No.163
自然の循環に配慮した“おいしさ”を楽しみながら追求。ミシュランのグリーンスターも獲得した、“オールサステナブル”なレストラン。
Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)シェフ
中塚 直人さん
profile.
神奈川県出身。愛媛県立松山西高等学校(当時)からエコール 辻󠄀󠄀 大阪の辻󠄀󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。2000年に卒業後、京都のフランス料理店『開晴亭』に就職し、3年弱の経験を積む。その後、タガヤグループに入社し、結婚式場『京都セントアンドリュース教会』に勤務。2006年、『大阪セントバース教会』の立ち上げにも参加。2010年、在籍中に出資を受けて渡仏し、ミシュランガイド一つ星店と二つ星店で修業。帰国後の2012年、新設の『神戸セントモルガン教会』でシェフを務め、2020年7月にオール・サステナブルレストラン『ヌー・トーキョー』をオープン。
access_time 2023.02.24
幼少期から知らないものに惹かれる気質で、未知だったフランス料理の道へ。
2020年7月に開業し、「ミシュランガイド東京」の2022年版から2年連続で一つ星とグリーンスターを獲得した永田町の『Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)』。グリーンスターとは、サステナブルなガストロノミー、つまり持続可能な食と文化の関係を積極的に追求するレストランに与えられる称号だ。シェフを務めるのは、中塚直人さん。神奈川県に生まれ、小学校低学年で父の生まれ故郷である愛媛県へ。少し歩けば山、海までも自転車ですぐという、自然に囲まれた環境で育った。
「昔から知らないことをやるのが好きで、母が持っていた家庭料理の本を見ながら、見よう見まねでつくったり。中学生の頃には料理の道に進みたいと考えていました」
ほとんどの生徒が大学進学をめざす高校に入ったものの、その意志は変わらず、卒業後はエコール 辻󠄀󠄀 大阪の辻󠄀󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジへと進む。
「テレビ番組『料理の鉄人』で見た、食べたこともないフランス料理に惹かれていたので、専門的に学べる学校を志望しました。入ってからは『楽しい』『面白い』しかなかったですよ。実習も初めてふれるものばかり。僕のなかの新たな『おいしい』が見つかったのも衝撃でした」
婚礼料理を『おいしい』と完食してもらうには、どうすべきかを全員で考えた。
就職したのは京都で約100年続く京都のフランス料理店『開晴亭』。当時のシェフだった大里正さんの味に惚れての志望だった。
「百貨店に洋食店や洋惣菜店も出されていたんですが、一通り経験できたのが良かったです。出汁の取り方から魚のさばき方、基本的なことはここで叩き込んでもらいました。シェフは日本料理の出身で魚の扱いが上手く、ハモの骨切りも経験。今でも年に1~2回は挨拶に伺う、僕の師匠です」
3年弱の経験を積み、大里シェフが辞めるタイミングで退職。“ニューオープン”の言葉に惹かれ、京都で婚礼貸し衣装を手がけていたタガヤグループ初のブライダル会場、『京都セントアンドリュース教会』に転職。シェフを含め3人の料理人で、75人規模の婚礼料理を土日に2件ずつ手がけるのは相当な忙しさだった。
京都セントアンドリュース教会
「当時は婚礼業界のことを知らず、レストランの求人だと思って入ったんですよね(苦笑)。何十人分もの料理を一度に出したことなんてなかったのでもう大変。フォンドボーから何から全部ちゃんとつくっていたので、平日は仕込みに時間がものすごくかかる。当日もつくり置きをせず、皿を並べていちから盛りつけ。手早さや段取り力など、ものすごく鍛えられました。師匠が常々『若いうちに経験することはなんでも勉強になるから、やっておけ』と言っていたんですが、確かにその通りだったと感じます」
