INTERVIEW
No.076

調理師学校で出会った専門誌に心惹かれ、食の総合出版社へ。調理現場に限らず幅広い舞台で活躍できる食の世界は、懐が深くて面白い。

株式会社柴田書店 『月刊食堂』編集部

荒幡耕治さん

profile.
東京都出身。父親の転勤により、幼い頃から埼玉、兵庫、オーストラリア、大阪へと転居を繰り返す。大学卒業後、エコール 辻󠄀 大阪へ進学。2004年に卒業後、東京・銀座にあるイタリア料理店『ラ・ベットラ・ダ・オチアイ』に入店。その後、辻󠄀調グループへ入職、コンピトゥム事務局で卒業生の取材などを担当。2006年、食の総合出版社である株式会社柴田書店に転職。広告営業担当を経て、2014年より外食産業の専門誌『月刊食堂』の編集部に。
access_time 2018.10.26

大学卒業後、興味のあった食の世界に進もうと、調理の専門学校へ。

「僕の人生は失敗の連続なんですよね。高校も大学も志望校に落ちましたし、辻󠄀に入学したのも、実は就職活動に失敗したのが大きな理由です。特に目標もないまま、いろんな業種を受けたところで、うまくいくはずもなく…。もともと食には興味があったので、進学することにしました」
小学生の頃 暮らしていたオーストラリアで 中央が荒幡さん
父親の赴任先だったオーストラリアで過ごした小学生の頃、見よう見まねでつくった料理がおいしく、喜びを覚えた。週末に家族で外食をするのも、大きな楽しみだったという。大学時代には和洋中からエスニックまで、さまざまなジャンルのレシピ本を買いあさり、自炊に没頭。なかでも『ラ・ベットラ・ダ・オチアイ』のオーナーシェフである落合務さんの著作に惹かれ、エコール 辻󠄀 大阪でイタリアンを学ぼうと決めた。
大学生時代、自炊するために購入したレシピ本。読み込むうちに料理への興味が高まった。
「つくってみて一番おいしかったというのもあるんですが、レシピの裏側にある考え方にも惹かれたんですよね。飾らない魅力があって、実直さを大切にされている。おいしいもののために何が必要かを、一番に考えられている印象を受けました」
エコール 辻󠄀 大阪 入学時

専門学校で芽生えた「誌面を通じて食の世界を伝えたい」という想い。

料理を学ぶことは楽しく、食の世界そのものが好きなことを実感できた。しかし同時に、料理の専門誌に惹かれつつある自分にも気づく。
「学校にあった柴田書店の『専門料理』を読むようになり、誌面を通じて食の世界を伝えることに魅力を感じ始めたんです。料理を勉強する気で進学はしたものの、レストランで働く以外にも食の業界に関わる道はあるんじゃないかって、以前から漠然と思っていたんですよね」
専門料理
柴田書店は、食を中心としたプロ向けの専門書やマネジメント誌を多数発行している出版社。専門性の高い一流の調理技術などを紹介する月刊誌『専門料理』は、料理を志す人間にとって憧れの雑誌だった。
「もともと文章を書くのが好きだったんですよ。大学時代には自分のホームページを毎日更新していたぐらいに。だけどせっかく料理を学んだので、まずは現場に出たいと考えていました。一番の憧れは変わらず『ラ・ベットラ・ダ・オチアイ』。落合シェフが特別講師として来校されたとき、働きたいという意志も伝えて。実際お店へ食べに行ったんですが、誰もが感じられる直球のおいしさがある。そこにますます惹かれて志望意欲が強まり、採用していただけました」

人に会って話を聞いて原稿を書くという作業がめちゃくちゃ面白い。

東京・銀座にあるイタリア料理店『ラ・ベットラ・ダ・オチアイ』は、当時から客足の絶えない人気店だった。ランチもディナーも引っ切りなしにお客様が入れ替わり、毎日目の回るような忙しさだったという。
 
「落合シェフをはじめ、先輩方は厳しい一面もありましたが、それはお客様のことを想う気持ちが強いからこそ。一度、最後のお客様が帰られるとき、店の外で片づけをしていて暗くて見えないだろうと挨拶をしなかったことがあったんですが、先輩にものすごく怒られましたね(苦笑)。お客様あっての仕事なのに何事かと。社会人になったばかりの甘い気持ちを叩き直してもらえました」
しかし3カ月ほどで退職を余儀なくされる。意欲はあったものの、仕事を続けるうちに手荒れが悪化。持病のアトピー性皮膚炎が重症化してしまい、医師から辞めるよう勧告されたのだ。
「悔しくて申し訳なかったですが、いい経験をさせてもらえました。辞めた後も落合シェフには仕事のことなどでお気遣いいただき、いまも取材などでお会いする際も懇意にさせていただいています」
落合シェフと
再び味わった挫折。ちょうどその頃、柴田書店が新卒採用の募集をしていたので受けたものの、不採用となってしまう。学生時代好きだった授業の担当で当時もよく話をしていた辻󠄀調グループの先生に相談したところ、コンピトゥム事務局で一緒に仕事をしないかと誘ってもらった。
辻󠄀調グループ校友会 コンピトゥム 会報誌
「同窓会組織であるコンピトゥム(現在は卒業生と在校生で構成される校友会)の事務局では、卒業生を取材してWebや会報誌で紹介していたんですよ。実際にやってみると、人に会って話を聞いて原稿を書くという作業がめちゃくちゃ面白い。すごいシェフたちにインタビューをするのは楽しいし、撮影も自分でやっていたんですが、いい写真が撮れるとうれしい。自分は伝えることで食の世界に関わりたかったんだと再認識できました」
荒幡さんが担当したコンピトゥム の記事

