INTERVIEW

福祉の視点には、人材育成に効果的なヒントや答えがたくさん詰まっている。これからの飲食業界が学ぶべき世界です。

ル・クロ グループ オーナーシェフ
黒岩 功さん

なぜ「すぐに辞めていく」のか。その謎を解くカギは福祉にあった。

「福祉に携わって良かったなとつくづく思います。よく周りからは社会貢献だと言われますが、実は必要性を感じてやっていることなんですよね。これからの人材育成は、福祉から学ぶべき。教育に魔法はありません。飲食業界も一般企業も『最近の子は難しい。すぐに辞めていく』とばかり言っていますが、なぜそうなっているのかのヒントや解決方法は、福祉の世界にたくさん詰まっているんですよ」
福祉に関わり始めたのは2012年。チョコレートづくりを手がける横浜の福祉事業所へ見学に行ったのがはじまり。障がいのあるスタッフが懸命に働く姿に感銘は受けたものの、自分が関与することは考えてもいなかった。しかし偶然にも、その日に事件が起きた。
「アドバイザーの人からFAX一枚で『辞める』と連絡が来たんです。もう施設中がどよめいて、みんなが不安に包まれていた。するとオーナーが、『チョコレートもつくれるなら、名前だけでもいいので手伝ってくれないか』と。でも名前だけはイヤなので、ちゃんと手伝うことにしたんです」
CHOCOLABO商品

飲食業界で培ったスキルやノウハウが福祉にも役立つと気づいた。

それからは週に1回、横浜へ行き、現場を見て、レシピを提供するようになった。その際、まず知ったのが、福祉業界が抱える大きな課題だった。
「福祉事業所は、『つくれるもの』から考えるんです。だから価格帯も低いうえに売れない。できたものが市場で求められていないから当然です。『買ってください』という姿勢でしかない。だけど僕は、おいしいものをつくっておもてなしをするという、飲食の商いを30年間やってきたから、『いいもの』『お客様が望むもの』から考えます。売れる商品を発想し、レシピをつくり、そこから実作業の段取りを考え、メンバーに取りかかってもらう。すると味が格段においしくなり、売上げが飛躍的に伸びた。売れるから、数もつくる。試行錯誤を繰り返すうちに、生産性も倍になったんです」
CHOCOLABO 百貨店でのバレンタインフェア
自分の身につけたスキルやノウハウが福祉に役立つと気づいた。ブランディングも進み、百貨店でのバレンタインフェアでは、一流ブランドに並んでブースを構えた。彼らがつくる商品は、ANAのファーストクラスで出されるお菓子にも選ばれている。
「メンバーの自信にもつながったと。プロが入ることで、彼らを新たなステージへ連れて行けたんです。とはいえ技術顧問であり、密には関われていない。福祉の本質は『人と人の関わり』です。それを経験しないままに、福祉は語れない。だったら自分でやろうと、動き始めました」
CHOCOLABO

力を合わせて同じゴールに向かう“コーチング”の姿勢で教育する。

売れる商品をつくるためには、食材のブランド力も大切。そう考えて、事業所は京都に開設した。最初はチョコレート専門とし、いまではフード&スイーツを展開。それが可能になるだけのメンバーたちの成長に加え、人材育成に関する学びがあった。
「僕らが業界に入った30年前は、戦国、戦場。普通に手を出され、“外敵”も多かった。それでも学びたいから食らいついていたし、厳しい修業に耐えられる人間だけが残っていきました。だけどやがて、人を育てる時期がやってきます。すると自分も外敵になるわけです。僕自身も酷い言葉を吐きましたし、逃げ出されたこともあります」
CHOCOLABO商品
「見て覚えろ」の時代は終わった。しかし教えてもできない人間だっている。そんなとき、人は外敵へと変化する。
「『なぜできないんだ!』『何度も言わせるな!』と非難する。これが飲食業の指導の限界値であり現在地。その先に進むための基盤が、福祉の世界にはある。めざすべきところは“コーチング”なんです」
「教える」「教わる」と、互いのゴールが違う“ティーチング”に対し、力を合わせて同じゴールに向かうのが“コーチング”。「なぜできないのか」と相手の問題にするのではなく、「自分がどう動けば、できるようになるのか」を考えるやり方だ。
「一方的ではなく双方向。人と人との関わり方を考える必要が出てくるので、リーダー教育にもなる。福祉はこれから参考にするべき業界だと実感しました。それと同時に、スイスでの修業で出会ったドイツ人シェフ、フーバーの姿勢に共通するものがあると感じたんです」
フーバーシェフと

