INTERVIEW
No.135

和洋中の学びやフランス料理店での経験を生かして起業。プロの技を動画で学べる食材キット宅配サービス「シェフレピ」で、料理人の可能性を切り拓く。

efoo(イフー)株式会社 代表取締役

山本 篤さん

profile.
大阪府出身。大阪府立みどり清朋高等学校から辻󠄀調理師専門学校の調理技術マネジメント学科に進学。2013年に卒業後、大阪・新町のフランス料理店『コンヴィヴィアリテ』に就職。約4年間の修業を経てオーストラリアへ渡り、和食レストランの店長兼料理長に。約1年後に帰国し、兵庫・淡路島で料理責任者として複数店舗の立ち上げや運営を経験。2019年に上京し、約半年間、起業をゴールとしたプログラミングスクールへ。2020年5月にefoo株式会社を創業し、2021年4月からレシピ動画がついたスタディ型食材キット宅配サービス「シェフレピ」をリリース。
access_time 2021.07.09
インタビュー場所 エコール 辻󠄀 東京

物事に対して基本的に無関心だった自分が、フランス料理には心底没頭できた。

海外への憧れから、外国語大学に進もうと思っていた山本篤さん。しかし高校2年次でニュージーランドに語学留学した際、5歳の子どもが三カ国語を流暢に話すのを見て、考えを改める。
「語学を学ぶことに時間を費やすんじゃなく、手に職つけることで海外に出てみたいと思い、軽い気持ちで選んだのが料理人でした。小学生の頃から友人と遊びで料理をしたり、アルバイト先の居酒屋でまかないをつくったりした経験が楽しかったんですよね」
大阪で生まれ育ったこともあり、進学先は辻󠄀調理師専門学校しか頭になかったという。ジャンルは決めていなかったため、1年目に和洋中、2年目に専門分野を学べる調理技術マネジメント学科を選択。しかし入学から約1週間後、大阪・新町の『コンヴィヴィアリテ』へ食事に行ったことで、早くもフランス料理を志す。
「もともと辻󠄀調グループの先生だった安尾(秀明)シェフのお店だったんですが、盛りつけを体験させてもらい、これほど細部にまでこだわる世界があるんだと驚いたんです。すぐさまアルバイトに入り、どっぷりフランス料理にのめり込んでいきました」
学校での学びも刺激的だった。知的好奇心がくすぐられ、フランス料理の歴史自体も面白い。蔵書を読み漁り、疑問があれば先生に投げかけた。
「訊けばなんでも返してもらえるので、『なんでなんで』の連続。気づきを得るのが好きで、なんでも体験してみないと腑に落ちない。なんでそうなるのか、教えてもらったことは実際に試して確かめるようにしていました。物事に対して基本的に無関心だった自分が、こんなにもはまるなんて、我ながら意外でしたよ(笑)」

