INTERVIEW
No.091

就職後に将来を見つめ直して料理を学び、すべて手づくりのハンバーガー店を開業。原点は、試行錯誤を重ねておいしくなっていく面白さ。

Dexter Diner オーナーシェフ

徳岡壮平さん

profile.
兵庫県出身。兵庫県立西脇工業高等学校を2008年に卒業後、機械部品を製造する地元企業に就職。3年後、エコール 辻 大阪 辻カフェフード・スイーツマスターカレッジ(現・辻カフェ&パティスリーマスターカレッジ)に進学。2012年に卒業後、姫路市のイタリア料理店『トラットリア イル フォルノ』に就職。東京で出会ったハンバーガーに衝撃を受けたのを契機に、加古川市の『グレイトフルバーガー』や姫路市の『キッチンサンサーラ』でハンバーガーの修業を重ねる。2015年より、家業である洋食喫茶店『古時計』に約3年間勤務。2018年6月、大阪・中崎町に『Dexter Diner(デクスターダイナー)』を開業。

料理は好きだったが、将来の仕事にするとは考えていなかった。

のどかな田園風景が広がる兵庫県多可町。徳岡さんが生まれた頃、両親はこの地ですでに洋食喫茶店『古時計』を営んでいた。
「実家の隣だったんですが、昼間は忙しかったですからね。中学生になると土日のお昼ご飯は自分でつくっていました。炒飯に凝っていた時期は、『炒飯 パラパラ』で検索していろんな方法を試したり(笑)。試行錯誤を繰り返して、おいしくなっていくのが面白かったんですよね。とはいえ、料理の道へ進む考えはなく、将来なりたいと思えるような具体的な職業のイメージも特になくて、なんとなくそのまま高校へ進学したんです」
高校に入ってからも趣味としての料理は楽しんでいたが、仕事にするという発想はなかった。卒業後は機械部品などを製造する地元企業に就職。働きやすさはあったものの、工場での仕事にやりがいを見いだすことができないまま2年目を迎える。
「『このままでいいんだろうか』という不安が募っていった3年目の秋頃に、親父が病気で入院して…。1~2カ月、店を開けることができなくなったんです。そのとき、今の仕事で家族を養うのは無理があるなと感じて。ゆくゆく自分が実家を継げば、これまでの生活は保てる。だったらまずは、自分が楽しいと感じていた料理のことを勉強しようと、調理師学校のパンフレットを片っ端から取り寄せました」

西洋料理、スイーツ、パン、ドリンクと幅広く学べた濃密な1年間。

「父の下ですぐに働くという道もありましたが、ちゃんと学んで選択肢を広げる必要があると感じていました。資料を読み比べ、名店で働く卒業生の姿にも憧れて、進学を決めました」
進学したのは、西洋料理、スイーツ、パン、ドリンクと幅広く学べる、エコール 辻 大阪 辻カフェフード・スイーツマスターカレッジ(現・辻カフェ&パティスリーマスターカレッジ)だった。カフェを開きたいという目標をもち、大学卒業後や就職後に進学する人も多かったという。
「いろんな人がいて楽しかったです。意識の高いクラスメイトの存在は刺激になりましたし、基本をしっかり学んでから応用に入れたのも良かった。『この工程に、なぜこの作業が必要なのか』といった理由を知れたことが今に活きています。授業後に教室が解放されている日には、包丁を研ぐ練習、お菓子の絞りの練習、食材を切る練習などが、放課後にできるのもよかった。僕がとくに力を入れたのはラテアートの練習。アルバイトのない日はほぼ入らせてもらったんですが、付き添いの先生方に質問もしやすく、グラスをぴかぴかに拭きあげる方法など細かなこともそんな時間で教えてもらえました」

衝撃を受けたハンバーガーの味が忘れられず、転身することを決めた。

アルバイトは、ピザ店での調理作業。その経験から、ピザをメインとしたイタリア料理店『オステリア・ピッツェリア アルベロ』に就職した。
「なるべく実家に近いエリアで探し、兵庫県姫路市にある名店を選びました。イタリアンなら好きだったコーヒーやパスタを扱うこともできると考えたんです。でもそこで仕事の厳しさを痛感して…毎日怒られてばかりだったんですが、今思えばよくあれぐらいで済んだなと思うぐらいです(苦笑)。何事にも妥協をされないシェフの姿勢に感化されましたし、甘かった自分を鍛えてもらえました」
そんななか、お店の連休中に出向いた東京で転機が訪れる。
「目的はイタリア系のバルを巡ることだったんですが、途中、『フェローズ』っていうハンバーガー屋さんに立ち寄ったんですよ。もともと好きだったアメカジの本で紹介されていたから気になっていて。食べてみたらもう衝撃的においしかったんです。ファストフード店のハンバーガーとはまったく違う、知っている名前なのに知らない味で…。『一体これは何!?』と心底驚き、めちゃくちゃ惹かれました」
以降、休日には兵庫県内のハンバーガー店を巡るようになる。食べれば食べるほど、「自分でもつくってみたい」という気持ちが高まっていった。
「もともとアメリカの古い映画が好きだったんですよね。家具なども含め、アメリカンカルチャーが好きだったから、どんどんハンバーガー店に心が傾いてしまって…。冬前、シェフにそのことを伝えると、自分のためにも1年間は続けろと。スタッフに愛情のある方だったので、短いながらも節目まで面倒を見てもらえたことに感謝しています」

