INTERVIEW
No.109

全国的に問題になっている鳥獣被害。正しく捕獲し調理する技能や、ジビエ料理のおいしさを広め、地方創生や社会貢献のできる料理人に。

オーベルジュ・エスポワール オーナーシェフ/ 一般社団法人日本ジビエ振興協会 代表理事

藤木徳彦さん

profile.
東京都出身。東京・私立駒場学園高等学校の食物科(現・食物調理科)を1990年に卒業後、長野県茅野市の蓼科高原にあるオーベルジュに就職。約7年半の修業を経て、1998年4月、蓼科高原に『オーベルジュ・エスポワール』をオープン。2012年5月に任意団体として活動を始めた現・一般社団法人日本ジビエ振興協会の代表理事も務める。著書に、「フレンチで味わう信州12か月」(信濃毎日新聞社)、「ぼくが伝えたい山の幸 里の恵み~フレンチシェフが巡る」(旭屋出版)など。農水省選定「地産地消の仕事人」、内閣府認定「地域活性化伝道師」。
access_time 2020.01.10

料理としておいしいとわかれば、無駄な命をなくせるんじゃないか。

長野県茅野市の高原リゾート地、蓼科(たてしな)で1998年4月に開業した『オーベルジュ・エスポワール』。地元でとれた農産物やジビエ(野鳥獣)を使った料理で人気のオーベルジュ(宿泊設備を備えたレストラン)だが、なかでもジビエはオーナーシェフの藤木徳彦さんにとって特別なものとなっていった。
オーベルジュ・エスポワール
「オープンして2~3年目の頃、地元の農家さんのもとへ伺ったとき、鳥獣被害が深刻だっていうお話を聞いたんですよ。農作物を全滅させられた、こんな寂しい思いをするならもう農業を辞めたいって…。長野県も有害鳥獣駆除に力を入れていた頃で、あるとき猟師さんのもとへ鹿を買いに行くと、『持ってけ』って死骸の山を見せられたんですが、内臓まで打ち抜かれていて使えない。これってものすごく残酷なことでしょう」
「料理としておいしいとわかり、そのための狩猟法が広まれば、無駄な命をなくせるんじゃないか。そう考えて地元のお母さんを対象にボランティアで料理講習を始めたのが、ジビエに関わる最初の活動でした」

県に働きかけ、ジビエの衛生管理に関するガイドラインが策定された。

一方で、土地ならではのジビエ料理を出す『オーベルジュ・エスポワール』の人気も高まっていき、2004年には長野県の地域振興局からジビエ料理を振る舞いながら集客ノウハウを教える会を開いてくれないかと依頼を受ける。しかし当時、ジビエは食品という位置づけではなかったため、保健所からストップがかかったという。
「そこで、当時の田中康夫知事に手紙を送ったんですよ。長野県はワインづくりも盛んだから、フランスのように信州ジビエも打ちだしませんかと逆提案したところ、大賛成してくださって。北海道に次ぐ衛生管理のガイドラインを、県で設けてくれたんです」
こうして長野県は2007年に、「信州ジビエ衛生管理ガイドライン」および「信州ジビエ衛生マニュアル」を策定。それを受け、「長野県のように駆除で終わらせず、活用する方法を模索したい」と、藤木さんのもとには他県からも講習の依頼が殺到するようになった。
「鳥獣被害のない都道府県は全国に一つもありません。そのため定休日を活用し、ほとんどボランティアで回っていたんですが、一人では限界があって…。2011年、地方の現状を知ってもらおうと東京で開いたジビエ講習会で、『全国組織をつくりたい』という話をしたところ、手伝うよと手が挙がって、現在のジビエ協会(一般社団法人日本ジビエ振興協会)につながる任意団体を結成できました」
エスポワールで焼くパン

ジビエ協会の活動に、教育機関として辻󠄀調グループが協力することに。

安心安全なジビエ料理の普及によって、増え続ける鳥獣被害を減らし、地域の活性化や社会貢献をめざしているジビエ協会。その活動の一環として、「日本ジビエサミット」を2014年から各地で開催しているが、2016年11月に和歌山県で開いた際、大阪・東京を拠点に調理や製菓の教育を展開する辻󠄀調グループに相談をもちかけた。
「農林水産省の補助事業(鳥獣利活用推進支援事業)として、ジビエ協会では国産ジビエ料理セミナーやジビエ料理コンテストなどを主催していますが、それをバックアップしてほしいし、学校で国産ジビエの現状も教えるようにしてほしい。そう校長に直談判したところ、快諾してくださって。東京校の秋元(真一郎)先生に事実上のヘッドになってもらい、大阪校とも連携しながら活動しています」(藤木さん)
秋元真一郎先生
そのアプローチに対し、「まさに講師として来ていただきたい人だった」と秋元さんは振り返る
「フランス滞在時、ジビエに惹かれて大好きになったんですが、日本に戻って授業をやるにも、当時使えた国産のジビエってエゾシカぐらいだったんです。それで15年ほど前、その生態を勉強しようと、個人的に北海道へ行ったりしていたんですが、そこで鳥獣被害が問題になっていることを知って。学校ではあくまでも料理の授業としてしかジビエを扱っておらず、自分のなかでくすぶっていたなか、藤木さんと辻󠄀調がつながったので、東京であった講演を聴いた直後にご挨拶をさせていただき、自分の想いを伝えました」(秋元さん)

