No.068
2018年4月、夫婦の夢だったパティスリーを地元で開業。大好きなフランス菓子をベースにしたおいしいお菓子を多くの人に届けたい。
アンヌ国立スイーツ 店長
宮野あゆ美さん
profile.
東京都国立市出身。エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀製菓マスターカレッジから辻󠄀調グループ フランス校へ。2003年に卒業後、東京のフランス菓子店でサービスを経験。さらに東京・中野『季の葩(ときのは)』中野店や横浜市『アン・プチ・パケ』で製菓の修業を積み、結婚。3児の母となる。その後、東京・六本木『ココアンジュ』や百貨店等で販売やPRなどの経験を重ね、2018年4月、東京都国立市に夫・宮野一成さんとともにパティスリー『アンヌ国立スイーツ』をオープン。店長を務める。
access_time 2018.07.20
生まれ育った東京・国立で開いたパティスリーにファンが増える喜び。
東京都国立市、駅から少し離れたバス通り沿い。緑豊かな公園や団地が広がる一角の向かいに、2018年4月、『アンヌ国立スイーツ』はオープンした。シェフパティシエの宮野一成さんと妻のあゆ美さん、夫婦の夢が実現したパティスリーだ。あゆ美さんは店長として、販売だけでなく、商品の展開計画やディスプレイ、パッケージや経理のことなど、製造面以外のすべてを取りしきっている。
「場所がネックになるのではと心配でしたが、オープンしてまだ1カ月ほどの時点で、すでに何度も来てくださるお客様が増えてきました。もともと地元なので、お客様の輪も広がりやすくて。プレゼントでもらっておいしかったからと来てくださる方も多く、ありがたいことに予想より順調に営業できています」
看板商品は、プリンやショートケーキなど、子どもからお年寄りまで多くの人に愛される定番のもの。旬の素材を使ったお菓子も人気が高い。毎日来てもらっても飽きないようにと、「本日のデザート」に加え、日替わり商品が並ぶ「おやつコーナー」などを用意。テイスト違いのカヌレやマフィン、季節のタルトなどを展開している。
「心がけているのは、目の前のお客様に合った接客をすること。その方がほしいものをお勧めできるよう気を配っています。前回の会話や購入された商品を覚えていて話すと、喜んでくださるんですよね。感想を伺えれば、こちらの喜びにもなりますし。お店をゼロから始め、ファンになってくださる方が増えていく過程が味わえて感無量です。過去の経験すべてが、今につながっています」
本場フランスで学んだ、繊細で美しいお菓子ができあがるプロセス。
幼い頃から自宅にあったレシピ本を眺めるのが好きで、「将来はお菓子屋さんになりたい」と思っていた。小学校高学年になると自分でもつくるようになり、家族や友人を喜ばせることが好きになる。
「このスポンジとこのクリームを合わせれば、その人好みのものができるんじゃ…なんて、工夫をしながらつくるのが楽しかったんです」
生まれ育った国立にあるエコール 辻󠄀 東京のことは昔から知っていて、製菓を学ぶならここしかないと考えていた。いつしか同グループのフランス校に進むことが目標となり、高校もフランス語が学べる学校へ進学した。
「近所にあった『レ・アントルメ国立』さんのフランス菓子が大好きだったんですよ。一般的な洋菓子とは違って、味が濃くて香りもしっかりしている。フランス菓子がブームな時代でもあったんですが、せっかくなら本場で本物を学びたいと留学に憧れていました」
母校でのインタビュー後、恩師宮田先生と
フランス校で研修先となったのは、国の北東部にあたるロレーヌ地方の『フレッソン』。シェフは世界最高峰の国際的洋菓子協会「ルレ・デセール」の会員で、質の高いお菓子を提供するパティスリーとして知られた存在だった。
「ちょうどシェフがM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を取得する直前で、お店もすごく活気にあふれていました。工程のなかで守るべきことがとても細かく決まっているんですよ。だけど全工程でそれを守り抜くと、とても繊細で美しいお菓子ができあがる。良い状態のお菓子は、その連続で成り立っているんだと実感できました」
接客力や自主性を高める経験を積み、憧れのパティシエのもとへ。
帰国後は、東京のフランス菓子店に就職し、イートインのサービスを担当。今につながる接客の基礎はもちろん、同店が大切にしていた「お客様に合わせてどう話すか」という視点を学んだ。次は製造を手がけたいと転職したのは、『季の葩(ときのは)』の中野店。半年ごとに部署が入れ替わるシステムで、貴重な経験が積めた。
