No.144
ウエディングケーキづくりは新たな人生のスタートに関われるかけがえのない仕事。どこまで追求できるか、努力の積み重ねが欠かせない。
株式会社Plan・Do・See パティシエール/キッチンマネージャー
井上真依さん
profile.
京都府出身。大谷高等学校から辻󠄀製菓専門学校に進学。2007年に卒業後、株式会社Plan・Do・Seeに就職。パティシエとして京都のレストラン・結婚式場『ザ・リバー・オリエンタル』や『ザ ソウドウ 東山 京都』で経験を重ね、2010年3月の開業に合わせ、兵庫県神戸市のオリエンタルホテルへキッチンスタッフとして異動。約3年間、料理人として修業し、再びパティシエに。ウエディングケーキの開発にも携わる。2017年、パティシエの責任者として愛知県の『ザ・カワブン・ナゴヤ』に異動。2019年8月にはキャスティング(人事担当)の統括として東京の本社へ。その後、2022年4月に京都でオープンする『丸福樓』のキッチンマネージャーを任され、開業準備を進めている。
access_time 2022.01.18
お菓子づくりはスケジューリングがとても大事。その経験が在学中からできた。
「幼い頃は食物アレルギーがあって、食事はすべて母の手づくりだったんですよね。市販のものが食べられないから、友だちの家へ遊びに行くときも、みんなの分まで手づくりのお菓子を持って行って。自然と一緒にキッチンに立つようになり、料理やお菓子をつくることが好きになったんです」
しかし中学1年生のとき、母親が他界。自身で食事をつくる機会が増え、好きなことを仕事にしたいと考えるようになる。地元京都にある中高一貫校の進学コースに在籍していたが、高校へ上がる前には製菓の道へ進むことを決めていた。
「料理と迷いましたが、お菓子のほうがつくっていてより楽しかったし、人にあげて喜ばれるのもうれしかったんですよね」
高校の担任教員からは大学進学を勧められたが、意志は揺らがなかった。一方、同校の教員だった父はその気持ちを尊重してくれ、専門学校の見学にもついてきてくれた。
「何校か足を運び、フランス留学の道もある大阪の辻󠄀製菓専門学校に決めたんです。ここなら就職先にも困らないだろうと、父にも後押しされました」
辻󠄀製菓専門学校時代(卒業式にて)
入学後の授業はどれも楽しかった。グループ実習を行う前には、うまく時間内に完成させられるよう、誰が何をどういう段取りで担当するかのスケジュールを立て、担任教員に提出。助言をもらい、OKが出るまで何度も考え直させられた。
「お菓子づくりはスケジューリングがとても大事。その経験が在学中からできたのはありがたかったです。この習慣のおかげで、クラスメイトと日常的に会話を重ねるようにもなり、今でも連絡をとる大切な存在になりました」
ウエディングケーキづくりも一番に任せてもらえるよう、必死で練習を重ねた。
卒業後は、やはり日本で実務経験を重ねようと、就職活動を開始。自分に合うパティスリーを探していたが、「ここだ」と思えるところと巡り会えずにいた。
「夏休みになり、たまたま京都の『ザ・リバー・オリエンタル』へ食事に行ったんですが、デザートもおいしかったし、働いている人がみんな楽しそうで…。パティシエさんとも話させていただき、そこで初めてレストランや結婚式場で働く道もあることに気づいたんです。こういうお店で仕事がしたいと調べ、母体であるプラン・ドゥ・シーを知りました」
Plan・Do・Seeに入社したころ
こうして2007年に、各地でレストランやバンケット(婚礼・宴会場)などを運営する株式会社Plan・Do・Seeへ入社。志望どおり『ザ・リバー・オリエンタル』の配属となり、クローズ後は『ザ ソウドウ 東山 京都』へ異動となった。
「ディナーのデザートの盛り方をすべて覚え、在庫の管理も担当。徐々に仕込みや食材の発注も手がけるようになりました。週末は婚礼のデザートを用意していましたが、目が回るほど忙しかったです」
徐々に仕込みも手がけるようになり、2年ほど経つと、デザートの開発にも携わるようになった。
『ザ ソウドウ 東山 京都』外観
「同期や同い年のアルバイトもいるなか、自分からやると言わないと仕事がもらえない。ウエディングケーキづくりも一番に任せてもらえるよう、ナッペ(クリームを塗る工程)の練習も率先して行いました。余ったクリームをいち早くもらい、ダミーのケーキで必死に練習を重ねてスキルを上げ、ようやくデビューできたときはうれしかったです」
『オリエンタルホテル』メインダイニング
料理にも挑戦し、デザートを含めたコース料理すべてが開発できる人材に。
入社から約3年後、兵庫県神戸市の『オリエンタルホテル』に異動。2010年3月の開業に合わせ、キッチンスタッフ=料理人として働くことになった。
