INTERVIEW
No.125

地元三重の老舗ホテルで研鑽を積み、グループ初の女性総料理長に。現地でしか味わえない「海の幸フランス料理」の”深化”と”進化”をめざす。

都ホテルズ&リゾーツ 志摩観光ホテル 総料理長 

樋口宏江さん

profile.
三重県出身。三重県立四日市西高等学校から現在のエコール 辻 大阪 辻フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学し、西洋料理を専攻。1991年に卒業後、都ホテルズ&リゾーツの志摩観光ホテルに就職。1994年、ホテル志摩スペイン村のレストラン『アルカサル』のシェフに。2008年、敷地内に新たに開業したザ ベイスイート内フランス料理レストラン『ラ・メール』のシェフに就任。2014年には、ホテル内にある5つのレストラン・バーを統括する総料理長に。「G7 伊勢志摩サミット 2016」では、ワーキングディナーを担当。2017年、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」ブロンズ賞の女性初・三重県初の受賞者となる。
access_time 2021.01.08

テレビで観た憧れや初めて味わった感動から、フランス料理の道へ。

三重県志摩市の志摩観光ホテルは、「ザ クラシック」と「ザ ベイスイート」「ザ クラブ」の3館からなるリゾートホテルだ。館内すべてのレストランを統括しているのが樋口宏江さん。今でこそ、都ホテルズ&リゾーツグループ初の女性総料理長を務める彼女だが、料理の道に進んだ動機は、ごく一般的なものだった。生まれたのは1971年。
「母が料理好きで、小学生の頃からお手伝いを楽しんでいました。家族に喜んでもらえるのもうれしかったんですよね。フランス料理に憧れを抱いたのは、辻調グループの先生が出演されていた料理番組『料理天国』を観るようになってから。中学時代、母に連れられ実際に初めて食べたときに、美しい盛りつけや複雑なソースのおいしさに感動したんです。自分ではなかなかつくる機会もないフランス料理への憧れも募り、この道へ進もうと決意しました」
高校に進学しても、その意志は変わらなかった。3年生になり大阪の辻調グループへ見学に行ったところ、「フランス料理に決めているのなら」と勧められた学校が、現在のエコール 辻 大阪だった。
「実習が多く、西洋料理に特化して学べると知り、ここしかないなと。卒業までの間は、地元のフランス料理店でサービスのアルバイトをしていました。そこでは、細やかな気遣いやお料理の出し方、お店を常に美しく保つことの大切さなどを厳しく教えてもらえました」

伊勢志摩の食材をメインとする画期的なフランス料理に感銘を受けた。

いざ入学してみると、毎日がとても楽しかったと懐かしむ。
「フランス料理に使う言葉や切り物の仕方など知らないことばかりで、常に新しい発見の連続でした。一日が終わるとノートを書き直して、見返して…。今でも大切に保管しています。試食の感動も忘れられません。学校の先生がつくられるベーシックで手の込んだ料理はもちろん、外来のシェフらによる斬新な料理も感動的で。スタート時点に高い水準のものを見せてもらえたことが、その後の視点に良い影響を与えてくれました」
エコール 辻 大阪のころ 妹さんと
就職活動中、担任の先生に紹介されたのが、地元三重県の志摩観光ホテルだった。当時、総料理長を務めていたのは高橋忠之シェフ。それまで主流だった欧米からの高級な輸入食材ではなく、「伊勢海老クリームスープ」や「鮑ステーキ」など、伊勢志摩の海の食材をメインとした“海の幸フランス料理”を、40年以上も前から提唱していた開拓者だ。
「この土地ならではのフランス料理を、まったく独学でつくられている。高橋さんが出されていた料理本にも感銘を受けていたので、こんなすごい方のもとで働けるのならぜひにと志望しました。中学時代からの夢が、母と一緒に自宅でレストランを開くことだったので、地元で経験を積めるのも魅力的でした」

