No.138
気づけばめざしていた製菓の道。フランス留学でレストランデザートの楽しさに目覚め、憧れだった一流ホテルのメインダイニングで活躍。
ザ・リッツ・カールトン大阪『ラ・ベ』 パティシエール
橋爪里奈さん
profile.
福岡県出身。福岡県立輝翔館中等教育学校から辻󠄀製菓専門学校 製菓技術マネジメント学科に進学。2015年4月に卒業後、同年10月、辻󠄀調グループのフランス校へ留学。約10ヵ月後に帰国し、11月からザ・リッツ・カールトン大阪のペストリーへパティシエールとして入社。約1年後に同ホテルのメインダイニング『ラ・ベ』へ異動。現在はデザート担当のトップを任されている。
access_time 2021.09.15
どの分野に進みたいかを知るためにも、和・洋菓子・パンの全てを学べる課程を選択。
「気づいたらお菓子の道に進みたいと思っていたんですよね。いつめざし始めたかも、覚えていないぐらい。食へのこだわりが強い、母や祖母の影響もあると思います。野菜をとらせるのにニンジンのケーキをつくってくれたり、誕生日にはフルーツいっぱいのケーキをつくってくれたり…。きらきら輝くケーキ屋さんのショーケースを見るのも大好きでした」
子どもの頃から、お菓子をつくることもあげた人に喜んでもらうことも好きだった。中学時代の職場体験では、まちのパティスリーへ。大変だろうとは感じつつも気持ちは高まり、高校を卒業したら専門学校へ進もうと決めていた。
「いろんな学校の資料を取り寄せ、いいなと思ったところのオープンキャンパスへ。なかでも惹かれたのが、辻󠄀調グループでした。実習が多く、卒業後に留学できるフランス校もある。一番の決め手は、洋菓子・和菓子・パンの全てを学べる製菓技術マネジメント学科があったこと。どの道に進むか、じっくり学んでから決めたかったんです」
2013年4月、大阪にある辻󠄀製菓専門学校へ入学。「やっとお菓子の勉強ができる」とワクワクしながらのスタートだったと振り返る。
「実習はもちろん、理論の授業も楽しかったです。お菓子について深く知りたかったので、こういう授業があればいいなという期待どおりの内容でした。クラスメイトも当然、お菓子が好きな人ばかり。休日も食べ歩きを楽しみ、共通の話題で盛り上がれる友だちがたくさんできました」
留学を諦めかけていた時に、先生の話が大きな力になりフランスへ。
学ぶなかで、最も楽しくて好きだと思えたのが洋菓子だった。
「もともとショーケースの中のケーキに憧れていたこともあって、つくったものが並んだらうれしいだろうなぁと。和菓子やパンが勉強できたのも幅が広がってすごく良かったんですが、続けていくなら家族の誕生日も祝える洋菓子がいいなと感じました」
どのジャンルも、より専門的なことが学べる2年目は、いっそう楽しかった。
「材料の配合や混ぜ具合などで仕上がりも変わってくるのが面白くて。この生地を自分のイメージに近づけるにはどうすればいいのかと、当時のノートを見返すことが今でもありますよ。ウィーン菓子やドイツ菓子など、それまで知らなかったお菓子が学べたことも糧になっています」
一方、フランス校への進学は、学費の面で諦めかけていた。
「これだけ払うにはどれほど働かないといけないのかって考えたんですよね。でも就職活動を進めるなかで、担任の先生に『本当はフランス校に行きたかった』と伝えたら、『それならフランス校についてもきちんと調べてから決めた方がいい。フランス校をよく知る先生もたくさんいるから、まずは話を聞いてみなさい』って言われて…」
フランス校を経験された先生何人かにお話を伺ったところ、全員が心から楽しそうで。『大変だったけど、お菓子に関してはもちろん、人生経験としていい時間を過ごした』と伺い、家族に相談して行かせてもらうことにしたんです」
フランス校時代
つくったときや提供されたときの喜びから、レストランでの仕事が目標に。
フランス校では、レストラン形式の実習が毎日続く。打ちのめされもしたが、想像を超えるかけがえのない経験だった。
「これまでよりさらに内容がレベルアップしつつも、少人数のグループで行うから一人の仕事量も増えるし、フランス語じゃないと怒られるし…。周りはできているのに自分はできない、悔しい、がんばろう、でもできない、泣きたい…というローテーションが続いてきつかったです。だけど、お菓子だけを見ていればいい環境で先生たちが守ってくれていたからこそ、がむしゃらに没頭できて。技術だけでなく度胸もついてきました」
フランス校時代
