INTERVIEW
No.146

自動販売機で売りだすスープや、軽井沢のホテルで提供するイギリスの郷土料理を、フランス料理の技術で美食に仕上げる異色の料理人。

メゾンドレイ オーナーシェフ ホテルウエリーズ 料理長

塚越 黎(れい)さん

profile.
埼玉県出身。同県の西武台高等学校からエコール 辻󠄀 東京に進学。辻󠄀調グループ フランス校を2018年に卒業後、東京のフランス料理店『ピエール・ガニェール』に就職。その後独立し、2021年5月、埼玉県ふじみ野市にスープをメインとした自動販売機を設置。翌月、実店舗『メゾンドレイ』をオープン。同年末から準備を進め、12月からは長野県軽井沢町『ホテルウエリーズ』の料理長も兼務。
access_time 2022.02.25

褒められたことがきっかけで料理に目覚め、料理人かつ経営者が将来の目標に。

2021年5月、手づくりのスープをメインに扱う自動販売機を、地元である埼玉県ふじみ野市に設置。その敷地内で翌月には実店舗『メゾンドレイ』を開き、オンラインショップでの販売も展開。12月からは、23歳の若さで長野県軽井沢町『ホテルウエリーズ』の料理長も兼務するという、異色の肩書きをもつ塚越さん。
「母が料理上手で、幼い頃から食べることが好きだったんですよね。父が営む美容室の定休日には、家族で外食に出かけるのも楽しみでした。小学3年生のとき、調理実習でジャガイモの皮むきを先生に褒めてもらったことがきっかけで、つくることにも興味がわいて…。オムライスの卵にラー油を入れたり、炒飯にシナモンを加えたり(笑)。何が合うのかわからないまま、いろんな組み合わせを試すことにはまり、6年生の文集には『将来の夢は料理人』と書いていました」
しかし高校に入学した時点ではまだ、大学と料理の専門学校、どちらに進むか悩んでいた。そんな中、1年生の頃には居酒屋、2~3年生の頃には欧風カレー店でアルバイトを経験することで、気持ちが変化する。
『ライムを効かせたカリフラワーのスープ』
「結果、大学進学では何も思い浮かばなかった自分の将来像が、料理であればイメージできたんですよね。なかでも影響を受けたのが、欧風カレー店のオーナー。人材育成セミナーなどにも通う勤勉な人で、教育にも力を入れていたんですよ。おかげでみんな、学生アルバイトとは思えないほど接客が素晴らしく、オーナーの人柄の良さにも惹かれて…。スタッフのお手本になるような理想の経営者に出会い、ゆくゆくは自分も飲食業を営みたいと思うようになりました」
『蟹のビスク』

ないものをつくってしまうのがフランス料理。調合する楽しさからその道へ。

料理人になることをめざし、選んだジャンルはフランス料理だった。
「家族での外食時、記念日にはフランス料理の名店『ジョエル・ロブション』にも連れて行ってもらって。かっこいいし、おいしいし、何が入っているんだろうとワクワクしたんです。さまざまな素材を組み合わせ、ないものをつくってしまうのがフランス料理。調合するのが大好きな自分に向いているんじゃないかとも考えました」
「やるからには、トップレベルの技術を学びたい。そう考えて辿り着いたのが、実習が多く、フランス校にも進学できる辻󠄀調グループのエコール 辻󠄀 東京でした。学費や距離の問題で、親には違う学校を勧められたんですが、どうしてもここで学びたいと土下座をしてお願いしたんです」
いざ進学すると、1年間の課程はとても濃密だった。教員の動きを食い入るように見つめ、ノートに記し、自宅でも試してみる。高校までの自分とは別人のように学びに打ち込んだ。
「土下座までして入らせてもらったので、覚悟が違います(笑)。何より好きなことが学べて面白かったです。先生方の指導が丁寧だったのはもちろん、クラスメイトの意識が高く、自分も頑張らなければと思える環境でした。とにかく必死でしたが、学んだものはどれもおいしい。これがフランス料理のベースなんだと実感しながら吸収できました」