「各店のスタッフが、先輩たちを中心に自分たちで回していく体制で、『こうしたほうがおいしくなるのでは』といった提案も良ければ受け入れてもらえ、やりがいがありました。2年間で、ムース、販売、カスタード、粉の仕込みときて、次が花形ともいうべき窯(焼成)の担当だったんですが…ずっと働いてみたかった『アン・プチ・パケ』で人を探していると聞いて、転職を決意したんです」
横浜市青葉区にある『アン・プチ・パケ』のオーナーは、及川太平シェフ。国ごとの代表選手が製菓技術を競い合う国際大会「クープ・デュ・モンド」の第4・5回大会に出場し、個人部門1位を連続で獲得したパティシエだ。
「及川シェフも以前、フランスの『フレッソン』で研修されていたそうで。『彼は本当にすごい。素晴らしいパッションをもった芸術家だ』というお話を、研修中よく聞かせてもらっていたんです。帰国後、実際食べに行って感動したので、いつかシェフのもとで修業をしたいと思っていました」
技術はもちろん、ものをつくることに対する情熱の大切さを実感した。
技術はもちろん、『アン・プチ・パケ』で何より勉強になったのは、ものをつくることに対する情熱。多忙を極めると余裕がなくなってしまいがちだが、一つずつのお菓子にしっかり気持ちを込めることで、仕上がりがまったく違ってくることを、身をもって知ったという。
「お菓子を本当に大事に思ってつくられるシェフの姿勢に感銘を受けました。厳しい方でしたが、ある程度できるようになると、頼っていただけるようにもなり、どんどん面白くなってきて…」
「辞めるきっかけは結婚です。一緒に働いていた主人が先に退職し、実家のある青森県で地産地消のパティスリーを展開できないかと模索していて、私も手伝ったんですが…フランス菓子を商売にするには難しい土地だったんですよね。だけどふたりで独立開業するという目標はもち続けました」
夢を諦めずに努力を重ねた結果、自分が自分でいられる世界で輝けた。
東京に戻ると一成さんは、経営の建て直しを任される形で六本木『ココアンジュ』のシェフとなり、カヌレやクイニーアマン、クグロフなどのヒット商品を生みだしていった。一方、長女に続いて双子を出産し、3児の母となっていたあゆ美さんも、同店で働き、ケーキの紹介文を考えてポップをつくったり、包材のデザインを提案したりと、“売り方”についても学んでいく。
その後さらに、季節やイベントごとの販売戦略を学ぶため、百貨店の洋菓子店に勤務。カフェやレストランで再びサービスも経験し、経理に役立てようと事務仕事にも挑戦した。
「(宮野)シェフも私もずっとフランス菓子を追究してきましたが、完全なフランス菓子は日本人にとって特別なものになりがち。自然と日本人の生活に入り込むような、素材にこだわった本当においしいお菓子を追い求めれば、自分たちのスタイルになるんじゃないかと考え、開業の方針を立てました」
「とはいえカヌレやクグロフなど、王道のフランス菓子にもなじみやすいものはたくさんあるので、紹介し続けようと。…役割分担として、お菓子づくりから離れることに対し葛藤はありました。だけどシェフがつくるお菓子は本当においしいと信じてきたので、それを喜んでもらえる毎日がとても幸せですし、製菓の知識や経験は今の仕事にも重要。皆さんにおいしいお菓子を届けられることに、やりがいを感じています」
そう笑顔で語るあゆ美さんだが、実は出店準備中、資金計画が狂い、中止寸前にまで追い込まれていたという。
「まだ子どもも小さいし、安定的に収入が得られる仕事に就こうかとも考えたんですが…ほかの分野では、自分が自分ではなくなってしまう気がしたんですよね。好きなことだったから夢中になって勉強できたし、しんどいことも乗り越えられてきたし、できるようになればうれしかったし、目標をもって頑張ってこられたし。まだ始まったばかりですが、諦めずに動いて本当に良かったと思っています」
ご主人の宮野一成シェフ
日常的にも特別なときにも足を運んでもらえる信頼関係を築きたい。
5月に打ちだした母の日仕様のギフトやケーキも好評だった『アンヌ国立スイーツ』。6月には需要の高かった「お菓子教室」を開催。父の日に、父子でもつくりやすいクッキーやブランマンジェを教える企画の評判も上々で、これからも毎月さまざまなイベントを催していきたいと考えている。
『サハラン』
「『おいしかった』で終わるんじゃなく、また来てもらえる仕掛けがつくれるよう計画を立てています。シェフとお客様との間をとりもつのが販売員の仕事です。たとえば『サバラン』は、お客様のリクエストを受けて商品化したものなんですが、すっかり人気の一品に。ご提案くださった方にも喜んでいただけ、いい展開ができました。
今後はさらに認知度を高めて、多くのお客様から普段使いしてもらえる“街のお菓子屋さん”にしていきたい。だけど大切な人へのギフトなど、いざというときには、『あの店のお菓子なら間違いない』と頼ってもらえる信頼関係を築いていきたいです」
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