INTERVIEW
No.143

本場の中国料理を土台に、日本の旬も取り入れたおいしさを追求。これまでの中華の世界を変えて、お客様もスタッフも幸せにしたい。

株式会社セブンスイノベーション 代表取締役/中国菜 エスサワダ 総料理長

澤田州平さん

profile.
兵庫県出身。神戸村野工業高等学校を卒業後、中華料理店でのアルバイトを経て辻調理師専門学校に進学。2000年に卒業後、兵庫「新阪急ホテル」に就職。『鄧家荘』を経て、香港の「スタンフォードホテル香港」や『福臨門酒家』で修業。愛知の『福臨門酒家』や東京の『火龍園』、『グランドハイアット東京』で経験を重ね、大阪の『ジョーズ シャンハイ ニューヨーク』や『中華旬彩サワダ』の料理長に。2016年、大阪市内に『中国菜 エスサワダ』を開業。その後も、2019年に『中華バル サワダ』、2020年に『中国菜 エスサワダ 西麻布』(東京)、2021年に『大阪中華サワダ飯店』、『大衆中華 さわだ食堂』をオープン。
access_time 2021.12.24

アルバイト先で中国料理の面白さを感じ、お金を貯めて調理の専門学校へ。

「4人兄弟の母子家庭で育ったこともあり、卒業後はすぐに働きたいと工業高校へ進学したんですよね。だけど工業分野に楽しみを見いだせず、決まっていた就職先を蹴ってフリーターに。ファッションやヘアスタイルについて考えるのが割と好きだったから、お金を貯めて美容師の専門学校へ行こうかとも考えていました」
出身は兵庫県姫路市。たまたまアルバイト先に選んだのが、自宅近くの中華料理店だった。
「料理の経験はゼロでしたが、仕込みで庖丁を使い始め、見よう見まねでまかないの料理もつくるようになると、自分的にはお店で出しているものよりもおいしく感じたんです (笑)。その積み重ねで面白くなり、目標を調理の専門学校に切り替えました」
高校卒業の翌年、1年間で和洋中が学べる大阪の辻調理師専門学校へ進学。より良い就職先を斡旋してもらうことを念頭に学校を選んだという。
辻調理師専門学校時代
「自分で働いて準備した学費。全額自分で支払っている以上、もとを取らないと…というつもりで通っていました(笑)。日本料理や西洋料理もおいしいとは思ったんですが、せっかちな自分の性格には向いていない。鍋を振るのが好きだったし、バッと勢いよくつくれるのが楽しかったんですよ。学生時代、中国料理以外も学べ、それぞれ味わえたのも、後に生きてくる良い経験になりました」

努力の甲斐あって早い段階で重要なポジションに。本場での修業も心に決めた。

安定したところで働きたいとホテルを志望。いち早く就職先を探し、当時、オープニングスタッフを募集していた兵庫県三田市の新阪急ホテルに採用された。
「新卒4人、横並びのスタートのなか、負けたくないなと、朝みんなが来る前と夜みんなが帰ったあとにも必死に練習していました。仕込みも先輩がやってることをじっくり観察するようにして覚え、料理長が来たときには終わらせておくようにして。そうすれば、また次の仕事を教えてもらえますからね。努力の甲斐があり、かなり早い段階で、花形でもある鍋の担当を任されるようになりました」
仕事のかたわら食べ歩きでも視野を広げ、香港人がつくる広東料理に感動。2年半でホテルの仕事を一通り経験すると、香港人がオーナーシェフを務める、神戸市の『鄧家荘(とうかそう)』に転職した。
「街場のお店ということもあり、いかに目の前のお客様に喜んでもらうかという視点も勉強になりました。オーナーが帰省される際には同行させてもらい、そこで初めて本場の中国料理を食べたんですが、食材もメニューも、日本のものとはあまりにも違うことに衝撃を受けて…。今まで中国料理だと思っていたものは、あくまでも日本人に向けたものだったんだなと驚きました。鶏を丸焼きにしたクリスピーチキンにも感動。見た目のインパクトもあるし、自分がお店を開くときには看板メニューにしようと、このとき決めたんですよね」
香港での修行時代

香港のホテルやレストランでも積極的に働きかけ、多彩な指導が受けられた。

フランス料理やイタリア料理の場合、現地へ修業に行く人が多いのに、中国料理の場合は極端に少ない。ビザの問題がありつつも、それじゃ駄目だと考え、休日は中国語の語学学校へ。香港での修業を目標に2年ほど通った。オーナーに仲介を依頼し、時間はかかったが「スタンフォードホテル香港」で研修できることになった。
「日本人だからという壁を取り払おうと、翌日話したい文章をあらかじめ考え、教えてもらいたいという姿勢で積極的に示したのも良かったようで、皆さん親切に指導してくれました。向こうは、鍋、まな板、点心、各持ち場にレベルの高いスペシャリストがいるんですが、それぞれに優しく教えてもらいました。せっかく来たんだからと、違うお店や結婚式場でも働かせてもらって。短い期間ながら多彩な経験を積ませてもらって、急成長できたはず。ノウハウやレシピもいろいろ教えてもらいました」
3ヵ月で一時帰国し、再び香港へ。今度は名古屋店のオープンを控えた『福臨門酒家』の門を叩いた。
「名古屋店で働きたいから香港で勉強させてくれと打診しました。一日中、海鮮の下処理をしたり、カエルをさばいたり、日本じゃあり得ない体験。無給ながらも繁忙期には『休まないで』と言われ(苦笑)、頼りにしてもらえたのはうれしかったです。ここでも『今日はこれを勉強したい』と頼むようにして、本場の技術をたくさん学ばせてもらいました」

