INTERVIEW
No.029

中国伝統医療に基づく薬膳の素晴らしさを体感し、深く追究。第二の人生に向けて日本料理も学び、身体に響くおいしい薬膳を伝える道へ。

洗足薬膳お料理教室 主宰|聘珍樓(へいちんろう) 薬膳顧問

大田ゆう子さん

profile.
愛知県に生まれ、小学5年時に東京都へ。立教大学卒業後、大手広告代理店に勤務。40代のとき北京中医薬大学日本校に通い、退職後の2010年4月にはエコール 辻󠄀 東京の辻󠄀日本料理マスターカレッジへ入学。在学中に中国料理『聘珍樓』での「季節の薬膳セミナー」をスタート。以後、薬膳顧問となり、薬膳メニューの監修や薬膳商品の開発などにも携わる。エコール卒業後の2011年5月には、品川区の自宅キッチンにて『洗足薬膳お料理教室』を開校。雑誌『家庭画報』(世界文化社)のコラム連載なども担う。2016年6月には聘珍樓薬膳部として『聘珍樓のいちばんやさしい薬膳』(PHP研究所)を刊行。国際中医師、国際中医薬膳師、医学気功整体師、日本茶アドバイザー、薬用植物指導員などの資格を有する。
access_time 2017.09.29

中国古来の知恵“薬食同源”を、より多くの人に広める薬膳セミナー。

明治17(1884)年、現在の横浜中華街に創業した『聘珍樓』。現存する日本最古の中国料理店であり、いまも当時と同じ場所に本店を構えている。ここで提供されるのは、素材の味を生かした広東料理。中華といえば脂っこくて味も濃いと思われがちだが、薄味で油の量も少ないのが特徴だ。そんな料理に脈々と伝わる中国古来の知恵“薬食同源”を、より多くの方に広めたいと、「季節の薬膳セミナー」は2010年にスタートした。
『聘珍樓』の薬膳顧問である大田ゆう子講師が、中国伝統医療の「中医学」に基づいた季節の食養生の知恵を伝え、西崎英行総料理長が、身体を養う季節の料理をテーマに合わせてしつらえる。振る舞われるのは、自然の効能が宿る食材を一流の技で仕立てたスペシャリテ。
季節の薬膳スープと使用した食材
学びと食を同時に体験することで、薬膳のセオリーだけでなく、薬食同源の魅力がおいしく楽しく理解できると好評を博している。2017年9月現在までに110回以上も開催され、のべ4000人もの参加者を誇る人気イベントとなった。大田さんは語る。
「私が考える中国料理最大の魅力は、健康力を高めるために食べる料理であること。食べたら身体に響いて実感できた、家族や友人にも食べさせたい、おいしいから一緒に行こうと誘った…などと、人が人を呼んで、クチコミだけで参加される方が増えていきました。多くの方が、リピーターになってくださっているのも特徴です」

美しい言葉の響きに惹かれ、中国語を学び始めたことが原点に。

大学は英文学科を志望。受験を終えた18歳のとき、その独特の美しい言葉の響きに惹かれ、東京都文京区の湯島聖堂で開かれていた中国語講座に通い始める。同所は寛政9(1797)年、江戸幕府が日本の文化を進めるために開いた昌平坂学問所のあったところ。
「日本で中国料理を学んだ初期の人たちが文献を紐解いた場所でもあり、中国料理の研究会も催されていて。語学を習っている後ろで料理がつくられている、なんてこともあり印象的でしたね。中国語は本当に難しくて、社会に出てからも時々習い続けました」
コピーライター時代
大学を卒業すると、大手広告代理店のコピーライターとなった。時は1980年代の初頭。ほどなくバブル景気の時代へと突入していく。2日3日の徹夜もザラだったが、仕事には夢中になれたし、若いから乗り越えられた。身体が壊れたら、薬をもらい注射を打って治せばいい。二十代の頃は、そう思っていた。
コピーライター時代
「楽しいことや素敵な人たちに囲まれ、毎日キラキラしていたんですが…結婚もして、やがて疲れがとれない年代に入ってしまって(苦笑)。忙しさのあまり睡眠もとれない、運動もできない、気分転換もままならない。そんななか、仕事と家事をこれから先もずっと両立させていくためには、毎日の食事でもってケアするしかない。いつも元気でいるために食生活を見直したいとは、ずっと思っていました」
香港のデザート

食で身体をケアするためにも、中国に古くから伝わる薬膳を学びたい。

三十代に入った頃、日本でブームになっていた香港へと旅に出る。それが薬食同源との出会いだった。
「デザート屋さんに入ったら、メニューがパフェやケーキのような書き方ではなく、清熱解毒、辛涼解表、利水滲湿…など、効果効能で記されていたんですよね。中国語を習っていても初めて見る単語が多く、いつかそれをわかるようになりたいと思いました。香港の人は、身体の内側に意識を向けて、自分に必要な食材をチョイスする。薬を飲む前に、健康のために何を食べるか選ぶのが当たり前。自分の身体を調整するのに、男女問わずデザート屋さんへ行くんです。それが日本にはない薬膳の価値観。未病を防ぐためスープに生薬を入れて飲むし、中医のお医者さんにも気軽に行き、病気未満の不調を解消します。食で身体をケアするのに、中国をお手本にしたいと感じました」
清華大学時代
一方で、中国・北京の清華大学に2週間ほどの語学研修にも行った。そのとき、自分はなぜ言葉を習っているのか改めて考えたという。
「言葉という道具を使って、中国という国の大切な文化にふれられたら幸せだなと思ったんですよね。その文化とは何か。最も惹かれたのが中医学でした。自分はドクターにはなれませんが、人を食で元気にする薬膳ならできるかもしれないと考えたんです」

