INTERVIEW

日本の“ちゃんとした”料理をフランスの人々に伝え、日本食への評価を正したい。レストラン調査で芽生えた正義感が、開業の原動力に。

Restaurant TOMO オーナーシェフ
畠山 智博さん

profile.

東京都出身。エコール・キュリネール国立 辻フランス料理専門カレッジ(現・エコール 辻 東京)からフランス校へ。1997年卒業後、再び渡仏。語学学校に在籍しながら修業を重ね、3年後、自身で会社を設立。出張料理をメインに、さまざまな仕事を請け負う。その後、二つ星『ラ・ロトンド』などで経験を積み、パティスリー『セバスチャン・ブイエ』が開いたレストランのシェフに。2007年には、日本食レストランのガイドブックの調査員を担当。2011年に『レストランTOMO』を開き、2015年にはラーメン店『慈山(じざん)』もスタート。

辻調の先生が披露する豪華なフランス料理に、幼くして心を奪われた。

料理番組ばかり見ていた幼少期。なかでも辻調グループが監修を務めていた『料理天国』が大好きで、特に小川忠彦先生のつくる豪華なフランス料理に心を奪われていた。見たこともない美しい料理を披露し、ゲストが目でも舌でも感動する。その様子に憧れた。当時から何かを創作することも大好きだったが、進学とは切り離して考えていた。
「だけど大学受験に失敗したんですよ。兄弟親族みんな良い大学に行っていたので、浪人もしたんですが…うまくいかなくて。一方で、いざ何をやりたいのか考えたとき、フランス料理への憧れが捨てられなかったんですよね。とにかくまずはお金を貯めようと運送会社へ。すぐに辞めてしまう人も多い厳しい世界だったので、かなり根性は鍛えられたと思います」
フランス校時代
2年間分以上の学費を貯め、辻フランス料理専門カレッジ(現・エコール 辻 東京 辻フランス料理専門カレッジ)の体験入学へ参加。あまりの面白さに感動し、30歳を過ぎていたが迷わず進学を決めた。毎日の授業が楽しくて仕方がなく、1日も休まず卒業。リヨンにあった辻調グループのフランス校へ進学した。
「『料理天国』を観ていたときから、フランス料理をやるならフランス人を圧倒しなければいけないと思っていたんですよ。だから入学する前から、フランスで学び、フランスで店を開こうと決めていました」
フランス校時代

心から尊敬できる偉大な恩師と出会った、フランス校での留学。

リヨンにあるフランス校では、偉大な恩師と出会った。星つきレストランのシェフから指導者へ転身した、コアール先生だ。
「まさに“料理命!”といったイメージの、とても厳格な先生で。料理に対する姿勢、テクニック、考え方など、すべてにおいて心から尊敬していました。卒業して10年ほど経ってから、一度、コアール先生の授業を見学させてもらったんですが、教えられている料理の内容も盛りつけも、僕らの頃とは全く変わっていたんですよね。レストランの料理人ではない現在も、常にアンテナを張って最先端の料理を勉強され、指導されている様子に改めて感動しました。その立ち居振る舞い、言葉の発し方など、すべてが誇り高くて。威厳がありながらも、授業中に時折見せる笑みから、今も変わらない生徒への深い愛情を感じました」
フランス校時代 コアール先生と
研修先はリヨンの名店『ダニエル・アンセル』だった。小さなレストランで、肉の火入れやソースづくりなど、すべてを担当。ほかの料理人に対し、「トモの言うようにやれ」と指示されるほど、シェフからの評価も高かった。
「友人もたくさんできて居心地も良かったので、働く拠点はリヨンに置こうと。フランス校を卒業する前にはアパートを決め、日本へ帰って2週間ほどでまた戻って来ました」
『Restaurant TOMO』店内

骨折でシェフを退職したものの、おかげで命を救われる結果に。

滞在許可証を得るため3年間は語学学校に在籍しながら修業を重ね、その後は自身で会社を設立。出張料理をメインに、さまざまな仕事を請け負った。そこから二つ星『ラ・ロトンド』で経験を積み、それから日本にも進出しているパティスリー『セバスチャン・ブイエ』が開いたレストランで、シェフを任された。
『Restaurant TOMO』店内
「一人でやっていたので大変でしたが、好きなようにやらせてもらっていたら、お客様がどんどん増えていきました。だけど年末最後の営業日に、スクーターで転んで骨を折り、働けなくなってしまったんですよ。それでもう、迷惑をかけたくないからと退職。だけど人生面白いもので、骨折して家にいたおかげで命が助かったんですよね。自宅療養中、胃痛が我慢できず病院へ行ったら、チャーグ・ストラウス症候群っていう10万人に1人ぐらいの難病だったことがわかって。2年後には心臓がやられて死んでしまう血液の病気だったんです。もしあのまま一人でシェフを務めていたら、痛み止めを飲んで我慢し続けていたと思うので…今となっては、あのとき事故に遭って本当に良かったと思います」
『Restaurant TOMO』外観

