No.128
若くして独立開業し、人を喜ばせるプレゼン力で、次々に事業を拡大。コロナ禍の逆境もチャンスに変え、驚きと感動を与える仕掛け人に。
株式会社エキップダイア 代表取締役社長 兼 オーナーシェフ
水口大輔さん
profile.
北海道県出身。北海道登別南高等学校(当時)からエコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。辻󠄀調グループ フランス校を2005年に卒業後、大阪市のフランス料理店『ポン・マリー』に就職。修業を重ね、再びフランスでの経験も積み、依頼を受けて2009年、愛知県名古屋市にビストロ料理店をオープン。2011年9月、『ビストロダイア』を開業。欧州料理店や焼肉店、イタリア料理店など事業を拡大し、2017年には名古屋市の商業施設にレストラン『グランドダイア』をオープン。各店で業態や提供メニューなどを模索しつつ、コロナ禍に立ち向かっている。
access_time 2021.02.19
食べること、つくること、喜んでもらうことを好きな気持ちが原点。
北海道登別市出身。料理上手な母親の影響で、子どもの頃から食べることが好きだった。中学生になると、親からお金をもらってスーパーへ買い物に行き、毎日料理をするのが楽しみで、それが遊びにもなっていた。
「初めて買ったレシピ本はイタリア料理のもの。周りにお店もないから、自分でつくってみようと挑戦していました。料理系のテレビ番組も大好きで。『どっちの料理ショー』で辻󠄀調グループの先生方が、各料理をプレゼンされる姿に憧れていたんですよね。見せ方がすごくかっこ良くて引き込まれて…その頃から辻󠄀調で学びたいと思っていました」
一方、打ち込んでいたサッカーは、クラブユースに選抜されるほどの腕前だった。特待生として進学する話もあったが、上には上がいることを中学3年間で悟り、近隣の高校へ進学。
「プロになりたかったわけではなかったんですよね。ただ当時、中田英寿選手の活躍を見て、ヨーロッパには行ってみたいと思っていて。そんな頃に、辻󠄀調グループにはフランス校もあると知り、ますます思いが固まりました」
勉強は試験前だけ頑張るタイプだったというが、留学を見据えてフランス語とイタリア語を独学するようになった。公務員だった父親からは、「有名シェフなんて、ほんの一握りの人間しかなれない」と反対されたが、気持ちは変わらなかった。
「学校祭とかイベントごとに活躍する調子のいい人間だったんですよ(笑)。人を呼んでホームパーティを開いたり、バーベキューをやったり…。人に喜んでもらう快感を覚え、卒業式ではケーキもつくりました。食べること、つくること、喜んでもらうこと。それらを好きだという思いが、自分の原点です」
高校の卒業式で水口さんが作ったケーキを囲んで(中央、先生の右側)
先生方のプレゼン力の高さに魅了され、自分もこうなりたいと憧れた。
料理のなかでもとくに惹かれた西洋料理を学ぶため、エコール 辻󠄀 大阪の辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。
エコール 辻󠄀 大阪時代
「憧れていたとおり、先生方のプレゼン力の高さに魅了されました。講習は料理の楽しさを見せる授業で、実習はより深い現場感を味わう授業といった雰囲気。調理技術やチームワーク、衛生面のことなどを細かく学べました」
人生で一番勉強したと振り返る専門学校時代。最前列の真ん中の席で講習を受けるため、毎朝、先生が出勤する前に登校していた。
「予習にも復習にも力を入れていました。寮に帰っては、ノートをまとめ直していましたし。だけど好きなことだったから全く嫌じゃなかった。同じく早めに登校して近くに座る同級生たちは、刺激を与えてくれる良いライバルになりました」
実習は、1グループに1人の教員がサポートに入るという贅沢さで、すべてが効率的に吸収できたという。
「先生は、一つの質問をすれば3つの答えを返してくれる。引き出しが多くて『こういう手法もある』と教えてくれるから、一度に3倍吸収でき、学ぶ時間も3分の1で済むんですよね。巧みなプレゼンテーションで人をワクワク、楽しく、夢中にさせる姿に惹かれ、自分も将来こうなりたいと思っていました」
フランス校時代(左端)
料理のことばかり考えていたフランス留学。好きだから楽しかった。
1年間の課程を終え、フランス校に留学。
