INTERVIEW
No.032

自分のお菓子を自由に表現できることが楽しくてたまらない。紆余曲折しつつも諦めなかったからこそ、お店を持つ夢がかなった。

レクラン・ド・ユミコ オーナーシェフパティシエ

岸裕美子さん

profile.
愛知県名古屋市出身。辻󠄀製菓専門学校からフランス校へ。2004年に卒業後、東京のショコラトリー『ル・ショコラ・ドゥ・アッシュ』や大阪のビストロ『カメキチ』、名古屋の洋菓子店『シェ・チョココ』などを経て、『スターバックス コーヒー ジャパン』へ。東京の『ドゥーパティスリーカフェ』で2年間修業を積み、2015年4月、名古屋にパティスリー『レクラン・ド・ユミコ』をオープン。お菓子教室や製菓学校などの外来講師としても活躍。
access_time 2017.10.20

「若いうちに海外経験を」という父の言葉も後押しになりフランス校へ。

「お菓子屋さんになると決めたのは小学4年のとき。なぜだったか、いつも母と行っていたケーキ屋さんのオーナーに宣言したんですよ。すると、修業が大変だったからでしょうかね。『やめとけ』って止められたことを、いまでも覚えています(笑)」
小さい頃から日常的にお菓子をつくる家庭だった。友だちの誕生日には、ホールケーキを仕上げて学校へ。みんなが喜んでくれるのがうれしくて、自分の進みたい道はやはりこれだと感じていた。
フランス校時代
「お菓子を学ぶならフランスに行かなきゃと、迷わず辻󠄀製菓を選びました。かつて海外留学を経験していた父親から、『若いうちに海外へ行け』とずっと言われていたので、それも後押しになって。単身で行くのはハードルが高いですが、守られた環境でいろんなものを見られたからありがたかったです。フランス菓子が生まれたのも、あの風土や気候があってこそなんだと肌で感じられましたし、それを早い段階で体感できたのも大きかったです」

菓子職人の世界でやっていくことに不安を覚え、一時は違う道に。

フランス校卒業後は、東京のショコラトリー『ル・ショコラ・ドゥ・アッシュ』へ。その後は大阪のビストロ『カメキチ』でデセールとフロアの経験を積むも、この先、職人の世界でやっていけるのか不安を覚え、一時は料理教室の講師に転向した。しかしやはりパティシエとして生きていきたいと地元名古屋に戻り、地域密着型の洋菓子店『シェ・チョココ』に勤務。そこからさらにフランス菓子への思いが高まり、フランス菓子専門店への転職を希望した。
「だけどすぐに採用がなかったので、しばらく待とうとスターバックスでアルバイトをし始めたんですよ。アルバイトなら社員よりは辞めやすいし、コーヒーも勉強できて、あの素晴らしい接客の秘密も知れるかなと。最初は軽い気持ちでしたが、大きな転機になりました。これまで食らいついて覚えていく職人の業界でしか生きてこなかったので、その教育システムの素晴らしさに圧倒されて。何があっても『違う』と否定するのではなく、『なぜそうしたのか』を必ず訊く。お互いを思いやりながら働けるからこそ、お客様にとっても居心地のいい空間がつくれる。毎日が新鮮で楽しくて、気がつけば2年が経ち、マネージャーにまでなっていました」

運命的なお菓子と出会い、「この人から学びたい」と強く思った。

いつかは自分で店を開く。ずっと考えてはいたが、本当に決意したのは27歳のとき。待っていた店舗での採用がないとわかり、このままスターバックスで第二の道を歩み続けるか、自問自答する。結果、次を最後の就職先とし、2年間学んだら開業しようと心に決めた。
「本当は名古屋で働こうと思って食べ歩いたんですが、理想のお店が見つけられなくて東京へ。何店も回って『ここだ!』と思えたのが、『ドゥーパティスリーカフェ』だったんです」
そのときに出会った運命的なお菓子。現在は世田谷『リョウラ』のオーナーシェフを務める、菅又亮輔氏の手によるものだった。
「上が栗のペースト、中が洋梨のジュレのように、いろんなものが詰まったグラスのお菓子だったんですが、『こんなの食べたことがない!』と大感動。人生で初めてお菓子に感動したのが、パリで訪ねた『ピエール・エルメ』の本店で。いまでは有名なイスパハンのグラスのお菓子だったんですが、それを食べたときと同じような衝撃を受けました。このお店で働きたいと思って調べてみたところ、かつて菅又さんはエルメのスーシェフだったことがわかり、『この人から学びたい!』という思いがいっそう強まりました」
左から「フロマージュミルティーユ」「エクレールスリーズピスターシュ」