「当時はめちゃくちゃ生意気だったので、自分はなんでもできると思い込んでいたんですよね(苦笑)。現場の仕事は一通りできるようになったから、次のステップを考えようかと思っていたところ募集がかり、チャレンジしてみてもいいかなと希望を出しました」
パティシエから料理人への転身は社内でも初めてのこと。井上さんにとっては軽い気持ちでの挑戦だったが、着任するキッチンマネージャーの志を知ってスイッチが切り替わる。
「『料理人は食材を見極めて料理をするのは得意だけど、きっちり計って同じようにつくるのは苦手。パティシエはきっちり計って同じようにつくるのは得意だけど、食材を見極めて何かを変えるのは苦手だから、両方できるようになってほしい』と言われ、だったら気合いを入れてやってみようと踏み込んだんです」
まずは1年間、頑張ってみようと前菜部門へ。ほどなく若手のキッチンスタッフが集まる研修にも参加し、さらに意識が高まった。
「1年後にはパティシエに戻るという話をしたとき、先輩に『せっかくなら全セクションを経験して、デザートまで含めたコース料理を開発できたら最高じゃない?』と言ってもらい、新たな目標が生まれました」
キッチンは未経験だったものの、一からのチャレンジやチームでの活躍が評価され、同年、社内のMVPに輝いた。2012年には社内の料理コンテストのパスタ部門で1位を獲得。副賞のフランス旅行で1週間、食べ歩きやワイナリー見学などの学びを体験できた。
「それまで自分の技術を高めるのに必死でしたが、キッチンを経験し、みんなで力を合わせて頑張るチームワークの楽しさを覚えました。周りから認めてもらえる喜びも味わい、どんどん仕事が楽しくなってきたのもこの頃。3年目には先輩に助けてもらいつつ、およそ2カ月ごとに変更するコース料理の開発にも携わり、最終的にはレストランの二番手を任せてもらえました」
自分の手でつくったものが、お客様の大切な1ページを彩れる、幸せな仕事。
約3年間、キッチンで経験を積み、2013年から再びパティシエに。ウエディングケーキづくりにのめり込み、ご要望に応えるためにさまざまな技術をつけたいと思うようになった。ほかのパティシエが帰ってからもひとりで練習。シュガークラフトやアイシングクッキーなどの外部講習にも自主的に参加し、腕を磨いた。そんな努力が実を結び、2014年の夏頃、「ウエディングケーキプロジェクト」のメンバーに抜擢される。
ウエディングケーキプロジェクト
「全社のパティシエ5人で半年以上かけて、新しいデザインのウエディングケーキを開発しました。ウエディングプランナーも交えて、どういうデザインがいいか、どういうケーキがあったらうれしいか意見を訊きながら1人10台ほどつくったんですが、年明けの撮影時にはみんなで『かわいい!かわいい!』って言いながら撮影して(笑)」
ウエディングケーキプロジェクト
「社内の人間はもちろん、お花屋さんやカメラマンさんなど、チームで進める仕事がすごく楽しかったです。一体感を強く感じ、みんなで褒め合いながら、お互いのプロ意識を高められたと思います」
さらに開発を進め、2016年夏には2回目の撮影を実施。和装に合うケーキやリゾートっぽいケーキ、お花やフルーツをたっぷり使ったケーキやドーナツのタワーケーキ、シロップをかけて仕上げるドリップケーキなど、方向性やテーマを割り振って、多彩なケーキをつくっていった。
ウエディングケーキ『フラッフィーフラワー』
「ウエディングプランナーが売りたいと思うケーキを、チーム全体でつくりあげたい。みんなで、同じ目的に向かう仕事の心地よさを感じながらプロジェクトは盛り上がっていきました。お客様はもちろん、つくったケーキをメンバーに喜んでもらえるのもすごくうれしいです」
ウエディングケーキ『ネイキッドフルーツ 』
「見本のデザインに限らず、お客様のオーダーでイレギュラーなケーキをデザインするのも楽しい。プラン・ドゥ・シーの式はケーキ入場シーンの演出があるので、その瞬間までおふたりも完成品をご覧になっていない状態なんですよ。そのときの表情を見ると、つくって良かったなと幸せな気持ちになりますし、あとからSNSで検索して写真やコメントを保存したりもしています(笑)」
ウエディングケーキ『ホワイトチョコレート』
レギュラーのケーキでも、仕上げたケーキを見て、「よし、今日もかわいくできた!」とうれしくなり、この仕事を通じて得られる幸せを再認識するという。
「新たな人生のスタートに関われることって、そうそうないですよね。自分の手でつくったものが、お客様の大切な1ページを彩れる…この仕事に巡り会えたことが私にとって大きな財産です。『もし自分がお客様だったら』という行動指針のもと、お客様に喜んでいただくことを最重視するプラン・ドゥ・シーでの仕事こそが、自分の天職だと感じています」
ウエディングケーキ『フローベリー』
