No.064
素材の持ち味を大切にする、鉄板料理店ならではの魅力をワゴンデザートで表現。そこから誕生した洋菓子工房を、さらなる学びの場に。
アトリエうかい 統括製菓長
鈴木 滋夫さん
profile.
岐阜県出身。辻󠄀製菓専門学校からフランス校へ。1994年に卒業後、都内の製菓店に勤務。その後、エコール 辻󠄀 東京の教員を経て、埼玉県の洋菓子店の開業から携わる。2003年、株式会社うかいに入社。レストラン『うかい亭』のデザートを担当し、2006年には製菓長に就任。2013年に洋菓子店『アトリエうかい たまプラーザ』をスタート。現在は東京・神奈川に3店舗ある『アトリエうかい』統括製菓長として製菓全般を取り仕切る。著書に「アトリエうかいのクッキー」(柴田書店)。
access_time 2018.06.08
「旬の素材を最もおいしく提供する」という想いを洋菓子に込めて。
都内を中心に展開する高級鉄板料理店『うかい亭』にて、食後にワゴンスタイルで提供されるクッキーやマカロン、フィナンシェなどのプティフール(小菓子)。その豊かな風味や軽やかな食感を家庭でも味わいたいという声が増えたことを受け、2013年に誕生したのが、うかいグループ初の洋菓子店『アトリエうかい たまプラーザ』だ。
アトリエうかい たまプラーザ
指揮をとったのは、当時『銀座うかい亭』のデザートを統括していた鈴木滋夫さん。もともとはグループ内のレストランに商品を卸すため、神奈川・たまプラーザに工房として開いたが、またたく間に評判となり、約半年後には生菓子も含めた店舗販売をスタート。2015年には東京・八王子に、クッキー類の製造をメインとする工房を設立し、現在は品川や調布にも店舗を構えている。
アトリエうかい エキュート品川
「レストランに共通する『旬の素材を最もおいしく提供する』という想いはそのままに、季節感のあるお菓子を用意しています。生クリームやフルーツを使う生菓子はもちろん、焼き菓子であっても鮮度は重要。つくりたての味が届けられるよう、こだわり抜いた素材だけを使って丁寧につくっています」
定番商品「フールセック・小缶」
看板商品のフールセックは、ヨーロッパの伝統的な製法を大事にしながら、満腹でもつい手が伸びる食べやすいサイズ感や食感を追求。風味や形状もバリエーション豊かで、どれも驚くほどおいしい。
季節感もたのしめる焼き菓子
「素材がいかに大切かは、食べてもらえれば歴然。たとえばバニラも、エッセンスだけのクッキーと少しでもビーンズが入ったものとでは余韻が全然違い、ビーンズを使う理由がわかるはずです」
口の中でほどける和素材クッキー「フールセック・サブレ」
系列の和食店でも楽しんでもらえるものをと取り組んだのが、和の素材を使ったクッキー。素材の風味がストレートに伝わるよう、持ち味をシンプルに引きだしている。さらにチーズやスパイス、野菜などを使った塩気のあるクッキーは、「食後酒に合うものを」というレストランのお客様の声を受けてつくりはじめたもの。
塩気のあるクッキー 「フールセック・サレ缶」
「お酒が欲しくなるようなインパクトのある味つけを意識し、存在感のあるラインアップに仕立てました。スパイスは煎って香りを出してから加える、野菜をピューレにして使うなど、系列レストランの料理長たちから学んだことを取り入れています」
タンプータンやジャンドゥージャ、ジャムなどの副材料も自家製で用意。良質な素材をもとに丁寧に仕上げ、できるだけつくりたての状態で届けるよう心がけている。
「副材料がいかに大切かは、辻󠄀調グループフランス校での研修で実感しました。研修先が地方のお菓子屋さんだったんですが、ひたすらナッツを挽いたりジャムを焚いたり…すごくしんどかったんですけど(苦笑)、食べるとおいしいんですよね。やっぱり自家製でしかつくれない味があるんですよ」
フランス研修時代
お菓子づくりのロジックを見直すことで、失敗の原因もわかるようになった。
フランス校卒業後は、都内の製菓店に就職。約1年後、独立するシェフについていったものの、未熟だったこともあり、半年も経たないうちに挫折してしまう。
「『もうできません!』と、飛び出したんですよ(苦笑)。その後はもう、お菓子づくりを辞めようと思っていました。だけどバイトを転々としていたとき、フランス校の同期が『学校の進路室へ相談に行ってみたら?』と背中を押してくれて…。そしたらちょうど『教員をやってみないか』と誘われ、エコール 辻󠄀 東京に入ったんです」
エコール 辻󠄀 東京の教員時代
「製菓教育の第一線で活躍し続けてきた先生方に囲まれた毎日は刺激的でした。人に教えるためには自分がどれだけ勉強しなければいけないかも痛感し、残って練習も重ねました。製菓のロジックを見直すことで、過去に経験した失敗の原因もわかるようになり、その後の仕事にも大きく役立っています」
製菓を学び直すにつれ、もう一度つくりたいという想いが高まり、先輩教員の独立開業を手伝う形で転職。するとさらに、「自分のつくったものをひとりでも多くの方に召し上がっていただきたい」という気持ちが強くなっていったという。
「そこで再び、学校に相談したところ、後日、うかいグループでシェフパティシエ候補を探しているという連絡があったんです。だけど当時、レストランには興味がなくて何度も断っていたんですが、話だけでも聞いてみるよう促されて。当時総料理長だった紺野(俊也)さん(現専務取締役)から、オープンを控えている店舗などの話を聞き、ここに来れば面白いことができるかもという興味が高まり入社しました」
