INTERVIEW
No.006

辻󠄀調OBが企業で活躍する時代は、 私の頃からもう始まっていました。

伊藤ハム株式会社 加工食品事業本部 生産本部 商品開発部

部長 廣瀧一孝さん/第1商品開発室 コーポレートシェフ 篠田文寿さん

profile.
廣瀧一孝(写真右)/1984年伊藤ハム(株)入社。企業派遣という形で、1989年辻󠄀調理師専門学校入学。 90年にはフランス校に留学し卒業後は、ハウステンボスのレストラン経営などに携わる。現在、加工食品事業本部 生産本部 商品開発部部長。
篠田文寿(写真左)/1988年辻󠄀調理師専門学校卒 91年まで辻󠄀調に教員として勤務。その後、伊藤ハム(株)に入社し、加工食品事業本部の商品開発部に在籍し、コーポレートシェフとして、調理食品の開発で活躍。
access_time 2017.05.08

辻󠄀調に派遣入学したのは、 入社して5年目のことでした。

当時、伊藤ハム(株)には入社後、辻󠄀調理師専門学校への「派遣入学」という制度があった。廣瀧さんもまだ若き折、フランス留学まで含めた2年間、辻󠄀調で学んだ経験を持つ。当時はハンバーグの製造担当だった。
「私が初めてではありません。すでに5名ほどの先輩諸氏が辻󠄀調で学び、会社に戻ってからは商品開発の分野で大活躍されている、との噂話は聞き及んでいました」
 
同社はハム・ソーセージを中心とした食肉・食肉加工食品メーカーで、業務用・一般販売も含めて製造商品も幅広い。コンビニの広がりや電子レンジの普及で調理食品の分野がさらに重要になる中、確かな調理技術や知識を持つ社員の育成は不可欠だ。
「辻󠄀調理師専門学校でみっちり料理の勉強をしてみないか、と上司に言われました。料理の経験はまるでありませんでしたが、こんなチャンスはめったにない。ぜひ行きたい、と手をあげました」

入学前に会社と交わした 4つの約束。

とはいうものの候補は廣瀧さん以外にも数多く、選考も厳しい。まずは選ばれなければ意味がない。
「そこで面接の折、私は会社に4つの約束をしました。
1、料理の技術をしっかり身につける。
2、習った料理は全てレシピ化して社内で共有する。
3、先生や講師、生徒も含め多くの人材ネットワークを築く。
4、いつでも辻󠄀調のノウハウを料理図書館のように活用できる環境を整える。
それが功を奏したかどうかは別にして、30歳近くにして晴れて辻󠄀調の新入生になることができました」
選ばれたのは5名。だれも料理経験はない。まさにゼロからのスタート。
「約束したからには責任重大です。最初は緊張しましたね。不安もありました。でもやってみると、これが実に面白い。5人とも当時は西宮工場の寮住まいだったのですが、学んだことはその日のうちに寮の食堂で復習です。寮の料理人さんに頼み込んで桂剥きを手ほどきしてもらったり、眠る暇がないほど熱中しました」

企業人の辻󠄀調生徒が 2年間で学んだこと。

1年間は大阪、そしてさらに1年間はフランス留学、廣瀧さんはとにかく授業に食らいつく。
「授業はいつも一番前。必死でノートをとって、先生がつくった料理にありつく。最高の料理を試食できるわけです。これほど至福の時はありませんでした。2年間で学んだのは、料理への深くて広い敬愛の精神。素材の刻み方、塩胡椒のひと振り、火の通し方、タイミング、すべてで無限大に味が変わります。結局は自分自身の探究心次第」
 
そこに妥協を許す余地はありませんでしたね。特にフランスでの授業は厳しかったなあ。いつも怒られてばっかりです。ただONとOFFの切り替えはしっかりしていて、授業が終了すれば先生と生徒の壁を飛び越えて仲の良い友人のようでした。厳しいのは愛情の裏返しなのですね。レストランの食べ歩きもたくさんしました。ワインのエチケットとメニューのコレクションも大切な思い出です」

