INTERVIEW
No.162

フランス料理に憧れ留学も経験。就職先のレストランで師となるサービスマンに出会ったことで転向して修練し、日本一のサービスマンに。

ANAインターコンチネンタルホテル東京 『ピエール・ガニェール』 メートル・ドテル

山地 裕也さん

profile.
広島県出身。広島県立呉三津田高等学校から現・エコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。辻󠄀調グループ フランス校を2003年に卒業後、東京・広尾のフランス料理店『プティポワン』に就職。その後、『グランカフェ新橋ミクニ』、麹町の『レストラン エメ・ヴィベール』でサービスの修業を積み、三越前『カフェ エメ・ヴィベール』のマネージャー職に。さらに京橋『ルシェクリ』、東京駅『アルカナ』、乃木坂『フウ』などで経験を積み、2019年6月、『ピエール・ガニェール』のメートル・ドテルに就任。2021年、第19回「メートル・ド・セルヴィス杯」で優勝を果たした。
access_time 2023.02.06

こんなにも繊細で美しい世界があるのかと感動。知ることすべてが面白かった。

三つ星シェフであるピエール・ガニェール氏がプロデュースした、ANAインターコンチネンタルホテル東京の『ピエール・ガニェール』。2010年のオープンから12年連続でミシュラン二つ星を獲得しているフランス料理店だ。ここでメートル・ドテルを務めている山地裕也さん。フランス料理レストランのサービス技術を審査する国内最高のコンクール「メートル・ド・セルヴィス杯」で2021年、優勝を果たした。
「コンクールの実技は、あくまでも普段の営業の延長線上。審査員の質問に対する返答は、お客様への応答となんら変わりません。お客様に向けて取り組んできたサービスを、無意識レベルにできるぐらいまでイメージトレーニングして臨みました」
山地さんの生まれは広島県呉市。母の手料理に育てられ、料理をつくることに楽しさを覚えた幼少期だった。
「テレビで『料理の鉄人』を見て、中学生の頃からフランス料理の道しか考えなくなりました。食べたことがない分、よけいに憧れたんですよね。体験入学で訪れた現・エコール 辻󠄀 大阪で初めてフランス料理にふれ、こんなにも繊細で美しい世界があるのかと感動。両親は大学への進学を望んでいましたが、ブレずに主張し続けたところ、最終的には背中を押してくれました」
実習メインでフランス料理を学ぶ1年間の課程。最前列で授業を熱心に受け、刺激的で濃密な時間を過ごした。
「フォン(出汁)の取り方もソースの作り方も知らないことばかり。すべての技術が見たことも聞いたこともないものだったので、ものすごく面白かったです。もともと不器用だったんですが、なんでも上手くこなす同級生に刺激され、寮でも切り物の練習に励んでいました」

今に生きるレストラン形式の実習や二つ星の現場が経験できたフランス留学。

2002年3月に卒業すると、同グループのフランス校へ進学。実践形式の実習は想像以上にハードだった。
「調理役やお客さま役などをローテーションで担当するレストラン形式の実習は、考えて回さないと時間が追いつかないし、どこかが遅れると他のチームにも迷惑をかけることになる。毎晩、翌日のタスクをチーム内で割り振って頭に入れて準備を進めるような、料理漬けの日々でした。相当怒られましたし、うまくいかなかったときは仲間と話し合って、次どうするべきかを考えて修正、改善する。今の仕事の流れと全く変わらないトレーニングでした」
名だたるシェフを迎えた講習も、現地ならではの経験だった。休日には食べ歩きを繰り返し、本場の味を覚えていった。
「外来講師で最も印象に残っているのは、ポール・ボキューズ氏によるコック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮)です。もともとパサパサのお肉をものすごく濃厚なソースでカバーする、古典的な煮込み料理なんですが、この素材にはこの調理法にする理由があるんだと実感でき、フランス料理のベースを垣間見られました」
約半年間のカリキュラムを経て、向かった実地研修先はフランス西部のラ・ロシェルにある『リシャール・クータンソー(当時の店名)』。当時はミシュランガイドで二つ星、現在は三つ星を獲得している海沿いの大型レストランだ。
「海産物が中心のクラシックなフランス料理なんですが、とてもおいしくて。ひたすら仕込みか前菜補助でしたが、現場を見るいい経験になりました。繊細な仕事ぶりも目の当たりにできましたし、スーシェフによる仕上げの確認が厳しく、技術に漏れがない。やはり二つ星は違うなと圧倒されることばかりでした」

