No.066
一度は挫折した製菓の道を諦めず、愛情をもって仕事のできる環境へ。一歩踏みだすことで、自分が輝ける場所はきっと見つかる。
アトリエうかい たまプラーザ パティシエール
山本 彬世さん
profile.
岐阜県出身。辻󠄀製菓専門学校 製菓技術マネジメント学科から辻󠄀調グループ フランス校へ。2013年に卒業後、ザ・リッツ・カールトン大阪のフランス料理店『ラ・ベ』に就職。その後、いくつかの洋菓子店を経て、辻󠄀調グループの広報を担当。2017年5月に株式会社うかいへ入社、アトリエうかい たまプラーザに配属。現在に至る。
access_time 2018.06.22
なんとなく進むつもりだった大学に違和感を覚え、製菓の専門学校へ。
高校時代を過ごしたのは兵庫県。大学進学者が多くを占める学校に通っていたため、3年の夏前までは自分も大学に行くものだと考えていた。お菓子や料理をつくるのが好きだったこともあり、管理栄養士をめざせる学部を志望。しかしオープンキャンパスで、理想と現実のギャップに違和感を覚える。
「学問的に栄養を勉強して突き詰めることに興味がもてず、やっぱり自分はつくる勉強がしたいと思ったんですよ。その想いを父に伝えたところ、塾にも通っていたし、ひどく怒られて(苦笑)。担任の先生にも、準備不足だと反対されたので、通える学校をすべて調べ、良さそうなところには足を運んで。先生の数や就職率、体験授業で受けた印象から、大阪の辻󠄀製菓専門学校に進路を定め、就職を不安視していた母親もオープンキャンパスに連れて行き、大学よりも強みがあることを伝え、両親ともに説得しました」
いざ進学すると、やはり毎日が楽しい。選択は間違っていなかったと実感できた。
「これまで勉強は仕方がないからやっていたんですが、辻󠄀製菓では勉強という認識すらなく、やりたいからやる、好きだから頑張れる感じで。実習では、限られた時間内でいかにきれいにおいしくつくるかを、学生同士で話し合って考える機会が多く、現場を意識しながら学べたのも良かったです」
辻󠄀調グループ フランス校時代
2年目は、より高度な技術を磨くとともに、座学でも専門的な内容が増えていった
「フランスの郷土菓子を詳しく学ぶ授業で、それぞれのお菓子が生まれた土地の歴史や背景、発達の過程に興味がわき、(辻󠄀調グループ)フランス校への進学を志すようになりました。実際、日本では情報でしか知り得なかったことを体感できて、感動することばかりでした」
アトリエうかい たまプラーザ
紆余曲折を経て、シェフの人柄に惹かれた『アトリエうかい』を志望。
フランス校では料理人をめざす生徒らとともにシミュレーションを重ね、レストランに惹かれ始める。現地での食べ歩きでも、レストランで出されるデザートに魅力を覚え、帰国後はザ・リッツ・カールトン大阪のフランス料理店『ラ・ベ』を志望。フランス人シェフとコミュニケーションがとれることも評価され、就職へと至った。
一緒に働いていた先輩パティシエが退職予定だったこともあり、わずか1年弱ですべてのノウハウを身につけた。その後は2年目にしてリーダーとなり、中途入社の経験者をまとめる存在へ。シェフと相談しながら3カ月に1 度入れ替わるメニューを考え、仕込みもすべて担うようになった。
「ミシュランガイドの一つ星を獲得していることもあり、クオリティも下げられない。とにかく必死でした」
約1年間かけ、あとを任せられるようになったところで、基礎から学び直したいと転職。いくつかの洋菓子店で働いたが、その過程で挫折を経験する。
「どうしてもシェフの期待に応えられず、もうパティシエは無理だと母校へ相談に行ったところ、『一度離れて、続けるかどうか考えてみては』と、学校で働かせてもらうことになったんです」
こうして2016年10月から年度末までの5カ月間、広報として勤務することに。辻󠄀調グループの職員が運営する学校併設の店舗『P.L.T.(パティスリー・ラボ・ツジ)』で、製造補助も担当させてもらった。
「それまで自分のいた世界がすべてだと思い込んでしまっていましたが、違う環境に身を置くことで、別の世界もあるんだと考えられ、もう一回頑張ろうという気持ちになれました」
「そこで勤務地をかえて心機一転を図ろうと、東京での就職を希望。学校からの紹介で5軒ほど回り、都内を中心にレストランを展開するうかいグループの洋菓子店『アトリエうかい』に決めた。
アトリエうかい たまプラーザの店内
「スタッフに対してもお菓子に対してもとても愛情が深い、シェフの人柄に惹かれて志望しました。それに旬の素材にこだわり、レストランならではのものをベースにつくっていると聞いて、レストランの経験も生かせるだろうと感じたのも大きかったです」
自分の考えたお菓子がお客様に選ばれ、喜ばれると本当にうれしい。
勤務先は店舗兼工房である『アトリエうかい たまプラーザ』。10数名のスタッフがガラス張りの工房でお菓子をつくる姿が店舗からも見え、とても活気が伝わってくる。
アトリエうかい たまプラーザのガラス張りの厨房
