INTERVIEW

地産地消のレストランをつくり、長島町を世界が注目するガストロノミーアイランド、“美食の島”にするビジョン。

鹿児島県長島町 元副町長
井上貴至さん

profile.

2008年に東京大学法学部卒業後、総務省に入庁。2015年4月、自ら提案した「地方創生人材支援制度」の第1号で、総務省から鹿児島県長島町に派遣。同年7月、副町長(地方創生担当)に選任された。8月には、南九州で最初に、人口ビジョンと地方版総合戦略を策定。ぶり奨学金など地域の課題を捉えたユニークな施策が注目された。2017年4月より、愛媛県市町振興課長を務める。

地域で出会った人や物事をつなげ 新しい花を咲かせたい。

鹿児島県・長島町が急激に変わり始めたのは2015年。“平成の伊能忠敬”こと井上貴至(いのうえたかし)さんがやって来てからだ。2008年に総務省へ入省し、毎週末、私費で全国各地の“隠れたヒーロー”を訪ね歩いた井上さん。地域で活躍する人たちはかっこいい。だけど地元しか知らないことが少なくない。だからミツバチが花粉を運ぶように、出会った人や物事をつなげ、新しい花を咲かせたい。そんな“地域のミツバチ”をめざし、官僚らを小さな市町村に派遣する「地方創生人材支援制度」を提案。2015年4月、自ら第1号として長島町へ赴き、7月には29歳にして史上最年少の副町長(地方創生担当)に選任された。

外で経験を積んでから 地元に帰ってきてもらう仕組み。

それから2年間で、斬新な施策を次々に実現。なかでも長島町を広く知らしめたのが、『ぶり奨学金』の制度だ。世界一のブリの町である長島町の売上高は年間100億円を超えるが、町内に高校や大学がなく、若者の流出も相次いでいる。そんな課題を解決しようと生まれた奨学金は、地元の信用金庫が貸与し、もし子どもたちが町に帰ってきた場合は、利息を含めた返済分を町の基金からまかなうというもの。ポイントは、「漁協はブリ1本につき1円を寄付する」などと、基金に民間の寄付金を取り入れる点。国の財源に頼らず、みんなで地域の子育てを支え合う仕組みだ。
「さらに卒業後すぐではなく、10年以内に戻ってきてもらうのもポイントです。町の外で経験を積み、地域のリーダーとして戻ってきてほしいから。そんな期待を込めて、出世魚であり回遊魚であるブリにあやかったネーミングにしました」(井上さん)
そこに賛同したのが、日本全国から生徒が集まり、故郷で店を開く卒業生も多い辻調グループだ。食の面からの地方創生をめざし、“一人で町おこしのできる人材”を生み出そうとしている辻調のビジョンとがっちりフィットし、自治体との初の連携協定に結びついた。

外に出て初めて気づく素晴らしさ。 地方創生は中央からもできる。

「めざすのは中央からの地方創生です。食材をはじめとする地元の素晴らしさに、離れてから初めて気づく卒業生も多い。中央でたくさんの刺激を受け、外の世界で修業を積み、人脈をつくってからUターンすることで、町のためになる活躍ができるんです。戻らずとも都会で故郷の食材を使うことだって、地域の活性化につながります」(辻調グループ入学広報部・岡島卓巳部長)
辻調のネットワークから始まった「シェフツアー」は、2017年3月までの1年間で15回開催され、卒業生に限らず60名以上の料理人や業界関係者らが参加。そこからさらに発展して始まったのが『ふるさとレストラン』だ。長島町の食材を使ったコース料理の食事券を「ふるさと納税」の返礼品とするというもの。
その第1号に、第1弾のツアーに参加した東京・青山の『モノリス』が名乗りを上げた。
「そこへ行けば長島町の食材が食べられるし、お店にとっても新しいお客さんの開拓につながるし、町にとっても税収が増えるし、生産者にとっても販路が増える。『ふるさとレストラン』は、“三方よし”の上をいく“四方よし”の仕組みになっています」(井上さん)

