INTERVIEW

キャラクター饅頭の開発から大量生産までを手がける企業は韓国唯一。日本で身につけた技術を武器に、“お菓子の城”の実現をめざす。

株式会社 お菓子の城 代表
趙星兆(チョ・ソンジョ)さん

profile.

韓国蔚山市出身。大学の製菓製パン科を卒業後、日本へ。鳥取県境港市の『赤石商店』で煎餅の製法を学んだ後、大阪の語学学校を経て、辻製菓専門学校 製菓技術マネジメント学科に進学。2014年の卒業後に帰国し、6月に『ソラックお菓子の城』を設立。2018年7月には『株式会社お菓子の城』に社名を変更。2019年1月時点で約35社の取引先を持ち、主に土産菓子などの企画・生産を担当。売上高は約20億ウォンに上る。

饅頭を中心としたキャラクター菓子を開発・大量生産する無二の会社。

韓国の北東部、江原道(カンウォンド)に位置する束草(ソクチョ)。年間1,700万もの人々が訪れる有名な観光地だ。そこに国内で唯一、饅頭を中心としたキャラクター菓子を開発・大量生産している会社がある。社名は『お菓子の城』。
「束草市と鳥取県米子市は姉妹都市なんです。それで高校時代、交換留学で鳥取県に行ったんですが、そのとき訪ねた境港市の『お菓子の壽城』に感動して…。日本のお城のようなところで、お菓子の工場見学ができたり、お菓子づくりが体験できたりする。いつか自分もそんなお城を造ってみたいという願いを社名に込めました」
設立は2014年。代表の趙星兆(チョウ・ソンジョ)さんが25歳の若さで立ち上げた。最初に手がけたODM(取引先の製品を開発から担う受注生産)は、束草の近く、江陵(カンヌン)のお土産物。海岸沿いにある、美しいカフェ通りが有名なこの街の魅力を捉えて、コーヒーカップの形のコーヒー味の饅頭を開発したところ、瞬く間に大人気商品となった。
「コーヒー饅頭がヒットしたおかげで、『キャラクター饅頭をつくりたい』という依頼がどんどん舞い込んでくるようになりました。展示会に出展するたび、取引先が増えてきています。手作業なら簡単にできても、大量生産となるとまったく違います。同じ配合でも別の仕上がりになりますし、材料を合わせるのが難しい。まだないものを開発するのは大変ですが、それを生みだすことで大勢の人が喜んでくれる今の仕事はとても楽しいです」

製菓をしっかり学んで父の助けになりたいと、日本への留学を決意。

生まれは韓国南東部の蔚山(ウルサン)。隣の慶州(キョンジュ)で自動車メーカーのエンジニアをしていた父親は日本へ出張することが多かったが、広島県の仕事相手からもらった銘菓『もみじ饅頭』の見た目やおいしさに感動し、菓子製造業への転身を決意したという。
「取引先の方の紹介で、広島の製造会社へ研修に行かせてもらい、私が小学生の頃、慶州で紅葉をモチーフにした饅頭の製造販売を始めたんです。するとメディアでも多く紹介されて…結果、紅葉で有名な雪岳山(ソラクサン)のある束草市に声をかけてもらい、会社を移転させたそうです」
新たな挑戦に向けて頑張る父の姿をかっこよく感じていたという趙さん。いつしか自然に、跡を継ぎたいと思うようになっていた。
「父はお菓子の専門家じゃなかったので、正直なところ私としては、まだまだおいしくできるのではという気持ちがあった。だから自分がちゃんと学んで父を手伝いたいと考え、大学では製菓製パン科を専攻しました。でも幼い頃から頻繁に日本を訪れ、日本のお菓子に慣れ親しんできた自分には、大学でつくっていたものに満足できず…日本への留学を決意したんです」
辻製菓専門学校時代

日本の製菓学校で学んだことすべてが、今の事業に役立っている。

大学卒業後の2010年1月には、父の取引先からの紹介で、鳥取県境港市の『赤石商店』での研修へ。観光客が減る冬場にも製造できるよう、賞味期限の長い煎餅の製法を学んだ。その後、大阪の日本語学校を経て、大学時代の先生や現地でできた友人らにも勧められた辻製菓専門学校に進学。留学中にできる限りの技術を身につけようと、2年制の製菓技術マネジメント学科を選んだ。
「1年目は基礎が最も大事だと聞かされながら勉強しました。同じ技術を何度もくり返し練習したのですが、振り返ってみると特にそれが良かったです。一度や二度では卒業後に忘れてしまっていたでしょうからね。2年目には、実習はもちろん、食感や色の実験、ビジネスや食品衛生の勉強などもさせてもらいました。それらすべてが今の事業に役立っています」
2年次の夏休みから卒業前までは、学校の紹介により、『堂島ロール』というロールケーキで有名な『モンシェール』での研修へ。
「焼き菓子や生菓子、いろんなパートに入らせてもらい、今の大量生産のシステムを整えるための勉強にもなりました」
しかし留学中には大変な出来事もあった。紅葉饅頭の事業が低迷したため、生活費はすべてアルバイトでまかなうことになり、学業との両立に苦労を強いられた。
「出席率やテストの点数をクリアしなければならないのはもちろん、実習の準備をしていなかったら友だちにも迷惑をかけてしまう。必死に食らいついていったことで、逆に続けられたと思います。友だちの存在も大きな支えになりましたし、厳しくも優しい先生が引っ張ってくれたおかげで無事に卒業できました」
紅葉饅頭

