INTERVIEW
No.140

人対人の仕事の楽しさに目覚め、工学からフランス料理の道へ。「30歳で地元に帰り独立開業」というゴールを決めて没頭し、実現させた。

イグレック オーナーシェフ

石本裕紀さん

profile.
山口県出身。国立宇部工業高等専門学校の機械制御情報工学科を2009年に卒業後、飲食業の道をめざし上京。ブーランジェリー『メゾンカイザー』やビストロカフェ『アナログカフェ』を経て、エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジに進学。辻󠄀調グループ フランス校を2013年に卒業後、麻布十番『スブリム』や虎ノ門『ピルエット』など、都内のフランス料理店で研鑽を重ねる。2018年、地元山口県に戻り、12月にフランス料理店『イグレック』を開業。
access_time 2021.10.22

人対人の仕事は、実践してすぐ答えが返ってくるので、やりがいを感じやすい。

1987年、山口県生まれ。幼稚園に入る前からプラモデルをつくるなど、幼い頃から工作が好きだった。自動車メーカーに勤務していた父親の影響もあり、国立宇部工業高等専門学校の機械制御情報工学科へ進学。機械や電気について学んでロボットづくりに励むなど、その分野は楽しかったが、入学後に始めた飲食店でのアルバイトで、食の世界にも面白さを感じるようになる。
「勤めた居酒屋のマネージャーが、全体を見ながらいろんな人に指示を出しつつ、すごく楽しそうにお客様としゃべりながら仕事をされていたんですよ。私自身もスタッフに指示するようなポジションに就き、飲食業が向いているなとも感じました」
モノをつくるのは楽しいが、結果が出るまでの期間が長い。一方、人対人の仕事は、実践してすぐ答えが返ってくるので、やりがいを感じやすいと思うようになった。
「それにパソコンでOKが出るのと、人から良かったねと言われるのとでは喜びも全然違いますからね。飲食業で生計を立て、30歳で地元に帰って店を開くことで、人生を成功させたい。経営者になることをゴールとして見据え、そのために何をしていくか、逆算して進路を考えることにしました」

独学で勉強しても限界がある、やはり本物を知らなきゃ絶対だめだと専門学校へ。

飲食業での独立開業をめざして就職先に選んだのは、フランス発の世界的ブーランジェリー『メゾンカイザー』だった。
「パン屋さんって、息の長い地域密着型の仕事だというイメージがあったんですよね。東京や、京都、大阪、神戸などのお店を見て歩き、地元でお店を出すためにも、地元以外の感覚や技術、知識を学んだ方が良いだろうと考えて東京で働こうと、全国展開する『メゾンカイザー』へ入社しました。だけど配属されたのは、レストラン部門のサービス担当。そこで初めて、フランス料理にふれたんです」
雲丹 ジロール(あんず茸)
就いたのは、責任者として10人ほどのスタッフを率いるポジション。シェフから受ける料理の説明や食材のリストを理解するため、フランス語も勉強しフランス料理への興味がわいた。
「もともと職人志望で入ったこともあり、1年ほどで恵比寿のビストロカフェ『アナログカフェ』に転職しました。料理自体あまりできなかったんですが、厨房へも入らせてもらって。料理長が、辻󠄀調グループのフランス校出身で、料理のことをイチから教えてくださいました。そこでフランス料理の面白さに目覚め、自分でも本を買って勉強するようになったんです」
キジハタ 筍 青海苔
しかし有名シェフの本を見て、レシピ通りにつくってもうまくいかない。完成しても、それが正解なのかがわからない。
乳飲み仔羊 ホワイトアスパラガス グリーンピース
「そこで実際にフランス料理店へ食べに行ったところ、『なんだろうこの世界は』と感動して…。 自分がイメージしたものとは段違いのおいしさだったんです。これは独学で勉強しても限界がある、やはり本物を知らなきゃ絶対だめだと専門学校への進学を決めました。何かを達成するにはいろんな人の手助けが必要です。料理長が、学生時代の同期と集まって情報交換していたのも見ていたので、このネットワークに入れることも魅力的だなとも考えました」
垢田トマト アメリカンチェリー 自家製チーズ