学校と現場、両者を比較しながらフランス料理の基礎を学び、スキルを高めた。

2年次には、ますますフランス料理に没頭。毎朝、市場で魚を仕入れ、『コンヴィヴィアリテ』でさばいてから登校するのが日課となった。
「現代的な要素を取り入れつつも、ベースはクラシックな料理。学ぶ軸とするのに間違いないお店でした。学校と現場、両者を比較しながら基礎を学べたことが大きかったです。フランス料理は技術的にも奥が深い。素材に対し自分のやったアプローチが、すべて味に積み上がっていく面白さがあるんですよ」
「スパイスをまぶした 鴨ムネ肉のエギュイエット 焼きリンゴとゴボウのチップス」 h.b.氏(シェフレピ メニューから)
夏休みには東京で食べ歩きをし、東京・市ヶ谷『ル・マンジュ・トゥー』の谷昇シェフに約1カ月間の研修を志願。
「ごまとクミンで香りを付けた ラムチョップのロースト ひよこ豆のピュレ添え」 プルマン東京 福田浩二氏(シェフレピ メニューから)
「2日に1度は取材が入るようなお店で忙しく大変でしたが、まったく知らなかった料理観も学べて勉強になりました。ありがたいことに卒業後も働かないかと誘っていただけたんですが、スーシェフ(二番手の料理人)が抜けることになっていた『コンヴィヴィアリテ』で働き続けたほうが鍛えられるかなと。それをお伝えしたところ、『確かにそうだ』とご同意いただけて。谷シェフからいただいた『ずっと考え続けろ』というお言葉は、料理に限らない人生の指針として今に生きています」
「石黒農場 ホロホロ鳥のバロティーヌ 馬告とスモークパプリカ」 フランス料理人 小泉敦子氏(シェフレピ メニューから)
2013年4月、『コンヴィヴィアリテ』に就職。やりたいと言えばなんでもやらせてもらえる環境で、フランス料理の基礎を叩き込まれたと振り返る。
「ポークビンダルー 」 The Burn 米澤文雄氏(シェフレピ メニューから)
「何かと任せてもらえたので、短い期間で着実に技術や知識を身につけられました。営業時間だけじゃ学べない部分は、シェフに訊ねつつまかないで試してみたり。つくった料理をコースの一部に組み込んでもらえるのも喜びでした。溜まった知識をアウトプットするのに、中国料理を専攻した友人と料理を交互に出すワイン会を開くことも。そういう挑戦を続けられたおかげで、モチベーションを高く保っていられました」
調理師学校時代、学校の友人宅で様々な料理を実践したり、貪欲に調理技術を吸収しようと行動した

料理業界の仕組みづくりに携わりたいと思うようになり、憧れだった海外へ。

貪欲に吸収し続け、4年が経とうとする頃には、自分の興味のベクトルが"レストランで料理を作ること"とは違う方向を向いていることに気づいた。
「まわりが見えていないまま料理にのめり込む自分に気づき、視点を変えてみると、料理業界の仕組みづくりに携わりたいと思うようになったんです。そのためにもマネージャー職を経験したかったんですが、まだ経験も浅く、日本で店長をできる立場でもない。ならば憧れもあった海外へ行こうと、人手が足りていないと聞いていたオーストラリアへ行くことにしたんです」
およそ1カ月間、語学学校に通いながら職を探す。見つけたのは、和食レストランの店長職だった。
「採用や数字の管理など店舗運営全般を担当。途中からは料理長も兼務することになったんですが、学校で和洋中を学べたことも役立ちました。日本で働いたのは全員プロフェッショナルな小規模の環境でしたが、こちらは大勢いる多国籍の人たちのモチベーション管理も重要。1年弱でしたが、人を動かす経験が積めました」
帰国前に現地でできた友人と車でオーストラリア一周の旅をした
帰国後は、兵庫県淡路島で料理責任者として店舗の立ち上げと運営に従事。何をすべきかはまだ模索していたものの、起業を見据えて仕事に取り組んでいた。
「立ち上げ時のノウハウやエネルギー感は、起業に向けた勉強になりました。だけど5店舗立ち上げたうちの2店舗は、責任者として店舗運営も任されたので、とにかく忙しくて…。少し立ち止まろうと、兵庫県で知り合った農家さんの手伝いをさせてもらうことに。この機会に、第一次産業の面から飲食業を見るのも面白いかなと思ったんですよ」
ミールキット「スパイスをまぶした 鴨ムネ肉のエギュイエット 焼きリンゴとゴボウのチップス」

