No.170
料理人も多様性の時代。自由な働き方を模索して得た「料理で人を幸せにしたい」という理念を、おいしくて健康になれる料理で表現。
ミロクテラスカフェ 統括料理長
土田昂輝さん
profile.
香川県出身。香川県立善通寺第一高等学校からエコール 辻󠄀󠄀 大阪 辻󠄀󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。辻󠄀󠄀調グループ フランス校を2012年に卒業後、東京・銀座のフランス料理店に就職。大阪のフランス料理店を経て、ロブション・グループへ。東京・恵比寿のシャトーレンストラン『ジョエル・ロブション』で約3年半、修業し、2015年、24歳で独立。世界中を旅しながら出張料理人として活動。さらには飲食店で料理の監修や食品メーカーでのレシピ開発、料理教室なども展開。2022年より『369Terrace Café(ミロクテラスカフェ)』統括料理長に就任。
access_time 2023.11.14
好奇心旺盛だった少年時代。祖母の手料理に影響され、料理人が将来の夢に。
2022年10月に広島、12月に兵庫県・北播磨、翌年4月に滋賀県・近江八幡にオープンした『369Terrace Café(ミロクテラスカフェ)』。直営や提携の農園でつくられた無農薬無肥料の野菜を中心に、飼料からこだわって育てられた食肉や、無添加で加工された調味料のみを使用したメニューを展開している。なかでも近江八幡では、フランス料理をベースとした本格ランチをカジュアルに提供。郊外にもかかわらず連日満席となっている。
統括料理長を務めるのは土田昂輝さん。
「滋賀って野菜が本当においしいんですよ。見るだけで興奮するぐらい素晴らしく、創作意欲が燃えてくる。生産者さんが毎日苦労して育てているこだわりの野菜は、料理人にとって当たり前のものじゃない。だから続けてもらえるよう、絶対に値切らないし、安売りもしていません。その価値を理解して応援してくださる方が、SNSでの発信やクチコミのみで大勢いらっしゃるのは、とてもうれしいことです」
1991年、香川県に生まれた土田さん。幼い頃からスポーツが大好きで、サッカーや水泳、スキーやスノボ、バスケットボールなどに親しみ、さらには英会話やソロバン、エレクトーンなど、さまざまな習い事に挑戦した。いろんなものに興味を持ち、ワンパクだった少年時代。そのなかで食に興味を持ったのは、祖母がきっかけだった。
「両親が共働きだったので、料理をつくるのが祖母だったんです。料理本や料理番組で勉強しながらつくってくれ、自分も手伝うなかで興味が湧いてきて。幼いころから味覚が形成されていったのは祖母のおかげです。料理好きだった叔父に市場へ連れて行ってもらい、初めて自分でつくった料理がマグロの漬け丼。カンを頼りに味つけしたのが思いのほかおいしくて料理にはまりだし、小学校の卒業文集には、『料理人になる!』と書いていました」
絶対一番になるという気持ちで勉強。フランスに留学し、研修は三つ星店へ。
中学校の職場体験は、イタリア料理店を選択。トマトソースやピザのつくり方を基礎から教われたのが楽しく、シェフの調理姿にも憧れを抱いた。高校卒業後はイタリア料理を学びたい。そう考えて進学したのが、エコール 辻󠄀󠄀 大阪の辻󠄀󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジだった。
「地元の学校も調べたんですが、説明会に参加し、ここしかないなと。中学高校と打ち込んでいたバスケットボールで、基本の大切さを痛感していたので、最初にしっかりと基礎を身につけたかったんです。入学してからは毎朝、開門前に学校に着き、すべての授業を最前列のど真ん中で受講しました。目の前で吸収したかったし、試食も一番にしたかったですしね。知らないことばかりで、何もかもが新鮮。毎日が充実していて、1年なんてソッコーで終わりました。食材の下処理や包丁の扱い方など、学生時代に土台ができたことが今に活かされています」
フランス校時代
進学してから初めてフランス料理に触れ、その美しさとおいしさに感動した。知れば知るほど、奥深くて面白い。現地で学びたいと、フランス校への留学を決めた。
「絶対一番になってやるという気持ちで、フランス語もめちゃめちゃ勉強しましたし、チームのリーダーも率先して務めました。バイトで貯めたお金でできる限り食べ歩きもしたし…楽しかった印象しかないですね。みんな仲良かったし、『今回はこうなったが次はこうしよう』といった料理に対する探究心がすごい。チームワークの実践にもなりました」
『トロワグロ』での研修時代
約半年後から始まる現場研修では、ミシュランガイドの最高ランクである三つ星を獲得しているレストランに行きたい。そのためには、フランス人講師に認めてもらう必要がある。参加学生のなかでトップを取ったら行けるだろうと努力し、見事、最優秀技術賞に輝く。そして、50年以上も三つ星を守り続けている『トロワグロ』での研修が決まった。