あれだけ厳しいお店で働けたんだから、この先何があっても大丈夫。

『ドゥーパティスリーカフェ』の面接後2日間の研修で、仕事への厳しい姿勢を実感する。
「普通なら見逃しそうなわずかな不注意も見逃さない…それだけお菓子と真剣に向き合っているんだ、ここまで繊細だからこのお菓子がつくれるんだと感じ、この人についていこうと。菅又シェフの味がすごく好きだったので、『何があっても食らいついてやる!』と思っていました」
左から「パイシュー(プレーン)」「パイシュー(ピスタチオ)」「季節限定パイシュー(マンゴー)」「こだわりプリン」
2年間の修業を経て、2015年4月、名古屋に『レクラン・ド・ユミコ』をオープン。「レクラン(L'ECRIN)」とは、フランス語で「宝石箱」のこと。宝石箱のように“キラキラ”が詰まった、笑顔あふれるお店にしたい。例えば旬のフルーツをたっぷり使った驚きあふれるお菓子をつくろう。…そんな楽しい未来を想像しながら、修業期間を耐え抜いたという。
左から「ファボリ」「シャルマン」「フォレノワール」
「あれだけ厳しいお店で働けたんだから、この先何があっても大丈夫だろうという自信にもつながりました。最後に菅又さんのところで働けたから、いまの私のレシピがあります。名古屋はフルーツを好きな人が多いので、生の果物をよく使うんです。伝統的なフランス菓子にこだわる方もいらっしゃいますが、日本式のショートケーキだってフランス菓子同様、日本の風土、気候、空気があり、日本のフレッシュなイチゴがおいしいからこそ生まれたもの。それでいいと思うんです。だから看板には『フランス菓子』でも『洋菓子』でもなく、『菓子店』って書いているんですよ」
『フランス菓子』でも『洋菓子』でもなく、『菓子店』の看板

人が想い描くものではなく、自分の理想をとことん追求できる幸せ。

「私にしかできないお菓子を出したいので、ここでしか食べられないものを意識しています。一口食べたあとにわかる驚きを入れるなど、組み合わせ方はものすごく考えますね。新作ができるとInstagramにアップするんですが、それをチェックした常連さんがすぐ買いに来られ、ご自身でも撮影してハッシュタグ付きでアップしてくださる。それがまた、うれしいんですよね」
気まぐれエクレア アメリカンチェリー ピスタチオクリーム グリオットチェリーのジュレ
新作は素材から発想することが多い。例えば、イチジクを使う場合、タルトにするなら土台にカスタードクリームとイチジクをのせて完成させるのが一般的だが、岸さんは一つずつ、パーツから考えていくという。
タルトペッシュココ
「合わせるならアールグレイ、だけどそれだけだと単調になるから、オレンジも加えたアーモンドクリームの土台にしよう。でもイチジクはもったりする印象なので、ちょっとサッパリさせるのにレモンジュレを間に入れてから、カスタードクリーム、イチジクを重ねよう。…そう考えていくと、うちにしかないお菓子になりますよね。オレンジも香りが立つよう、フレッシュのものをスライスしてシロップに漬け、乾燥させてから砕いて入れています。すごく手間がかかるんですけどね(笑)。お客様に喜んでほしいから妥協はしません。
イチヂクのタルト オレンジとアールグレイの香るタルトの土台
自分のお店をもって一番うれしいのは、自分のお菓子を自由に表現できることです。どこかのお店に入ると、そのシェフが想い描くものに近づこうとしますが、いまめざすのは私の理想。それが楽しくて仕方ないんです」

お客様の顔が見える小さなお店のまま、新しいお菓子をつくりたい。

「小さなお店なので、お客様の反応も直に見られます。リアクション見たさに、洗い物をしながら覗いたりして(笑)。一口目に『おいしい~!』って言ってもらえるとたまらなくうれしい。厨房をのぞき込んで『おいしかったです~!』なんて言ってくださる方もいて。お客様から毎日、“キラキラ”をもらっています」
スイカのパフェ
一時は複数のスタッフを雇用したこともあったが、現在は2人で切り盛りしている。目の届く範囲で、このままずっと続けていきたい。形態はそのままに、もっといろんなお菓子をつくることが、目下のめざすところだ。
「最初はお店を大きくしようと思っていたんですが、自分の手から離れた瞬間に、自分のお菓子じゃなくなる気がしたんですよね。だったら小さいまま、お客様の顔が見える範囲でやっていくほうがいいなと」
最近では、一般の方に向けたお菓子教室や、母校である辻󠄀調グループなどの製菓学校に、外来講師として呼ばれることも多い。お菓子づくりの楽しさを伝えたいという思いもあるが、製菓学校へ行くのには特別な感情がある。
エコール 辻󠄀 大阪での講習
「女性でもお店が持てるってことを見せたいんですよ。店名に自分の名前を入れたのも、自己主張をしたかったわけではなく、女性がオーナーだとすぐにわかるから。この業界で女性が独立するケースは圧倒的に少ない。製菓学校に入る率は女子のほうが高くても、実際残るのは男性のほうが多いんです」
「私も紆余曲折ありましたが、諦めなかったからこそ、いまこうやって夢をかなえられました。これからめざす人たちも、『理想と違う』と投げ出すんじゃなく、『理想を実現する』という気持ちで突き進んでいってほしいです」

岸裕美子さんの卒業校

辻󠄀製菓専門学校(現:辻󠄀調理師専門学校) launch

辻󠄀調グループ フランス校   製菓研究課程 launch

辻󠄀調グループ フランス校

本場でしか学べないことがきっとある

フランス・リヨンに郊外にあるふたつのお城の中には、
フランス料理とヨーロッパ菓子を学ぶための最新設備がずらり。
LINE:送る

話題になっている記事

No.143
中国料理の世界を変え多くの人を幸せに

中国料理の世界を変え多くの人を幸せに


株式会社セブンスイノベーション 代表取締役/中国菜 エスサワダ 総料理長/澤田州平さん

食から拡がる様々な業界で働く

OTHER PROFESSIONs