INTERVIEW

料理と陶芸、両方やっていたからこその現在。すべての経験や人とのつながりが、自分の身になり、陶芸の糧にも料理の糧にもなっている。

有限会社土楽 代表取締役
福森 道歩さん

profile.

三重県伊賀市出身。短大を卒業後、料理研究家の村上祥子さんに師事。3年間の経験を経て、辻調理師専門学校へ進学。2002年に卒業後、京都の大徳寺龍光院にて1年間修行。2003年、家業である伊賀焼窯元『土楽』に入り、2016年、代表取締役に就任。著書に『一年中使える!ご飯炊きからローストビーフまで スゴイぞ!土鍋』(講談社)、『土鍋だから、おいしい料理』(PHP研究所)。2018年末には、髙島屋京都店、松屋銀座店などで展覧会を開催予定。(『土楽』は、本来土の右側・中に点のつく『圡楽』ですが、環境依存の文字のため、この記事内では点なしの『土楽』と表記させていただいています)

使うほどに愛着が増し、割れたら悲しくなるものをつくりたい。

家業である伊賀焼の窯元『土楽』に入って2018年で16年目。平日は朝8時から夕方5時まで、土鍋をはじめとする製品づくりに励む。『土楽』では、粘土を機械で2回練ったあと、人の手でも練る。そうすることで、丸い空気の層を土に含ませることができ、高い保温力を生み出せるという。
「型に押しつけてつくる量産のものだと、空気の層が潰れてしまいますが、ろくろを使えば残しておけるんです。それが手づくりの土鍋の一番の良さ。火から下ろしても5分ぐらいグツグツと煮立ち、ほかの鍋とは全然違いますよ」
「とはいえこのあたりでも、手でつくっているところは少ない。手間がかかるし、割れたという苦情があると、対応にも時間がとられて大変なんですよね。だけど正しく使えば、30年以上もつものもあります。使い始めは面倒でも、おいしいものがつくれる付加価値がある。それをしっかり伝えることが、生き残るための道だと思います」
伊賀が土鍋の産地になったのは、あたりで採れる粘土の耐火度の高かったことが大きい。さらには窯を築くための傾斜や水源、燃料の薪となる赤松に恵まれていたことなど、いろんな条件が重なった土地だった。
「土楽」全景(写真提供 ほぼ日 撮影 大江弘之)
「土鍋は使っていくうちに、どんどん火の通りも早くなるし、料理がしやすくなります。お孫さんの代まで使ってくださるご家庭もあるように、割れたら悲しくなるぐらいのものをつくりたい。使うほどに愛着がわいて、『今までおいしいものをつくってくれてありがとう』と思ってもらえるものにしていきたいです」

土鍋料理を実演することで恐怖を取り除き、愛用してもらえるように。

週末は『土楽』のアイテムを扱うギャラリーなどから依頼を受け、全国各地を飛び回っている。土鍋をどうやって使うのか、デモンストレーションを行うことが多いという。
「土鍋は普通、空焚きをしちゃいけないと言われています。だから割れるんじゃないかと怖がられるので、実演を見てもらわないとイメージを払拭しづらいんですよ。実際に披露すると、『やってみたい』と思っていただけるので、それをお伝えするには足を運ばないとね。最初は材料がくっついたり、煮えが遅かったり、ちょっと気難しいところもありますが、そこさえクリアしてもらったら鍋が火に慣れてきて、使うのが楽しくなってきます」
土鍋は水分を吸うので、不用意に片づけてしまうと、カビが生えてしまう。しかし一年中、活用してもらえれば、その心配はない。
「使い続けることが、長もちの秘訣。だから毎年、春になったら使わなくなるという人のために、いろんな料理をつくれると伝えることが重要だったんです。ポイントは火加減。簡単なコツさえ覚えたら、きっと土鍋での料理にはまっていただけるはず。やってみると案外、『あれ?ラクじゃん』となってくる。恐怖心を取り除くことが、私の役目だと思っています。土鍋は、日本では縄文時代から使われてきた最古の調理器具。特に日本人は、土鍋に風情を感じることができる。大事に残せたらいいですよね」