入社3年目にして、新たに開業するホテルレストランのシェフに抜擢。

志摩観光ホテルは、時代の先を行く開けた職場だった。樋口さんが就職した約30年前には珍しく、性別問わずどんな仕事でも分け隔てなく与えてもらえた。そして実力があれば、新しい仕事をどんどん任せてもらえたという。
「1年目の早い段階でサラダを盛らせてもらったり、ボイルを担当させてもらえたり。ホテルは一つの部門に時間をかけて少しずつ経験を積むイメージでしたが、最初のうちは半年に一度ぐらい、新たな部門に異動する形で。若いスタッフの技術や技量を早く高めようという、高橋さんのお考えだったようです」
高橋シェフは身だしなみや立ち居振る舞いにも厳しかった。すべてを清潔に保つことはもちろん、少しでも真剣味のない様子を見せることは許されない。
「お客様は非日常を味わいにいらっしゃいますので、日常を見せないことが大前提。若手が直接怒られることはありませんでしたが、集中して真剣に料理と向き合う姿勢を徹底するよう指導され、常に緊張感のあるなかで働いていました」
勤務中、高橋シェフの食事だけは、料理人が用意していたという。ある日、担当の先輩から任されてつくったサラダがシェフに褒められ、3年目を迎える頃には、樋口さんが料理番を担うようになった。
「初めてお褒めの言葉をいただいたときは、信じられないぐらいうれしかったです。23歳の頃、1994年4月に開業する予定の、ホテル志摩スペイン村のレストラン『アルカサル』のシェフの命を受けました。思いも寄らないことでしたが、地中海料理も組み合わせたメニューを考えるにあたり、東京のスペイン料理店への研修にも行かせてもらうなど、力を尽くしました」

『ザ ベイスイート』内のレストランのシェフとなるため、世界的料理人の教えを吸収した。

『アルカサル』が軌道に乗ると、再び志摩観光ホテルへ。レストランの厨房で働きつつ、館内コーヒーショップやランチのメニュー考案などを任されるようになった。高橋シェフが勇退された2001年には、入社時からずっと指導を受けてきてた宮崎英男シェフが第6代総料理長に就任。
宮崎英男名誉料理長と
「宮崎さんからは、真面目に、真摯に仕事をする姿勢を改めて学びました。どうしたらお客様に喜んでいただけるかを常に考え、全力を注ぐ。ものを大切にする教えも宮﨑さんからです」
その後、『ザ ベイスイート』の2008年開業が決定。館内のフランス料理店、『ラ・メール』 のシェフを任されることになる。
『ザ クラシック』
「当時は大変なことになったと気づく間もなく、単純にうれしかったです。「ザ ベイスイート」ができることで今までの館は『ザ クラシック』と名前を変え、これまでの歴史を踏襲し、より深く掘り下げる“深化”をテーマとすることに。一方、『ラ・メール』では、先へと進んでいく“進化”をテーマに展開していくことになりました」
『ザ ベイスイート』
オープンに先立ち、フランスの世界的シェフ、アラン・デュカス氏が設立した料理教育機関と辻調グループが提携して開いていた、プロ向けの講習会に参加。アラン・デュカス・グループの現役シェフらから学べる特別プログラムは、新しい発見が多かったという。
フレンチレストラン『ラ・メール』
「フランス人は、たとえばその時季が来たら山へキノコを採りに行って調理し、食卓で秋を感じるんだというのがデュカスさんの教え。季節ごとの食材でその土地ならではの料理をつくるというのは、高橋さんの考えに共通していましたし、なるほどフランス料理ってそういうことなのかと。フランス人のエスプリ(機知・精神性など)の部分も学べる、ありがたい場になりました」
フレンチ本膳より 鮑とかつおのお出汁と鮑ステーキシャンパンソー

伊勢志摩サミットで提供した三重の食材を使った料理が絶賛を浴びる。

これまで受け継いできたものとはまた違う角度から組み立てる、“海の幸フランス料理”。新たな挑戦はやりがいがあったが、当初は思うようにいかなかったという。
伊勢海老クリームスープBSスタイル
「少しスタイルを変えると、『以前のほうが良かった』というお声も頂戴して…。最初のうちは、こちら(ザ ベイスイート)に泊まられても、向こう(ザ クラシック)と同じものが食べたいおっしゃるお客様が大半でした。だけどしばらくすると、『こちらも良いねと』気に入ってくださるお客様が増えていき、その後はお好みに合わせてレストランを選べることがホテルの強みにもなっていきました」
鮑のステーキと低温調理 焦がしバターの軽いソース
そして2014年には、宮崎シェフから総料理長のバトンを受け継ぐことに。『ラ・メール』のシェフを兼務しながら、ホテル内にあるすべてのレストラン・バーを統括するという、歴代の総料理長も経験したことのない立場となった。
「自分に務まるだろうかと案じましたが、やるしかありません。日々担うべきことは今までと変わらず、お越しいただいたお客様のために最上のお料理を用意すること。その延長線上にありながら、重い責任を背負っている自覚は常に抱いています」
2016年5月「G7伊勢志摩サミット」 ※外務省提供
2016年5月には、「G7伊勢志摩サミット」のワーキングディナー(ビジネス会議を兼ねた夕食)を担当。この土地でしか味わえない唯一無二のフランス料理が、世界の要人たちから絶賛を浴びた。
「G7伊勢志摩サミット」のワーキングディナー
「三重の食材をたくさん使ってほしいと、外務省や県からのご要望があったので、ご紹介いただいた生産者さんのもとを訪ねたり、お話を伺ったりする機会に恵まれて。現地を訪ねることで、市場に出ない食材に出合えたり、料理のアイデアが浮かんできたりと、料理人としてもありがたい機会になりました。サミットは全スタッフにとって初めての経験でしたし、どうすれば最高のおもてなしができるか、チームみんなで考え乗り越えようと尽力。ホテル全体としての団結力が増したことも大きな収穫でした」

