No.081
絶品の手打ち蕎麦と、蕎麦にふさわしい和食を追い求めて…。日本で培った料理人のスピリットを一品一品に込める、ソウルの蕎麦料理屋。
美な味(SOBA CUISINE MINAMI)オーナーシェフ
南昌秀(ナム・チャンス)さん
profile.
韓国釜山市出身。大学の調理科を卒業後、日本へ留学。東京の語学学校を経て、大阪にある辻󠄀調理師専門学校へ。2008年の卒業後に帰国し、釜山の日本料理店やソウルの寿司店で働く。日本での食べ歩きを重ね、蕎麦料理の道へ進むことを決意。大阪で蕎麦の修業を積み、2012年11月、ソウルに蕎麦料理屋『美な味』(SOBA CUISINE MINAMI)をオープン。『ミシュランガイド・ソウル』の2018と2019で「ビブグルマン」を獲得。
access_time 2019.01.11
父親の影響で食べることが好きになり、自然と料理人をめざすように。
2012年11月、ソウル市内の瑞草(ソチョ)でオープンした蕎麦料理屋『美な味』(SOBA CUISINE MINAMI)。『ミシュランガイド・ソウル』で、コストパフォーマンスの高いお勧め店に与えられる称号「ビブグルマン」を、前年に続き2019年も獲得した人気店だ。オーナーシェフは、釜山(プサン)出身の南昌秀(ナム・チャンス)さん。
「父方の故郷が海の近くで、帰省すると料理がおいしかったんですよね。父は美食家でもあったので、その影響で僕も食べることが好きになって。料理をつくった経験もなかったのに、しょっちゅう『これを入れればおいしくなるのでは』『自分ならこうするのに』と考えるような少年だったから、自然と料理人をめざすようになりました」
アルバイト先で和食に衝撃を受け、日本の食生活を体験したいと留学。
高校卒業後は、釜山近郊にある大学の調理科へ。進学後に始めた日本料理店でのアルバイトで、和食への興味をもちはじめた。
「食材の切り方、扱い方、味のつけ方…どれをとっても韓国料理とまったく違う。不思議なことがいっぱいあり、衝撃的でした。なかでも驚いたのが味噌汁です。具沢山な韓国の味噌汁と違い、出汁をひいて味噌を入れた、シンプルで淡白な味。それがものすごくおいしかったんですよ。しかも日本料理は彩りも美しい。もっと知りたいと思うようになったんです」
「日本の食生活を実際に体験してみたい」。そんな思いから、大学卒業後は東京の日本語学校へ。普段使いの料理店ですらおいしい、クオリティの高さに感動した。
「食材も味つけも、日本のほうが断然おいしかった。韓国ではめったに食べられない素材が日常的に食べられることにも感動しましたし。2年間の課程を終えたら韓国に戻って調理の仕事に就く予定でしたが、もうしばらく日本にいたい。日本の料理学校に入って本格的に勉強すれば、いい料理人になれるのではという考えがわいてきました」
和洋中の料理を学んだことで、視野が広がり食への探究心が深まった。
さまざまな調理師養成学校の留学説明会や体験入学に参加した。そのなかの一つが、大阪にある辻󠄀調理師専門学校だった。
「設備、カリキュラム、先生、体験した料理の品質、どれをとっても自分が求めていたものだったんです。進学相談をした語学学校の先生には『東京の学校にしておけば?』と言われたんですが、ここに入ったらちゃんと勉強できるだろうと確信していたので、迷いはありませんでした」
辻󠄀調理師専門学校時代 担任の先生と
いざ入学してみると、毎日が刺激に満ちている。和洋中の学びすべてが面白く、何よりそのおいしさに惹かれていった。
「食べたことがない材料を使った料理を授業で扱うのが衝撃でした。日本料理以外でも、たとえば中国料理の麻婆豆腐など、『これが本場の味か!』『今まで食べたのは何だったのか?』と思うものばかり。料理の由来なども教えてもらえて、勉強になりました」
最初は韓国料理の味がすべてだと思っていた。しかし和食が好きになり、学校で勉強してからは西洋料理や中国料理も好きになり、視野が広がっていったという。
「自分が知らない料理への探究心がわいてきて、『もっとおいしいものが食べたい』と、ジャンルを問わず食べ歩くようにもなりました。入学前は、日本料理だけ集中して勉強できればいいのに…と思っていましたが、幅広く知ることでメニューを考えるときのヒントになったり、アイデアにつながったりもしています」
帰国後は“本物”との違いに葛藤。日本へ通い、手打ち蕎麦と出会う。
どの料理もおいしく感じたが、選んだのはやはり日本料理の道。淡白な味つけで、素材の味そのものを引きだす点が魅力だった。2008年の卒業後は釜山へ帰り、以前勤めていた日本料理店で再び働き始める。しかし“本物”を勉強・体感してきた影響は大きく、当時はあれほど感動した料理に対しても、「何かが違う」と感じるようになっていた。
「その後はソウルの寿司店に転職し、年に1~2回は大阪や東京で食べ歩きをしていました。いつかは日本料理の店を開きたいけど、コースのような料理を韓国で出すのは難しい。手軽に出せておいしい料理は何かを探していたんです」
そのなかで惹かれたのが、店内で手打ちをしていた大阪の蕎麦屋。「これが本当の蕎麦の味なのか」と概念が変わるほど、おいしかった。以降はさらに、蕎麦屋に注目するようになっていったある日。
「東京で、料理の最後に蕎麦を出すお店に入ったんですが、これがまさに理想としている形態だったんですよ。こんなお店を韓国に出したいと決意しました」