帰国後に改良を重ねたことで、再び紅葉饅頭の売上げが伸びていった。

帰国後は、父の会社を手伝いつつ準備を進め、お菓子の生産までを担う会社を設立。まずは紅葉饅頭の再開発にあたった。
お菓子の城 工場内部
「青年失業が問題になっている韓国では、若者への創業支援が積極的に行われています。そこで父の会社の製造部門も請け負う形で、新しい会社を立ち上げ、工場設備を整えました。紅葉饅頭の売上が低迷したのは、韓国で問題になっていた過剰米の消費に協力しようと材料の小麦粉を米粉に変更し、食感が落ちてしまったことも原因だったんですが、私が改良を重ねたことで、再び売上げが伸びていきました。専門学校で米粉の勉強もしてきたことが大いに役立ちました」
コーヒー饅頭のヒット以降、順調に事業を拡大。2014年に9,000万ウォンだった売上げは年々倍増していき、2018年には約20億ウォンにも上った。2019年1月現在、社員は約25人。日本の自身の母校である専門学校に留学した卒業生も、これまでに3人採用した。その一人、黄智善(ファン・ジソン)さんは、日本の菓子店を紹介する書籍を執筆するほど日本のお菓子事情に造詣が深く、現在、開発を担う製菓技術研究所の副所長を務めている。
「創業当初は営業・開発・生産・経理など、すべて私が一人で担当し、ほぼ休みもありませんでした。だけど黄さんが入ってきてくれてからは、開発を任せられるようになり感謝しています。同じ専門学校出身で自分が経験してきたからわかることですが、学校で学ぶ内容や課題は簡単ではありません。それをクリアしてきた卒業生ですから信頼できます」
お父様と黄智善さんと

『ピノキオパーク』に体験型工場をつくり、販売店やカフェも併設。

工場で使う機械はすべて日本から輸入。他の追随を許さないよう最高のものを用意し、品質に気を配っている。多忙ななか、2017年3月には母となったことで、従業員の福祉に対する意識もより高まったという。
「女性はとくに、出産後に仕事をするのが大変になります。仕事をするのは夢のためでもありますが、家族が幸せになるためでもあるんだなと、子どもを産んでから実感するようになりました」
今も年に2回は日本を訪れ、展示会を中心に回って見聞を広めている。2019年5月頃には、束草の観光名所、エキスポタワーのある場所に新設されるテーマパーク『ピノキオパーク』に併設する形で工場を移転させる予定だという。
「製造工程を見学できたり、キャラクターのお饅頭やクッキーをつくれたりする、体験型の工場にする予定です。販売店併設のカフェでは、どら焼きを出そうと考えているんですが、先日は九州から関東まで、黄さんと食べ歩きをし、とくにおいしかった栃木県の専門店に協力を依頼しました。和菓子はもちろん洋菓子も含め、日本の製菓はとても技術が進んでいます。近頃は日本の菓子職人を招いての講習会も積極的に行うようにしています」
「束草観光水産市場」の直営店でお母様と
ピノキオパークで成功すれば、今度は束草の雪岳山で、かつて日本で憧れた本物のお菓子の城をつくりたいと語る趙さん。目標は5年後。夢はふくらむばかりだ。
「食はすべての人が楽しめ、大きなビジョンを描ける世界です。夢をかなえるためには、基礎からの技術はもちろん、体験することも大切。いろんなものを見て、食べて、働いて、勉強を続ければ、すべての人が活躍できる世界だと思いますよ」

趙星兆(チョ・ソンジョ)さんの卒業校

辻製菓専門学校 launch

辻製菓専門学校

洋菓子・和菓子・パンを総合的に学ぶ
フランス・ドイツ・ウィーンの伝統菓子から和菓子や製パンまで、多彩なジャンルでの学びを深めながら、クオリティの高い製菓技術を習得。あらゆる現場に生かされる広い視野を養い、
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