名古屋や東京でも経験を重ね料理長に就任。スタッフへの想いが独立の契機に。

帰国後は、『福臨門酒家』名古屋店のオープニングスタッフに。基本、調理自体は中国人が行うため、まな板の担当となったが、鍋を振りたいとアピールしたところ、任せてもらえる機会にも恵まれた。
「その後は、やはり圧倒的にレベルが高い東京へ。まず入った『火龍園』では、毎日築地で仕入れをしていて、日本の食材の素晴らしさに改めて気づかされました。オーナーが休みの日には自分が行くようになったので、いろんな食材も見られましたし。次に移った『グランドハイアット東京』は、勤務歴の長い人たちばかりで、ポジションをとるのにひと苦労。『やれば必ず認められる』ということを信じて、とにかく人一倍頑張ってやりたい仕事も任せてもらえるようになりました。とことんやれば、自分の成長にもなるし、居心地も良くなる。それって本気でやれば、期間の問題じゃないんですよね」
料理長からの評価は高く、歳上の料理人も副料理長もいたなか、2年ほどでついに二番手まで昇り詰めた。となれば、そろそろトップに立って自分で考えた料理を出したい。そう考えていたところ、大阪駅前の商業施設、グランフロント大阪に出店が決まっていた『ジョーズ シャンハイ ニューヨーク』の料理長を探しているという話が舞い込んだ。
「支店とはいえ、コース料理は全部自分で考えられ、人を動かす経験も積めたので勉強になりました。2年半ほどで結果も残し、声をかけてもらったのが心斎橋のお店。中国料理店を開きたいオーナーがいて、ゼロから好きにしていいという願ってもないチャンスでした」
しかし2015年6月、大阪市内の心斎橋に『中華旬彩サワダ』をオープンさせるも、地階で看板も出しづらい場所。半年近くは集客に苦戦した。
北海道産タラの白子入り麻婆豆腐 
「街場の店舗の大変さを思い知りましたね(苦笑)。雑誌やテレビで紹介され、ようやく抜け出せたんですが、急に忙しくなりすぎてしまって…、とてももどかしかったです。自分がオーナーになれば、スタッフの働き方や休日などの待遇面も含めて、すべて自分で決められる。そう考えて独立開業を決めました」
名古屋コーチンのクリスピーチキン

開業から1年足らずでミシュランの一つ星を獲得し、より質の高い料理を追求。

1年ほどで独立準備に入るも、最初の集客に困ることは痛感していた。ならば営業をかけるべきだと、まずつくったのは大量の名刺だった。
エスサワダ式よだれ鶏
「出店先も決まっていないので、自宅の住所と連絡先を入れて。食べることが好きな人たちに配ろうと、食事会や有名店の周年記念パーティーなど、あらゆる食の会へ積極的に参加しました。名刺を渡すことで、相手の名刺がもらえ告知を送れますからね」
こうして2016年11月、大阪市内の西天満に『中国菜 エスサワダ』をオープン。開店時には、無料で食事を提供するオープニングレセプションを1週間も開催した。
秋刀魚の春巻き
「招待した皆さんがSNSやクチコミで情報を拡散してくださったおかげもあり、初日から今まで、ほとんど満席が続いています。看板メニューに据えたクリスピーチキンは、大きさや味、脂の乗りや皮の厚みがちょうどいいものを探すのに苦労したんですが、人との縁がつながってオープン直前に最適なものと出会うことができ、開店時から満足いく形で提供できたことも好運でした」
ウニとトリュフの冷静ビーフン
開店後、自身の感性で展開していった新しい中国料理の世界が評価され、わずか1年足らずで日本版ミシュランガイドで一つ星を獲得。大阪にある街場の中国料理店では唯一の快挙だった。以降、さらに予約困難店となっていき、現在に至るまで一つ星を連続でキープ。界わいは立地の良さも功を奏し、本格的な料理を提供する飲食店が建ち並ぶエリアとして有名に。「ミシュラン通り」とも呼ばれている。
『中国菜 エスサワダ本店』外観
「たとえばすぐ近くにある日本料理店『老松喜多川』さんに、食材の仕入先や扱い方を教えてもらうなど、他店との交流から学ぶことも多いです。中国料理は現地でも冷凍品を使うことが少なくないですが、日本には四季がありますし、やはりその時々に採れる旬の食材を活かしたほうが確実においしい。視野を広げたことで、日本の良いものを使い、日本人だからこそできる中国料理をめざすようになりました」
『中国菜 エスサワダ本店』内観
化学調味料には頼らずカツオや昆布の出汁を使うなど、日本人に合うよう“旨味”も重視。フランス料理のソースや盛りつけ方からヒントを得たりと、他ジャンルの料理の優れた部分を取り入れ、日本人好みの中国料理へと昇華させている。
『中華バル サワダ』
「一時期、ヌーベルシノワ(新しい中華料理)と銘打った創作料理も流行りましたが、いくら組み合わせたところで、おいしくなければ意味もありませんからね。本物の中国料理を知らなければ、アレンジもできません。これまでの経験すべてが、おいしさを一番にめざす我々の中国料理に生きてきています」
『大阪中華 サワダ飯店』