瞬く間に人気会場となり、スタッフの人数も増えて二番手のポジションに。2店舗目となる『大阪セントバース教会』の立ち上げも経験し、チームを統率する力も磨いていった。
「個人個人が注文するわけでもない婚礼料理は、残されても仕方がないと諦めがちですが、うちは専門レストランの料理をどこまで落としこめるか、全部『おいしい』と食べてもらうにはどうしたらいいかを全員で考えるスタイル。その姿勢は今につながっています」
チャレンジを後押しする会社の支援を受けて渡仏。食材への興味も高まった。
経験を重ねるほどに「フランスで働いてみたい」という思いが高まっていった。ワーキング・ホリデー制度を使えるのは30歳まで。退職して渡仏しようと考えていたところ、帰ってきたら神戸の新店でシェフを任せるから、籍を置いて学んでくるようにと送りだされた。
「ミシュランガイドを確認し、星つきで日本人のいない田舎のレストランをピックアップ。何十件かメールをしたところ、5~6件の返事があったので、一番有名じゃないところを選びました。好奇心が強いので、誰も知らないところに行きたかったんですよ」
2010年の5月末、最初に行ったのは南仏の『オーベルジュ ラ フニエール』。オリーブ畑が広がるなかに佇む一つ星レストランで、夏場のバカンス中、昼夜50人前を扱う。営業前に大量のウサギやハト、魚などをさばき、営業中はスーシェフとオーブンを担当。最終的には一人で回すようになった。次に選んだのは二つ星の『ル ハモー アルベール プルミエ』。スイスやイタリアとの国境沿いの山岳リゾート地、シャモニーにあり、夏から冬にかけての多忙な時季を経験した。
南仏の『オーベルジュ ラ フニエール』のシェフとスーシェフと一緒に
「大所帯で組織的に動き、きっちりと美しい料理を出す。さすがは二つ星という細かさで、人の使い方も勉強になりました。ポワソニエ(魚部門)にいたんですが、扱うのがほとんど川魚。海の魚とは違う調理法で面白かったです。敷地内に畑もあり、食材への興味も高まりました」
『神戸セントモルガン教会 パーティスペース パラス』
生産現場を見て食材を選ぶ楽しさを知り、さまざまな産地を訪ね歩くように。
1年後に帰国すると、『神戸セントモルガン教会』の立ち上げに厨房の設計から携わることに。調理器具や食器、備品なども全て任せてもらい、より本格的なフランス料理をめざした。
『神戸セントモルガン教会 パーティースペース ヘミングウェイ』
「2つの披露宴会場を設けたので土日の仕事は1日4件。大忙しでしたが、大事なのは組み立てと段取り。きっちり準備をして集中すれば、ちゃんとしたものが出せるとわかっていたので苦労はなかったです。それもこれも、一緒に頑張れるチームがあるからこそ。自分一人ではどうしようもない。幅を広げてくれるのはスタッフだと、今でも思っています」
なるべく多くの人に喜んでもらえるよう、料理が残ってきたらサービスに理由を訊いてもらい、改善策を考える徹底ぶり。お見送りの際に「おいしかった」の声が聴けるのが大きなやりがいだった。仕入先も一任されたことで、生産者のもとを訪ねるようにもなる。
「はじまりは、淡路島のタマネギ農家さんです。式を挙げる新郎新婦から使ってほしいとリクエストされたんですが、今までのものはなんだったのかと思うぐらい衝撃的なおいしさで…。当日、参列されていたので、披露宴後にお願いし、翌日訪問させていただくことになりました」
美味しいタマネギを育てる淡路島の『野口ファーム』のみなさんと
「親族から受け継いで農業を始めた若いご夫婦が、子どもたちのために健康でおいしい野菜をつくりたいと、こだわり抜いて育てられていたことに感銘を受けました。生産現場を見て食材を選ぶ楽しさも知り、そこからさまざまな産地を訪ね歩くようになったんです」
食べられるものは全て調理する、“オールサステナブル”なレストランをめざす。
やがて5年ほどが経ち、そろそろ独立をと考えていた頃、タガヤグループ内でレストランを開かないかと提案してもらえた。時は東京オリンピックの数年前。多様化の時代を迎えるにあたり、ベジタリアンやヴィーガンなど、海外から来るさまざまな嗜好の人たちが一つのテーブルで食べられるようなレストランがいい。さらにはサステナブルを軸にすれば、ほかにはないレストランができるのではと考えた。