「働く環境がすごく整っていることに、まず驚きました。組織としてしっかりしていて、製造はもちろん管理・販売や接客に至るまで、細かいところにも意識が行き届いています。お菓子はお客様に正しく届けてこそ、初めて成り立つもの。不純物が入らないようダブルチェックするなど、安全衛生面も徹底するようにしています。接客も兼任することで、お客様目線の大切さも実感。パティシエはつくるだけではだめだと、ここに入って再認識するようになりました」
2017年5月入社と、まだ社歴は浅いものの経験者である山本さんは、後輩たちの指導も担い、新作の提案も積極的に行っている。1年も経たないうちに、すでに2作品が採用された。
「空いた時間に新しいお菓子を考案し、自分のケーキを出させてもらえるのは本当に恵まれています。長く親しまれているものからヒントを得て、新しいアイデアを付け加えると、大勢に受け入れてもらいやすい。参考にする引き出しは、過去の学びや経験がベースになっています」
新しいお菓子を考えるとき、味のパーツが多すぎると味わいが散漫になるため、3種類までと決めている。そして、それらを食感で出したいのか、香りで出したいのか、口どけで出したいのかなどと考え、どういう表現にするのか模索していくという。
「例えば2作目の『ラム・レザン』なら、ラムレーズンのケーキってあまりないなというところからテーマを決め、どこのパーツで生かすか、引き立たせる素材は何にしようかと考えていきました。バター感のあるタルトと相性がいいだろうとか、ラムは香りが強いので負けないチョコレートを使おうとか、でもそれだと普通すぎるから紅茶を合わせてみようとか…」
山本さんのアイデアで商品化された『ラム・レザン』
「働く女性や主婦の方たちが仕事終わりのリラックスタイムや休日に、ちょっと贅沢な自分へのご褒美として味わってもらえたらというイメージから構想を重ね、見た目の美しさにもこだわっています。理想通りにつくれない間は苦しいですが、それが完成してショーケースに並び、お客様に選ばれ、喜んでもらえると本当にうれしい。『ラム・レザン』は、ありがたいことに販売開始から1カ月も経たないうちにリピーターができたんですよね。社内でも評価してもらえ、『アトリエうかい エキュート品川』でも置きたい、などと言ってもらえて感激しました」
パティシエールの山本さんは販売も担当する
『アトリエうかい』には、スタッフ一人ひとりに商品開発の機会がある。「僕ひとり、シェフひとりでできる世界は限られているから」と語るのは、シェフパティシエで『アトリエうかい』の統括製菓長である鈴木滋夫さん。
統括製菓長の鈴木滋夫さん(右側)
「独りよがりではだめですが、ブランドを理解しながらも自分にしかできないものをつくることで、ブランドの世界も広がっていきますからね。自分のつくったものをまた食べたいと言ってもらえれば、やりがいにもなりますし。意欲をもって仕事を続けるためには、成功体験を重ねることが大切です」
「当然、成功するには失敗も避けて通れませんが、重要なのは失敗を失敗のまま終わらせないこと。ちゃんと励まし、褒めて、見守ってあげることができたら、多少しんどいことがあっても続けられると思うんですよ」
パティシエは、成長を実感でき、自分にプライドがもてる素敵な仕事。
「自社商品に対しては愛情しかない」と断言する山本さん。「毎日ありったけの愛情を注いでつくっている」と笑顔で語る。
「ケーキ1個つくるのも本当に大変なんです。うちの商品はどれも素材にこだわり一つひとつ丁寧につくりあげているため、材料費も手間もものすごくかかっているんですね。仕上げのパーツは私の担当する仕事のひとつですが、きちんと向きもそろえたいし、パーツの破片が少しでも落ちていたらすぐに直したい。お客様に最高の状態で届けたいので、ほかのスタッフにも気づいたらすぐ知らせてくれるようお願いしています」
自分たちがつくったお菓子をどう見せるか。そんな部分にも、今後はより深く入り込んでいきたいという。
「置き方ひとつ、見せ方ひとつ、伝え方ひとつで、商品の売れ行きも変わってきますし、ディスプレイのデザインも大切です。そのあたりももっと勉強して、お客様が求めているものを提案したい。お好みの食材や状況に合わせて最適なものをお勧めする、“ケーキ・コンシェルジュ”のような役割も果たしたいと思っています」
「自分でつくったものを提供できる仕事って、そんなに多くはないですよね。つくったり食べたりするのが好きなら、この道に進めば豊かな人生になると思いますよ。たとえ私みたいに、ある場所でつまずいても、それがすべてじゃないし、自分が輝ける場所やタイミングはたくさんある。しんどいことも多いですが、その分、成長できるし、自分にプライドがもてる職業だと思います」
辻󠄀調グループ フランス校
本場でしか学べないことがきっとある
フランス・リヨンに郊外にあるふたつのお城の中には、
フランス料理とヨーロッパ菓子を学ぶための最新設備がずらり。
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