料理人としての確かなキャリアがあったからこそ、投資家の高評価を得られた。

それから約半年後に上京。2019年4月、起業をゴールとしたプログラミングスクールに入学する。
「第一次産業の側面も見て、産業を変えるには情報のやり取りをシンプルにするしかないのかなと思ったんですよね。じゃあ実際のところ、ITで何ができるのか。経験を通じて可能性を探ろうと考えました」
ミールキット「ごまとクミンで香りを付けた ラムチョップのロースト ひよこ豆のピュレ添え」
プログラミングを基礎から学び、卒業制作としてつくったサービスを投資家たちの前でプレゼンする半年間の課程。そこで料理人の独立を支援するマッチングシステムを考案し、何人かに興味をもってもらえたものの、投資の対象には至らないことに気づく。
ミールキット「石黒農場 ホロホロ鳥のバロティーヌ 馬告とスモークパプリカ」
「『こういう事業があればいいよね』ぐらいの浅い考えで、投資家からビジネスとして拡大していけるという評価をもらえることの大切さを分かっていなかったんですね」
卒業後は不動産会社でプログラミングの実務も経験しつつ、起業家に向けたオンラインサロンに参加。投資会社が運営する起業支援プログラムに応募したところ、何度かのプレゼンや面談を経て採択され、アイデアの仮説検証を行っていった。
ミールキット「ポークビンダルー」
「小規模飲食店の力になりたかったので、店舗の業務を効率化していく方向と、料理人の価値を高め売上げを伸ばす方向、大きく2軸で考えていきました。そのなかでようやく形にできたのが、飲食店に特化した原価管理のシステム。5店舗ほどに試用してもらったんですが…フリーの経理システムと比べ大きなメリットを感じてもらえず、実用は不可能だと判断しました」
事業を模索するなか、投資会社から創業への出資も決定。2020年5月、efoo株式会社を設立する。
「投資家が、起業家の何を見るか。狙うマーケットに対し、解決すべき課題かどうか、そうであれば解決できるプロダクトかどうかといった部分以前に、その起業家がマーケットにマッチしているかどうかが重要だったんですよ。そこに関して僕自身はまったく考えていなかったんですが、料理業界の課題解決をめざす料理人、という視点で評価されていたので、出資していただけたんですよね」

コロナ禍でのスタート。「シェフレピ」で、料理業界の活性化をめざす。

アイデアを出していくなかで、たどり着いた答えが、レシピ動画つきの食材キット宅配サービス「シェフレピ」だった。
「レシピ本を見て、購入される食材費がシェフに落ちるという流れができれば、面白いんじゃないかと考えたんです。それがシェフの料理を自宅で体験できる『シェフレピ』の起点でした」
THE BURN 米澤文雄シェフとのシェフレピ撮影時ミーティング
5人の料理人に2品ずつ依頼し、2020年11月、試験運用をスタート。モニターに体験してもらったところ、「学びたい」という要望が大きいことに気づく。
TOYO TOKYO 大森雄哉シェフとのシェフレピ撮影時ミーティング
「それを受けてプロの技を動画で学べることに力点を置き、雑誌のように毎月テーマを決めて展開する形で、今年の4月に正式リリースしました。たとえば4月号なら『煮込み料理』をテーマに、ジャンルを問わずそのテーマでつくってもらいたいと思った4人のシェフに依頼。ユーザーさんには好きなメニューを選んでもらうスタイルです」
プルマン東京 福田浩二シェフの料理撮影時
「まだ立ち上げの段階で、シェフらにはレシピ開発委託費という形でしかお支払いできていませんが、インタビューもしっかり行い、シェフ自身にファンがつくよう心がけています。ゆくゆくは注文が入った分だけ、シェフに還元される仕組みになるまで拡大させたいです」
フランス料理人小泉敦子さんとのシェフレピ撮影時
この新しい試みにメディアも注目。開始早々、テレビなどの取材も入り、予想以上の好スタートが切れた。
大阪 EXTOLA(エチョラ)の清水シェフの料理撮影時
「コロナ禍との結びつきは考えていませんでしたが、皆さんが家で過ごす時間も増えたし、シェフに対応してもらえる時間も長くなりました。自分でつくってみることで、『ここまで考えられているんだ』『こんなにも大変なんだ』と実感できますし、それを知って食べに行くことでありがたみも増すでしょう。料理人が食べ歩きをするように、料理好きな人が増えることが、料理業界の活性化にもつながればと願っています」