『トロワグロ』から送られた記念写真
「魚の処理を任されたんですが、1日100人分もの準備をするのは本当に大変。その後は前菜の盛り付けもさせてもらえ、最後までやりきれたことが自信にもなりました。研修終了後、コース料理をご馳走してもらったんですが、シェフに今まで来た研修生の中で一番良かったと褒められ、ものすごく嬉しかったです。料理って準備が8割なので、いかに手順を整えるかの勉強にもなりました」
ミシェル・トロワグロから送られた自身のサイン入りの書籍『Michel Troisgros et l'Italie』
就職後すぐに挫折を経験。同期の助けで料理の世界に戻り、師と出会うことに。
2012年2月に帰国すると、東京・銀座のフランス料理店に就職。しかしオープン間もない環境で、若手は自分だけ。うまく立ち回れず、初めての挫折を経験する。その後、大阪のフランス料理店で再挑戦するが、できない自分を責めてしまったという。
「これまでと現場に立ったときとのギャップに戸惑い、自信をなくしてしまったんですよ。もう無理だろうと地元に帰り、しばらくアルバイトをしていました。するとロブション・グループに勤めていたフランス校の同期が、研修に来てみなよと誘ってくれたんです」
こうして東京・恵比寿のシャトーレストラン『ジョエル・ロブション』へ。当初は1週間の予定だったが、その働きぶりが認められ、就職することとなる。現在まで16年連続でミシュランガイドの三つ星を獲得し続けている名店だが、当時たまたま独立していく人が重なり、若いスタッフが中心となって支えていた。
「おかげで、いろいろ挑戦させてもらいました。持ち場も通常なら前菜からスタートするんですが、いきなり温菜から入り、その部門シェフ、そして魚部門に移り、その部門シェフまで経験。渡辺(雄一郎)シェフの下で料理を学べたこことが、何よりも財産です」
ジョエル・ロブション時代 渡辺シェフとメンバーと
その頃、総料理長だったのが、1994年からロブション・グループで活躍し、現在は東京・浅草駒形でフランス料理店
『ナベノイズム』を営む渡辺シェフだ。
ジョエル・ロブション時代 渡辺シェフとメンバーと
「心から料理が大好きで、妥協なく追求される方だったんですよね。毎日のようにいらっしゃる常連のお客様に合わせて、毎回新しい料理をシェフが考えられるんですが、そのすべてが素晴らしい。一方で、密にコミュニケーションをとらないと、部門シェフとしても対応できません。プレッシャーと戦う毎日でしたが、味の構成、技術、細やかな仕事、要領、調理法、すべてが学べ、本当に濃い時間を過ごさせてもらいました」
厨房では厳しいものの、オンとオフの切り替えが早く、オフではスタッフとも一緒になってふざけてくれたという渡辺シェフ。そんなシェフに認められたいというのが、当時の一番のモチベーションだったと振り返る。
「もう一つ、続けられた大きな要因は、各ポジションに同期をはじめ近い年齢層のメンバーがいてくれたから。仕事終わりに話もできるし、一緒に息抜きもできる。すべてを共有できる仲間がいて、切磋琢磨できたおかげです。責任あるポジションを与えてもらえていたのも大きくて。お客様には高い料金をお支払いいただくのだから、おいしいのは当たり前。それ以上に喜んでいただける感動を大事にしようと心がけていました」
滋賀県産野菜のテリーヌ
「旅する料理人」をテーマに、土地土地の食材で料理をつくる、出張料理人に。
約3年半が経ち、次に転機ととなったのは、渡辺シェフの独立だった。
「自分にとっては、ロブション=渡辺シェフだったので、大きな穴が開いてしまって…。一方で、料理人の働き方を改革したいという気持ちにもなったんです。ひたすら働くのも修業ですが、自分が好きなときに、好きな人たちに、好きな料理をつくりたい。そう考え、独立を決めたんです」
無農薬レモンを使用した 豆乳クリームパスタ 無添加ベーコン 滋賀野菜 黄色えんどう豆
今後を模索していたとき、知人から「自宅で料理をつくってほしい」と依頼を受けた。お客様の前で料理をつくっていると、目を輝かせながら質問をしてくれ、召し上がった喜びもダイレクトに伝わってくる。料理の道に進んだのは間違いじゃなかったと再認識するとともに、こんなふうに仕事がしたいと思うようになった。
きのこ豆乳味噌リゾット 自社のイセヒカリの米 きのこのドゥクセル(煮込み) 自社かける味噌のソース 無添加ベーコン きのこのフリット
「自分がやりたいことは何かと考えたとき、『料理で人を幸せにする』という理念が浮かんできたんです。そこに共感してくれる人も、きっといるはず。ただ、仕事に明け暮れていた当時、ロブションで関わる人脈しかなかっため、まずはFacebookを活用して、いろんな人に会おうと思ったんですよ」
