No.053
子どもたちの “おいしい笑顔” が見たいから、 調理に夢中になるんです。
社会福祉法人なみはや福祉会・三明保育園 調理師
松本由美さん
profile.
松本由美さん/大阪府出身。2007年に辻󠄀調理師専門学校卒業後、社会福祉法人「なみはや福祉会」に入社し、同法人が運営する三明保育園の給食を担当。園児やスタッフの給食・おやつづくりのほかに、食育に関連した園児向けイベントなども企画して実施している。
大岩真愛さん/大阪府出身。2009年辻󠄀調理師専門学校卒業。偶然にも2年先輩の松本さんと三明保育園でタッグを組む。
access_time 2018.03.16
松本由美さん
料理に興味を抱いたのは、
大好きな父が料理人だったからです。
松本さんのお父さんは、辻󠄀調理師専門学校で日本料理を教える先生だ。小さな頃から家庭で一緒に料理をする環境に育った。
「最初は、父や母といっしょに休日のお菓子づくりから始まりました。それがとても楽しくて、幼い頃 の私の憧れはお菓子屋さんでした。そこから料理への興味に広がっていったという感じですね」
料理の世界に進みたいという気持ちはあるけれど、その先のイメージは漠然としている。そんな松本さんが決めた進路は、辻󠄀調理師専門学校への入学だった。
「栄養士にも興味がありましたし、学びの先に明確な目標があるわけでもありません。それなら料理のことをまず知ること。そんな父のアドバイスもあって決めました」
学生時代の松本由美さん
進路決定には、お兄さんの影響も大きかったらしい。
「兄も調理師を志し、夜になると家で包丁研ぎの練習を繰り返していました。それがかっこよく見えて。追いかけていきたい気持ちもちょっとあって…。でも料理は好きだけど、具体的に何を目指すべきかはまだ見えていませんでした、それなら自分の進む道は、料理の世界を学んでから決めてもいいのでは、そんな気持ちでしょうか」
誰のために料理をつくりたいのか、
学びの中で気づいた事。
「料理界というのは調理道具を実に大切に扱う世界なんですね。包丁を研ぐ、お鍋を洗う、その他の道具も愛情を込めて手入れし、丁寧に扱うのがすべての基本です。それができて初めて料理に自分の気持ちを込めることができます。私が父と家庭でお菓子づくりを楽しめたのも、兄が包丁を研ぐ姿に憧れたのも、実は料理への愛着とか愛情みたいなものを感じていたからだと改めて実感できました」
「じゃあ、私は誰のために料理をつくるのか。一流レストランに勤めてシェフをめざす道もありますが、私の場合は、ちょっと違いました。それよりも自分なりの方法で楽しくお料理に取り組みたい。そんな自分自身の進路を考えるようになりました」
思い浮かべていた調理師の姿は、松本さんの場合、レストランの厨房にはなかったようだ。
「調理師というとお店で出す料理というイメージが強いかもしれませんが、学校で学べる範囲はそれだけではありません。ジャンルも和洋中からお菓子まで幅広いし、レストランで出される凝った料理から、シンプルな家庭料理まで様々です。いろいろ学んでいくうちに、私が夢中になれるのは、和を中心とした家庭料理だと気付きました。お母さんがお家で作ってくれたお袋の味ですね。家族との楽しい時間を思い浮かべながら、料理を作りたい。そんな世界に身を置くことができれば幸せだなあ、と思うようになりました。」
就職先は、学校に届く求人票を見て応募を決めた。
「保育園のようなところでも私たちを必要としてくれていることを初めて知りました。そして子どもたちにおいしい給食をつくってあげられる調理師になろうという私なりの目標ができました」
子どもたちの笑顔を見るために、
調理に取り組む毎日です。
「子どもは大好きです。子どもたちのための栄養学も学べますしね。お菓子づくりにも腕をふるえます」
お菓子、栄養士、家庭料理、なりたかったことの共通項は子どもたちへの温かな愛情だったのかもしれない。三明保育園の園児は現在96人、職員が20人ほど。毎日約120名分の給食を作るのが主な日課となる。
