。そのためにも幅広い基礎は重要ですし、経験やインスピレーションも大切です」
太刀魚天麩羅
いくら自身が有名になったとしても、おいしくなければお客様には来ていただけない。味を大切にする信念のもと、できるだけ厨房へ入るように努めている
「たとえば1階なら、忙しいときは1日600人ほどの来客がある。私たちがつくるうどんは1日600杯ですが、お客様が食べに来ているのは、たった1杯のうどんです。だから一つひとつ、心を込めてつくるよう指導しています。この考えも、留学で身につけたものです」
生春巻き

頑張る学生には、とことん力を貸してもらえる環境を活かしてほしい。

今も毎月、日本料理に関する書籍を日本から取り寄せ、最新の料理動向を研究。年に6~7回は日本を訪れ、買い出しや食べ歩きを続けている。現在は後進を育てることにも注力。指導の際には、専門学校時代の教科書を見返すこともあるという。
山かけうどん
「自分ではわかっていることでも、より詳しく説明するために確認するようにしています。引き続き、留学から帰ってきた卒業生は積極的に採用します。やはり彼らの腕は信頼できますし、同じ経験があるからこそ負けないでほしいという気持ちも強くあります。逆にここで働き、私のようになりたいからと留学し、また戻ってきた従業員もいるんですよ」
鰊うどん
「留学していなければ、今の自分はありません。学んだことも大きいですが、メディアに出る際でも、辻󠄀調を卒業したという経歴が、料理人としての付加価値になっています」
とはいえ、留学して卒業さえすれば大きくなれるというわけではない。そこは誤解してほしくないと強調する。
1階のうどん店
「結局は自分が努力しなければ、何も変わりません。ただ漠然と授業を受けるだけではもったいない。学ぶことに貪欲に頑張る学生には、手が差しのべられる、その環境を存分に活かしてほしい。料理人は魅力的な仕事です。その実感がもてるようになるまで、熱意を持ち続けてほしいですね」
Tsuji Culinary Institute Group 《Voice of graduates》(「辻󠄀調グループ」チャンネルより)

鄭鎬泳(ジョン・ホヨン)さんの卒業校

辻󠄀調理師専門学校

辻󠄀調理師専門学校

西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ

食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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