2つの店舗からハンバーガーのイロハを学び、実家の喫茶店で展開。

春からは、兵庫県加古川市の『グレイトフルバーガー』と姫路市の『キッチンサンサーラ』、2つの店舗でハンバーガーのイロハを学び始めた。
「『グレイトフルバーガー』はすべて手づくりされているので、何もかもが勉強になりました。『キッチンサンサーラ』は洋食店なんですが、ハンバーガーの移動販売もされていたので、そのノウハウも学びたくて。一種類に偏らず吸収できたのも良かったです。ただ、どちらも忙しい時間帯に入る短時間の勤務だったので、ほかにもアルバイトをかけもちしていました。一時期、朝はパン屋さん、お昼はハンバーガー、夕方はカフェ、夜はバルなんてこともありましたね」
コアなファンも多い『プルドポークバーガー』。日々改良を重ねて進化中。
就職以降は姫路での独り暮らしを続けていた。できるだけ多くの飲食店を選んだことで勉強にはなったが、次第に心身ともに疲れが増していった。
こだわりのつまった自家製ベーコンが自慢のベーコンチーズバーガー
「帰宅後は自宅でハンバーガーの試作もしていましたからね。ちょっと限界を感じ始めていた頃、実家から『お店を手伝ってくれないか』と連絡があって、帰ることにしたんです」
こうして2015年の春から『古時計』で働くことに。父が調理、母が調理補助、姉やアルバイトスタッフがホールを担当するなか、あらたにエスプレッソマシーンも導入し、コーヒーをメインにホールや洗い物をかけもちした。そんな中、あいた時間でハンバーガーの試作も続けていた。
「30席ほどある店だったので、割と人手がかかったんです。2カ月ほど経ち、父にハンバーガーを食べてもらい、『これなら』と、忙しさが落ち着く15時以降、メニューに入れさせてもらうようになりました」

すべて手づくりだった評判が広まり、新たなステージへと進むことに。

パティには、『古時計』のハンバーグでも使っていた地元のブランド牛「黒田庄和牛」を使用。バンズやソース、ベーコンまでも手づくりにこだわった。1個1,000円もする手づくりハンバーガーに馴染みのない地域だったが、耳の早いブロガーらの発信により噂は瞬く間に広がっていった。
「バンズまで手づくりしているところや、パティに和牛を使っているところが注目してもらえたようです。徐々に地元の人たちにも浸透し、わざわざ遠くから食べに来てもらえるようにもなりました。バンズは有名なパン屋さんから一度、仕入れてみたんですが、自分の思っている味ではなくて…。やるからには理想の味に近づけたかったんですよね」
各地のハンバーガー店にもどんどん足を延ばし、改良を重ねていく。横のつながりも広がり、学べることも増えていった。やがて3年近く経ち、「もっとたくさんの人に食べてもらいたい」と、都心部での独立を決意。2018年1月には、大阪市内の中崎町にある現在の物件を見つけた。
「もともとかき氷屋さんだったところなんですが、2月に閉店するという物件情報を運良くすぐに見つけられて。より地域を盛り上げたいという大家さんの意向もあって、家賃も予算内で借りられました。もともと買い物ついでに若い人が立ち寄る場所がいいなと、古着屋さんの多い神戸元町から探し始めたんですが、中崎町も近い雰囲気でしょう。自分一人で調理が行き届くよう、小さいお店が良かったので、何もかもが理想的でした」
ドライフラワーや壁の色、グッズなど内装も自分好みに相当こだわった

「やってみたかった」で終わらせず、今、チャレンジしたほうがいい。

中崎町は大阪・梅田駅からも徒歩圏内。レトロでお洒落な店も多く、若者や旅行客にも人気のエリアだ。その一角に2018年6月、自分の好きなテイストを詰め込んだハンバーガー店『デクスターダイナー』をオープン。その立地の良さやインスタグラムによる発信なども手伝って、集客は徐々にアップしていった。
ポテトもドレッシングもすべて手づくり
「自分のやりたいことだけやれて、生活できたらいい。だから全部が手づくりです。最初、サラダのドレッシングは既製品で、ポテトは冷凍だったんですが、モヤモヤしてしまって(笑)。やっぱり手づくりのほうがおいしくできますからね。ハンバーガーはおいしいだけでなく楽しい。かぶりついたときの幸せ感で、童心に帰れるところも大好きなんです」
増えつつあるリピーターにもより喜んでもらえるよう、期間限定のメニューも用意。何かをつくり、試行錯誤を繰り返すことで、よりおいしく仕上げていくという過程が、やはり好きなのだと振り返る。
「DEXTER」 は幸先の良いという意味もあり、ジャズが好きで、デクスター・ゴードンというサックス奏者もいたことから名づけられた
「試作してバチッとはまったときが面白いんですよね。中学時代から変わらない原点です。そのためにも専門学校で学んだベースは大きい。何が足りないのか、何を変えればいいのかと察しがつきますし、今でも教科書を見返して参考にしています」
「しんどいときに相談できる仲間ができたことも大きい。最初から実家で働いていたら、小さい世界で誰にも頼れず腐っていたかもしれませんね。…食の業界が気になっているなら、まずは一回やってみたほうがいい。これから何十年も働かないといけませんからね。『やってみたかった』で終わらせず、やれる今、チャレンジしたほうがいいと僕は思います」

徳岡壮平さんの卒業校

エコール 辻 大阪 辻カフェ&パティスリーマスターカレッジ launch

エコール 辻 大阪
辻カフェ&パティスリーマスターカレッジ

お菓子も、ドリンクも、料理も。カフェのすべてを本格的に学びとる。

スイーツ、パン、ドリンクから、西洋料理、エスニックまで。
おいしさで魅了するカフェをめざし、幅広い技術と総合力を養う。
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