INTERVIEW
No.114

達人が育てた肉を求め、世界中から人が訪れる“精肉店から生まれたレストラン”。そこには多くの出会いと、人間的な成長がある。

株式会社サカエヤ 代表取締役 新保吉伸さん / セジール スタッフ 井手永遠子さん / セジール スタッフ 高峰笙さん

profile.
株式会社サカエヤ 代表取締役 新保吉伸さん (写真左)
1961年、京都府出身。19歳から畜産業界に入り、27歳で独立開業。2017年9月、『サカエヤ』として草津市に移転リニューアルし、併設のレストラン『セジール』をオープン。熟成肉づくりの達人としての仕事ぶりが2019年5月にNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で紹介され、大きな話題を呼ぶ。2019年7月、「どんな肉でも旨くする サカエヤ新保吉伸の全仕事」(株式会社世界文化社)を出版。

セジール・スタッフ 井手永遠子さん(写真右)
北海道出身。北海道帯広南商業高等学校では高校ではクッキング部に所属し、1年次には「ジュニア料理選手権」でグランプリを獲得。高校生パティシエ日本一を決める「スイーツ甲子園」では、その多くを専門校の生徒が占める全国大会にまで出場。卒業後は大阪の辻調理師専門学校に進学し、2018年4月、滋賀県草津市の『セジール』に就職。

セジール・スタッフ 高峰笙さん(写真中央)
大阪府出身。大阪市立高等学校から大阪の辻調理師専門学校の調理技術マネジメント学科(2年制)に進学。全国の調理師学校生が腕を競う「調理技術コンクール」に参加し、学内予選を突破して近畿中国四国地区大会で優勝。全国大会に出場した。卒業後は辻調グループのフランス校に留学し、帰国した2018年の4月から同グループのアシスタントとして勤務。翌年、滋賀県草津市の『セジール』に就職。
access_time 2020.04.03
新保吉伸さん

「田舎に都会を呼ぼう」と、“肉のマエストロ”が地方都市で開店。

滋賀県草津市、最寄り駅から徒歩30分という場所に、国内にとどまらず世界中から人が訪れる店がある。精肉店『サカエヤ』に併設された、『セジール』というレストランだ。オーナーは、“肉のマエストロ”とも謳われる新保吉伸さん。
滋賀を拠点にしながら近江牛の霜降り肉でその名を轟かせたわけではなく、市場ではランクの低い経産牛などを絶品の肉に生まれ変わらせることで一躍有名になった。温度や湿度を管理した熟成庫で水分量をコントロールし、個体やめざす質に合わせて肉の旨みや香りを際立たせていく。
「肉は生産者からの預かりもの。手間暇かけて“手当て”することで、その個性を最大限に引き出して、料理人に引き継ぐ責任があります。牛や豚を育てるのが生産者の仕事なら、肉を育てるが僕の仕事。生産者、料理人、食べる人の間をつなぐ役割だと捉えています」(新保さん)
重視しているのは、どんな生産者がどのように育てたかということ。年間出荷12頭までの北海道・駒谷牧場の完全放牧牛「ジビーフ」や、三重県・愛農学園農業高校の生徒が育てた「愛農ナチュラルポーク」などは、新保さんが名づけ、彼を通じて新しい価値をもつようになったブランド肉だ。
北海道・駒谷牧場の完全放牧牛「ジビーフ」
『サカエヤ』が店頭販売以外で取引をするのは、東京を中心とした全国40件ほどの飲食店。いずれも新保さんが信頼する確かな腕をもつ料理人が率いる人気店ばかりだ。取引を希望する一流レストランが後を絶たないものの、自身と若いスタッフ3人で“手当て”ができるのは、現状が最大限だという。
生産者の西川奈緒子さん(北海道・駒谷牧場)と
「直接伺い、じっくり理解してから取引を始め、関係を築いてきました。どういう料理人なのか、調理法はもちろん性格や嗜好なども知らなければ、その店に合わせた肉はつくれませんからね」(新保さん)
愛農ナチュラルポーク
現在の場所へ移転するにあたり、料理人たちの求める肉をより深く追究できるラボラトリーのような場所をつくろうと、併設したのが『セジール』だった。オープンは2017年9月。新保さんの手がける稀少な肉がその場で食べられるとあって、多くの食通らの支持を集めている。
向かって右側がサカエヤ、左側がセジール
「パリやニューヨークなど欧米をはじめ海外からも、わざわざ『セジール』へ来るために足を運んでくださるお客様が数多くいます。決して観光地ではないこの場所を起点に、少し足を延ばして京都や大阪へ行こうという構図ができつつある。僕がめざしているのは、『田舎に都会を呼ぼう』ということ。うちをきっかけに、地方にあるレストランが脚光を浴びればうれしいですね」(新保さん)
セジール店内

