INTERVIEW
No.131

学校でフランス料理に惹かれ、留学も経験。現地でのデザートづくりがきっかけとなり、地元愛知でパティスリー&ショコラトリーを開業。

パティスリー&ショコラ セルフィーユ/ル ショコラ セルフィーユ

オーナーパティシエ/ショコラティエ 権田啓嗣さん

profile.
愛知県出身。豊川高等学校から辻調理師専門学校に進学。辻調グループ フランス校を1989に卒業後、東京・六本木のフランス料理店『伊万里』に就職。約2年間の経験を積んで地元・豊川市に戻り、パティスリー『パリジャン』で製菓の道へ。約6年間の修業を重ね、1997年11月、同市内に『パティスリー セルフィーユ』を開業。2006年10月には、隣接する豊橋市にチョコレート専門店『ル ショコラ セルフィーユ』を開業。2013年には、本店を『パティスリー&ショコラ セルフィーユ』として豊川市内に移転オープン。
access_time 2021.04.20

母親の強烈な推しで進学した調理の専門学校でフランス料理にめざめ、留学へ。

「幼いころからケーキが大好きだったんですよ。小遣いをもらったら、小さなケーキを1個買って食べるというくらいな…。十代の頃は、けっこうやんちゃやってまして、それなりに楽しく過ごしてたんですが、高校を中退して地元のケーキ屋さんで働いていた頃に、母親が辻調(辻調理師専門学校)の資料を突き付けて、『ここに行きなさい』と強烈に推してきたんです。これが辻調へ進学した実際のところです(笑)」
愛知県は現在の豊川市で生まれ、1987年、大阪の辻調理師専門学校へ進学。自らの動機はさほど高くなかったものの、実際に入学してみると、「何もかもが面白かった」と振り返る。
「見たことのない世界でしたからね。学ぶ料理はすべておいしいし、初めて経験する調理も楽しかった。毎日が忙しく、ギュッと詰まった濃厚な学生生活でした。仲間と一緒に頑張るのも楽しくて。寮に帰っては、包丁を研いで、切り物の練習。大根のかつらむきをしたり、ニンジンのシャトー切りをしたり、竹の子の細切りをしたり…。1年間で和洋中を学びましたが、なかでも惹かれたのがフランス料理。すべてがかっこよく見えたんですよね」
冬休みには約2週間の研修旅行に参加。スイス、イタリア、フランスを食べ歩き、辻調グループ・フランス校への留学を志望することになった。
フランス校時代 同級生たちと先生と食べ歩きに(右から2人目が権田さん)
「とても楽しく、ますますフランスへの憧れが強まり…。まだ海外へ気軽に行ける時代じゃありませんでしたが、親にも賛成してもらえました。人生で一番勉強したのが、留学前のフランス語です。まさか自分でもこんなに必死になるなんて。最初は無理やりでしたが(笑)、進学させてもらえたことを今も感謝しています」
フランス校時代 外来講師で訪れたポール・ボキューズ総料理長(左)とロジェ・ジャルー料理長(右)と

渡仏中の現場研修で、チョコレートを使ったデザートづくりに感動。

調理師学校卒業後の秋に渡仏。当時のフランス校では、昼も夜もレストラン形式での実習を行っていた。
「キュイジニエ(料理人)とサービスと食べる側とに分かれ、順番に交代していくんですよ。朝仕入れてくるものでつくるから本当に大変でした。鶏の羽をむしったり、うさぎを使ったり、鹿を解体したり、初めての経験もいっぱい。自分たちで盛り付けや付け合わせも考えましたし、かなり実践的な経験が積めました」
フランス校時代 授業の一環での試食で、天気がいいので外で食べようとなった
「どれも2班に分かれて行うんですが、片方の班の料理提供が早いと焦っちゃって。みんなで協力しないと回せないから、グループで話し合い、誰が何をやるか決めて動くなど、チームワークも鍛えられました。その経験も、ずっと役立っています」
卒業制作の料理
週末はミシュランガイドの二つ星や三つ星のレストランを食べ歩いた。
「学校ではクラシックな料理を学び、外では最新の調理法でつくられた料理なんかを食べて刺激を受けてました。食べ歩くことで、ベースの大切さも実感できましたし。楽しすぎて、半年間がすぐに終わりました」
その後は半年間の現場研修へ。フランス南東部、タン・レルミタージュの人気レストラン『レイノー』で一通り経験させてもらったという。
実地研修のレストラン『レイノー』にて
「デセール(デザート)から入り、前菜、魚料理、肉料理、ソースなど、全てやらせてもらいました。学ぶしかないから怖いものがない(笑)。何を言われてもできると言えと教わってきたので、通用するかどうか関係なく、とにかく手を出し、できなければ怒られても教えてもらいました」
実地研修のレストラン『レイノー』にて スタッフたちともフランクに接することができた
「日本人はいないお店でしたが、仲間の家にも招待してもらえ、ものすごく楽しかったです。お店の近くに世界的に有名なチョコレートメーカーのヴァローナがあって、デセールにも日本では考えられないくらい、高級なチョコレートを贅沢に使っていました。チョコレートそのものも、それでつくったチョコレートケーキも驚くほどおいしく、この強烈な印象が、後にショコラトリーを開店する動機にもつながったんだと思います」