粉に水を加えてこね、麺棒で伸ばし、包丁で切る…単純だが奥が深い。
「蕎麦屋で研修をしたいから、働ける場所を教えてくれないか」。そう学校の先生に相談したところ、紹介されたのが大阪の高級歓楽街・北新地にある蕎麦屋だった。
「粉に水を加えてこね、麺棒で伸ばし、包丁で切る…単純ですが、ものすごく奥が深い。そもそも粉から麺ができることがすごいし、打ちたての麺を茹でて食べると驚くほどおいしい。つくるのは難しく、修業は厳しかったですが、やりがいがありました」
修業を終え、2012年の夏に帰国してからは急ピッチに準備を進め、11月には開業へと至った。うどんと違い、蕎麦はまだ韓国でなじみのない料理だったが、蕎麦粉と片栗粉を使った冷麺もある。魅力はすぐに伝わるだろうと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。
「メニューを見てから『わからないから帰る』『丼がないなら帰る』…そんなお客さんもいて。蕎麦以外の日本料理をつくろうにも、お客さんが来ないから材料がまわらない。半年ほどは寂しい期間が続き、不安で仕方がなかったです」
「本格の蕎麦屋には、こんな料理があってほしい」というものを追求。
蕎麦粉の選択肢も少ないため、当初は納得のいく材料も見つからなかった。あちこち探し回り、産地を訪ね、ようやく現在使っている江原道(カンウォンド)の蕎麦粉と出会う。蕎麦の質も上がり、時間が経つにつれ、徐々にクチコミで評判が向上。メディアでも紹介されるようになると、客足はどんどん伸びていった。
「日本でも出されている定番の蕎麦に加え、混ぜる料理が好きな韓国人に合わせた『そぼろ茄子蕎麦』など、オリジナルの蕎麦も提供しています。お客さんのニーズに応えるメニューも考えていますが、お客様が増えるにつれ材料もまわるようになり、自分が出したい料理を提案できるようになってきました」
卵焼きや蕎麦寿司、魚の煮つけや天ぷらといった一品料理も安定的に出せるようになってきた。提供する際、大事にしているのは「蕎麦屋にふさわしいかどうか」という視点。
「味の濃すぎる料理よりも季節の料理のほうが、蕎麦と一緒に食べたくなるでしょう?日本に行ったと仮定して、『本格の蕎麦屋には、こんな料理があってほしい』と思えるものをつくっています」
専門学校で身についた最も大きな財産は、料理人のスピリット。
今では韓国在住の日本人常連客も少なくない。彼らは口をそろえて「韓国においしい蕎麦屋を開いてくれてありがとう」と感謝を述べる。その言葉がまたうれしいと微笑む。
せいろ白
「褒められたら辞められないですよね(笑)。最近は日本へ旅行する韓国人も多いですが、彼らから『日本で食べた蕎麦よりもうまい』なんて言われるのもありがたい。蕎麦を打つのは大変です。時間もかかるし、生産できる量も限られている。機械でつくるほうがよっぽど効率的です。だけど人間がつくるからこそ、スピリットが込められるんだと思います。専門学校で身についた最も大きな財産は、料理人のスピリット。いつも先生たちから『料理人を育てるんだ!』という熱い気持ちが伝わってきて、それが力になりました」
うにゼリーかけ
ナムさんが専門学校に在学した頃はまだ留学生が少なく、卒業後に頼れる先輩がおらず苦労したこともあった。だからこそ、韓国内で同窓会組織を創立し、現在も幹事を務めている。
「自分自身、帰国してからが不安だったんですよね。気軽に質問をしたり就職の相談をしたりできる先輩がほしかったので、同級生5人ほどで立ち上げました。新卒業生を迎え入れる毎年6月の懇親会をはじめ、元留学生同士のつながりを深めています」
煮アナゴそば
最良の食材を使って誠実に調理し、最高の状態で提供するのが料理人。
専門学校の後輩たちからよく訊かれるのは、日本で使っていた材料が韓国にあるかどうか。実際にないものも多いが、対応できる材料を探すのも料理人の仕事だと南さんは言う。
にしんの煮付け
「学生時代に最高の材料で学べたことが、代わりの材料を考えるうえでも役立っています。料理は『素材×調理法=味』という単純な公式です。調理法を変えれば味は違ってくるけど、レシピにはそこまで書いていません。勘違いされがちですが、レシピの情報がスキルなわけではないし、スキルだけで料理はうまくなれるわけでもない。一番大切なのは、やはり料理に誠実に向き合うスピリットです」
本物の料理人である限り、“ふさわしくない料理”は出したくない。出すなら最高の状態で出したいし、出せないなら辞めたほうがいい。留学を機に、そう考えるようになった南さん。
「手がける料理に対し、『自分が客ならどう思うか』『これで料理人だと言えるのか』と向き合えるようになったのは、専門学校での学びのおかげ。最良の食材を使って、誠実に調理し、お客さんを大切にする。料理人である以上、ずっと大切にしていきたい姿勢です」
辻󠄀調理師専門学校
西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ
食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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