やれるところまでやっておこうと、学校の先生も環境もフルに活用して吸収。

24歳となる年に、エコール 辻󠄀 東京の辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジへ進学。
「いざ料理と向き合う環境に置かれると、もうやれるところまでやっちゃおうという気持ちになって。家に帰っても毎日、包丁を研ぐことから始め、誰よりも先にマスターしましたし、じゃがいもやにんじんもケースで買ってきて、ひたすら剥いたり切ったりする練習を重ねました。週2回、放課後に実習室を開放し、先生がついて教えてくれる日があるんですが、市場でいろんな魚や丸鶏などを買ってきては、さばき方を学校で教えてもらうなど、フル活用させてもらいました(笑)」
目的を達成するためには、いくつもの手法がある。その応用力が身についたのも、大きな収穫だったという。
「先生たちも、歩んできた道が違うから、考え方が様々なのですが、それもまた面白くて。実際、現場に出たらそれぞれのやり方がありますから、いろんなパターンを知れるのはとても有意義でした」
後半になると、浅草にあるフランス料理店へ半年ほど研修に行き、サービスも経験。
エコール 辻󠄀 東京時代
「支配人が『その人が手がけるお店はミシュランガイドで星がとれる』と言われるような凄腕の方で。料理に対して、お客様目線でかなり高レベルな指摘を出されるんですよ。そこで自分がつくりたいからつくる料理と、人を喜ばせるためにつくる料理の違いを学んだことが今のベースにもなっています」
フランス校時代

研修先の三つ星レストランから「このまま働かないか」と言われるまでに成長。

一方、フランス校についても入学早々に説明会を受け、すぐに留学を決意。フランス語の授業を担当していた先生から教材などのアドバイスを受け、1年間、フランス語の勉強にも励んだ。
「おかげで留学直後から不自由なく食べ歩きにも行けました。できる限り自己投資をしようと、二つ星や三つ星のレストランを食べ歩き、卒業するまでに星100個分は行きました(笑)」
『ルレ・エ・ベルナール・ロワゾー』での研修時代 中央石本さんの向かって右側がパトリックベルトロンシェフ
約半年間のシミュレーション実習を経て、現場研修先となったのは、当時、ミシュランガイドで三つ星を獲得していたブルゴーニュ地方の『ルレ・エ・ベルナール・ロワゾー』だった。
「最初に与えられた仕事が、カエルの掃除(下処理)だったんですよね。まず若い十代のスタッフにお手本を見せられ、どちらが早いか競争しようと持ちかけられたんですが、私が圧勝(笑)。すると、そのセクションのシェフにも競争を持ちかけられ、負けたものの僅差だったので、『できるな』と認めてもらえて。大切な肉料理のセクションに就かせてもらえることになったんです」
そのとき肉料理を担当していたのはスーシェフ(お店の二番手のシェフ)だったが、その仕事ぶりは圧巻だった。
「ほかのスタッフと段違いのレベルで…。とにかくパワーがすごい。肉をさばくにも、技術だけじゃ勝てないとわかったので、そこから毎日、筋トレをして食事量も増やして(笑)。わずかな期間で12kgも増量し、仕事のスピードじゃ負ける気がしない状態にまでなれました」
こうして肉を焼く仕事やソースをつくる仕事も任されるように。それでも「もっと仕事がしたい」と前菜や魚のセクション、盛りつけなどにも携わった。
「おかげで約半年間の研修を終えるときにも、このまま働かないかとシェフらに声をかけてもらえて。ものすごく名誉なことだし、いい肩書きにもなると思いましたが、30歳で独立するには、日本の仕事のやり方も覚えなければと考え、東京で働くことにしたんです」

地元山口県に帰ってフランス料理店を開業。美食家たちが集うレストランに。

帰国後はエコール 辻󠄀 東京時代の研修先で再びサービスを経験。そのつながりから、麻布十番の『スブリム』や虎ノ門の『ピルエット』といったフランス料理店で修業を重ねた。
「独立という目標が目前にあったので、スキルアップも大事ですが、準備をするための時間もほしかったんですよね。だから休日もしっかりとれるお店を選んで、仕事の日は一日中働いて。『ピルエット』では実質、二番手の仕事をさせていただいたのですが、シェフのイメージを形にするための組み立てができて面白かったです。大きな会社だったので、一流ブランドのケータリングや一流シェフを招いてのイベント料理に携われるなど、貴重な経験も積めました」
やがて30歳となり、第1子誕生のタイミングとも重なった2018年、山口県に帰郷。独立開業の地は山口市随一の繁華街でもある湯田温泉、店舗には20年続いた日本料理店跡を選び、12月に『イグレック』をオープンさせた。
「それだけ長年、お客様を引き込めたお店だという験かつぎもありました。掘りごたつ席で落ち着ける店の雰囲気や、もともといらっしゃったお客様が年配層だったことも踏まえ、何が喜ばれるかを考えながら、自分の経験をフルに生かして料理を組み立てていきました」
料理は一人で手がけようと完全予約制に。地元だけでなく観光客も訪れるこの場所で、『イグレック』はどちらの層からも支持を得ていく。
「食べることが好きな方に来ていただけている印象です。やはり理解してくれる人が増えると、張り合いがありますよ。ご贔屓にしていただいているお客様の一人が、辻󠄀調グループで製菓の先生をされていた方なんですよ。そういった料理に詳しい人たちの紹介で、まちの美食家と言われる人たちがいらっしゃることが多く、つながりが広がっていきました」
右側から時計回りに ワタリガニのケークサレ フォアグラマカロン 琵琶鱒のショーフロワ