料理の技術は製菓にもつながる。現地での経験も活き、パティシエの道へ。

翌年の夏に帰国すると、東京・六本木のフランス料理店『伊万里』に就職。
「伊万里焼のお皿を使った、当時最先端だった、箸で食べられるオープンキッチンのフランス料理店でした。毎日満席で、芸能人がすごく来ていて。前菜や肉のグリルを担当したんですが、和を取り入れた料理で面白かったです」
勤めたのは、バブル全盛期から崩壊までの数年間。退職後は、地元に帰ることにした。
「都会に疲れたこともあり帰ってきたんですが、振り返ってみてもデセールの経験が楽しく、やっぱりケーキのほうがいいかなって思い、まちのケーキ屋さんで働き始めたんです」
転職先の地元のケーキ店は、ファミリー向けの洋菓子店だった。実際やってみても、「製菓のほうが合っている」と実感できたという。
「料理って来店に合わせて仕込みをしないといけませんが、ケーキは順序立てて計画的に仕込みができる。多少、働く時間が長くなったとしても、より楽しくできたんですよね。練習してきた分、フルーツを剥いたり切ったりするのも早いし、たくさんの数を手際良くつくるのにも慣れています。とくに一品ずつ組み立ててつくるようなフランス料理は近しくて、まったく問題なく対応でき、将来はパティスリーを開こうと目標を定めました」

時代に先駆けたチョコレート専門店に挑戦し、大ヒット商品を開発。

約6年間の修業を重ね、調理の技術が活かされることにも自信を持ち、扱う製品をすべてマスターできたところで独立へ。販売担当となる妻の美保さんとともに1997年11月、豊川市内に『パティスリー セルフィーユ』をオープンさせた。
「『セルフィーユ』とは、フランス料理に使うハーブの名前。留学中に見たとき、すごくかわいい葉っぱだなと思ったので、それをケーキに載せようと。当時は載せてもミントの葉ぐらいだったので、田舎では初めてだったんじゃないですかね。テイクアウトだけでなく、25席設けてアシェットデセール(皿盛りのデザート)も用意していたんですが、それも料理のように盛り付けていました。“ちゃんとしたものをつくりたい”という本物志向は学生時代に培ったもの。学んだ基礎や考え方は、今も生きています」
『パティスリー&ショコラ セルフィーユ』豊川本店
お店は順調に人気を高め、地域に愛される存在となっていく。そして2006年10月、隣接する豊橋市にチョコレート専門店『ル ショコラ セルフィーユ』を開業。
『ル ショコラ セルフィーユ』
「10年近く経ち、また新たな挑戦をしてみたくなったんですよ。発端はもちろん、留学中の現場研修で出合ったヴァローナのチョコレートです。当時はまだ、日本でショコラトリーは一般的でなかったので、『一口サイズのチョコレートで200円なんて売れるわけがない』と周囲からは大反対されたんですが、銀座の有名な専門店へ研修に通い続け、シェフにも来てもらって。店番は母親に任せる形でスタートさせました」
『ル ショコラ セルフィーユ』イートインスペース
オープン当初は、1日の売上げが200円しかない日もあった。しかし、ほどなくリリースした「誕生石ショコラ」がテレビで紹介されると一躍、人気店となった。
「開業してから毎年、フランスの道具屋さんに行っては、面白いケーキ型などを買っていたんですが、たまたまダイヤモンドの型を見つけたんですよ。そこから誕生石をモチーフにしたチョコレートって面白いんじゃないかと12種類つくったら、贈答用としてヒットし、一気に注目を浴びるようになりました」
『誕生石ショコラ』