日本食レストランの調査員を務めたことで、新たな正義感が芽生えた。

その後2007年、日本食レストランの現地ガイドブックに関する依頼が舞い込んだ。ジェトロ(日本貿易振興機構)が協賛する書籍で、正統な店を見分けられるようランクづけを行うために、その調査員になってほしいというものだった。
「それで普段なら絶対に入らないようなところへ何軒も行ったんですが、『このままじゃいけない』と痛感したんですよ。ある寿司屋へ行ったところ、米と米に隙間がないような代物が出てきて…。カウンター前のネタケースには、血と水が混じったようなネタが並び、酷いものでした。うどんもあったので頼んでみたら、スープが塩味すらついていないお湯だったんです。それまで和食をやろうなんて全く考えてもいなかったんですが、この経験から変な正義感が芽生えちゃったんですよね」
これを機に、日本の料理人とタッグを組み、昼は日本料理、夜はフランス料理と日本料理のコースメニューを提供する『レストランTOMO』を2011年、リヨンにオープン。当初は「寿司がないなら和食じゃない」というフランス人もいたというが、訪れる人たちを味で納得させるのに、そう時間はかからない。宣伝しないことをモットーとしながらも、徐々にクチコミで人気が高まっていった。
慈山の塩ラーメン

日本のおいしいラーメンをフランスの人にも知ってもらいたい。

インターネットで評判になってからは、日本やアメリカなどからの旅行者も訪れるようになった。順調に営業を続けるなか、かつてリヨンにはなかったラーメン店が徐々に現れ始める。運送業時代、1日1食は食べていたほど麺類が大好きだったこともあり、すべての店舗に足を運んだが、しかし…。
「何でこうなるんだというぐらい(苦笑)、日本のラーメンとは程遠かったんですよね。それでもう、日本料理のときと同じように、正義感が芽生えてしまって…。もちろん、自分自身が『おいしいラーメンを食べたい』という思いも強かったんですけどね」
こうして独学で納得のいくラーメンを完成させ、2015年3月、『レストランTOMO』から1kmほど西にラーメン店『慈山(じざん)』をオープンさせた
 
『慈山』店内
「調理場の工事だけだから2週間で終わると言われていたのに1年かけられてしまい大変でしたが(苦笑)、おかげで理想的な麺に出会えました。ベースにしたのは、何度も食べてきた味の記憶。まずはフランス人にちゃんとしたラーメンを知ってもらいたいと、幼い頃から食べていた東京の醤油ラーメン、大好きだった札幌の塩ラーメンと味噌ラーメンの3種類からスタートさせました。その後、ベジタリアンからのリクエストで、鶏だしの代わりに豆乳を入れたベジ味噌ラーメンも開発したところ、かなり好評で。ベジタリアンじゃない方からも人気を博しています」
自作の木彫りの看板 畠山シェフ曰く「桜の木が硬く、手がパンパンに膨れ上がりました。w」

日本食の評価を落とさないためにも、おいしい料理を提供するのが使命。 

23席の小さな店だったが、連日大盛況に。表で順番待ちをする人々の姿も、良い宣伝となった。具材を手づくりする餃子も、一般的な現地店舗が使用する冷凍餃子と比べものにならない味で、人気メニューとなっている。
「フランスって、食べることより会話が目的でレストランに来る人が多いんですよね。そんななか、日本のラーメン屋のように、週に3回も4回も一人で来るお客さんが結構いらっしゃって。そういう人が増えたのはうれしいですね」
ホタテと北寄貝の沼田『レストランTOMO』
両店舗が地域に浸透したことで、“ちゃんとした”日本の料理を提供するという目標は果たせた。現在は、もうワンランク上の日本料理店も出したいという。
「いまの右腕の久慈君も僕も共にフランス料理出身なので、日本料理の技術をもった経験者を入れたいなと。星つきのレストランがビストロに変わることも多いように、材料費や給与など乗り越えなきゃいけない課題も多いんですが、かっこよく言うと使命感に突き動かされているんでしょうね」
鴨胸肉と鴨つくねの山椒焼き『レストランTOMO』
「質の高い石垣牛を使っての、しゃぶしゃぶ店も計画しています。フランスで『和牛』と書かかれているもののほとんどは、日本産のものとは全然違うオーストラリア産。それも納得できなくて…。妙な料理を出されて、日本の評価を落としたくない。これからも日本人に食べていただいても納得していただける和食をこの地で提供していきたいです」

畠山 智博さんの卒業校

エコール 辻 東京 辻フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

辻調グループ フランス校 フランス料理研究課程 launch

辻調グループ フランス校

本場でしか学べないことがきっとある
フランス・リヨンに郊外にあるふたつのお城の中には、
フランス料理とヨーロッパ菓子を学ぶための最新設備がずらり。
LINE:送る