手軽においしい中国料理を味わってもらえるバルや飯店を出店し、事業を拡大。

2019年11月には東梅田に『中華バル サワダ』をオープン。今後の事業拡大も見越し、翌月には株式会社セブンスイノベーションも設立した。
『大衆中華 さわだ食堂』
「『エスサワダ』が2~3ヵ月予約がとれない状態だったので、夜の営業時間が長いバル業態に。クリスピーチキンなどの看板メニューは入れつつも、メニュー構成もコース料理ではなく手軽な一品料理をメインにし、より多くの人に来てもらえるようにしました。それに高級店しかないと、人を育てるのも大変。カジュアル店舗からステップアップできるように、人材育成の場として活用することも想定していました」
『中国菜 エスサワダ 西麻布店』
『中華バル サワダ』も、1年足らずで日本版ミシュランガイドのビブグルマン(コストパフォーマンスの高いお勧め店に与えられる称号)を獲得する。2020年2月には、『中国菜 エスサワダ 西麻布』で東京にも進出。翌年1月には東梅田に『大阪中華 サワダ飯店』を、6月には堂島・北新地に『大衆中華 さわだ食堂』をオープンさせた。
『中国菜 エスサワダ 西麻布店』内観
「東京にもエスサワダの味を伝えるともに、大阪市内では価格帯をさらに下げてお店もオシャレにし、若い世代や女性にも気軽においしい中国料理を味わってもらえるよう工夫しました。『飯店』の次は『バル』、そして次こそは『エスサワダ』に行ってみたいと思ってもらえるような流れもつくりたいですね」

輝けるポストを増やす多店舗展開で人材育成にも力を入れ、人としての成長も。

コロナ禍でも積極的に出店計画を推し進め、人材教育に尽力。段階的に輝けるポストをつくり、スタッフのやりがいを生むためにも、店舗を増やしていっている。
「個人経営の飲食店で新入社員研修に力を入れているところは、決して多くはありません。だけど料理人である前に、いち社会人であることは間違いない。人前で話せることも重要なので、うちでは朝礼で毎日、前日の反省や当日の目標などを必ず話させるようにしています。そうすれば考えて物事に取り組むようにもなりますし、みんなに伝えて改善していこうという姿勢も身についてきますからね」
まず人として、社会人として、個人個人を成長させたい。そのために外部機関を使った学びも提供している。
「先日、財務のプロを呼んでレクチャーを開いてもらったところ、スタッフにも大好評でした。数字の感覚がないと、在庫管理にも苦戦しますし、いつかお店をもちたいなら料理を学ぶだけでは不十分です。そりゃ会社で活躍してくれるのが一番うれしいですが、独立開業をめざすならそれを応援したい。出会ってくれた人が成長してくれることが、自分にとっては一番大切なことだからです」
「おいしい料理をつくれることも必要ですが、それだけじゃ世界が狭くなりすぎる。学びをおろそかにすると、料理人にも未来はありません。自分自身も講習会に参加するなど、ビジネスの勉強も常にしています」
テレビや雑誌などメディアへの出演や食品メーカーとの商品開発、他ジャンルの料理人とのコラボレーション企画など、店舗経営にとどまらず幅広く活躍する澤田さん。
「料理人をめざすのって、『かっこいい』『自分もこうなりたい』といった憧れがきっかけになることも多いと思うんですよ。それもメディアに出る理由の一つです。成功すれば、一流企業をも超えられるのがこの世界。やった成果もわかりやすいうえ、お金をもらって人に喜んでもらえ、お客様の笑顔も見られる。さらには生産者の応援もできる。素晴らしい仕事だと実感しています」
今までの常識を覆し、中国料理の地位も料理人の地位も上げていきたい。そのためにも常に進化を続けたいと、澤井さんは語る。
「油っぽいなどマイナスのイメージを払拭して、中華の世界を変えていきたいんですよ。自分に関わってくれた人を、一人でも多く幸せにするために何ができるのか。そのことを常に考えながら、周囲に貢献していくことが人生のテーマです。それが実現できるのが、中国料理に限らず“食”の世界だと思いますよ」

澤田州平さんの卒業校

辻調理師専門学校 launch

辻調理師専門学校

西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ

食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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