甘くて濃いのも独自性。お店をやる以上、個性を出すのは大事なこと。

チョコレートを始めてからは製品の幅が広がった。チョコレートベースの生ケーキも、バリエーション豊富に打ちだしている。2013年には、本店を『パティスリー&ショコラ セルフィーユ』として豊川市内に移転。扱うチョコレートのイメージに合わせ、より高級感のある店構えにし、ケーキも特別感のあるものを増やしていった。
バッグの型を使ったチョコレート
「LOVEという文字の型やいちごを模した型を使ったり、桃の形をそのまま活かしたりマスカットをリース状にしたりと、一風変わった面白いケーキで差別化を図りました。リピーターあっての商売なので、お店を飽きさせない努力は重要。バッグの型を使ったチョコレートもギフトとして人気です。自分で食べる“おやつ菓子”も大事ですが、それらはコンビニもカバーしていますし、贈答用のお菓子としての価値を高めていきたいなと」
フランスだけでなく、東京にも頻繁に足を運び、最先端の刺激を吸収。百貨店の催事にも積極的に出店し、活性化を図っている。
エクアドルのカカオ生産者の方と
「うちの製品は、よく甘くて濃いと言われるんですが、それでいいと思っています。近頃は軽くてあっさりとしたケーキ屋さんが多いので、差別化になるかなと、濃厚ではっきりした味を心がけています。フランスで食べたお菓子も、非常に甘くて濃いんですが、おいしく感じましたしね。チョコレートの原材料も、フランスの会社が扱うエクアドル産のもの。とてもいい花の香りがするんですよ。現地の農園にも足を運び、納得して選びました。お店をやる以上、やはり個性を出すのは大事なことだと考えています」

コロナ禍により家族で楽しめるお菓子にも注力。今でも毎日が楽しい。

やがて息子の祐人さんも辻調理師専門学校からフランス校へと進学。フランス料理店からパティスリーへと職場を移すなど、権田さんと同じルートを経験している。現在は娘の采香さんも販売を担当。コロナ禍によりイートインは控えることとなったが、2020年度は過去最高の販売数を次々に更新した。
「自粛生活が始まったぐらいからお客さんが増えてきて。外に出ない分、家族で集まるので、生ケーキが多く売れるようになってきて。これだけ来てもらえるなんてとても有難く感じて、家族で楽しむためのお菓子にも力を入れる転機にもなりました」
お盆の手土産などに使われるギフト商品は伸び悩んだが、家族で過ごす人が多かったクリスマスの売れゆきは上々。
「売上げが上がっているスーパーのチェーンストアに初めてクリスマスケーキ出したんですが、数百台もの注文が入りました。バレンタインの催事も、例年の名古屋や新宿に加え、銀座の百貨店に初出店したら、ものすごく人気で。新宿の百貨店では100店舗中、トップ10以内に入りました。自分のケーキに対するアイデアが評価されていることを感じることもできて、嬉しかったです。これからもどんどん、広めていきたいですね」
今回のバレンタインやホワイトデーでは、新商品として和菓子づくりにも挑戦。食材メーカーを招いて羊羹の炊き方やゼリーを結晶化させた琥珀糖のつくり方を学び、オレンジピール入りの「チョコレートようかん」やミントとバラの風味の琥珀糖を発売した。
『パティスリー&ショコラ セルフィーユ』豊川本店
「いろんな種類をつくっていくのが楽しいんですよね。コンビニに寄ってもケーキを買うぐらいなので、家族にも『ほんと好きだね』って言われるんですが、ずっと好きですし、今でも毎日楽しいです。いろんな形のお菓子をつくれるし、その時々に合わせて変えたっていいし。自分が思ったとおりにつくって、それが売れると面白い。お菓子の仕事って、本当に楽しいですよ」
共に店を運営する妻の美保さん(右)と娘の采香さん(左)と

オーナーパティシエ/ショコラティエ 権田啓嗣さんの卒業校

辻調理師専門学校 launch

辻調グループフランス校 フランス料理研究課程 launch

辻調グループ フランス校

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