INTERVIEW

「BAR専用チョコレート」という独自路線。限られたオーセンティックバーで味わうアルコールとのマリアージュ。

アトリエAirgead(アールガッド) オーナーシェフショコラティエ
須藤銀雅さん

profile.

青森県出身。エコールキュリネール大阪あべの 辻パティスリーマスターカレッジ(現・エコール 辻 大阪 辻製菓マスターカレッジ)を2006年に卒業後、兵庫・神戸の洋菓子店『ファクトリーシン』に就職。その後、東京・恵比寿のフレンチレストラン『ジョエル・ロブション』を経て、ベルギーチョコレートの名店『ピエール・マルコリーニ』の東京にあるアトリエに勤務。2016年2月、「BAR専用チョコレート」を手がけるアトリエ『アールガッド』を開業。

ショーケースに並ぶ洋菓子が、キラキラと輝く宝石のように見えた。

高校3年間はボクシングに打ち込んだ。減量が厳しく、好きなように食べられない毎日。そんな部活後の帰宅途中、路面にあったケーキ店で、外から見えるショーケースに心を奪われた。
「減量の苦しさも相まって、キラキラと輝く、宝石のような美しいものに見えたんですよね。それが部活を引退したあともずっと頭に残ってて、次に打ち込むものはこれだと思いました。好きなだけ作って好きなだけ食べたいという気持ちもありましたけどね(笑)それでパティシエになるため専門学校へ進もうとしたんですが、親から学費が高いと反対されて…。そんななか、当時、辻調グループの大阪校にだけ、住居つきでアルバイトを紹介してもらえる制度があったんですよ。それで生活費をまかないながら毎月、1万円ずつ返済していくからと許可をもらいました」
エコール 辻 大阪時代
在校中は週に6日、洋食店でアルバイトをし、授業にも真剣に取り組んだ。無理して進学したのに、学費を無駄にしてはもったいない。卒業まで1日も休むことなく通い続けた。
「丁寧な指導で練習の時間もたっぷりもらえるので、着実に技術が身につく楽しさがありました。一方、実習の時間はとにかくシビアで…。決められた時刻までに作業が終わっていなかったら、あと少しで完成でも強制終了でしたからね。すると何がだめだったのか反省し、次こそは絶対に時間通り終わらせようと工夫するようになる。多少時間がオーバーしても許されていたら甘えが出ていたでしょうし、おかげで考える力がついたと思います」

能力は人それぞれ。コツコツ集中してつくるのが自分には合っていた。

卒業後は神戸の洋菓子店『ファクトリーシン』へ。まだ将来像も描けておらず、まずは経験を積もうと打ち込んだ。
「勤務先はお店ではなく、大きな工房でしたが、個人店と変わらないようなことを一通りやらせてもらえて勉強になりました。叱るところは叱ってくれ、褒めるところは褒めてくれて、根気よく教えていただけた。5年以上が経ち、修業を重ねるならそろそろ次のところへと考えていたとき、人手が足りないからと辻の同級生に声をかけてもらったのが恵比寿のフレンチレストランの名店『ジョエル・ロブション』でした。でもどうしても気持ちがついていかず辞めてしまうことに…人生で一番落ち込んだ時期でもありました」
お店でお客様に提供する際に役立ててもらっている「Ag」マークの封蝋付きの専用の木箱。
自分なりにしっかり考えて辞めたつもりではあったものの、もうこの業界に居られないのではと思い詰めた。しかし、せっかく身につけた専門技術は捨てたくない。再チャレンジして、それでも本当にだめなら諦めよう。そう考えた頃に求人を見かけたのが、ベルギーチョコレートの名店『ピエール・マルコリーニ』だった。
「チョコレートって今までガッツリやっていなかったので、ここで初心に戻ってイチからやり直せたらなと思ったんですよ。基本はベルギーからの空輸なので、日本のアトリエではチョコレートを使った生菓子を中心につくっていましたが、先輩にも教わりつつ面白さを感じるようになって。伸びやすい能力は人それぞれ。僕の場合は、コツコツ集中してつくるのが性に合っていたんですよね」
BAR専用チョコレート『味噌』