このレストランで働けば、人としても成長できると感じられた。

『セジール』でキッチンとサービスを兼務するのは、北海道出身の井手永遠子さん。幼い頃から料理上手の母を手伝うのが好きで、高校ではクッキング部に所属。その楽しさから、食の世界へ進もうと決めた。
井手永遠子さん
「せっかくなら一流の学校で学びたいと、大阪の辻調理師専門学校へ。座学も実習も楽しかったですし、何より先生に恵まれました。『調理技術コンクール』の学内予選に参加したのをきっかけに、審査員だった中田淑一先生に声をかけられ、『君に知ってもらいたい店がある』と紹介されたのが『セジール』だったんです」(井手さん)
「1日研修だけでもいいから行ってみてほしい」と言われて訪問。しかし厨房に入り、新保さんの話を聞くうちに、考えが変化していったという。
辻調理師専門学校時代の井手さん(写真中央)
「ここで働く自分を、強くイメージできたんですよね。仕事をするうえで、技術以上にまず必要なのは、社会人として正しく行動できる基盤の部分だと、社長に言われたことも大きかったです。ここに入れば、人としても成長できるだろうと感じました」(井手さん)

『セジール』は、世界中のお客様がスタッフを育ててくれる“器”。

1年目はサービスからのスタートだったが、料理を勉強したいと考えていたため、最初はその重要性がわからないまま取り組んでいたと振り返る。
「だけど入って早々、厨房との連携がうまくとれていないことをお客様から指摘され、料理とサービスが密接につながっていることを痛感したんですよ。サービスで知り得たことを厨房に伝えれば、よりお客様に合わせた料理がご提供できる。そう実感できたことで、意識が変わりました」(井手さん)
挨拶をしっかりすること、大きな声で話すこと、明るく接客すること、すみずみまで掃除をすること、早くきれいに仕事をすること…。新保さんから言われるのは、いずれも「言葉にすれば簡単なこと」だったが、実践し習慣づけるのは難しい。
「まだまだ全然。日々反省することばかりです。だけど昔より今のほうが、言われたことを意識しながら仕事ができている。社長にもそう褒めてもらえますし、自分でも成長を感じています。料理のやり方はお店によって違いますが、社長に教わっているベースの部分は、どんな仕事にも共通して必要なことですからね」(井手さん)
サカエヤ店内
その言葉を受け、「技術はやっていれば、いつかはできるようになる。だけど挨拶ができないようでは、どこにも通用しない」と新保さん。
「僕はただ、現代の家庭では教えきれていないであろう、不足の部分を教えているだけ。あとは、世界中のお客様が教えてくださっています。人を育てるのは人であり、店を育てるのも人、つまりはお客様です。ここはそういう“器”なので、当たり前の日常を送ることで、ちゃんと育ってくれるんですよ」(新保さん)
通常より22cm高いショーケース 販売はお客様と並んで行う

名だたる料理人と出会い、学ぶことで、自分の引き出しも増えていく。

サービス担当の高峰笙さんも井手さんと同じく、辻調理師専門学校の出身。
「小さい頃からおばあちゃんのつくる料理が大好きで、ちょっとした手伝いでもすごく楽しいと思えていたんですよ。高校は9割方が大学へ進学する学校だったんですが、いざ進路を考えたとき、サラリーマンになる自分が想像できず…」
高峰笙さん(左)
「両親には、やりたいことが料理だと決まっているのなら、それを学べる学校へ行くべきだと言ってもらえて。高校の先生も、最終的には『行くならなんでもいいから一番をとれ』と応援を。その言葉を糧に努力を重ねた結果、『調理技術コンクール』の地区大会で優勝でき、良い報告ができました」(高峰さん)
フランス校時代
調理師学校卒業後は、辻調グループフランス校へ留学。就職については、もともと東京のレストランを考えていたというが、やはり中田先生の勧めで『セジール』を訪れたという。
「『都会ではないところだけど、東京や大阪以上に出会いがたくさんある。見るだけでも見に行ってみてほしい』と言われ、まず食事をしに来たんです」(高峰さん)
日本各地へ出向いては、生産者とのふれあいを続けている中田先生。その経験談を授業やホームルームの時間に聞かせてもらったことで、高峰さんのなかで「出会い」が大きなテーマに。「かけがえのない同期や現場で活躍されている先輩たち、先生方やフランス留学中に知り合った人たちとの出会いが、学生時代に得た一番の財産」だと語る高峰さんにとって、『セジール』は最高の舞台だった。
「人とのつながりを大切にする社長の考えにも惹かれ、働きたいと志願しました。ここのお肉を求めて、取引先であるレストランのシェフをはじめ、世界中から名だたる人たちが日々いらっしゃる。ほかのレストランで働いていては出会えないような人たちと出会えるんです。関わりを深め、輪を広げていくことで、自分の引き出しも増えていく。今の自分にとっては、料理の修業以上に大事なことだと感じています」(高峰さん)