「なるべく旬の食材を多く取り入れることを基本に、毎日のメニューを決めます。そして、同じ食材から、乳児と幼児につくり分けていきます。当初は離乳食づくりに悩まされました。経験もない中で、四苦八苦したことを、今でもよく覚えています」
それでも試行錯誤を繰り返し、先輩たちの指導を仰ぎながら、徐々に自分たちのスタイルをつくりあげていく。
「先生やスタッフと話し合いながら、メニューも食材の指定もすべて私たちで計画を立てていきます。さらにアレルギー対策などの知識も必要です。卵や牛乳は要注意ですが、食品に含まれる成分のこともほとんど知りませんでしたから、一から勉強です。先輩に栄養士の方がいらっしゃったので、いろいろアドバイスいただきながら実践していく中で、身につけていきました」
松本さんとパートナーを組むのは、同じ学校出身で2年後輩にあたる大岩さん。彼女も松本さんと同じく、料理の道に進むのは決めていたものの、直前までどんな調理師になろうかと思い悩んだと言う。
大岩真愛さん
「高校時代に介護(ヘルパー2級)の実習に行きました。その時、あまり美味しくなさそうな病院食を目の当たりにして、自分がこうした環境を改善する役割を担えればと思っていました。ただ、どうすればいいのかわからない。ところが学校のキャリアセンターにはいろんなところから調理師を求める情報が集まってきます。レストランはもちろん、介護・福祉・幼稚園や保育園・給食センターもありました。そのまま福祉の道に進む事も考えましたが、子ども好きなこともあって、保育園の調理師になる道を選びました」(大岩さん)
出勤は朝の8時からと8時半からを週替わりで。8時からの早番が1日の段取りを組んで、二人揃ったら朝のおやつの準備、それが終わると人数を確認して給食の準備。11時には乳児、11時半には幼児。そしてスタッフの食事、食後は後片付けと3時のおやつの用意。そんな慌ただしい中でも、子どもたちへの愛情と給食づくり探求は続く。
「寒い季節には体の温まる食材を、春になったら新緑の息吹きを感じるものなど、できるだけ栄養バランスのとれた旬のものをメニューにして提供してあげたい」(松本さん)
そのための食材研究、レシピ考案、栄養学など勉強テーマは尽きない。
取材当日は、ちょうど彼女たちが企画した食育授業のある、さらに忙しい1日だった。三明保育園では庭の菜園で野菜を育て、収穫し、子どもたちとともに調理しながら食べ物の大切さや栄養のことを一緒に考えていく食育授業を定期的に開催している。
その企画や子どもたちへのお話も彼女たちの仕事のひとつ。この日の収穫野菜は“さつまいも”。さつまいもを食べると“どうしておならがでるのか”“おならがくさいのはどうして”など楽しいテーマを問題形式で投げかけ、答えさせながら、わかりやすく子どもたちと考えていく。先生と一緒に調理し、目の前で美味しそうな香りを放つ“大学いも”に子どもたちは興味津々で、先生の質問にも競うように手を挙げ、大きな声で答えてくれる。
「子どもたちの興味や疑問は実にストレート。私たちが真剣でなければすぐに見抜かれてしまいます。でも心がつながればとっても盛り上がって、野菜のことも一生懸命覚えてくれます。だから手は抜けません。次は何を話そう、どんな料理を一緒に作ろうか、いつも考えています」
毎日の調理も、食育授業の企画も、子どもたちの前でのお話も調理師の仕事のひとつ。
「『給食の先生、今日もおいしかったよ』そう子どもたちに言ってもらえるのがとても嬉しい、もっと頑張らなきゃって思います」
心を開いて子どもたちと接する。
そこから食の勉強が始まります。
この日は、出された給食を誰もが残さず綺麗に平らげていた。
「今日は子どもたちが大好きなメニューでしたからね。でも、ピーマンや人参など苦手な野菜が多い日は、残すことも少なくありません。だからいろんな工夫が必要です。野菜を刻む大きさや、見た目、味付け、栄養のこと、子どもたちの年齢で好き嫌いの傾向だって違います。それをその日の食べ方や表情、会話から学びながら工夫を重ねています」