食の現場を学び経験したことが、出版社の広告営業で活きてきた。

辻󠄀調グループに転職し、2年半ほどが過ぎた頃。先生に「柴田書店が中途採用の募集をしている」と教えてもらって受験し、今度は採用に至った。
「辻󠄀調グループの教科書も出版していたり、柴田書店から辻󠄀調グループに転職してきた先生もいたりと、もともとつながりが深かったんですよね。編集を希望したんですが、最初は広告営業の担当に。だけど楽しかったです。上司が任せてくれる人だったので、自由にやらせてもらえて。売上げが数字として出る分、明確な達成感がありました」
カフェ・スイーツ
『専門料理』から始まり、カフェやスイーツの専門誌『café-sweets』やムック本など、さまざまなジャンルの広告営業を担っていく。その仕事においても、「辻󠄀に入って良かった」と思うこともあった。
担当してきた書籍 ピッツァの本は韓国版も出版
「辻󠄀調グループ卒というのは、飲食業界で強みになることもあるんです。活躍されている卒業生が多く、その人がまた別の人を紹介してくれることも多い。コンピトゥムでも広がった人脈も広告営業に活きました。
「それに食の現場を学び経験したことで、現場の人がこういうことに困っているだろうな、こうしたら喜ぶだろうなといったことがわかり、関係を築きやすかったです。空気を読んで動くちょっとした気配りも、実際の現場を知っているからこそできたのかなと思っています。結局どんな仕事も、人対人。『荒幡君が提案してくれるなら、やってみようか』というケースが多かったのも、ありがたかったですね」 
誌面をイメージするためのラフ

念願だった専門誌の編集。売上げや感想がモチベーションにつながる。

約6年を経て、『月刊食堂』の編集部に異動。自分たちでアポをとって取材し、誌面をイメージするためにラフを描いて、原稿も書く。自分を含め3人で月刊誌を動かす仕事は、想像を絶するほどハードだった。
 
「ゼロから編集長に教えてもらったんですが、スパルタどころじゃなかったですね(苦笑)。原稿を出すとビッシリ赤字で直されて戻ってくる。全部取ってあるんですが、今読み返すと確かに戻されて当然だと思う内容で…。仕事を覚えるまでは相当厳しかったです
成長する外食企業の経営手法を徹底的に分析して紹介する『月刊食堂』。企業の成長に必要なマネジメント情報を提供しようと始まった、日本で最も歴史ある外食産業専門のビジネス誌だ。外観づくりのノウハウを紹介する「繁盛ファサード理論」や、収益力や生産性を上げるための「儲かるドリンク再点検」、経営破綻などを乗り越えた経営者に迫る「失敗と再起に学ぶ」など、ほかの媒体ではやらない特集、経営者に刺さる企画を数多く組んでいる。
「マネジメント誌だからこそ、数字という根拠を大事にしているのが大きな特長です。月商をはじめ、各商品の原価率や1日平均出数、人件費や営業利益率など事細かに載せています。スムーズには教えてもらえませんが、質問の仕方を変えて訊き出しています。それができるのも、月刊食堂という媒体が業界との信頼関係が築けているからこそだと実感しています」
ユニークで役立つ特集が好評を博し、この出版不況のなか『月刊食堂』の売上げは伸びている。今では編集部員も5人体制となった。
「売れているのは、読者からの評価だと思うので、モチベーションにつながります。基本的に取材先が読者層なので、直接反応も知れる。『前回の記事良かったね』なんて言ってもらえるのもうれしいです。成長企業の経営者に会えるのも刺激的。そうした方々は、やっぱり人を惹きつける言葉なり、信念があります」

現場の人々に役立つ情報を提供することで、業界の発展に貢献したい。

伸びている会社の社長は、外食業の社会的地位の向上や社会貢献への意識も高い。取材を通じて、そう感じることが多いという。
「利益を出すことで労働環境を改善して、自分たちのスタッフの生活水準も上げようとされていますし、お客様にも期待以上の商品やサービスを継続的に提供しようとする。“三方よし”の考えをもつ人が多いんです。それに自分たちだけが潤うのではなく、街の活性化などの社会貢献にも力を入れる会社が増えています」
月刊食堂
現場の人々に役立つ情報を提供することで、業界全体を良くしたい。そんな想いで仕事に取り組んでいるという。
「業界の発展に貢献できていることが実感できると、強いやりがいを覚えます。『月刊食堂』は企業成長のためのノウハウを提供していますが、売上げを伸ばすその先に、適正な利益を確保してスタッフに還元し、業界の地位を高めていただきたいという理念が誌面づくりの根底にあるんです」
辻󠄀調理師専門学校へ訪問した際に恩師である榊先生と
「食の業界全体に関わりながら、深掘りしていけるこの仕事は本当に面白い。調理技術を学んだその先の活躍の場は、レストランだけに限りません。なんとなく進んだ自分にも、やりたいことが見つかりましたし、料理にはその懐の深さがあります。ふれてみれば可能性が広がり、かつ楽しい世界だと思います。若い方には迷いもあるかもしれませんが、まずは一歩踏み出して、自分自身でいろいろ感じながら可能性を見つけていくことをお勧めします」

荒幡耕治さんの卒業校

エコール 辻󠄀 大阪 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ  (現:辻󠄀調理師専門学校) launch

エコール 辻󠄀 大阪
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ
(現:辻󠄀調理師専門学校)

フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。

フランス料理とイタリア料理。
共通点が多い2つの料理の、基本の技術と理論を徹底マスター。
望む未来を切り拓く力と自信を養う。
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