このお酒にはこんなチョコレートを…と、考えてつくるのが楽しい。

『ピエール・マルコリーニ』に勤め始めて約2年。神戸で働いていた頃、雰囲気の格好よさに憧れて通っていたバーのマスターに、「うちの店用に何かつくってくれないか」と持ちかけられた。自分が成長するチャンスだと思いアトリエ長に頼み込んで勤務後、自主練がてら挑戦することに。創意工夫の工程が楽しく、のめり込んだ。
「買ってきた材料で、仕事が終わったあとに試行錯誤を重ねました。バーで出すチョコレートというと、お酒の入ったものかと思われがちですが、むしろ入っていないほうがいい。そのなかで、どうすれば合うかと考えるのが楽しかったんです。当時は特別な知識もなく、『味噌を使ったら塩キャラメルっぽくなって、ウイスキーと合いそうだ』といった感覚でつくっていたらすごく好評で。定期的に新商品をつくっていくうちに、これを仕事とするにはどうすればいいかを考えるようになりました」
BAR専用チョコレート『ココナッツマロン』
独立を視野に入れるようになり、一般的な飲食店の開業というよりは自分しかやらないような特殊な形の事業にしたいという思いがあった。そこで開業までに色んな事業の経営者たちの話を聴こうと休日は異業種交流会へ。さまざまな人と関わることで、少しずつ自分なりの方法が見えてきた。初期投資を抑えるためにも、あれもこれもでは無くチョコレート専門にしたほうがいい。どうせ特化するなら、とことん尖らないと生き残れないと考えた。
「ならいっそ、店舗販売はせずバーだけに卸そうと。そうすれば、つくる場所さえあればいいから立地は関係なく、家賃も安く済むし、一人で制作に集中できる。その代わり、バーテンダーにはとことん気に入られる商品にして、信用を積み重ねていこうと決めました。交流会で勉強になったのは、上手くいっている経営者の話も勿論ですが、逆に上手くいっていない経営者も観察できたこと。お客さんのことを考えられていない人は、たとえ一時期は順調だったとしても、いずれ頭打ちになる。そんな反面教師の姿を目の当たりにできたのは、大きかったですね」
BAR専用チョコレート『昆布』
こうして開けたショコラティエへの道。重要なきっかけを与えてくれたマルコリーニを2015年12月いっぱいで卒業し、「BAR専用チョコレート」という独自のテーマを設定。準備期間わずか1カ月で、翌年2月1日には中野坂上に10坪ほどのアトリエを構えた。まずはこれまでに人気のあった7種類をラインアップ。しかし取引先はほぼゼロからのスタートだった。
BAR専用チョコレート『パッションマンゴー』

2カ月間の営業後はSNSやクチコミで拡散。取引先が増えていった。

最初の2カ月間で、気になっていた店舗や歩いていて見つけた店舗など、20軒ほどのオーセンティック(正統的)バーへ営業。訪れた約半数のバーが、取引を始めてくれた。
「バーテンダーって、ほかが使っていないものに興味を持ってくれやすくて。試しにとってくれたものをSNSで拡散してくれたり、別のバーに紹介してくれたりして、どんどん広がっていきました。とはいえ1年目の秋頃までは赤字でしたけどね(苦笑)。途中で開店資金が底をついたときは1日1食に切り詰めましたが、右肩上がりで黒字に転じる目処が立っていたので、コンセプトを崩すこと無く勇気を持ち続けられました」
BAR専用チョコレート『ポルチーニ』
現在のラインナップは19種類。週に2度、注文のあった分だけつくって発送しているため、ロスが出ない。毎月、新作を出すようにし、バーにお客さんが再来するきっかけにもつなげている。いつでも取引先の開拓について考えているが、どの店舗とも1回ごとの取引をしていて、あえて契約はしていない。
BAR専用チョコレート『バナナ』
「それでもリピートしていただけるのは、お店の役に立っている証なので、自信にもつながっています。毎回の注文時に、コミュニケーションがとれるのもポイント。お客さんがすごくおいしそうに食べていた、この味が人気ある、といったお話を伺うのも参考になります」
BAR専用チョコレート『フェヌグリーク』
今では北海道から九州まで、全国各地のバーから注文が届いている。バーでの説明に活かしてもらうためにも、吸収した情報は自分なりに整理してブログ等で発信。香気成分の話題は特に人気が高く、お酒関係のセミナーに呼ばれて、講演をすることも多くなってきたという。
セミナーで講演することも多い