「もう一度、あなたと働きたい」そう言われる人には理由があった。

スイスは永世中立国。さまざまな国の人々が出稼ぎなどで働きに来る。いがみ合いもあるなか、なぜかフーバーシェフの言うことは誰もが聞いた。辞めるときには、「もう一度、あなたと働きたい」と皆が言う。最初は不思議だったが、1年間の勤務を終え、自身も同じことを言っていた。その理由がたくさんあった。
「ランチで忙しい時間帯に、いきなり絨毯を敷き、お祈りを始めるスタッフがいたんですよ。みんなが『何をやっているんだと』と苛立つなか、フーバーはその彼に何分かかるかを訊ね、『ごめん、みんな!彼に5分だけ与えてくれ!』と。そしたら全員が素直に受け入れたんです」
フーバーシェフと
文句がまったく出ない理由は、すぐにわかった。フーバーシェフは誰に対しても、同じスタンスで接していたのだ。イスラム教の教えにより豚肉が食べられない洗い場スタッフのために、自分の休憩時間を削って、別のまかないもつくっていた。
「フーバーは平等であり、公正でした。宗教も考え方も、明るさも暗さも、みんなそれぞれに違う。『みんな一緒』ではなく、『この子はこういう部分があるから、こうフォローしてあげよう』という姿勢で、相手が困っていることに対し、どうアプローチすればいいかを考えてくれる人でした」
スイスでの修業時代

「人の目を気にする」という弱点を素晴らしい能力だと称賛してくれた。

フーバーシェフは黒岩さんにも寄り添ってくれた。フランス語やドイツ語どころか、英語もまったくできず、周囲とうまくコミュニケーションがとれない日々。同僚と2人部屋で暮らしていたが、交流もせず、休日も引きこもっていた。しかしフーバーシェフは、休みのたびに、あちらこちらへ彼を連れだした。イタリアまで遠出をしたこともある。 「困っていることに対して動いてくれる。ある日の休憩時間、フーバーが『みんな聞いてくれ!イサオは語学ができない。誰か英語を教えてくれないか』って訊ねてくれて。名乗りを上げてくれたのが、同じ部屋のトーマスだったんです」
フーバーシェフ、トーマスさんらと
その夜から毎晩、英語を教わった。徐々に話せるようになり、どんどん仲間ができ、スイスでの暮らしが楽しくなってきた。トーマスさんもまた、手に障がいを抱えながらサービスをしていたが、フーバーシェフは彼を高く評価していた。
「自分にとって一番のコンプレックスを称賛してくれる人でもありました。僕は常に人の目を気にする人間で、そういう自分が大嫌いだったんです。それをフーバーに伝えたところ、『人の目を気にするのは素晴らしい能力だ。人がどう思っているかを考えて行動できる人間なんてそういない。自信を持ちなさい』と」
人の目を気にするからこそ、サービス業には向いている。ネガティブに思っていたことが彼の一言で変わった。それぐらいの影響力があった。
「彼との関わりが、いまの僕のベースになっています。そんなフーバーの関わり方に近いものが、福祉の世界にもありました」

現場に“気遣い”がどれだけあるかで店全体の雰囲気も大きく変わる。

いまでは拠点であるフレンチレストランにも障がいのあるメンバーを採用。何をしたいかなど頻繁にヒアリングを行い、どう関わればいいかを考えながら、日々の成長につなげている。
「『いらっしゃいませ』と言える子もいれば、言えない子もいる。できないけど、やりたい子もいる。仕事が終わると、できなかったことに対し、明日はどうすればできるようになるかをリーダーたちと考えます。そして、うまくそこにたどり着ける道筋を練り、現場に落とし込む。『なぜできないのか』の矛先を、自分たちに向けるんです」
 
日々、考えることを繰り返す。勉強会も行う。彼らが加わることで、ほかのスタッフたちにも変化が現れた。
「もともとヤンチャだった3年目のスタッフで、かなり我の強かった子が、彼らにはやさしい。兄貴肌を発揮して守るんです。きつかった言葉遣いも和らぎ、これはすごいなと。障がいのあるメンバーがいることで、自分の大事な部分を出せる環境になったんです」
生産性の問われる現場では、気を遣える余裕もない。回転の早い人間だけが称賛されて画一化し、残れない人間が去っていく。しかし現場に“気遣い”がどれだけあるかによって、店全体の雰囲気も大きく変わる。
「気遣いはサービスにも如実に反映されます。相手の立場になって物事を考えられる力が、福祉の世界では磨ける。身につければ、サービス業はもちろん、あらゆる業界で生かされる素晴らしい力となるのです」

黒岩 功さんの卒業校

辻調理師専門学校 launch

辻調理師専門学校

西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ
食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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