近江牛サンドウィッチ 徳志満のこだわりの近江牛100% 無農薬キャロットラペ 無農薬キャベツの「かける味噌」マリネ 無添加パン 無農薬フレッシュトマト
今まで料理のことしか知らなかったので、幅広くいろんな知識を吸収したい。そう考え、さまざまな人にメッセージを送った。そして初めて会いに行き、自身の理念に共感してくれたのが、「僕の人生を変えてくれた人」だったという。
「事業への出資や投資をされている方で、それまで飲食業は手がけられていなかったんですが、『一緒に夢を叶えよう』と賛同してくれて。出張料理をメインに事業をやろうと、共同で会社を設立することになったんです」
出張料理人時代 ハワイにて
2015年、24歳で独立。パートナーの人脈を生かし、「旅する料理人」をテーマに全国各地へ足を運び、土地土地の食材で料理をつくっていった。さらにはハワイを中心に、東南アジアやエジプトなど、その活躍の場を世界にまで広げる。飲食店で料理の監修や食品メーカーでのレシピ開発、著名人を対象にした料理教室なども展開。SNSを中心に噂が噂を呼び、出張料理の需要はコロナ禍でさらに高まっていった。
出張料理人時代 ハワイにて
「Instagramで料理のコミュニティをつくり、料理人とのつながりもどんどん拡大。出張料理では、つながった料理人がサポートしてくれました。そこから『自分の料理を表現したい』と独立する人も出てきて。新しい働き方のモデルケースとして影響を与えられたことも、うれしく思っています」
これからの子どもたちを守っていくためには、食の安全を保つことが不可欠。
どんどん広がる人と人との縁を通じて出会ったのが、後に『ミロクテラスカフェ』を開業させることになるオーナーの關伸太郎さんだった。さまざまな事業を手がける経営者だったが、全国60カ所で、自然農法を行う農園も運営。
「その『日本の健康を取り戻す』という理念に共感したんですよね。僕が謳う『料理で人を幸せにする』の『幸せ』には、『健康』も含まれるはず。海外だとオーガニック素材が当たり前に取り入れられているところが多いんですが、日本だと高い、手を出しづらいといった認識が強い」
「もはや日本は食品添加物大国とも呼ばれてしまっていますが、これからの子どもたちを守っていくためには、食の安全を保つことが不可欠です。おいしいだけではなく、なおかつ健康になれる料理を提供したいという思いが合致し、健康を取り戻す飲食店を監修してほしいと依頼していただけました」
開業の約1年前、食材の開拓やメニューの開発も、すべて一任され準備をスタート。自然な農法や飼育法にこだわられた生産者さんにアポイントを取り、直接会いに行った。
井入農園さんの井入さんと
「我々の思いを伝えると共感してくださる方が多く、すごく歓迎していただけるんですよ。生産者さんのこだわりは、お客様にも全部説明しています。すると、豚が苦手だと思っていたけどおいしかったとか、普段は野菜を食べないけどここの野菜はおいしいから食べたくなるとか、うれしい声をいただけるんです」
身体をつくっているのは食です。ちゃんとした食事をしていれば病気にもなりづらいし、料理は最も重要な医療になる。この店にも、アレルギーを持つ人が多く、『安心して食べられるお店がなかなかない』といった声もよく聴かれます。『ここに通うようになってから、調子が良くなった』と言ってくださる常連様もいて、やりがいにつながっています」
2階の個室『ヨーロッパの部屋』
近江八幡店のスタッフは、Instagramのコミュニティを通じて募集。全国各地から「働きたい」という応募が届き、現在は約15人のチームでタッグを組んでいる。ランチとカフェタイムだけで充分な売り上げを確保。「自分を大切にすることで、新しい料理をつくる余裕ができる」と考え、スタッフも充分、オフの時間がもてるよう切り盛りしている。
2階の個室『ハワイの部屋』
「今ではSNSも当たり前になっていて、料理人がYouTubeで発信したり、出張料理も定着してきたりと、料理人も多様性の時代になってきています。やり方次第で、自分が持っているものを自由に表現できるんですよ」
料理は人を幸せにできるもの。修業中は大変なことや辛いこともたくさんあるだろうが、「それ以上に経験したことが自分の身になるし、将来必ず生かされる」と土田さんは力を込める。
スタッフとして働く奥様のまりさんと
「くじけず継続させるためには、仲間や思いを共有できる人たちをつくることも重要です。料理人は本当に大切だと、今以上にスポットライトが当たり重宝される時代が絶対にくる。だから今志している人たちも、夢に向かって諦めずに頑張ってほしいです」
辻󠄀調グループ フランス校
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