銀座うかい亭
みんなが学べる場所をつくりたいと、『アトリエうかい』を設立。
入社後は『横浜うかい亭』に配属。当時の『うかい亭』は、各店の料理長がデザートに至るまでのコースメニューをすべて考案する形だったが、鈴木さんが加わり、紺野総料理長や料理長らと相談を重ねることで、デザートに関してパティシエも積極的に提案する現在のスタイルが確立されていった。その後は紺野総料理長が料理長を兼任していた『銀座うかい亭』へ異動。コースの最後に提供するワゴンデザート作りに取り組むこととなる。
銀座うかい亭のうかい厳選牛ステーキ
「『うかい亭』に来てまず感動したのが、素材の味を際立たせていることだったんですよ。鉄板料理というシンプルな調理法で、魚は魚、肉は肉のうま味をめいっぱい引きだしている。そんな料理に見合うデザートをつくるため、試行錯誤を重ねました。だけどなかなか、紺野総料理長の期待に応えられるものができなくて…。そんな最中、総料理長に誘われ、洋菓子はもちろん、フレンチやイタリアン、和食など、全国のさまざまな名店に連れて行ってもらったことが、活路を見出すきっかけになりました」
うかい亭のワゴンデザート
いい肉の味を知ることは、いい脂の味を知ることにもつながる。いい脂の味がわかれば、酸化の状態もわかり、クッキーにも鮮度が重要だとわかってくる。
「良い肉の脂がさらっとしているのと同じで、良いバターで焼き上げたクッキーは軽く、後味の余韻が長いんですよ。食の経験を重ねることで、厳選した素材を使用し、コース料理のあとでもおいしく召し上がれる、『うかい亭』にふさわしいワゴンデザートを具現化できるようになっていきました」
その後、銀座うかい亭のワゴンデザートのプティフールはお客様にも定着し、その中でもクッキーは「家庭でも味わいたい」という声を多くいただくようになる。
アトリエうかい たまプラーザの内観
異動してから半年ほど経ち、製菓長となったとき、今度は『銀座うかい亭』のデザートを全店で出そうという方針が決まる。
「それで全店を訪問して指導したんですが、1日に訪問できる店舗数にも限りがあり、パティシエであっても技術を教えてすぐに習得できるわけではありません。そこで全店舗のパティシエに向けて技術や情報を発信することができる拠点がほしいと考えていました。製菓に特化して知識や技術が得られる工房をつくることで、よりお客様のご要望を実現しやすくなると考えるようになり、お客様とスタッフ、双方への想いを込めて『アトリエうかい』の設立を提案したんです」
アトリエうかい たまプラーザの厨房
知識や技術は、届けたいという想いを支え、形にするためにある。
「味の違いがわかるのは、舌の記憶があるからこそ。単語を覚えるのと同じで、才能じゃない。この産地だからこう、この状態ならこう、といった舌の記憶が、良いものを見極め、生み出すことにつながるんです。だから若いスタッフたちにも、どんどん食べてみるよう促しています。2017年の秋には、たまプラーザと調布の店舗にシェフを立てたんですが、昔、自分がしてもらったように、ときには洋菓子店、ときにはレストラン、ときにはバーに彼らを連れて行き、味の研ぎ澄ませ方や表現のしかたなど、何かを学んでもらうようにしています」
さらなる需要の高まりを受け、『アトリエうかい』の八王子工房では現在、3階建ての新棟を増築中。ミーティングルームには資料や蔵書などを閲覧できるよう開放し、スタッフ誰もが学べる場としても活用できるように、2018年10月末の竣工をめざしている。
「学びが人を助けると思うんですよ。製菓以外にも、衛生、美術、建築…必要なことを学べるライブラリーのような場所にしようと考えています。知識や技術は、届けたいという想いを支え、形にするためにあるもの。磨けば磨くほど、届けようとする想いの強さと相まって、具現化できることも広がります」
鈴木さんの著書『アトリエうかいのクッキー』
何よりも大切なのは、誰かを喜ばせたいという想いを込めながらつくること。幅広い学びは、「お菓子が何よりも好き」という出発点から始まらなければならないと語る。
「パッケージや店舗のデザインも携わっているので、ヒントを得るために美術館へ行くことも多くなりました。『こういうお菓子をつくりたい』という想いが『どう届けたいか』につながります。想いを届けるには、どんなパッケージにどう詰めて、どんな店にどう並べて、どんな伝え方でどう渡すのか、すべてが重要。それらを含めて『お菓子をつくる』『表現する』ことだと捉えています」
ついてきてくれるスタッフに、「これがお菓子なんだよ」と教えたい。そのうえで『アトリエうかい』で働くことへの喜びを感じてほしい。そう考えて鈴木さんは、みんなが幸せになれる道を模索し続けている。
「『ここに来て良かった』と感じてくれる人が増えてほしいし、違う目標ができたときには、ちゃんと背中を押してあげたい。うかいには『スタッフが幸せだから、お客様も幸せになれる』という考えがあるのですが、その考えを伝承し実現していきたいです」
辻󠄀調グループ フランス校
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フランス料理とヨーロッパ菓子を学ぶための最新設備がずらり。
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