INTERVIEW

パリや台湾など各地で経験を積み、フランスで開業。フランス校への留学が、海外に対するハードルを下げてくれた。

Au Fil du Zinc(オ・フィル・デュ・ザング) オーナーシェフ
永浜良さん

profile.

兵庫県姫路市出身。エコール・キュリネール国立 辻フランス料理専門カレッジ(現・エコール 辻 東京)からフランス校・秋コ-スへ。2001年9月に卒業後、東京・渋谷のレストランに就職。2003年、六本木『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』のオープニングスタッフに。その後、パリや台湾の『ラトリエ』などで経験を重ね、2012年、ブルゴーニュ地方ヨンヌ県『レ・ボン・ザンファン』のシェフに就任。2014年6月、同県シャブリに『オ・フィル・デュ・ザング』を開業。その1年目にミシュランのビブグルマンを獲得。

開業早々、世界各地からお客様が訪れ、シャブリを代表する人気店に。

白ワインの名産地として知られる、ブルゴーニュ地方ヨンヌ県のシャブリ。この街に2014年6月、『オ・フィル・デュ・ザング』はオープンした。1年目には早くもミシュランのビブグルマン(コストパフォーマンスの高いお勧め店に与えられる称号)を獲得。今や街を代表する人気店となっている。
「おかげさまで開いてあっという間に忙しくなりました。当初は調理場3人、ホール2人だったのが、今は7人と3人、倍になりましたしね。地元だけでなく、春から秋にかけての観光シーズンには世界各地から来てくださって。土地柄、ワインの生産者やインポーターも多く、日本からのお客様もいらっしゃいます。気に入っていただいて『来年もまた来ます』と言っていただけるとうれしいですね」
Au Fil du Zinc(オ・フィル・デュ・ザング)のスタッフたちと

フランス校での研修は、とにかく毎日がものすごく楽しかった。

きっかけは緩やかだった。つくることが好きで、高校時代に飲食店でのアルバイトを経験し、この道へと進んだ。せっかくならと辻調フランス校を志し、フランス南西部、トゥールーズの一つ星店で研修。フランス語での会話には苦労したものの、「とにかく毎日がものすごく楽しかった」と振り返る。
大きな窓から川を望める店内
「はじめは魚部門を手伝っていたんですが、途中で冷前菜の部門シェフが抜けることになり、自分が引き継いだんです。こんな在校中に星つきレストランの一部門を任されていいのかと戸惑いましたが(笑)、かけがえのない貴重な経験が積めました。当時はまだフランスに出店するなんて発想もなかったものの、フランス校への留学が海外に対するハードルを下げたことは間違いありません」
Au Fil du Zinc(オ・フィル・デュ・ザング)の厨房にて

店のトップに立ってみて改めて気づく、厳しかったシェフの偉大さ。

卒業後は、東京・渋谷のレストランへ。2年ほど経った頃、フランス料理界の巨匠、ジョエル・ロブション氏のレストラン『ラトリエ』が六本木にオープンすることを知って転職。
「1年目はとにかくきつかったです。当時はエグゼクティブシェフの須賀(洋介)さんのことが嫌いで嫌いでしょうがなくて(笑)。だけどある時期から、『辞める』と言ったときに『辞めないでくれ』と言われるぐらいにならないとダメだ、と思うようになりました」
その後、時を経て、パリの『ラトリエ』で働くこととなり、渡仏。そこからクラシックなフランス料理を学ぶため、当時ヤニック・アレノ氏がシェフを務めていた『ル・ムーリス』へと赴く。しかしわずか8カ月後の2009年、台湾に『ラトリエ』をオープンすることとなり、再び声がかかった。
台湾『ラトリエ』時代 須賀洋介シェフ(左から3人目)らと
「台湾は未知の世界。そろそろフランスにも慣れてきていたので、新たな土地でチャレンジしてみたいと思ったんですよ。自分から探してできる経験ではありませんからね。今度も須賀シェフと一緒だったんですが、時間とともにつらかったことも忘れていて(笑)。準備を含めて1年半経った頃、パリに2店舗目の『ラトリエ』を開くということで、須賀さんに同行し、結局、計5 年以上も一緒に働くことになるんですが、なぜ怒られていたのか、店のトップに立つ今ならわかるんですよ。当時の気持ちもよくわかる。須賀さんは、料理に厳しく、腕が素晴らしいのはもちろん、コミュニケーション能力が抜群に秀でていました。お客様や仕入れ先の方々に対しての接し方が見事で。今も心から尊敬しています」

