No.041
それぞれが役割を果たし、たくさんの人と一緒に、一つの素晴らしい料理をつくりあげられるのが、ホテルで働く料理人の醍醐味。
神戸ポートピアホテル 総料理長
岸本貴彦さん
profile.
兵庫県加古川市出身。辻󠄀調理師専門学校から辻󠄀調理技術研究所へ。1990年に卒業後、神戸ポートピアホテルに入社。製菓、宴会部門を経験し、レストラン『アラン・シャペル』に異動。その後、宴会部門の副料理長を経て、『アラン・シャペル』の副料理長、料理長となり活躍。フランスの本店でも研修を重ねる。2009年8月、再び宴会部門へ。ホットセクション料理長、部門料理長などを経て、2014年、神戸ポートピアホテルの総料理長となり、現在に至る。
access_time 2017.12.22
3,000人もの宴席に対応できるのも、ホテルの体制があってこそ。
ホテルの総料理長の仕事内容は多岐にわたる。調理分野は、概ね宴会部門とレストラン部門に大きく分かれ、ホテルごとにさまざまな部門を擁するが、それら全ての部門のトップに立ち、全体のマネジメントを担うのが総料理長だ。日々の業務としては、宴会部門の占める割合が大きい。大小36の宴会場を持つ神戸ポートピアホテルでは、軽食からコース料理まで、要望に合ったメニューを宴会部門の料理長らとともに考え、指揮をとる。総料理長の岸本貴彦さんは言う。
神戸ポートピアホテル
「ゲストの人数や目的、価格はもちろん、客層や細かなリクエストなどをお客様からご提示いただき、最もふさわしいメニューや空間、演出などを考えます。最高のサービスでご提供できるように準備を進め、問題があれば速やかにサポート。さまざまなニーズに応えられるのが、ホテルの良さでもありますね」
フレンチレストラン トランテアン
調理スタッフは総勢120名ほど。地下2階のフロアが全面キッチンになっていて、温かい料理や冷たい料理など、セクションごとに分かれて仕事をしている。一番大きな宴会場の収容人数は、正餐スタイルで最大1,200名。外部の会場でサービスをすることもあり、先日も3,000名の宴席があったという。人手を要する際には、宿泊やレストランのスタッフがサポートに回る制度が築かれているのも、このホテルの特徴だ。
「私だって、一人では何もできないですからね。メニューを書くのは事務室ですが、指示をする際にもスタッフと直接話して、一緒に仕事をしていくことを大事にしています。料理が完成するまでには多くの工程がありますが、できるだけその全てに関わり、いい料理が出せるように努めています。各スタッフが責任をもって、それぞれの役割を果たし、協力することで、お客様にいい料理が出せる。たくさんの人と一緒に、一つのものをつくりあげられるのが、ホテルで働く料理人の醍醐味だと思います」
一つずつ技術を覚え、磨きをかけることが、若い頃のやりがいに。
「細かい打ち合わせを重ねながら、自分のアイデアや気持ちを込めた料理をつくっていき、それが一皿に実際の姿となって現れ、お客様の目の前にお出しして、喜んでいただける。直接ご挨拶をさせていただいたときの笑顔は、本当に力になります。人の喜びを自分の喜びと感じられなければ、この仕事はできません。お客様の喜びを想うことが原動力になっています」
兵庫県加古川市の兼業農家に生まれたという岸本さん。幼い頃から自宅には新鮮な食材がたくさんあり、両親が共働きだったこともあって自然と料理を始め、ずっと料理人になりたいと思っていた。簡単なものではあったが、両親に食べさせ喜んでもらったことが原体験となっているという。
「めざすにあたり辻󠄀調を選んだのは、“本物”が学べると思ったから。最初の1年間でフランス料理と心に決め、技術研究所へと進学しました。そこからさらに『より本格的なフランス料理を学びたい』という思いが高まり、このホテルを志望したんです」
香ばしく焼いた帆立貝のムース エクルビスとかわいい野菜
想いの矛先は、当時、フランス以外で唯一、ここ神戸ポートピアホテルに設けられていたレストラン『アラン・シャペル』だった。1990年に就職するも、新卒で配属されることはなかったため、まずは製菓、宴会部門のコールドセクション(冷たい料理の担当)を経験。
「宴会料理は数が多いので、同じ作業が続くのは正直しんどいこともありましたが、料理になっていく姿を想像して頑張るようにしていました。若い頃のやりがいは、技術を覚え、磨けること。今までできなかったことができるようになったり、より速くできるようになったりすると、自分が前に進んでいることを実感できます。学校でフランス料理を体系的に学べたからこそ、目の前の業務、自分の役割を理解して、仕事に入れたと思います」
若鶏のヴェッシー包み
真に素材を大切にする、アラン・シャペルの料理哲学に感銘を受けた。
入社後3年ほどで念願の『アラン・シャペル』に配属。世界で最も有名なシェフの一人、アラン・デュカス氏をはじめ、数多くの一流シェフに影響を与え、“料理界のダ・ヴィンチ”と呼ばれた故・アラン・シャペル氏の偉大さは、実際に働き始めてから改めて思い知ることになった。
アランシャペル神戸料理長時代 本店フィリップ・ジュスシェフと一緒に