その力で料理の評価や価値を上げられることに面白さを感じ、サービスの道へ。

こうして2003年2月に帰国。東京・広尾の『プティポワン』に就職する。
「基本技術なくして突飛な料理を学んでも理解できそうにない。最初に勉強するのは、クラシックなフランス料理がいいなと、フォンをしっかり取っているお店を探しました。食べ歩きをしてみても、そういうお店のほうが納得できる味でしたし、フランスでの経験からも、やはり基本が一番大事だと思ったんですよね。『プティポワン』は食べに行っておいしく、そのまま働きたいと交渉し採用してもらいました」
キッチンへ入る前に、まずサービスを経験させるレストランは多く、同店もそうだったが、そのとき上司だったメートル・ドテルの高野真司さんとの出会いが、山地さんの運命を決定づけた。
「楽しさやお客様と接するにあたって気をつけるべきことなど、サービスについてイチから教わり、なんてかっこいいんだと感化されたんですよね。料理も大切ですが、サービスの力でその価値を上げられる。100%のものが120%になると教わり、感心するとともに納得できたんです。説明によって料理のストーリーや背景がイメージできたとき、お客様に、ただ『おいしかった』だけじゃなく、『ああ、だからおいしいんだ』と感じていただける。サービス次第でお皿自体の評価や価値がグッと上がることに面白さを感じ、本格的にやってみようと決めました」

お客様のニーズを素早く察知し、キッチンと連携して満足度を上げるやりがい。

そこから高野さんについていく形で、『グランカフェ新橋ミクニ』を経て、麹町の『レストラン エメ・ヴィベール』へ。2007年11月に創刊された東京版のミシュランガイドでいきなり二つ星を獲得して以降、連日満席が続き、大変な忙しさを経験した。
「あの時期の経験のおかげで、大変な時間帯でも瞬時に頭を働かせ、幅広く対応する力が身につきました。土日はさらにウエディングも重なり、セッティングも全部変わるため、準備の思考やスピードがとことん鍛えられたと思います」
お客様と対面するポジションであるサービス。ニーズをいかに短時間で収集できるか、その情報をもとにいかにキッチンとのスムーズな連携ができるかに、仕事の難しさも楽しさもあるという。
「基礎が一番大切なのは、料理と同じ。ベースの部分はぶらさず、お客様の個性に合わせて、声のトーンや会話のスピード、提案の仕方を変えるなど、応用を利かせるようにしています。まずはお話しを始めて1分以内に、クセやタイプを判断する材料を必死に集める。メニューをご覧になる目線や会話の様子などからお客様の個性を感じ取り、それに合わせて提案の仕方も変えていくんです」
満足度の反応を見られることが、サービスの大きな魅力。高ければうれしいのはもちろん、低ければ次回に向けてどう対策するかを考えることにもまた、やりがいを感じるという。
「100%の準備で臨んでも、イレギュラーな事態は起こりますし、マイナスイメージがつくときもあります。そうならないよう修正して改善し、次につなげていく過程にも学びがあります。その結果、お店の売上げに貢献できることは、やりがいにもなっています」

サービスにまつわる全てのポジションを経験し、経営管理の知識も身につけた。

ワインやチーズの知識も蓄え、ソムリエの資格も取得。高野さんから影響を受け、この頃からコンクールにも挑戦するようになった。
「お客様の前で料理を切り分けるデクパージュの技術を高めるため、まかない用にプーレロティ(一羽丸ごとのローストチキン)を準備してもらってさばくことも。その他の鳥類や肉類や魚類、パイ包み焼きのデクパージュも練習させてもらえるなど、お店にはたくさん協力いただきました」
お店ではサービスにまつわる全てのポジションを経験。ステップアップのためには社外に出るしかないかと相談していた頃、同社がカフェを開業することになり、三越前『カフェ エメ・ヴィベール』のマネージャー職に。
「師匠から初めて離れ、独り立ちしたのがこのときです。高野さんに店舗を超えて質問し、ミーティングにも参加してもらいながら、経営管理に関する知識を少しずつ獲得。アルバイトを回す能力やPL(損益計算書)を見る能力も身につきましたね」
ANAインターコンチネンタルホテル東京 『ピエール・ガニェール 』エントランス

