INTERVIEW
No.086

大学での就活時に自身の未来を再認識。時代に即した視野で新世代のパティシエをめざす。

シェ シブヤ シェフパティシエ

渋谷たくとさん

profile.
埼玉県出身。大学のスポーツ科学部卒業後、エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀製菓マスターカレッジへ進学。2012年に卒業後、父親が経営する埼玉・さいたま市の『シェ シブヤ』に就職し、約3年間の修業を重ねて2015年11月に渡仏。パリにある製菓学校「ベルエ・コンセイユ」に留学し、パティスリー『ピエール・エルメ・パリ』本店での研修も体験。帰国後は結婚式場、東京・青山の『ピエール・エルメ・パリ』で経験を重ねる。2018年4月に再び『シェ シブヤ』へと戻り、シェフパティシエとして活躍中。
access_time 2019.03.08

就活を始めた大学3年の秋、「自分がやりたいのは経営だ」と気づく。

「もともとスポーツが好きだったのですが、アスリートしては限界を感じ、大学ではスポーツトレーナーをめざしてスポーツ科学を専攻してました。でも、学んだことを仕事として繋げていくイメージが持てなくて…それで3年次の秋頃に、就活のための合同企業説明会に参加したものの『自分は会社員には向かないな』と。親の姿を見てきたので、会社で働くイメージができない。マネジメントに興味があったし、専門職志向もあったと思います」
経営者になる。そう考えて選んだ道が、父・一彦さんが1987年にオープンさせたパティスリー『シェ シブヤ』を継ぐことだった。
「お菓子をつくったことはなかったんですが、小さい頃からクリスマスシーズンには製菓以外のことは手伝わされていましたからね。職人の世界を間近で見てきたので、厳しさは理解しているつもりでした。継がないと店もいずれなくなる。ただ、続けていくためにも今のやり方にとらわれず、お菓子について知ることが必要と考えていたので、エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀製菓マスターカレッジへの進学を決めました。見学に行った際に食べたお菓子の味に惹かれたのと、自分が見ている現場との近さを感じて選んだんですが、実際に店で働いていた卒業生に対し父も良い印象をもっているようだったので」
エコール 辻󠄀 東京時代の作品

学校で学んだことを自店ですぐに実践でき、効率よく吸収できた。

昼間は専門学校、夕方からは家業の手伝いをする生活が続く。土日には他店でのアルバイトへ。休みなく1年間を過ごしていった。
「学校は楽しかったです。自分はまわりよりお菓子のことを少しは知っているつもりでしたが、お菓子が好きで仕方なく、家でもたくさん作ってきた同級生には適わないこともある。これは刺激になりました。自店でやってわからなかったことを学校で教えてもらえましたし、学校で学んだことを自店ですぐに実践できたので、インプットとアウトプットがとても良いサイクルで回せて」
「同じものをつくるにしても、やり方が違う場合がある。それぞれの理由が知れたのも良かったです。アルバイト先は従業員の多い大型店だったので、分業の仕組みを知るうえでも勉強になりました」
卒業後は『シェ シブヤ』で、すべての持ち場を回りながら学ぶというハードな日々を送る。約1年半でスーシェフのポジションに就くと、さらに多忙を極めた。
「生菓子や焼き菓子、チョコレートやアイスクリームに、ランチまである。そのうえで、店が終わるとお菓子の本を読み、休みの日には講習会に参加するなどして、勉強しました。さすがにあとには引けませんからね。とにかく必死でした。振り返ると、この時期の経験で鍛えられたと思います」

フランス留学の目標を実現させ、世界最高峰のパティスリーで研修。

3年間の経験を重ねたところで、かつて父も渡ったフランスへの留学を決意。まずは半年間、語学学校に通いつつ、2軒のフランス料理店でのアルバイトにも励んだ。
「今後この道を突き進むからには、いつかは行かなければという思いがずっとありました。行ったことでわかることもあるだろうと。アルバイト先ではレストランパティシエとサービス、それぞれ担当し、店舗運営の参考にもなりました」
フランス留学 ベルエ・コンセイユ時代
こうして2015年11月に渡仏し、パリにある「ベルエ・コンセイユ」に留学。M.O.F.(フランス国家最優秀職人章)をもつパティシエらが立ち上げたプロ向けの製菓学校だ。約3カ月間のカリキュラムを経て、2カ月間の研修へ。研修先となったのは、世界最高峰のパティシエが手がける『ピエール・エルメ・パリ』の本店だった。
フランス留学 ピエール・エルメ・パリ本店での研修時代
「自分自身に仕上げのプレゼンテーションが弱いと課題を感じていたので、その部分を強化できる学校を探して見つけました。卒業生がブログに上げていたお菓子が、日本にはない感じで美しかったんですよね。とても勉強になったのと同時に、日本の技術力の高さも実感しました。フランス国内外のプロが集まっていたんですが、日本では当たり前のことをやると驚かれるんですよ(笑)」
「『ピエール・エルメ・パリ』本店での経験も大きかったです。シンプルなつくりなのに洗練されたフォルムで、食べるとものすごくおいしい。最高級の材料をふんだんに使い、チョコレートならチョコレートの感動を後味に残す、その考え方や姿勢、短時間で集中して進める仕事への取り組み方にも刺激を受けました」