大人よりも子どもたちの方が、調理師への要求は厳しいのかもしれない。
「今まで知らなかった食の分野を、今、子どもたちとの会話や体験を通じて学んでいる気がします。子どもたちの病気予防を食でどう取り組むか、好き嫌いを少しでもなくすためにはどうすれば良いかなんて、学ぶ機会はなかなかないじゃないですか。文献を調べたり、セミナーに参加したり、子どもたちの笑顔を思い浮かべながら取り組めるのは、大変だけど素敵な職場だと思いますね」
もちろん、子どもたちとの会話は欠かせない。
「子どもたちのことを知るためには、まず自分のことをわかってもらわないと始まりません。私が好きなもの、嫌いなもの、子どもの頃のこと、そうして心を開いていくと子どもたちも心を開いてくれるようになります。子どもたちと仲良しになるって、とっても大切です」
家庭と同じような食体験を
保育園でもサポートしていきたい。
松本さんに、今感じていることと、これからのテーマを聞いた。
「保育園の調理師として、子どもたちの食べるものが変化しているように感じます。煮物を食べ慣れていない、ぶどうの皮の剥き方がわからない子も。家庭でそれらを体験する機会がきっと減っているのでしょうね。ですから、できる限りいろんな食に触れられる場を私たちがつくっていきたい。給食を通じて食に対する興味や関心を高めていくのも私たちの役割です。例えば、週に2日はパンの日があるのですが、ご飯の日を増やしたり、甘いものが中心だったおやつにおにぎりを出してみたりもしています。すると、子どもたちはとっても喜んでくれるんですよ。おいしい笑顔が私たちに教えてくれること、それに応える柔軟で優しい視野をもっともっと身につけていきたいですね」
安心できる環境の中で、調理師として頑張れるのが私たちのやりがいです。
一般のレストランなどに比べると仕事が終わる時間も早いので、仕事のあと、松本さんは中・高と続けてきたバレーボールで体を動かしたり、お子さんのいる大岩さんは料理やケーキづくりなどをしたりしているようだ。
「こうして安定した環境の中でやりがいを持って働ける場もあるんですね。しかも、大好きな子どもたちと接して、その子たちのために調理できる。これほどのやりがいはありません」
一方、大岩さんは、子どもたちや親御さんたちとのさまざまなやりとりの中にもやりがいを感じるという。
「親御さんから声をかけられ、『子どもが保育園で食べた料理が好きでお家でもつくって欲しい』とせがまれることもあって…。つくり方を教えてほしい、なんて言われると、やったぁ!って思いますよね。ホント嬉しいです」(大岩さん)
最後に杉山園長先生にも、保育園の調理師の役割についてお伺いした。
「保育士も調理師もすべての職員が職種の垣根を取り払って、子どもたち一人ひとりの成長していく過程を見守っています。それが三明保育園の考え方なんです。調理師の先生には、子どもたちと給食を一緒に食べて、その表情や反応を見ながら、もっとおいしい食事づくりに活かしたり、離乳食も色々工夫できる人になって欲しい。松本さんや大岩さんは、すごく頑張り屋さんです。調理師として食育という面から、職員とも協力しあって、子どもたちのよりよい成長をサポートし、成長を感じ取ってもらえたら、これほど嬉しいことはありません」
子どもたちに囲まれて、子どもたちの成長を見守りながら、視野も知識も技術も広げていく。調理師にはそうした “活躍の場”もあるということを、お二人は等身大で表現されていた。
左から杉山園長先生、大岩さん、松本さん、渋谷主任先生
辻󠄀調理師専門学校
西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ
食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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