店舗の写真に惹かれた1週間後に声がかかり、運命的な共同経営へ。

パリ2店舗目の『ラトリエ』を軌道に乗せる役目を終え、約1年後、ブルゴーニュ地方ヨンヌ県の『レ・ボン・ザンファン』のシェフに就任。19世紀から名前の残る老舗のレストランだが、その間、オーナーは何度も代わっていて、近年は日本人ばかりで料理人のチームをつくるレストランとして知られるようになっていた。
「その初代シェフが、ここの近くで『ラスペリュール』を営まれている(木村)圭吾さんで、僕はその3代目。今の共同経営者のファビアン・エスパナとは、当時、ヘルプで来てくれたのがきっかけで意気投合したんです」
樽に書かれているのはAu Fil du Zincの文字 共同経営者のファビアン・エスパナと
そろそろ自分の店を開きたいと考えていた頃、ファビアン氏から「ここを使ってやらないか」と誘われたのが、現店舗だ。もとはシャブリでも由緒ある老舗醸造元の5代目、ミッシェル・ラロッシュ氏の経営していたレストランだったが、3年ほど手つかずの状態となっていた。
「すごい偶然なんですが、誘われる1週間ほど前、たまたま見ていたブルゴーニュのレストランの本で、ここの写真が載っていて、すごくきれいだなと思っていたんですよ。だからこれはチャンスだと思って挑戦することにしたんですが、最初は不安で不安で…。なんせシャブリって、普段あまり人が歩いていなくて。日曜の朝はマルシェをやっているので人通りもあるんですが、午後は人っ子ひとりいない(苦笑)。よく短期間で今の状態にまでもってこられたと思いますよ」

できる限り地元のおいしい食材を使って、地産地消にも貢献したい。

ブルゴーニュは美食家の多いエリアとしても知られている。オープン当初は地元の食材が占める割合も小さかったが、徐々に良いものが見つかるようになり、生産者とのつながりも広がってきた。
「温泉卵 ムースロン茸のポワレ パセリのソース」
「この店と同時期に始めた野菜の生産農家が、ここから20kmほどの場所にあって。今では、『この季節にこの品種が使いたいので、試しに植えてみて』なんて話し合うようにもなりました。同じぐらいの距離に、大量の湧き水でマスを育てている養殖場もあるんですが、それが驚くほどおいしい。活け締めの方法を教え、朝に締めたものを持ってきてもらうようにしています。すぐ横の村では、羊も育てられていますし、恵まれた場所です。近所のワイナリーとの関係も深まってきましたし、やはり白ワインに合う料理は特に意識しています。あくまでも品質重視ですが、できる限り地元のおいしい食材を使って、地産地消にも貢献したいですね」
子羊のブレゼ 季節のハーブとサラダ

より良い店づくりに努めつつ、将来的には日本やNYにも出店を。

現時点でまだオープン3年目。どうすれば店がより良くなるかを常に考えている。人気の高かった川を望める席が増えるよう工事し、内装や照明もチェンジ。食器もオリジナルのものにし、看板も近くに住むM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)の石工職人へ依頼することになった。
Au Fil du Zinc(オ・フィル・デュ・ザング)は、ワインの産地を分ける川を跨いで建っている
「将来的には、あえてパリは外して(笑)、日本と…できればニューヨークにも出店したいですね。行ったことないんですけど(笑)、向こうからはよく来てくれますし、面白そうかなって。知り合いがワインのインポーターをしているから福岡も面白い。一昨年に視察へ行ったんですよ。すでに日本でのシェフ候補もいて、話が進んでいます」
近隣のワイナリーで試飲 
「きっかけは小さなものでしたが、自分のつくった料理を食べ、喜んでもらえるやりがいは、やはりやってみてわかることです。続けてきて良かったと心から思いますし、より多くの感動を届けられるよう、常に『より良く』をめざしていきます」

永浜良さんの卒業校

エコール 辻 東京 辻フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

辻調グループ フランス校 フランス料理研究課程 launch