ずっと憧れの存在だったバーテンダーから感謝してもらえる幸せ。

「たとえばウイスキーやブランデーなどの蒸留酒をつくる際には、味噌や醤油、キャラメルなどがもつのと同じ香気成分が生まれます。こういった共通項をチョコレートに加えることでアルコールとのマリアージュをめざしています」
飲食におけるマリアージュとは、別々のものが見事に調和し、相乗効果でよりおいしく感じられたり、新たな味わいが生まれたりすること。そのマッチングで大きな割合を占めているのが、香気成分だと分析する。
テンパリング(チョコレートに含まれるカカオバターの結晶を安定させるための温度調整)
「『BAR専用チョコレート』は、あくまでもバーテンダーのお勧めするお酒とともにバーという特別な空間で味わってもらうためのもの。だからいくら要望があっても、一般小売は一切しません。『あのバーに行けば、お酒に合わせた特別なチョコレートが食べられる』となれば、来店の動機にもなりますからね」
テンパリング(チョコレートに含まれるカカオバターの結晶を安定させるための温度調整)
須藤さんのつくるチョコレートは、どれもツヤツヤと輝き、宝石のように美しい。
「テンパリングさえできていれば、基本的に失敗しない。目に見えない結晶の操作ですが、原理がわかれば難しくはありません」
テンパリングとは、チョコレートに含まれるカカオバターの結晶を安定させるための温度調整のこと。正しく行えば、つややかでなめらかな口溶けのチョコレートに仕上がるという。
手作りのセミナー資料「テンパリングの流れ」

挫折をしても諦めずに模索し続ければ、独自の道がきっと開ける。

「『味噌』『昆布』『焙じ茶』『ブルーチーズ』といった具合に、名前を凝ったものにしないことや、見た目の形や色合いから種類を分かりやすくするのも、僕のこだわりです。そのほうがオーダーしやすく、サーブするときにもわかりやすいでしょう」
スモーキーフレーバーを注入
今では「このお酒に合わせてつくってほしい」というオーダーも多く、その店舗限定のチョコレートも増えてきた。さらに特別感があり、好評を博している。
「僕の名前が多少売れるようになれば、『須藤が俺の店のためにつくってくれたんだぜ』って言ってもらえるし、そうなれるように頑張っています。まだまだ当分は、一人でやっていきたい。せっかく変わったスタイルでやっているので、儲けが出てきたから路面店を出します、というのは違うと思う。僕なりのやり方でレベルアップをしていかないと。それが何かはわかりませんが、突き詰めていけば、また見えてくるんじゃないかと思っています」
初対面で心をつかむ、チョコレートの名刺。「Airgead」はゲール語で「銀」という意味で、須藤さんの名前の「銀雅」から
独立するとき指針にしたのは、「狭き門より入れ」という教え。多くの人が選ぶ道は安全で味方も多くラクに思いがちだが、競争相手も多く、そのなかで生き残るのは大変。しかし人のやらないことなら、最初は批判されたり苦労をしても、軌道に乗れば独壇場にできる。
あまりにも「持ち帰りたい」という要望が多かったため、一般販売用につくったタブレットチョコレート。「BAR専用チョコレート」とは異なる味わい
「そのためには、成長できるところで働くことが大事だと思います。だからといって会社が親切に機会を与えてくれるわけではありません。自分で工夫して、会社の役に立ちながら将来につながることを見つけていくのが大切。飲食業の中でもとりわけ製菓は離職率が高いですが、一度や二度どこかが合わないからといって自分の選んだ職業を終わりにするんじゃなく、新たな道はいろんな方向から探れるはず。僕も一時は挫折しましたが、恥ずかしい思いや惨めな思いも経験しながら少しづつ工夫して積み重ねていったおかげで高校時代に憧れた美しいものを、今、自分でつくれている。それをただお客さんに小売するのでは無く、昔憧れていたバーテンダーという職種の人たちを巻き込んで提供することでより多くの人たちから感謝される。そこには自分にしか作れなかった理想の事業が成り立っているんです。僕もまだまだ勉強の途中ですが、これから食の業界に入る人たちも、壁にぶつかっても諦めず、独自の道を見つけてほしいです」
「取引先のひとつである銀座のバーのマスターと」

須藤銀雅さんの卒業校

エコール 辻 大阪 辻製菓マスターカレッジ launch