より楽しめる、面白いと感じてくださることは何かと日々、考えながら変化を。

開業翌年に放送された、フランス料理をテーマにしたテレビドラマ『グランメゾン東京』も、集客に大きく貢献してくれたという。
「ドラマのおかげで地方の人たちもフランス料理の世界観を知ってくれ、新規のお客様が増えました。それを受けて、美しさや華やかさなど女性目線の見た目も、より意識するように。コース料理は流れが大切なので、上がり下がりがないと面白くない。常にお客様をより楽しませようと考えてつくっています」
赤いか アボカド 幸水
2020年には、日本最大級のフランス料理イベント『ダイナースクラブ フランス レストランウィーク』で、全国15名の「フォーカスシェフ」の1人に選出。「そのおかげで認知度も上がり、かなり忙しくなった」と振り返る。
『ダイナースクラブ フランスレストランウィーク2020』のフォーカスシェフへ提供されたブラガール社のコックコート
「お客様がより楽しめる、より面白いと感じてくださることは何かと日々、考えながら変化を続けてきました。来春には、景色のいい大きな川沿いに移転し、リニューアルオープンすることに」
むつみ豚 玉ねぎ 黒大蒜
「景色を楽しめる大きな窓やオープンキッチン、白を基調としたより料理が映える世界観をつくる予定です。うちはハレの日に利用してくださるお客様が多いので、記念日にふさわしい雰囲気もつくろうと。このあたりにはテーブルでちゃんと食事ができるフランス料理店も少ないので、これまでにないものをつくりだしてお客様を楽しませるのも、一種の地域貢献だと考えています」
コンソメ オマール海老 百合根

食に携わる仕事はサービス業。人を喜ばせたいという心さえあれば楽しくできる。

期待していた母校のネットワークは、コロナ禍の現在、SNSを通じて活かされている。
「地方の店舗にとっては、東京や大阪の状況が未来の自分でもあるので、SNSで卒業生の動向を共有し、参考にしています。経営者になった同級生も多いですし、トップレストランに入ったり海外に行ったりしている卒業生たちの活動報告を見ると情報収集にもなりますし、自分も頑張ろうと思える刺激にもなっています」
鯖 ヨーグルト
料理を考えてつくる立場になった今、学生時代の経験をふと思い出すときも少なくない。
「授業のワンシーンや研修先でやった仕事などを思い出し、『あれを使ってみようかな』と活用することが多いんですよ。自分の血肉になっているんだなと…今になってありがたく感じています。いくら本を読んでも、残念ながら身につかない。やはり自分で実際に経験したことが、自然と身につくものなんですよね」
フォアグラ 大島蜜柑 生ハム
食に携わる仕事の根本はサービス業。人対人の仕事だから、人を喜ばせたいという心さえあれば楽しくできるはずだと石本さんは語る。
 
「お客様が自分では体験しづらいことを、私たちが料理や雰囲気をつくって具現化し、喜んでもらうことで対価を得る仕事ですからね。料理人だけでなく、サービスや事務方だって飲食業の仕事です。人のために何かしたい気持ちがあれば、それだけで充分。一歩を踏みだしてアクティブに動き、人と積極的に関わっていけば、楽しく生きていけると思いますよ」
奥様と

石本裕紀さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ  (現:辻󠄀調理師専門学校 東京) launch

辻󠄀調グループフランス校 フランス料理研究課程 launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ
(現:辻󠄀調理師専門学校 東京)

フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。

フランス料理とイタリア料理。
世界を代表する2つの料理の基礎と最新を
学びながら、考え、つくる力を身につける。
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