「まだSDGsという言葉が普及していない時代から、タガヤでは紙ストローを取り入れたり、婚礼会場で雨天時に配るのをビニール傘から折り畳み傘に変えたり、ペットボトルを使わないようにしたりと、大手企業よりも先にサステナブルな取り組みを進めていたんです。そういった活動や生産者さんとの出会いのなかで、食の安全に対する意識も変わっていきました」
「たとえば有機農業者のなかでも、売れるからやっている人もいれば、土をもとの地球の土に戻そうと取り組んでいる人もいる。実際に対面して共感できる生産者とつながり、食べられるものは全て調理する、“オールサステナブル”なレストランをめざそうと決めたんです」
この考えは、店づくりにも反映。壁には京都にあった江戸時代の蔵を解体したときに出た、土壁の土を再利用。カウンターには倒れる恐れがあった神社の危険木、棚には屋久杉を育てる際に間引かれた間伐材などを使った。
「木材としてつくられた木じゃなく、不要とされた木を使おうと。土壁は平安時代からリサイクルが続いている最高級の土。伝統的な歴史的建造物を直されている京都の左官屋さんに依頼して仕上げました」
京都にあった江戸時代の蔵を解体したときに出た、土壁の土を再利用した壁
「40年近く続いていたフランス料理店が閉まるというので、永田町のこの場所にしたんですが、繁華街と違って目的がなければ来ないような場所。『このレストランに興味があって来ました』というお客様だけがいらっしゃるのは、結果として良かったと感じています」
レストランの壁を作って頂いた田中昭義左官の田中さんと
食器は国産のものが中心。パン皿は愛媛の砥部焼。砥石を切り出したあとのクズを粉にして焼き物にしたのが起源だという。
シルバー関係のカトラリーは、サステナブルなまちづくりを進めている新潟県・燕三条のもの。
兵庫県の木工所からもらい受けた天井板をコースターに再利用
捨てる前にまずは考えて使い切ろうとする姿勢が、スタッフに染みついている。
東京オリンピックも延期になったコロナ禍でのオープンだったため、予定どおりには展開できなかったが、その分、準備に時間を割けた。東京における都道府県の活動拠点、都道府県会館が近所に所在することもあり、オープン直後から入居する全事務所に何か協力できることはないかとヒアリングに行ったという。
前レストランが返却時に壁紙などを剥がしたスケルトンの状態を活用
「たとえば地元でもある愛媛県からは、甘くなる前に実が落ちる河内晩柑が捨てられているという相談を受けました。熟す前のおいしさもありますし、やわらかくなるまで炊いてジャムのようにしたり、野菜の香りづけのアクセントにしたり、肉をマリネするときに使ったり、汁を搾ってノンアルコールのカクテルにしたりと、いくらでも活用方法はある。農家さんとつないでもらい、落ちた直後の新鮮な状態で収穫できるよう、ネットを敷いてほしいと提案し仕入れています」
無農薬のカブなら皮をむく必要もないうえ、根っこもスープに使えたり、茎を塩漬けにして炒めたり、葉っぱをパウダー状にしてオイルにしたりと活用。ゴボウの葉っぱも昔は食べていたという文献を見つけたら、あえて全部もらって試してみる。奄美大島のゴマの生産からは、ゴマ油用に搾った残りカスをもらい受け、焼いてパウダー状にしてバターに混ぜてゴマのバターに。ナシの皮を発酵させてつくったドリンクは、スタッフからの提案だという。
地元の愛媛県産「河内晩柑」甘くなる前に実が落ちたものを活用
「農家さんが捨てるものも、そのままもらうようにしています。スタッフも独自に端材を乾燥させてみるなど、捨てる前にいったん考えて使い切ろうとする姿勢が染みついている。どうしても食べられない部分はコンポストで土に戻して農家さんに送ったり、自社のハーブ園で使ったりしています。
淡路島の猪豚を見学
魚介類はリクエストを出さず、そのとき上がったものを。肉類も害獣駆除対象になっているジビエを産地や種類を指定せず専門の仲買い人に頼み、安全なものを出しています。冷凍したものの、捨てざるを得ない、ということがコロナ禍で多く起こったので、フレッシュにこだわっていません。おいしくできるかどうかは自分たちの腕次第ですからね」