「レストラン形式の実習が日々行われ、レストランとはこういうものだというシステムを学びました。いきなりバッターボックスに入って打てるものじゃない。ヒットを打つための準備期間だったと感じます。朝早くから夜遅くまで、起きている間はずっと料理のことを考えていましたが、好きだから楽しんでいました」
休みの日には極限まで食べ歩き、フランスを満喫。イタリアも北から南まで周った。約半年後からの研修では、ブルゴーニュ地方の三つ星レストラン『ラ・コート・サンジャック』へ。
「フランスの二つ星や三つ星のレストランにはサッカーチームがあり、仕事の合間にずっと練習しているんですよ。入って早々、アルザスの大会での準優勝に貢献し、みんなと仲良くなれました。仕事では、言われたことは早々に片付け、何かないかとガツガツいっていたら、“戦車”ってあだ名をつけられたんですよね(笑)。一通りの部門をアシストさせてもらい、セクション別の仕事内容を学べました」
今の自分にできることを考え、名古屋でビストロ料理店をオープン。
帰国後、就職について、尊敬していたエコール時代の恩師、佐々木新太郎さんに相談。彼がシェフを務めていた大阪市内のフランス料理店『ポン・マリー』で働くこととなった。
「すごく型破りな先生で、人との接し方も僕みたいに調子が良くて(笑)、大好きだったんですよ。のびのびと自由にやらせてもらえて楽しかったです」
半年ほど経ち、兵庫県尼崎市に新店舗ができることに。厨房のデザインの打合せに参加するなど、立ち上げから関わった。
「イタリア料理をベースにしたフランス料理のお店だったんですが、メニューもつくらせてもらえて勉強になりました。だけど1年ほど経つと、料理が好きすぎるあまり、『もっと自分の料理を教えたい、広めたい』という気持ちが勝ってしまって…。一度、立ち止まってみようと、北海道に戻ったんです」
帰郷すると、留学中にできた現地の知人から誘われ、フランスへ。しばらくの間、縁あって再び『ラ・コート・サンジャック』で働くことになった。店がバカンスに入ると、オーヴェルニュ地方の一つ星レストラン『メゾン・デコレ』での仕事もサポート。経験値を高めて日本に戻ると、期せずして愛知県名古屋市にいた知人に乞われ、飲食店の開業に関わる。
北海道産昆布〆雲丹とホタテ貝の低温調理 オキサリスと青リンゴ
「オーナーが料理人じゃなかったので、まず自分ができる業態から考えて。フランスで食べたボリュームがそのまま味わえるような、コストパフォーマンスのいいビストロを開くことにしたんです。現地で食べ歩いたなかでも田舎料理が好きでしたし、その質と量に覚えた感動を届けようと」
秋のキノコと北海道産発酵バターとエピスのカプチーノ
プレゼン力やコストパフォーマンス、スタッフの人間性も重要な要素。
新店舗をゼロから企画し、24歳という若さでシェフに就任。おいしくて満足度の高い料理や、人を楽しませる接客が評判を呼び、3カ月ほどで予約がとれない人気店となった。
「お客様と接して喜んでもらえるやりがいを味わい、原点に戻れました。だけど忙しさの中で自らの休みも削るようになってしまい、このままじゃ続けられないと、独立開業へと動きだしたんです」
秋トリュフと松茸のアンサンブル 発酵焼き白子
こうして2011年9月、『ビストロダイア』を開いた。農業で活躍する兄とのつながりを活かし、食材には北海道のものを多用。質への信頼はもちろん、“北海道産”はお客様を惹きつけるフックにもなると考えた。これまでの評判に加え、水口シェフを慕うお客様も多く、すぐさま大繁盛。
朝採れとうきびのムースに名古屋コーチンとエクラゼ栗のポタージュ
「料理人ってアーティストと同じ側面があると思うんです。同じ楽譜でも演奏する人によって変わるのと同様、同じレシピで同じ料理ができるわけじゃない。それに歌が上手ければCDが売れるわけじゃないのと同じで、有名シェフがお店を出したからって必ずしも続くわけじゃない。おいしいことは大前提ですが、お客様は人に会いに来ているんだって、自分の店を開いて確信しました。プレゼン力やコストパフォーマンス、スタッフの人間性だって、集客の重要な要素なんですよ」
ビストロダイア
計画性に縛られず、結果次第ですぐに切り替え、軌道修正する。
同店が軌道に乗ると、各所から出店依頼が舞い込むようになり、次々に事業を拡大。2013年には、愛知県豊田市に欧州料理店『ユーロダイア』をオープン。その後、名古屋市の柳橋中央市場に、全国のブランド和牛を扱う焼肉店『肉魂』を開業した。2016年には、中部国際空港でイタリア料理店『ナポリダイア』、2017年には名古屋市の商業施設で『グランドダイア』をスタートさせた。