他業界とのかけ橋となる“コネクテッドシェフ”は今後ますます必要とされる。

「シェフレピ」には、エンジニアやカメラマン、デザイナーなど、異なる専門性をもつ仲間と一つのものをつくりあげる面白さもあれば、難しさもある。
「料理素人の人だと、食材やレシピを見て、シェフがどう動くのか、どこがポイントになるかに気づきにくい。食関連の撮影で、料理に精通したカメラマンが求められるのも納得です。また、動画でノウハウを伝えるにも、こちらから掘り起こす必要があります」
「普通ならこうするのになぜそうするんだろうといった質問も、学校で和洋中を学び、料理人としての経験を積んできたからこそできていることだと実感しています。食にまつわるコンテンツはとても幅が広い。料理人出身のディレクターやカメラマン、エンジニアといった活躍の道も、大きく開けているように感じます」
厨房で料理をするだけではなく、他業界と料理業界のかけ橋となるような料理人は、“コネクテッドシェフ”とも呼ばれている。今後はこういった新しい働き方が、日本でも当たり前になってくるのではと山本さんは話す。
「アメリカでは、調理師学校を卒業してレストランで修業を積んだ料理人が、新たなビジネスモデルを開発する企業にアドバイザーとして入る事例もあるようです。僕自身も以前、起業家の集まりに参加したとき、食用コオロギの生産者がいたので、試食してみてそれに合うソースを提案したら、ものすごく喜ばれたんですよね」
「一般化させるためにはおいしく調理する必要があり、それができる料理人は多いはずなのに、ネットワークがない。昆虫食に限らず、宇宙食や人工肉など、成長産業として注目されている新たな市場に、料理人が参入することは強く求められるはずです。一方で、飲食業界が抱える課題は少なくない中、解決策を提供しようと他業種の人たちが参入しても、実務を経験していないからピントがずれてしまいがち。料理人目線のサービスを自分事として開発できれば、ビジネスチャンスはまだまだあると思います」
【ダイジェスト】スパイスをまぶした鴨ムネ肉のエギュイエット by h.b.

料理が好きで、のめり込めた時代があったからこそ、新たな道を開拓できた。

料理を体験したからこそ見えてくるニーズもあれば、新たな働き方の発見もある。自身のキャリアについて山本さんは、単に知識として学ぶだけじゃなく、調理に没頭した時期があったからこそ今があると分析する。
【ダイジェスト】ごまとクミンで香りを付けたラムチョップのロースト ひよこ豆のピュレ添え by PULLMAN 福田浩二シェフ
「料理が好きで料理の道に進んでも、続けられなくなることもあるかもしれません。そうなった場合でも、マイナスに捉えるんじゃなく、ポジティブに捉えて進んでいってほしいです。ただ、ひとつの店で続かなかっただけで、食業界自体が嫌いになるのは悲しすぎる。だから『こんな活躍の仕方もある』という選択肢の多さを、もっと知ってほしいですね」
【ダイジェスト】石黒農場 ホロホロ鳥のバロティーヌ 馬告とスモークパプリカ by 小泉敦子シェフ
さらに山本さんは、食にまつわる分野以外でも、料理人としての修業経験は活きてくるはずだと力説する。
「料理を学ぶって、とても汎用性が高いことなんですよ。集中力や機動力も培われるし、好奇心も膨らむ。だから料理人って料理以外のことをやらせても結構すごいんですよね。僕が農業に携わったときも、プログラミングにチャレンジしたときも、習得が早かったのは、料理をやっていたおかげだと思うんです」
【ダイジェスト】ポークビンダルー by 米澤文雄シェフ
「特化した技術や知識を磨くことって、目の前のことに真剣に向き合う感性を高めてくれる。どんな分野でも成功する力を養うことにつながると思います。これから食の業界へ進路をイメージしている人には、活躍できる世界の広さを感じて、自信を持って進んでいってほしいですね」
前列中央、シェフレピ運営会社「efoo株式会社」代表山本篤さん 後列左、共同創業者(CTO)の阿部圭史さん 後列右、食に精通した編集者の江六前一郎さん

山本 篤さんの卒業校

辻󠄀調理師専門学校 launch

辻󠄀調理師専門学校

西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ

食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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