日本に戻って2日目にハウステンボスのレストランプロジェクトに参加。

2年間の料理修行を終え日本に戻ると、すぐに新規事業のメンバーとしてお呼びがかかる。
「ちょうど社内で長崎のハウステンボスでステーキレストラン&カフェを出店するというプロジェクトが進んでいまして、そこのカフェテリア部門の責任者になれと。日本に戻ってまだ2日目のことでした」
カフェテリアは、レストランとは違いお客様を短時間にしかも大量に受け入れなければならない。そこで辻󠄀調での学びと工場で培った大量生産のノウハウを融合し、クイックでもクオリティの高いサービス体制をつくりだす。評判も上々でオープン当初は、1日800人ものお客様を、3人の厨房スタッフで賄っていたという。
「メニューはもちろんですが、厨房の設備設計、レイアウトなどすべてを任せてくれましたから。調理の手順や動線、テーブルマナーのことまでトータルに教えていただいたおかげで、スタッフの教育研修までこなすことができました。すごく忙しくて、充実した毎日でしたね」

最高峰の料理を チルド食品に再現する。

長崎で多忙な2年間を過ごしたのち、廣瀧さんは西宮の本社に呼ばれる。今度は、消費者向けの新しい商品開発だ。その頃は、『料理の鉄人』というTV番組を皮切りに空前の料理ブーム。
「弊社もそうした時代を背景に、本格的な調理食品の開発に乗りだします。第一弾は、和の道場六三郎先生、洋はフレンチの石鍋裕先生、中華は横浜マイスターの鄭恵林先生の名前を冠した“巨匠の彩”という家庭向けのチルド食品です」
先生方にご指導いただき、自分たちで試作し、レシピにまとめ、満足いただけるまで改良に取り組みます。そのために、社内にプロ仕様の専用厨房までつくってもらいました。それも辻󠄀調での経験がないと、必要性や仕様も含めて提案できませんし、味覚を積み上げていくプロセスさえできなかったと思います」

篠田君のような辻󠄀調OBが 弊社にはもっと必要です。

伊藤ハムの辻󠄀調への派遣入学は、阪神淡路大震災で一時中断。その再開を廣瀧さんは切望していた。
「震災は、弊社にも大きな影響を与えました。被災もそうですし、長年の不況で派遣入学の中断も余儀なくされました。しかし、弊社にはもっとたくさんの料理人が必要です。少子化、共働きなど家庭で料理をする機会が減少し、簡単に美味しい料理がいただける調理食品の役割がますます大きくなっています。篠田君のような経験者が参加してくれて、改めて辻󠄀調OBの力を実感しています」

年々高くなる商品企画レベルを いかにクリアするかも醍醐味です。

商品開発部の部長である廣瀧さんをささえるのが、中途入社で辻󠄀調OBでもある篠田さん。辻󠄀調で講師を務めていた経験もある。料理人から企業人への転身を遂げ、コーポレートシェフという肩書きを持つ。篠田さんにもお話を伺った。
「最初は戸惑いもありました。一品一品をつくりたてでお出しするのが料理人の仕事です。でも、ここで取り組むのはより多くの人に届ける大量の商品づくり。時間が経っても温めるだけで美味しく食べていただける商品です。食材や原価、料理の再現性など制約も少なくありません。ただ、基本は同じ。美味しい料理を食べてほしい、おいしいって喜んでもらいたいという本質です。課題は尽きませんが、料理人としての技術や知恵、発想力をこれほど必要とされる職場も他にはないように思います。実に楽しく、やりがいをもって挑戦しています」
商品の開発は、企画部門から市場動向や競合対策なども分析して、開発部に依頼される。
「そのレベルが、毎回どんどん高くなります。本音を言えば、困難な依頼も少なくありません。これをどうクリアし、要望以上の商品を世に出していくかも醍醐味ではあります」

スペシャリストだからこそ 多くの選択肢や可能性が あることも知ってほしい。

この取材レポートの冒頭で、廣瀧さんが掲げた4つの約束。特に後半の2つは、30年経った今も確実に守られ、その実感値はさらに大きくなっているという。それは、篠田さんも同意見だ。
「先生やOB同士のつながりは、財産ですね。様々な場面でOBとの出会いも少なくありません。これは企業人としても心強い。それに何かわからないことがあれば、すぐに辻󠄀調に連絡をとります。すると、それが誰であっても明快に答えてくれる。まさにライブラリー的存在です。まさに人生を友にするパートナーですか。卒業生であることをとても誇りに思います。」
廣瀧さんも最後にこんなコメントを付け加えてくれた。
「食のスペシャリストは、シェフだけではなく企業人としての選択肢もあることを知ってほしいですね。辻󠄀調OBがこうした企業の商品開発の分野でその真価を発揮してくれることを期待しています」

部長 廣瀧一孝さん/第1商品開発室 コーポレートシェフ 篠田文寿さんの卒業校

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