グランドダイア
「『グランドダイア』は、エンターテインメント料理を掲げるレストランです。日本で一番、液体窒素を使う男じゃないかというぐらい(笑)、料理に喜ばせる演出を入れますし、コスパの良いシャンパンもあります。なかでも一番の売りは“人”。オープン当初はいかにもなグランメゾンを志していたんですが、シェフが静かでいるのを誰も求めていなかった(笑)。高級感のあるお店だけどフランクだし、ちゃんとおいしいし、しっかりプレゼンもしてくれるし…っていう部分で高評価をいただいています」
「背伸びした振る舞いをしたところで無理がある。若いなら若いなりの色しかないけれど、それが武器にもなる。この店に来たらなんか元気になるよねとか、心地いいよねとか、なんでもいい。どうやってお客さんをアテンドするかで、支持されるかどうかが決まると思っています」
若さゆえの恐怖心のなさ、いい意味でプライドへの執着が無いおかげで、これまで突っ走ってこられたと水口さん。
「『肉魂』は1日50~60名も並んでもらえるお店だったんですが、海外に流れる和牛が増え、肉の値段が高騰しちゃったんですよ。それで続けられなくなったので、沖縄旅行で感動したお店を参考に、マグロ料理を破格で提供する居酒屋『海のダイア』に変更。そちらも大ヒットしました。計画性に縛られず、やって駄目ならすぐに切り替え、軌道修正する。こうやって今まで乗り越えてきたんです」
コロナ禍の対策にいち早く着手し、売上げが前年比の4倍に。
そんななか見舞われた、2020年のコロナ禍。
「空港に店があったので、影響は早かったです。1月末の旧正月の時期に、インバウンドが全然入ってこなかったんですよ。そこで2月末は社員を全員集め、社内で非常事態宣言を出し、対策に取り組みました」
『ビストロダイヤ』のテイクアウトメニュー
まずはいち早く販売業を始めることに。必要な免許をすぐにそろえ、保健所の許可を取得。『ビストロダイア』の店内営業を3月から自粛し、店先でのテイクアウト営業をスタートさせた。これまでのリーズナブルなビストロ料理は、政府のガイドラインに準じつつ『グランドダイア』で提供。空港内の店舗『ナポリダイア』は8月で撤退するも、結果、『ビストロダイア』の売上げは前年比の4倍となった。
『マルシェdeダイア』
「炭火で焼いた生姜焼き弁当やハンバーグ弁当など、家ではできない炭火焼きに特化して販売したところ大好評で。『マルシェdeダイア』と銘打ち、仕入れ先がコロナの影響で困っている中、野菜をまとめて購入し、そのままの価格で販売もしていました。おかげで野菜を買いに来られた方がお弁当や惣菜を買ってくださるので、こちらにしたら0円の宣伝費です。正直、人を呼ぶために始めたことですが、仕入れ先の方たちにも喜ばれ、どんどん扱う数が増えていきました」
『マルシェdeダイア』
おいしいのは当たり前。期待に応えたうえで、変化や驚きを入れたい。
2021年1月に再び、緊急事態宣言が発出された際にも、また新たなアイデアを実行。
「テイクアウトばかりも寂しいですからね。安心安全な範囲のなかで、おいしいものを食べに来てほしい。そのためにできることは何かと考え、日本を代表する和牛の料理を半値近くで提供する新しいブランド、『ステーキdeダイア』を期間限定で立ち上げ、『ビストロダイア』と『グランドダイア』で同じディナーを出すことにしたんです」
「来店の保障がないなか、鮮魚だと廃棄の危険性が高まってしまいます。その点、熟成肉なら融通が利きますし、ワンプレートにすれば提供も早く終わりますからね」
「来店に抵抗のある方もいらっしゃるだろうから」と、1週間分の家事をお手伝いするというコンセプトで、シェフの料理が自宅で味わえる食事セットの通販も始めた。今後は自炊のための食材も含め、ネット通販にも力を入れていくという。
「期待に応えたうえで、変化や驚きを入れたい。できる範囲のことにはチャレンジしていきたいです。お金をいただいている以上、おいしいのは当たり前。ベースの部分は本当に勉強しましたからね。ものすごく食べ歩いたし、貪欲につくったし、神経を張ってきた。そのうえで、どう差別化するかが重要です。必要とされていることに応え、どう楽しんでもらえるか。食べることは一番の楽しみですからね。『料理が好き』という気持ちがなければ厳しい世界ですが、逆にその気持ちさえあれば、活躍する方法はいくらでもありますよ」
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