併設の精肉店で吸収できる肉の知識や技術が、食の世界で強みになる。

人間的な成長や人とのつながり。それらが得られると同時に、この上ない環境で肉について学べることも大きな魅力だと二人は語る。
「サカエヤ」の熟成冷蔵庫 行先を示すタグには名だたるシェフの店名が記載されている
「お客様に提供するお肉のプレゼンを僕が担当しているんですが、当然ながら熟知しておく必要があるので、日々、勉強を重ねています。気になったことはすぐ『サカエヤ』へ訊きに行けるし、見たり食べたりもして学んでいける。そのメリットはとても大きいですね。フランス留学中に食べ歩いたお店でも、前菜や魚料理はおいしいのに、メインの肉料理でがっかりすることが少なくなかったんですよ。コース料理のなかでもメインは弱い部分だと感じていたので、そこをしっかり勉強できれば自分の強みになるなと」(高峰さん)
「サカエヤ」スタッフ大前晨さん(左)・楠本了平店長(中央)と新保吉伸さん(右)
「朝早くや休憩中など、時間があるときには、さばき方も教えてもらっています。部位によって切り方が違うことや、切り方によって味わいが変わることなども知れて興味深い。料理人としての大きな武器になるよう、さらに学んでいきたいです」(井手さん)
閉店後の掃除の時間はとても大切にしている

誰もが全力で目の前のことに向かっていく、学びの場。

『サカエヤ』と『セジール』に勤めるスタッフたちは、全員が謙虚で素直に見える。それでいて、若いながらも意識が高い。二人に将来の目標を訊ねると、こんな答えが返ってきた。
「最終的な目標は、地元の北海道でお店をもつこと。まだ具体的なビジョンは描けていませんが、このお店のように、素材を活かした料理で喜んでもらえるお店をつくりたいです」(井手さん)
「もともと僕は料理を続けていければいいぐらいに考えていたんですが、ここに来ていろんな人とつながって、料理だけでなくサービスや空間も含めたご満足を提供することの大切さを痛感し、料理だけではだめだと考えるようになりました。ここのレストランは、何かのついでで来るところじゃなく、食事の時間を楽しむためにわざわざ来られる場所です。将来的には、自分もそんな場所をつくりたいなと思っています」(高峰さん)
ここでは誰もがいきいきと働いている。そんな印象を受けたことを伝えると、「うちにはスローボールを投げるスタッフが一人もいないんです」と新保さん。
「サカエヤ」楠本了平店長 入社4年目で店長を任されている
「誰もが全力で目の前のことに向かっていく人間に育つんですよ。僕が貪欲になんでもやるから、やらざるを得ないというのもあるでしょうけどね(笑)。休みの日に研修へ行くなど、自主的に学ぼうという姿勢で仕事に取り組んでくれています」
「肉屋は肉だけ売っていればいいんじゃなく、料理もわかっていないと、料理人からの要求に応えられません。料理人も、料理だけできればいいという時代じゃない。サービスがわかっていなければ成り立ちませんし、数字が読めなければ経営もできませんから。どこへ出ても勝負ができる力を鍛えられる場でありたいですね」(新保さん)

株式会社サカエヤ 代表取締役 新保吉伸さん / セジール スタッフ 井手永遠子さん / セジール スタッフ 高峰笙さんの卒業校

辻調理師専門学校 launch

辻調グループフランス校 フランス料理研究課程 launch

辻調理師専門学校

西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ

食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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