フランス校の実習を通じて、「アシェットデセール(皿盛りのデザート)をつくる楽しさにめざめた」という橋爪さん。休日には友人たちと食べ歩きをし、その思いはますます強まった。
初めて食べ歩きに行った『ポール・ボキューズ』
「それぞれのパーツをつくって、提供する際に組み合わせる作業がすごく楽しかったんですよね。初めて食べ歩きに行ったのが『ポール・ボキューズ』だったんですが、ワゴンで運ばれてきたデザートを開けた瞬間にまず感動。色とりどりのかわいいデザートがいっぱいで、このなかから選んでいいの!?ってテンション上がって…」
ワゴンで運ばれてきたデザート(ポール・ボキューズにて)
「食事をする空間そのものも最高で、(ミシュランガイドの)三つ星レストランなのに、お客様がみんなお家にいるかのようにリラックスして楽しそうで…。その後もかなり食べ歩きに行ったんですが、どこに行っても幸せな気分になれ、レストランで働きたいと思うようになりました」
実地研修先『シャトー・デュ・モン・ジョリ』のファスネ シェフを囲んで
半年後からの実地研修は、『シャトー・デュ・モン・ジョリ』へ。フランシュ=コンテ地方にある、ミシュランガイドの星つきレストランだった。
「ちょうどシェフパティシエがいなくなったばかりで、入ってしばらくすると、全てを任されることに…。とはいえ、お客様には研修生かどうかなんて関係ありません。自分がやらねばという環境に置かれたおかげで、仕事に対する意識が格段に高まりましたし、実際ついていけるなとも実感できました」
「シェフが『ボキューズ・ドール』(フランス料理の国際コンクール)日本代表チームのオフィシャルコーチを務めていた人だったこともあり、とてもコミュニケーションがとりやすくて優しくて。いろいろな食の経験もさせてくれました」
ザ・リッツ・カールトン大阪 メインダイニング『ラ・ベ』
世界的なホテルのレストランで壁にぶつかるも、ある日、乗り越えられていた。
2016年8月に帰国すると、大阪のレストランを食べ歩き、就職先を検討。そのなかで心を奪われたのが、ザ・リッツ・カールトン大阪のメインダイニングであるフランス料理レストラン『ラ・ベ』だった。
「料理が全部おいしくて、サービスも雰囲気もすごく素敵。しかもホテルだから、ウエディングなどいろんなことに挑戦できそうだし、長く続けていける環境も整っている。学校のキャリアセンターに相談したところ、卒業生が働いていて、OBである中野琢治さん(元副料理長)は特別講師として講習にも来られていると聞いて。関わりが深いことで安心感もわきました」
しかし面接には至ったものの、今は定員に達しているとの回答。いつになるかわからないが、ポジションができるまでペストリー(ホテルの洋菓子部門)でどうかと問われ、11月から働き始めることにした。
「朝一番に来て掃除をして、生菓子に使うクリームを立てたり、ケーキビュッフェの飾りつけをしたり、ウエディングのデザートを盛ったりと、とにかく仕事量が多かったです。何年待つかわからず不安もありましたが、おかげで職場には慣れ、手は早くなったと思います」
その後、1年弱で『ラ・ベ』へと異動。待ちに待った機会を得たものの、その仕事に最初は全くついていけなかった。
「盛りつけの細かさも今までとは違うし、先輩が言っている味の違いもわからないし、完全に打ちのめされました…。できない自分に嫌気がさして、すぐに辞めたいと思いましたが、学校に行かせてくれた家族や頑張っている友人たちのことを考え、負けてたまるか!と」
毎日、目の前のことに必死だったが、冬の終わり頃、転機は突然訪れた。
「ある日、『できている』と思えるときが来たんです。なんのミスもなく、先輩から指摘やフォローもされず、最初から最後まで自分ひとりで全部できた。当時のフランス人シェフパティシエにも褒められ、自分でも完璧だったと思えて…。自分の仕事ができるようになると、全体を見られるようになり、次に先輩が何を必要としているかも見えるようになって、チームワークもスムーズになる。乗り越えられたことがわかると一気に、『しんどい』が『楽しい』に切り替わりました」
つくったものへの評価が知りたくて挑戦したコンテストが成長にもつながった。
盛りつけから始め、仕込みを教わり、一通りの仕事ができるようになると、挑戦できることも増えていく。特別なお客様からご要望のあった誕生日ケーキやイベントディナーのデザートを手がけるなど、自身の考えたものを形にする機会も得られるようになった。