日本人に合う薬膳を伝えるため、体系的に日本料理を学ぶことに。

50歳を前に、仕事をしながら北京中医薬大学日本校で学び始め、国際中医薬膳師の資格を取得。薬膳を取り入れた食事を実践したところ、自身の体調不良が改善されていった。健康をセルフケアできる薬膳の考え方を、もっと広く伝えたい。セカンドライフのビジョンが見え、国際中医師の資格も取るべく3年制のコースにも進学する。
「60歳でスタートするのは遅い。だから50代で会社を卒業することにしたんです。人様の口に入るものを提供するからには、食材も包丁づかいも、きちんと学ぶことが大事。だから料理の専門校にも通おうと決めました」
55歳になる年、会社を辞め、エコール 辻󠄀 東京へ入学。すでに薬膳師の資格は持っていたので、在学中から『聘珍樓』の「薬膳セミナー」を務め始める。さらに週末には、北京中医薬大学に通うという、濃密な1年間を送った。
エコール 辻󠄀 東京時代
「エコールを選んだのは、基本的なことからプロフェッショナルな領域まで、専門料理を体系的に学べるから。どこかの知識が欠損していたら、教える側として問題だと思うので…。和食を選んだのは、日本人に合う薬膳を追究するため。中国と違い、日本では明確に薬と区別されている薬草を一般人は調理できません。別の食材で置き換えておいしい料理にする作業が、日本の薬膳には必要なんです。エコールでは、包丁を使う角度や力の入れ具合、味つけの順序などの料理道を、先生方が愛情をもって教えてくださり、いまに生きています」
お料理教室の皆さんと

自分の身体の声を聞いて、食べることが大切。

エコール卒業後の2011年5月には、品川区の自宅キッチンで『洗足薬膳お料理教室』を開校。薬膳を実践的に学ぶ、2つのコースを用意した。一つは、中医学の考え方や薬膳の基本を知る「季節の薬膳レッスン」。もう一つは、“家庭の食医”として、体調や体質に合わせた薬膳メニューがつくれる人をめざす「フードドクターカリキュラム」。日本人の身体や味覚に合った食材を取り入れながら、日本料理をベースとした家庭でできる薬膳を指導していく。
「普通の料理教室と違い、まずは中医学の学びからスタート。そのあとにレシピの話をして、調理に入ります。中医学の考え方を知り、自分の身体の声を聞いて、食べることが大切なんです。おいしく味わうことで不調から解放され、健康になっていくうちに、身体の内側から美しさが生まれてくる。美と健康、長寿につながっていくのが薬膳の世界です」
教室の自家菜園で育てた野菜
提案するのは、やさしいステップでおいしくできる、素材重視の薬膳料理。教室では、神奈川県の三浦半島に設けた自家菜園で育てた野菜を、積極的に取り入れている。
「とても自然に恵まれた場所で、農薬を使わなくても、すくすく元気に味の濃い野菜が育ちます。季節の野菜がもつおいしさはもちろん、気候や害虫にも負けずに成長してきた野菜がどんな力を持っているのかも感じてほしい。食べ物がもつ効能を頭で理解するだけではなく、ふれた感触やむいたときに漂う新鮮な香りなども楽しんでほしい。全身でライブ感も味わえる教室をめざしています」
「秋刀魚の柑橘酢〆(手前)梨、柿、ささみの胡麻クリーム和え(右奥)畑のさつまいも煮物(左奥)教材で使った白キクラゲ(後方)」

おいしい料理を楽しみながら食べることで、食材の力も発揮される。

「身体は正直です。食べておいしくないものは排除されてしまう。逆に楽しみながら食べると、吸収力が上がって、食材のもつ力も発揮されるんです」
聘珍樓薬膳セミナーにて
『聘珍樓』では、「季節の薬膳セミナー」に始まり、月替わりの「アンチエイジング薬膳コース」のメニュー監修や、その紹介テキストの執筆なども担当。「聘珍薬膳茶」といったオリジナル商品のプロデュースも行っている。セミナー参加者などからの要望に応え、2016年6月には、聘珍樓の薬膳に関する書籍も刊行された。
「薬膳の良さを無理やり人に詰め込もうとするのではなく、ちゃんとおいしく感じて、わかりやすく伝えることを重視しています。そのあたりは前職で培った、言葉の技術が役立っているかもしれませんね。それと、ヤル気を本気で表明すると、応援してくれる人が必ず現れます。私ひとりの力でなく、夫、聘珍樓の林淳子マダム、卒業しても相談に乗ってくれる辻󠄀調の先生、毎回セミナーに参加くださるお客様…人の凄いパワーが集結して、薬膳が花開いた感じです。
中国語を学びたい、マスターしきれないから学び続けたい、学びを生かしてもっと大きな知識を得たい、得た知識を人のために役に立てたい…18歳のときに芽生えた思いがずっとつながっているから、ぶれずに前進してこられました。二十歳前後って、いちばん心が燃えているときなので、そこでググッと惹かれたものを忘れないことが大切。いまの若い人たちにも、進むべき道に迷ったときは、自分が何に最も心をつかまれたのかを思い出してほしいですね」
聘珍樓横濱本店料理長・北見潔氏と

大田ゆう子さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京 日本料理マスターカレッジ  (現:辻󠄀調理師専門学校 東京) launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀日本料理マスターカレッジ
(現:辻󠄀調理師専門学校 東京)

日本料理の奥深さに触れながら、
1年間で徹底的に本物の技術を学びとる。

1年間、日本料理だけを徹底的に。本物と一流にこだわった環境で、
日本料理の奥深さやおもてなしの心を会得する。
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