つくりたい料理に出会ったとき、
きれいに盛れる器を考えて作陶する。

自宅の畑で採れた野菜を土鍋で料理し、自分でつくった器に盛る日々の暮らし。そのなかでより良い調理法を追求している。自身のモノづくりと向き合うのは、平日の17時以降。約2年前に窯を築いたことが、転機となった。
「小さいけれど、薪で焼く自分専用の窯を造ったんですよ。そこから加速度的に焼きものの面白さを感じるようになりました。電気やガスと違って、なかなか思うようにもいかないけれど、焼き上がりの器に味わいがあって、もっと極めたくなる。単品では地味だった器が、料理を盛ったらすごくきれいに映える、その驚きもうれしいですね。使えば使うほど味が出てくるのも焼きものの魅力です」
薪で焼く窯(写真提供 ほぼ日 撮影 大江弘之)
仕事が面白くなってくると、陶器の依頼がさらに増加。ますます忙しくなった。「このメニューに使う器がほしい」というオーダーを受けても、やはり料理をしているとイメージをつけやすい。自身の発想も、ほとんどが料理からわいてくる。
気仙沼にて(写真提供 ほぼ日 撮影 大江弘之)
「新しい料理やつくりたい料理に出会ったとき、きれいに盛れる器を考えてつくっています。料理と陶芸、両方やっていて良かったですね。父の言葉に、『器は前に出ず、後ろに下がらず。使えば料理とともに引き立てあう』というのがあるんですが、まさにその通りだなと」
気仙沼にて(写真提供 ほぼ日 撮影 大江弘之)
2016年には正式に『土楽』の代表となった。弟子の育成も大きな課題だが、そのカギを握るのは本人の“気づき”だと語る。
「どんな器や道具が良いものなのか、使ってみなければわかりません。だからふだんの食事でも、自分でつくった器を使わせるようにしています。料理もそうですが、楽しくてのめり込むと、目がいきいきしてくるでしょう。そうでなければ、良いものはできません。好きなら自然と邁進するもの。上にいくには“気づき”しかないと思います」

笑顔の真ん中に来る幸せの象徴、
土鍋をつくれるのは素晴らしいこと。

近頃は日本に限らず、海外へ行くことも多い。
「父がイギリスのケンブリッジに工房を構えていて、向こうで展覧会も開いているので、年に1回、2ヵ月ほど作陶をしに行っているんです。前回は私にも声をかけてもらったので、一週間ほど滞在して。イギリスにも、土鍋を使えばおいしくできる料理もあると気づけました」
「2017年には仕事の下見でアメリカのサンフランシスコやナパにも訪れたんですが、日本人はもちろん、ナチュラル志向の人も多いので、土鍋への関心度が高かったです。これまでにスペインやモロッコにも行きましたが、世界に出るといろんな発見があって面白い。土鍋のある国も多いんですけど、意外な使い方をしていたりして勉強になります」
海外での視察
一方で、かつての修行の場、大徳寺で行われる開祖忌の精進料理は、現在も担当。およそ100人分の料理を、毎年つくっている。また、当時から続けている茶道の宗匠からの依頼で、10年ほど前から、伊賀で開かれる茶事の懐石料理も任されている。伊賀で育てたお米を土鍋で炊くと、あまりのおいしさに感動されるという。
海外での視察
「大量調理は味の出方が全然違いますし、地のものを使う懐石料理をつくる機会も貴重です。いろんな体験が自分の身になっています。陶芸にしたって料理にしたって、無駄なことなんて何ひとつありません。あとは人とのご縁。人との関わりが私を成長させてくれて、ありがたいです」
土楽の登り窯(写真提供 ほぼ日 撮影 大江弘之)
「料理と陶芸、二足のわらじで毎日大変ですが、どちらも欠かせないものになっています。…土鍋って幸せの象徴だと思うんですよね。ケンカのときに、こんなのつつけないじゃないですか(笑)。ふたを開けたら何が出てくるんだろうという驚きもある。笑顔の真ん中に来るのが土鍋。そういうものをつくれるのって、素晴らしいことだなぁと。土鍋はもちろん、これからも食卓に幸せを添えられるような、愛されるものをつくっていきたいですね」
お父様の雅武さんと

福森 道歩さんの卒業校

辻調理師専門学校 launch