これからの料理人は、現場で料理を つくるだけではなくなっていく。

長島町が新たに始めた挑戦は数多い。東町漁協は、漁協として日本で初めて株式会社を設立。元楽天のトップECコンサルタントを「地域おこし協力隊」として呼び、ネット版道の駅『長島大陸市場』をオープンさせ、これまで卸売り中心だった販路を個人向けに拡大。東京都心でキッチンカー『長島大陸ブリうま食堂』を走らせ、長島大陸の特産品でつくった弁当の販売を行っている。
さらには、ドワンゴ、カドカワが開校したネットの通信制高校『N高等学校』と、地方自治体とが連携してつくる教育拠点『Nセンター』を長島町役場内に開設。ここをベースに、高校生らが生産者宅にホームステイをして、そのWebサイトを制作するという『島TECH』というプログラムも実施している。
「料理人としての経験を積み、社会貢献に携わり始める卒業生も数多くいますが、学生のうちからそういった方向を視野に、料理を得意にしたうえで別の分野を学ぶことも必要だと考えています。これからの料理人は、現場で料理をつくるだけではなくなっていくはず。3年制のコースのインターンシップでは、従来とは違った形で、長島町での生産現場研修も実現できればと思っています」(岡島部長)

いい学校は、いいコミュニティであり いいネットワークでもある。

辻調グループでは、長島町との連携の一環として、町民の方に通信教育講座のモニターとなってもらっている。1期生は4名。シェフツアーの要、「地域おこし協力隊」の太田良冠さんも日本料理を学んでいる最中だ。
「長島町を、世界が注目するガストロノミーアイランド、“美食の島”にしたいんですよ。長島町だからこそ食べられるおいしい食材を一流の料理人が提供し、プレミアムな長島体験をしていただく…料理人や関係者が研修にくるような持続可能エネルギー(ソーラーパネルや風車、バイオマス)を活用した地産地消のレストランをつくりたい。そこには辻調さんの協力が欠かせません。継続的にコミュニケーションをとっていくためにも、まずは辻調のDNAを知るモニター生が成長して、中と外をつなぐ役割を担えるようになればなと」(太田さん)
「我々の業界では、卒業年にかかわらずビジネスで対等に話せる同窓会ができあがっています。モニター生でも、そのなかに入っていける。同じ辻調出身者だと急に距離が縮まり、話が進んでいきますからね。できることも広がっていくでしょう」(岡島部長)
「いい学校って、いいコミュニティだし、いいネットワークなんですよ。ひとりでできることって限られている。僕なんてホント不器用で何もできませんが、仲間をつくることはできる。相手に敬意を払い、いかに連携できるかが大切だと思っています」(井上さん)

出会った人を大切にし、輪を広げ、 つなげ、続けていくこと。

「行政の人ってみんな真面目だから、公共事業は全部自分たちがやらないと!って背負い込んじゃうんですが、むしろ行政には、能力のある人をコーディネートして、その力を引きだすことのほうが求められるのではと。出会った人を大切にして、輪を広げて、つなげて、続けていく。地方創生における行政の役割は、そこに尽きると思います」(井上さん)
副町長としての井上さんの任期は2017年3月まで。“地域のミツバチ”として今後は別の場を拠点に飛び回るが、長島町とはこれからもずっと関わっていきたいと語る。
「じゃないと上滑りだし、関わってくれた町内外の人たちにも責任を果たせませんからね。長島町には良い食材があるので、世界でもトップクラスの料理ができると思います。それを地元の景色や風景と一緒に食べるのは、地元でしかできないこと。いいレストランができると、そこからまた良い循環が生まれるはず。食には人を巻き込む力がありますからね」
風と土が混じりあって、風土をつくっていくような、良い食文化を育てていきたい。「地方創生はライフワーク」だと目を輝かせる井上さんは、こう考える。
「長島町は農業や漁業が基幹産業の街ですが、単なる産業振興ではなく、いい食文化やいい風土をつくっていくことが大切です。そのために、若くて優秀な人材をいかに育てて集めるか。古今東西、地域づくりの一番のカギは、そこじゃないかと思っています」