会社からの応援を受け、優勝するイメージで挑んだコンクールで結果を出せた。

7年以上が経ち、さらに経験を積もうと転職。大手ウエディング会社が営む京橋のレストラン『ルシェクリ』では会社の予算組みなどを学び、東京駅の大規模レストラン『アルカナ』では迅速かつ丁寧な仕事をブラッシュアップ。挑戦を続けてきた「メートル・ド・セルヴィス杯」でも、日本5位に輝いた。その後、乃木坂のクラシックなレストラン『フウ』のマネージャー職を経て、2019年6月、『ピエール・ガニェール』のメートル・ドテルに。
ANAインターコンチネンタルホテル東京『ピエール・ガニェール 』
「星付きのプレッシャーだけでなく、パリ本店の看板があるので緊張感が違います。お客様に満足していただくにも、非常に高いレベルのものが求められる。海外のお客様が多いこともあり、オンライン英会話で習い始め、コンクールでの実技試験で使う言語もフランス語から英語に切り替えました」
ANAインターコンチネンタルホテル東京『ピエール・ガニェール 』
2021年、コロナ禍により延期されていた第19回「メートル・ド・セルヴィス杯」が開催。幾度もチャレンジし続けてきたこのコンクールに満を持して挑戦する。予選の筆記試験や論文に臨むにあたっては、母校に通って準備を進めた。
「古い専門書が豊富にあるので、文献を探しによく利用させてもらっていました。同コンクールで優勝された三浦(和也)先生に相談したり、実技審査で使う古典的な調理器具を練習用に借りたりと、卒業してからもお世話になっています」
ANAインターコンチネンタルホテル東京 『ピエール・ガニェール 』
決勝進出が決まると、社を挙げてのバックアップ体制を取ってもらった。食材調達や調理、外国人マネージャーによるオーダーテイクの指導など、一丸となって応援してもらったという。
ANAインターコンチネンタルホテル東京『ピエール・ガニェール 』
「シェフが料理コンクールの審査員も携わられている方なので理解があり、本当に助かりました。今回のコンクールには、完全に優勝するイメージで臨みました。思えば今まで決勝で勝てなかったときは、まだまだ『参加している』という気持ちだったんです。それに比べ『優勝を決めにきている』人は、雰囲気が全然違いましたから、自分もそう挑まないといけないと。会社からのバックアップがいいプレッシャーにもなり、今回の結果(第19回「メートル・ド・セルヴィス杯」優勝)につながったんだと思います」
第19回「メートル・ド・セルヴィス杯」で優勝を果たし店内でスタッフと記念撮影

サービスの経験は料理にも生きてくるし、料理の経験もサービスに生きてくる。

「ロングタームでの目標は、若手の育成です。ここだけで完結するキャリアは少ないので、まずはどこのお店でも通用する技術力と知識力を身につけてもらいたいと考えながら教育にあたっています。知識面は料理のジャンルによっても変わってきますが、対応する技術力は共通しますからね」
サービスの経験は料理にも生きてくる。逆もまたそうだという。
「お客様がどんなペースで召し上がり、どのように空間を楽しんでいらっしゃるか。裏に居続けると見えない部分があるので、表の雰囲気を体感しておくことはとても重要です」
前菜前のウェルカムフード
「もちろん食材を触り、基礎を学んだかどうかは、サービスにも影響してくる。根本的な作り方や食材の構造がわかっているかどうかは、お客様に説明するうえでも関わってきますからね。それに多忙なときも、調理の段取りや所要時間などのイメージもつきやすいので、料理を学んだ経験はとても役立っています」
天然真鯛のグリエとアンチョビバター ズッキーニ/ドライ・トマト/群馬産生ハム | グリーンオリーブのコンディモン | パプリカの香る天然真鯛のベニエ
スタートがキッチン配属だったのなら、料理人の道を歩んでいただろう。「運命の巡り合わせだったが、自然の流れに任せて良かった」と、山地さんは振り返る。
京都産七谷鶏の燻製とムース 雲丹のクリーム スペッツリ
「海外に比べ、日本のサービスはまだまだ重要度が低く見られてしまっています。母数が多くなれば切磋琢磨し、業界全体のレベルも上がるので、サービスを志す人が増えてほしい。その重要性と魅力を、もっと知ってもらえたらうれしいですね」
『ピエール・ガニェール』ひらめきのデザート
「食はお客様の心の栄養です。提供することで喜ばれ、明日への活力になる。サービスはその力をさらに高められる、素晴らしい職業だと思いますよ」

山地 裕也さんの卒業校

エコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

辻󠄀調グループ フランス校 フランス料理研究課程 launch

エコール 辻󠄀 大阪
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ

フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。

フランス料理とイタリア料理。
共通点が多い2つの料理の、基本の技術と理論を徹底マスター。
望む未来を切り拓く力と自信を養う。
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