「調理前の温度にまでとことんこだわり、最もおいしく食べられる状態で給仕する。細かなこだわりを全員が共有していることに、まず驚いたことを覚えています。最初はここで出されている料理をつくれるようになりたい、というシンプルな憧れだったんですが、小久江次郎シェフ(現『ラ ジュネス代官山』総料理長)らを通じてアラン・シャペルの料理哲学を知るにつれ、もっと理解したい、少しでも近づきたいと思うようになりました」
フランス アランシャペル本店での研修時代
デザートの担当から始まり、前菜、魚、肉と順番に学ぶ。年に何度かは、本店のシェフを引き継いだフィリップ・ジュス氏からも直接指導を受けた。30歳でフランスの『アラン・シャペル』に研修へ。リヨン郊外の片田舎にある本店で、とれる時季や土地に根づいたものから、初めて料理が生まれているのだということも体感できた。その後も経験を重ねて料理長となり、研修のため再び渡仏。フィリップ・ジュス氏からシェフとしてのトレーニングを受け、メニューをつくる立場となった。
フランス アランシャペル研修時の料理 仔豚のロティ
「我々の料理は、必要以上に調理をすることも、たくさんの食材を一皿に盛り込むこともありません。シンプルな組み合わせで、最大限においしさを引きだすという考え方です。忘れてはならないのは、素材にこそ料理の原点があること、目の前の素材を大切にすること。日本にもアラン・シャペルの哲学を受け継ぐ料理人が数々いますが、そうと知らなくても一皿を見ると、その流れをくむ料理だと感じるものがありますよ」
生産者の気持ちを知ることで、食材への感謝の気持ちも増した。
「10年ほど前、父親が急に亡くなったので、親孝行だと思い農業を継ぐことにしたんですよ。米をつくりながらホテルに出勤していました(笑)。ここ2年ほどは時間があまり取れず、人にお願いしていますが、ときどきは田んぼに出るようにしています。料理を追究すると食材にたどりつくので、これも料理人の経験の一つとして生かされるのではと。手をかけておいしい料理をつくるのと、おいしい野菜やお米をつくるのは一緒です。つくりあげたものを誇りに思えます。それを感じれば、生産者の気持ちを無駄にはできません。食材に感謝して、できるだけそれをおいしくお客様にお出しするのも、アラン・シャペルの考え方。つくっていただいた方に感謝し、料理をすれば、食材も余すところなく丁寧に使うようになる。若い人たちにも、そう指導しています」
神戸ビーフ生産者の中西牧場をメールブラジェオーナーシェフ ヴィアネ氏と訪問
2009年、『アラン・シャペル』本店の閉店に伴い、神戸も幕を閉じることとなり、再び宴会部門へ。料理長を経て、総料理長となった。神戸ポートピアホテルでは、従来、地産地消を心がけてきたが、岸本さんが現職に就いてからは、よりいっそう生産者一人ひとり、食材一つひとつにスポットを当てていこうという動きになっている。
「兵庫県は南北にも長く、それぞれに特性をもつ食材の宝庫です。いい食材があって、初めていい料理ができるので、さらに力を入れていこうと、少しずつ生産者のもとも訪ねるようにしています。複雑に調理することが、素晴らしいわけじゃない。食材も必要以上に盛り込みすぎず、できるだけシンプルに、食材の本質を生かせるよう意識しながら指導にもあたっています」
トランテアン 個室 レヴァリー
自分に合うノウハウを吸収できるのも、多くの人が働くホテルならでは。
料理人として成長するためには、たくさんの人にもまれることも重要だ。いろんなレストランやセクションがあり、いろんなものに触れられ、いろんな先輩から学べるのも、ホテルの良さだと岸本さんは語る。
「身につけている技術や教え方は、人によって違います。自分に合うやり方を吸収できるのも、多くの人が働くホテルならでは。確かに分業制ですが、以前のように長らく下働きだけ、という時代でもありません。食材にもすぐ触れられますし、やろうと思えば次の仕事を任せてもらえる環境もある。すべて本人の熱意次第です。コンクールに出たいとなれば、練習用の食材や時間も用意するし、厨房でシミュレーションもできるようにする。出場のために遠くへ行くなら費用も出すなど、個人の努力に対して応援するシステムを整えています」
丹波焼きの皿に盛り付けた淡路沖で獲れた鮑のソテー
一つずつ上の役割を担っていけるようにステップアップし、試験をクリアすれば、ポジションも着実に上がっていく。そのために教育はとても大切だと岸本さんは考える。
「後進を育てるのは、いまの役割のなかで非常に大きな仕事です。社内コンクールにも多くの若手社員が出場するように働きかけ、できるだけ自分のアイデアを盛り込んだ料理をつくる機会を提供するようにしています。やはり自分の思いを込めた料理をお客さまにご提供するというのは、技術を覚えるのとはまた違うモチベーションにつながりますからね。ホテルの料理人は、たくさんの人と一緒に大きな仕事も成し遂げられる、やりがいのある仕事です。いまよりさらに、刺激を与え合える環境にしていきたいですね」
辻󠄀調理師専門学校
西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ
食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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