「女性スタッフたちのキャリア、選択肢、未来を広げてほしい」という期待。
約4年後の2017年、全社で婚礼施工数の多い愛知県名古屋市の『ザ・カワブン・ナゴヤ』へパティシエの責任者として異動。ケーキのクオリティやチームワーク、メンバーのスキルなどの向上に尽力した。1年ほど経った2019年8月、なんとキャスティング(人事担当)のポジションとして東京の本社へ異動が決まる。
ウエディングケーキ『組紐』
「キッチンスタッフも巻き込んだほうが会社の想いを強く伝えられるし、現場の若手を採用活動に加えれば若手の成長にもなるから、二軸で会社を強くできる。そんな方針が立てられたんですが、本社に一人、統括する人間が必要だと。そこで全社の統括マネージャーから『あなたしか思い浮かばなかった』『これからの女性スタッフたちのキャリア、選択肢、未来を広げてほしい』と言ってもらえて、後輩たちに道を見せられたらいいなと、チャレンジすることにしました」
異動が決まって以降は、「真依さんのようにナッペをできるようになりたい」という後輩を熱心に指導し、ウエディングケーキづくりを担当できるまでに育成。異動後には、店舗で撮影するケーキを担当できたという喜びの報告が写真付きで届いたという。
「『真依さんじゃなかったら、ここまでなれていなかった』と言ってくれ、やって良かったなと感じました。私が推薦しキャスティングのメンバーになってくれたキッチンスタッフも、『人の人生にこれほど向き合ったことはないです』と人間的にも育ってくれて…。チームみんなで喜べだり、一緒に向き合って問題を解決できたりすることが、すごく多いのがプラン・ドゥ・シー。キャスティングを経験してから、会社がより好きになりました」
やりたいことに取り組める環境を見つけて、自分の未来を切り拓いてほしい。
その後、2022年4月にオープンする『丸福樓』のキッチンマネージャーに抜擢。京都にある任天堂旧本社を改装したホテルで、また新たな挑戦をすることになった。
女性で初めてのキッチンマネージャーということで、社内でかなり話題になり、若手からの反響も大きかったという。
「『背中を追いかけます!』と言ってくれた後輩もいて、すごく応援してもらっています。プレッシャーもありますが、選んでもらった期待に応えられるチームをつくろうと。10人ぐらいの小さなチームなので、すべての責任はもちつつも、いちメンバーとして一緒に楽しめればなと考えています」
入社当初はパティシエとしての独立開業も考えていたというが、この会社にいたほうが、もっと面白いこと、大きなこと、ワクワクできることに挑戦できる。そう考え、プラン・ドゥ・シーでよりよいチームをつくっていくことが目標となった。
『The Classic House at Akasaka Prince』
「昨年の秋頃からはコロナ禍で延期されていた方々の挙式も相まって、コロナ前の件数に戻ってきています。ふたりのためにオリジナルのケーキをつくりたいと志望してくる学生も多いですが、それができるのも地道な練習があってこそです。ナッペの練習はかなり必要。毎回、同じクオリティに仕上げるためには、積み重ねが欠かせません。失敗は許されない分野なので、自分自身でどこまで突き詰めるかが重要。どんな状況下でも最善で最高のものを出したいという、妥協しない姿勢が必要なことは忘れないでほしいです」
『THE KAWABUN NAGOYA』
視野を広げれば、いろんな働き方があり、いろんな人との出会いもある。「ここだ」と決めつけすぎず、さまざまなものを見て、自分の可能性を広げ、チャレンジすることを大切にしてほしいと井上さんは語る。
『Oriental Hotel』ミュージックホール
「パティシエをめざしたときには想像もつかなかった人生ですが、この会社に入って本当に良かったとしみじみ感じています。いろんなことに興味をもって挑戦するのは、その先の自分の人生の糧になるので、これから社会に出る人たちにも、たくさん見て、たくさん経験して、自分が夢中になれることを見つけてほしい」
『THE GARDEN ORIENTAL OSAKA』
「働く場所を探すとき、自分のやりたいことが会社の方向性とマッチしているかは本気で調べたほうがいいです。社会人になるって、自分の脚で自分の人生を歩むこと。本気でやりたいことに取り組める環境を見つけて、自分の未来を切り拓いてほしいです」
辻󠄀製菓専門学校
(現:辻󠄀調理師専門学校)
洋菓子・和菓子・パンを総合的に学ぶ
フランス・ドイツ・ウィーンの伝統菓子から和菓子や製パンまで、多彩なジャンルでの学びを深めながら、クオリティの高い製菓技術を習得。あらゆる現場に生かされる広い視野を養い、
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