三世代にわたって通ってくださるお客様もいて、本当にありがたい。

帰国後もさらに見聞を広めようと、他店での経験を重ねることにした。当時、『シェ シブヤ』に結婚式場からの依頼が増えていたこともあり、式場に勤務し、ビュッフェ用の小さいケーキやウエディングケーキをつくる仕事を担当。その後は、東京・青山の『ピエール・エルメ・パリ』に新設されたオープンキッチンで約1年間働いた。
「『ピエール・エルメ・パリ』には恩返しをしたい気持ちもあり入店を希望しました。接客しながらデザートをつくれる場は貴重。めちゃくちゃ面白かったです。お菓子やフランス文化に興味のある人が多く集う場所だったので、パティシエはもちろんお客様から教えていただくことも多く、仲間も増えました」
濃密な経験を経て、2018年4月、『シェ シブヤ』のシェフパティシエに就任。従来のラインアップを踏襲しつつ、磨きをかけ、新商品の開発にも取り組んでいる。
「毎日来てくださるお客様もいれば、三世代にわたって通ってくださるお客様もいて、本当にありがたいです。子どもの頃に通っていたお店が今も残っていて、当時好きだったものが今も食べられるのって、実はなかなかないことなので、すごくいいなと。30年続けてきた父を、改めて尊敬するようにもなりました」

卒業生のネットワークが広くて強いのも、母校の大きなメリット。

「同じルセット(レシピ)でも、より良くできるとうれしいんですよね。とくにパンは生きているので、コントロールしづらくて難しい。だからこそ偶然性をデザインできる面白さがあります。もともとランチに使うパンは仕入れていたんですが、在学中、先生にアドバイスをもらい店で焼くようにしたんですよ。今ではテイクアウトでも人気の商品になっています」
母校とのつながりは現在も続く。『シェ シブヤ』には、かつての同級生に加え、2019年4月に入社予定の在校生2人もアルバイトに入っている。
「学校へ遊びに行ったときに、合いそうな学生 がいたら紹介してほしいってお願いしていたんです。何を学んできたかがわかるので、指導もしやすいんですよね。卒業生のネットワークが広くて強いのも、大きなメリットです」
 
卒業後に就職予定のアルバイト生 杉本翔さんと

決断してからがスタート。やりたいことがあるなら進んだほうがいい。

辻󠄀調グループを卒業した同級生らとのユニット活動も続けているという渋谷さん。店舗スペースを借りて行う1日限定のポップアップレストランや、お菓子やデザートづくりに関するセミナーを開くなど、その展開は多岐にわたる。
ポップアップレストランのフライヤー
「卒業後の早い段階から、料理やサービスの仲間も含めて取り組んできました。まだみんな、仕事で自分のアイデアを発揮できるポジションでもなかったので、頭の中にあるけど表現できていない実験的なことを発信し、実際にお客様の反応を見る、学びの場にしたかったんですよ。インプットに専念していると、途中で何を学べばいいのかわらなくなる。次の課題を見つけるためにも、アウトプットが必要だなって話になり、周りにも声をかけて始めました。皆それなりにキャリアを積んだ今でも、貴重な成長の機会として大切にしています」
インターネットが発達し、SNSやYouTubeでの発信が当たり前になってきた現代。パティシエの在り方も、今後さらに変わっていくだろうと考える。
「これからはプレゼンテーションがますます重要になってくるはず。人間関係が一番のラグジュアリーだと思うので、これからはもっと表に出て、コミュニティづくりを強化していきたいなと考えています。大学生や社会人になってから、やっぱり製菓や料理の道に進みたいと迷い始める人もいらっしゃるでしょうが、やりたい気持ちがあるのは素晴らしいこと」
「僕の場合、生き方の選択肢としてパティシエの道に進み、そこからのめり込んでいきましたからね。いずれにしても決断してからがスタートです。早くスタートを切れるなら切ったほうが、学べることも増えますから、できる可能性があるなら挑戦したほうがいいと思います」

渋谷たくとさんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京  辻󠄀製菓マスターカレッジ launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀製菓マスターカレッジ

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