ジビエを安全においしく調理するための加熱データを示し、国に提言。

「秋元先生はとにかく熱心だった」と藤木さん。互いの協力を始める準備段階から、ジビエ協会の講習会やセミナーを訪れては、調理の手伝いもしてくれたという。それに対し、「協会がどういう活動をしているかを実際に見て、自分たちにできることは何かを考えたかった」と秋元さん。
「僕らは教えるのが本職。学内には、料理だけでなく衛生面や栄養面を教える先生もいるので、タッグを組めば双方プラスになることができるのではと提案しながらプログラムを組み、2017年度から動き出しました」(秋元さん)
国産ジビエ料理セミナー パンフレット
辻󠄀調グループは、ジビエ協会が主催する「国産ジビエ料理セミナー」や「ジビエ料理コンテスト」などに協力。
「セミナーで使うテキストも一緒につくってもらっているんですが、衛生面や栄養面の内容が格段に濃くなり、本当に助かっています」(藤木さん)
「なかでも画期的だったのが、厚生労働省のガイドラインを変えさせたこと。食中毒防止のため、食肉は中心部を75℃で 1 分間加熱する必要があるとされていたんですが、料理をしている者からすると焼きすぎなんですよね。ジビエなら固くなるうえ臭みも出てしまう。そこで、安全性とおいしさを担保しながら調理できる境界線はどこなんだと、東京校で膨大な数のジビエを焼いて実験してもらったんです」(藤木さん)
1℃ごとに設定を変えてデータをとり、厚生労働省に提出。「70℃で3分」や「65℃で15 分」など、同等な加熱殺菌の条件となる数値が、国から正式に認められた。
「牛肉など畜産のお肉に関しても、“75℃で 1 分間”以外の温度帯は示されていなかったので、それを厚労省が発表したのは驚くべきこと。世界的に見ても、まだどこも提示していませんでしたから、革命的だったんですよ」(藤木さん)
藤木シェフによる特別授業

ジビエを学ぶことが、地域に求められる料理人となることにつながる。

並行して、藤木さんに辻󠄀調グループの学生を指導してもらう取り組みも行われている。「学校の立場として、料理の道に進む若者にもしっかり教えなければ」と秋元さん。
藤木シェフによる特別授業
「最近の学生は地元志向が強い。東日本大震災以降、単に料理を学びたいだけでなく、地域に何か貢献したいという思いをもつ学生が増えてきているように感じます。ジビエって、そういう想いにぴったりマッチするんですよね。学校にいる間に、彼らに純粋な意味での武器をもたせられたらなと」(秋元さん)
藤木シェフによる特別授業
藤木シェフによる特別授業は、まず校内でジビエに関する講義と、鹿肉の解体や試食などの実習を実施。後日、長野県でのフィールドワークへ赴き、鹿の皮剥ぎや野菜畑の見学をしつつ、『オーベルジュ・エスポワール』で地方における料理や食材などのお話を聴き、ジビエ料理を実食する。
藤木シェフによる特別授業
「ジビエについて学ぶことで、単なる鳥獣対策の肉を使う担い手じゃなく、地域に求められる料理人、将来必要とされる料理人になれるはず。これから学んでいく学生の良さは、頭が柔軟なところです。凝り固まると意識を変えるのは難しいですが、学生は話を聴けば必要なんだと理解してくれます」(藤木さん)
藤木シェフによる特別授業
「授業後、明らかにすぐ変わるのは、食材に対する考え方です。これまで冷蔵庫から出して食材としての“肉”の状態から使っていたものが、こちらへ来ると皮を剥いで解体するところから目にすることになる。すると単なる材料として捉えていたのが、『命をいただいている』という気持ちに変化し、『大切にしなければ』と扱い方も変わっていきます」(秋元さん)
藤木シェフによる特別授業
料理の難しさは、食材が毎回違うことだと秋元さんは考えるが、農産物はもちろん畜産物でも、その違いはわかりにくい。
「今使っている食材と同じものは二つとしてないものの、日本は家畜のレベルも高いので、見た目から味を想像できてしまう。だけどジビエは見た目が同じでも、個体や部位、処理の仕方によって全然違ってくるんです」
エコール 辻󠄀 東京での藤木シェフの特別講習
「藤木シェフの授業でも、血抜きをしっかりしたものとしていないものを塩で食べ比べるんですが、誰の舌でもその違いがはっきりとわかる。違いに気づくと、ほかの食材に対しても多少の差に気づこうという意識が働くようになるので、料理も上達するし、楽しくもなってくるようです」(秋元さん)
エコール 辻󠄀 東京での藤木シェフの特別講習 秋元先生(左)
最近ではブームにもなっているジビエ料理。盛り上がりを見せている間に、日本の食文化に組み込むことが急務だと藤木さんは語る。
「外食産業で話題になって、スーパーの惣菜売り場、ひいては精肉売場でも並び、学校給食でも当たり前に出るようになってほしい。そのためには家庭でおいしく調理できるだけの理解が広まらないといけません」
エコール 辻󠄀 東京での藤木シェフの特別講習
「日本中が困っている鳥獣被害の対策として、新たな食材として活かしていくことは、国策として今ものすごい勢いで突き進んでいる状況です。“食べる”ということには、いろんな人の心を動かす力がある。料理人は、食という手段で地方創生もできる、大事な仕事です。僕にとってのジビエのように、単純においしさを追求することから始めても、掘り下げていくうちに、国全体での取り組みにまで発展させられることだってある。それほどまでに“食業”は、大きな力に変わる可能性を秘めた仕事だと思います」(藤木さん)
オーベルジュ・エスポワールの厨房でスタッフと
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