ミシュランガイド東京 授賞式
お客様に「おいしい」と楽しんでもらい、自分たちも楽しむことが大前提。
ミシュランに取り上げられコロナ禍の規制も緩和されてからは、少しずつお客様が増えていった。今では半数以上が海外からのお客様とのこと。
「素晴らしいと言って帰ってくださるのもうれしいです。グリーンスターは狙ってとりにいくイメージでした。こういうコンセプトでやっているレストランがほかになかったので、いけるかなと。おかげで発信力ができたのが一番ありがたいです。たとえば変色しただけで売れなくなるという岩手のワカメも、使ってメディアに出すことで売れるようにもなったと聞きます」
武蔵野大学キャンパスで
2023年4月にサステナビリティ学科が新設される武蔵野大学にも訪問。キャンパスの屋上で、無農薬のハーブや野菜、果物が育てられていると知って協力関係を結ぶなど、つながる範囲をどんどん広げている。
武蔵野大学で養蜂されたハチミツ
「作物を交配させるために養蜂もされていて、ハチミツがとれるんですよ。だけどファーマーズマーケットなどでたまに売るぐらいだったので、使わせてほしいと依頼。さらに力を合わせられるよう、関係を築いています」
葱/キョン
「ほかにも千葉県いすみ市では、駆除対象になっている特定外来種のキョンが増え、農作物に被害が出て困っていると聞いて。試しに調理してみたらアッサリとしたシカのようなイメージ。人間がつくったおいしいものを食べているので臭みも何もなくおいしかったので、今年(2023年)から使うようになりました」
玉ねぎ/キジ肉
その日に入荷する素材を最大限に活かすため、メニューは1コースのみ。周囲からは大変だろうと言われるが、「活かすことありきだと考えやすくもあるし、もっと何かないかを繰り返すのが面白い」と笑顔で語る。
アスパラガス/金目鯛
「今も完成形ではなく、やれることを精いっぱいやって発信しようというプロセスです。幼い頃から持ち続けている、知らないもの、食べたことのないもの、やったことのないことへの興味がベースになっているから、楽しいですよ。あくまでもレストランですから、お客様に楽しんでいただくことが大前提。“社会貢献”のようには考えてなくて、世の中のために何らかのお手伝いたできたらいいな…という感じです」
Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)
店名の「Nœud(ヌー)」とはフランス語で、「つながり」の意味。持続可能な食文化を守るため、生産者とお客様をつなぐ役割を楽しみながら続けたいと強調する。
Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)
「“オールサステナブル”をめざすなかで、みんながWin-Winになればと。ガチガチにルールを決めて縛っても窮屈になるだけ。面白くなければ僕ならやりたくないし、無理せずできることを自由度高く楽しみたい。スタッフに対し『これ使ってよ』と独裁的にやるのではなく、どの道に進んでいくかをスタッフみんなで考えて話し合いながら続けています」
Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)
「学生時代に味わった、料理をつくる楽しさや学ぶ喜びが僕の原点。仕事がしんどいなと思うことはあっても、料理が楽しくなくなることはなかったですからね(笑)。物事なんでも、楽しんだほうが勝ちですよ」
エコール 辻󠄀 大阪
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ
(現:辻󠄀調理師専門学校)
フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。
フランス料理とイタリア料理。
共通点が多い2つの料理の、基本の技術と理論を徹底マスター。
望む未来を切り拓く力と自信を養う。
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