「自分で創作したものをお客様に説明し、実際に反応をもらう経験も貴重でした。楽しみながらスキルアップできる環境を与えてもらえていることにも感謝しています」
2020年には、チョコレートアカデミーセンター東京主催の「第2回 チョコレート イノベーション コンテスト」にも挑戦。見事、優勝を勝ち取った。
「第1回大会の流れを見て、今の自分のレベルでは難しいと感じたんですが、それでも挑戦したいなと。自分が考えてつくったものを評価してほしかったんです」
第2回のテーマは、ルビーカカオを原料とするルビーチョコレート。
「第2回 チョコレート イノベーション コンテスト」で優勝を勝ち取った作品『星紅玉~Star RUBY~』
「天然のピンク色をどう活かすか試行錯誤を繰り返し、温度や水分の環境にとてもセンシティブであるので、色の補正についても、かなり工夫しました。また、シェフや先輩方にも食べてもらってアドバイスをいただいて自分の考えを形にしていく作業が難しいながらも楽しかったです。結果を出せたことで、自分の『おいしい』が間違っていなかったんだとわかり、少し自信がもてました」
Wagon D`Assortiment de chocolat La Baie
それまでコンテストは自分にとっての挑戦の場だと思っていたが、得られたものは想像以上だった。
「優勝したけど100点なわけじゃないから、細かい注意点を教えてもらえるなど、作品へのフィードバックがもらえたのもありがたかったです。自分の成長を助けてくれる、こんなコンテストもあるんだと感動しました。これを機に、いろんな交流も広がりましたし…。前回優勝者として今年の審査員を務めさせていただけたことで、多くの人の視点やアイデアに触れられたことも勉強になりました」
苺のマリネミント風味 ライチとミルクのムース 苺ソルベ ルバーブコンフィチュール
食べることもつくることも好きな自分にとって、パティシエールは天職。
現在は2人の後輩を率いるトップの立場になった。全てのお客様に同じクオリティのものを提供することは常に緊張感を伴うが、責任が重い分、やりがいも大きいという。
沖縄の香り パイナップルのコンポテ ココナッツクレームレジェのパンドエピスロール パイナップルとミントのソルベ、パッションフルーツ 黒糖ジュレ
「季節のフルーツを使って、フランス人であるシェフのイメージを形にしたり、自分でも新しいものを提案したり…。以前はスムーズに仕事ができただけでも楽しかったんですが、今はシェフとデザートを考えている時間が一番楽しいです」
梨のポッシェ 塩キャラメルとスペキュロスのアイスクリーム
「留学の経験は、シェフのフランス語での指示も全部理解することにつながり、コミュニケーションをとるのも楽しい。フランス菓子だけでなく、ほかの国のお菓子を把握しているだけでもアイデアの引き出しになりますし、シェフともイメージを共有しやすいです。良いものをつくるには、やっぱり基礎が本当に大事。なんでも知っていることが大切だと痛感しています」
もっといろんなコンテストに今後も挑戦し、スキルアップしていきたい。飴細工やチョコレートも学びたいし、自分のできる幅を広げ、味覚を鍛えて、もっとおいしいものをつくれるようになりたいと、向上心は留まらない。
「『ラ・ベ』でいえば、チーム力をアップさせたい。教えることで自分も成長できますし、先輩からも教える楽しさを知ってほしいと言ってもらっていましたからね。私自身、先輩たちの脅威になりたいと思いながら働いていたので、後輩にも私が焦るぐらい脅威になってほしいです」
食べることもつくることも好きな自分にとって、パティシエールは天職だという橋爪さん。「ほんの少しの決意で世界は変わる」と力強く語ってくれた。
クリストフ・ジベールシェフ(左)
「どの職にも言えることですが、好きなことを仕事にできるのは幸運だと思います。嫌いな仕事を続けるほうが難しいでしょうし、大変なことがあっても好きだからこそ続けられる。つくり手にこだわらなくても、知識を得てコンサルティングの道に進むことだってできるし、興味があれば食の世界はおすすめです」
クリストフ・ジベールシェフ(左)
「私の場合、迷ったときに先生に相談していなければ、フランス校へも行っていなかったし、アシェットデセールもやっていなかったかもしれない。先生が少し背中を押してくれたおかげで今がある。現在、進路に迷っているなら、自分が納得するまで向き合ってから決断してほしいと思います」
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