熱い思いで生みだされる素晴らしい生産物を、料理を通じて広めたい。

地元の豊かな食材はもちろん、生産者たちのことをもっと知ってほしい。そんな思いがサミットをきっかけに高まり、2017年の夏からは、旬の地元食材を活かした「伊勢志摩ガストロノミー ランチ賞味会」をスタート。「ザ ベイスイート」の日本料理店『浜木綿』と『ラ・メール』が、毎月交互にランチを提供するイベントだ。
伊勢海老ソテー 人参と柑橘のソース
「総料理長とはいえ、日本料理の経験はないので、『浜木綿』の料理長には、常に教えてもらおうという姿勢で接しています。交流を重ねるうちに、意見を求めてもらえることも増えてきました。日本料理とフランス料理の垣根を超えて、良い部分を取り入れるなど、ランチ会がお互いを高め合う場にもなっています」
第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」で、女性として初めて「ブロンズ賞」を受賞
サミットなどでの地産地消の取り組みや魅力発信への貢献が評価され、同年10月には、第8回農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」で、女性として初めて「ブロンズ賞」を受賞。第一線で活躍する料理人や生産者たちと出会う機会も増え、この地でしか生み出せない料理をつくるための活動も加速していった。
「素晴らしい生産物を熱い思いで生みだされている生産者さんがたくさんいるのに、まだまだアピールできていません。私が料理をすることで、より多くの方の目にふれ知っていただけるよう、さらに力を入れていきたいです。サービスの担当も私と同じく、さまざまな生産者のもとを訪ねるようになってきたので、そこで得た知識や思いをお客様に説明できる強みが最近できてきました。高橋さんがいつもおっしゃっていた、また食べに行きたいと、憧れられる料理をつくりだすことが、一生涯の目標です」

途中で目標は変わっても、料理人は覚悟があれば一生やり抜ける仕事。

生産者との絆が深まるなかで見舞われた、2020年のコロナ禍。それを受けて、ジビエや伊勢まだい、柑橘類や南伊勢の小麦など、三重県産の素材を具材や生地に使ったパンを開発し、7月から販売をスタートさせた。
「食材がなければ料理はできませんからね。ホテルの休業もあったので、少しでも何かお役に立ちたいなと、根を詰めて商品開発に取り組めました。三重は、海の物山の物、どちらにも恵まれた珍しい県です。その素晴らしさを、もっとたくさんのお客様に伝えられるよう、これからも"深化"と"進化"を続けていきたいです」
志摩観光ホテル全体を見渡す立場になった現在、めざすのは、働いてみたいと思えるようなチームをつくること。「みんなでお客様のために頑張ろう」と、楽しく働ける人を増やせるよう仕向けていきたい。そして、次につないでくれる人をたくさんつくりたいと樋口さんは語る。
「ただ料理が上手なだけでなく、哲学をもてる料理人を増やしていくことが、今の私のテーマです。目標や考えは途中で変わったっていい。私も正直、ここに骨をうずめようと思って入社したわけではありませんが、多くの仕事を与えてもらえ、チームで働く楽しさを実感したことで、長く働こうと決断しました。そのうえで料理人は、めざそうと覚悟を決めれば、一生やり抜ける仕事だと実感しています。
コロナ禍によって人とのつながりの大切さも再認識できました。生きていくうえでも食べることは欠かせないので、これから先も食の業界が廃れることはありません。食べることは生きること、人とつながること。スタイルが変わってもこの仕事は進化していくでしょうから、めざす人がたくさん出てくるとうれしいですね」

樋口宏江さんの卒業校

エコール 辻 大阪 辻フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

エコール 辻 大阪
辻フランス・イタリア料理マスターカレッジ

フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。

フランス料理とイタリア料理。
共通点が多い2つの料理の、基本の技術と理論を徹底マスター。
望む未来を切り拓く力と自信を養う。
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