INTERVIEW

「なにわの伝統野菜」と出会ったことで独立開業し、素晴らしい食文化を広く伝える“ごちそうプロデューサー”に。

なにわのごちそうプロデュース=kicho
広里貴子さん

profile.

大阪市出身。エコール 辻 大阪 辻日本料理マスターカレッジから辻調理技術研究所 日本料理研究課程へ。1997年卒業後、辻調グループの日本料理技術講師を9年間務め、2006年にkicho(有限会社貴重)を設立。2013年、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』で料理指導を担当して以降、NHK大阪放送局制作の朝ドラを5回連続で担当。現在、商品開発、料理講習、メディアへの技術提供など幅広く活躍中。

「食を通じて大阪を盛り上げたい」と、日本料理技術講師から転身。

「入学時には包丁も持てなかったような生徒が1年間で驚くほど成長し、社会へ出て行くのを見届けるのは本当にやりがいがありました。名だたる外来講師の先生方がいらして、学校に居ながらにしていろんな情報が入ってくるのも魅力でしたし。卒業した生徒が立派になって、一つの店を持つようになれば感慨もひとしおでした」
辻調グループで日本料理技術講師として充実した日々を送っていた広里さん。仕事の一環として「なにわの伝統野菜」を普及するプロジェクトに携わったことが大きな転機となった。
「生産者さんたちのもとを訪ね、古くから受け継がれている食べ方や、祭事での供え方などを伺うのが、とても興味深くて。ずっと大阪に住みながらも知らないことばかりで、目から鱗の連続でした」
NHKのスタジオにて生産者の方と
掘り下げれば掘り下げるほど、さまざまな大阪の歴史背景や食文化が見えてくる。それが面白くてたまらず、どんどんのめり込んでいった。加えて生産者と関わるうちに、「この人たちと何かをしたい」と思うようになったという。
「食を通じて大阪を盛り上げたい。そんな欲が芽生えてきたものの、学校にいる限りそればかりには関わっていられません。それで独立することを決めたんです」
「泉州鱧づくし(毛馬胡瓜使用)」

「なにわの伝統野菜」でつくった惣菜を販売し、大阪料理の研究にも力を注ぐ。

古くから大阪府内で栽培されてきた「なにわの伝統野菜」。大阪独自の品種であることなどの条件をクリアし、府に認定されたものが、現在そう呼ばれている。
「ある調査によると、全国的な認知度が1%にも満たないほど低かったんですよ。それが悔しくて(苦笑)。広く知ってもらうにはインターネットだと思い、伝統野菜でつくった惣菜をネットで販売することにしました」
なにわの伝統野菜を漬け込んだ「大阪ピクルス」(現在は販売休止中)
なかでも、なにわの伝統野菜をピクルスにした「大阪ピクルス」(現在は販売休止中)が話題を呼び、メディアでも紹介されるようになった。独立後は料理教室の講師や広告撮影用の料理制作などに携わっていたが、知名度が高まるとともに、オリジナルの惣菜をホテルに卸したり、大阪産の食材を使った商品開発に携わったり、レシピ本の制作に協力したりと、仕事の幅を広げていく。
「足赤海老と能勢銀寄栗の煮物」
「大阪の食材を使い、古くから伝わる料理法を試してみると、すごくおいしかったり、これは今風にアレンジしたほうがいいと感じたりするんですよね。そういった情報交換の一環として、大阪料理研究家の上野修三先生によるおかずの勉強会に参加していたんですが、そこに参加されていた『ごちそうさん』のプロデューサーの方に声をかけていただいたのが、ふたたび大きな転機となりました」
参加したドラマの脚本の一部

NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』で明治から昭和にかけての大阪料理を再現。

『ごちそうさん』は、2013年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説。明治から昭和に至る激動の時代、大阪へ嫁いだ主人公が、料理と愛情で家族を支え成長していくストーリーだ。タイトルにも表れている通り、物語の重要なカギを握るのが料理。当時の大阪の食卓を再現できる人材が探されていて、広里さんに白羽の矢が立った。
『ごちそうさん』の撮影現場にて
「『いち料理人がそんな大それたことはできない』と、最初は怖くて断ったんですよね。ドラマのなかで伝統野菜を使えるチャンスではあるものの、まだまだ勉強中の身でしたし。だけど週6話も放送される朝ドラは日本一過酷な現場とも言われていて、体力勝負な面もあるから若手でなければ難しいと。辻の学生時代の友人や辻の先輩先生方、上野先生はじめ浪速の伝統野菜に携わる方々、大阪野菜の生産者様などに相談したところ、『いいチャンスをいただいたじゃないか』『応援するから』と言ってくださったので、『何かあれば助けてくださいね』という約束を取りつけ(笑)、挑戦してみることにしました」
『ごちそうさん』の撮影現場にて
撮影現場で広里さんは、食材調達や調理、料理指導など、食にまつわるすべてのことを担当。いざ手がけると時季外れで調達しづらいものや、時代考証の難しいものも少なくなく、苦労が絶えなかったが、周囲のあたたかい協力を得て着実にクリアしていった。
「八百屋さんのシーンで野菜や値札を並べるのも、すべて私が担当するなど、何から何までやらせていただきました。生産者の皆さんにも可愛がってもらえ、『こういう食材を使いたい』と相談すると、親切に助けてくださって。寿命の短い野菜を撮影日にベストな状態になるよう、ピンポイントで育ててもらうこともあります。伝統野菜だけはどれだけ無理しても出そうと決めていたので、随所に使っていたところ、『あの野菜はいったい何だ』『どこで買えるのか』と、お問い合わせも数多く頂戴できました」
結果、「料理が影の主役だった」と語られるほど大好評を博し、以降もNHK大阪放送局制作の朝ドラを5回連続で担当。取材時現在も、2017年10月から放送の『わろてんか』の準備で大忙しだ。
「献立は、ドラマ上の季節やテーマ、手に入る食材の共通項を見出して、考えるようにしています。昔の食べ物に関する文献って、探すのが難しいんですよね。時代小説から引っ張ってきたり、書籍化されている日記を紐解いたり。かなりの準備が必要なので、ネットワークが何より大事なんです」
器の作家さんとのコラボイベントで

辻調グループのネットワークがフードコーディネートの仕事にも活かされる。

「古い洋食が出てくる場面で西洋料理の先生に手伝っていただいたり、チョコレートが出てくるシーンで製菓の先生にわからないことを教えていただいたり。辻調の先生方にも、おおいに助けてもらっています」
辻調で勤めていたおかげで、食に関する幅広いネットワークも築けたと振り返る。一方で、「逆に学校から頼ることも多い」と語るのは、エコール 辻 大阪 辻日本料理マスターカレッジで教授を務める松島愛さん。広里さんが教員を務めた9年間、仕事をともにした仲間で、同い年の友人でもある。
「近ごろは辻調グループでも、フードコーディネートやスタイリングの仕事をしたいという学生が増えてきました。そんな場合、広里さんのもとを訪ね、お話を聞かせてもらったりしています」(松島さん)
「大阪は東京と比べて、この手の仕事が少ないんですよね。キャリアを重ねるうちに、そういう土壌を切りひらいて、後輩たちも活躍できる基盤を築けるようになれば…という気持ちも出てきました」(広里さん)
「成長のためには、何より人と関わることが大切」と語る広里さん。教員になった1年目から現在に至るまで、松島さんら辻調グループの教員を中心とした有志で、毎年おせち料理づくりの勉強会も続けている。年末には連日、広里さんのオフィスに15人ほどのメンバーが集まり、1年間かけて話し合った成果を形にしていくが、そのなかにも「なにわの伝統野菜」は必ず取り込むようにしているという。

天下の台所、大阪を拠点に“食”を盛り上げられる一人になれたら本望。

「教員をしていたという肩書があると、講習会の仕事も多くいただけるんですよね。自分ではわかりませんが、『教えるのが上手だ』と言っていただけるので、その面でも経験を積めて良かったなと感じています」
今もなお、料理講師やイベント講師、ケータリングも依頼があれば携わっている。まさに独自の肩書、「ごちそうプロデューサー」の名にふさわしい活躍ぶりだ。近ごろは、岩手や高知、佐賀など、大阪に所在する県事務所とのコラボレーションで、各県の食材を知ってもらうイベントの仕事も増えてきた。その際には欠かさず、地場での食べ方と新しい食べ方の両方を紹介するようにしている。
器の作家さんとのコラボイベントで
「料理に携わっている以上、大阪はもちろん食による地域活性化には力を注いでいきたいですね。『なにわの伝統野菜』に関しても、今はドラマで食材を見たり、イベントでPRをしたりするので精いっぱいですが、今後はもっと踏み込んで、新しいことに取り組んでいきたい。かつては料理を学んだ先は飲食店に勤務するものだと思い込んでいましたが、いま、食の仕事はどんどん広がっていることを実感しています。そのなかで天下の台所、大阪を拠点に“食”を盛り上げられる一人になれたら本望ですね」

広里貴子さんの卒業校

エコール 辻 大阪 辻日本料理マスターカレッジ launch

エコール 辻 大阪
辻日本料理マスターカレッジ

日本料理の奥深さにふれながら、1年間で徹底的に本物の技術を学びとる。
ほんものの味を知り、表現する方法を自らの五感で学びとる。
奥深い日本料理の道を極めていくための確かな基盤と自信を築き上げる。
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