「今までの研修生でナンバーワンだった」と褒められた留学での経験が自信に。

卒業後の半年間は、辻󠄀調グループの広報部でアルバイトをしつつ、フランス語を独学。得られるものを少しでも増やそうと、口下手なのを克服して会話力を高め、2017年10月からのフランス留学に臨んだ。
「日本で学んだものを応用させていくのがフランス校での学び。レストラン形式での実習が少しずつレベルアップし、できることが増えていきました。驚いたのはフランス人講師、コアール先生の仕事の早さ。これが働くトップシェフたちの動きなんだと感動しました」
フランス校時代(右端がパスカル・コアール先生)
約5ヵ月間、毎日学んだ料理を自分なりにまとめ、修了時には努力の甲斐あり本科終了の際に送られるフランス語をがんばった研究生に贈られる賞の一つ「フランス語賞」を受賞。その後は、ミシュランガイド一つ星レストラン『ラ・ロトンド』での実地研修に挑んだ。
「初めは話しかけても相手にしてもらえないのが悔しくて…。毎日誰よりも早く来て準備をし、シェフらそれぞれの好みに合うコーヒーを用意しておくなど、少しでも距離を縮められるよう努力しました。任せられた仕事は早くきれいにこなし、何を求められているのかを考えて動くようにした結果、徐々に打ち解けられました」
フランス校時代 フランス語のシルヴィ・セール先生と
アミューズ(突き出し)の手伝いからスタートし、1ヵ月後にヴィアンド(肉料理)部門の助手に。人の入れ替わりもあり、その1ヵ月後にはなんと部門シェフを任される。
「努力するうちに新しいことをどんどん任せられ、研修4ヵ月で後任のフランス人に教えるという貴重な経験ができました。スーシェフのジェレミーとは、休日にもローカルな蚤の市や食事に連れて行ってもらうほど仲良くなれて…。歳は離れていましたが『俺たち友達だから』と言ってもらえ感激しました」
実地研修『ラ・ロトンド』の仲間たちと
ジェレミーさんに、研修後はどこで働きたいかと訊かれ、『ピエール・ガニェール』だと答えると、以前の職場だから紹介できると推薦してくれた。
実地研修先のスーシェフのジェレミーさんから記念にともらった『ボキューズ・ドール』出場の際のメダル
「シェフには『ここで働かないか』と誘ってもらいましたが、働き始めたら学費を返す約束をしていたこともあり、日本での就職をイメージしていたので断ったんです。研修の終わりには、ジェレミーから思い出にと『ボキューズ・ドール』(フランス料理の国際コンクール)に出場されたときのメダルなどをもらい、こんなうれしいことはないなと…。シェフにもジェレミーにも、『今まで見た研修生でナンバーワンだった』と褒めていただき、自信がつきました」
ピエール・ガニェール時代

三つ星をめざす名店での厳しい修業も、期待に応える気持ちで乗り越えられた。

2018年8月に帰国し、東京の『ピエール・ガニェール』に就職。留学時にパリ本店を訪れ、その斬新で先進的な料理に憧れて志望したが、いざ働き始めてみても、これがトップレベルのレストランなのかと衝撃を受けた。
ピエール・ガニェール時代
「ロトンドも一つ星店でしたが、三つ星をめざすガニェールは、凄まじい緊迫感のあるプロ集団。しかもスタッフが少なく、多忙を極めました。そもそも入ってくるスタッフのほとんどが経験者で、仕事はできて当たり前。1年目はめちゃくちゃ怒られましたが、ロトンドであんなに褒められ、推薦してもらえたんだからくじけるわけにはいかない。先輩それぞれに対応できる完璧な仕事を心がけたところ、徐々に認めてもらえるようになりました」
1年が経った頃、ジェレミーからスカウトの連絡が来る。
「『アラン・デュカス(フランスの世界的シェフ)がプロデュースするドバイのレストランで料理長をすることになったから、オープニングスタッフとして働かないか』と。めちゃくちゃうれしかったんですが、あと1年はガニェールで働いてから行きたいと伝えたんです」
2年目になると、仕事にも余裕をもって臨めるように。休日にも何かやりたいと、中学時代の同級生に誘われたコミュニティに参加した。
「ジャンル問わず情報共有しようという集まりだったんですが、その人脈を活かし、休日には料理のイベントや1日限りのポップアップレストランを開くようになりました。自分がお店を出したときに、どういう人がどんなものを気に入ってくれるか、感覚をつかむ勉強にもなりました」

ベースとなるフランス料理の軸がぶれなければ、おいしいものは生みだせる。

約束したドバイ行きの矢先、コロナ禍に。今後の進路に迷っていたところ、「工房を貸してもらえるから、何か試しにやってみないか」と母親に誘われたのが独立開業だった。
「当時、母が携わっていたシフォンケーキを自動販売機で販売する事業にインスパイアされ、スープを自動販売機で販売する考えに辿り着いたんです」
フランス料理をベースに、新たな組み合わせを見つけて、独自のスープを生みだしていく。自分の力が活かせる分野だと考えた。
「曲げちゃいけないベースの部分さえ間違えなければ、あとは組み合わせで新しいおいしさを生みだしていける。そう感じたことが、スープの発想につながっています。ガニェールでも、海老とザクロ、フォアグラと苺など珍しい取り合わせが多かったんですが、なぜこれがおいしさにつながるのかのロジックや、調理法の土台は、専門学校で学んだものと変わらない。基礎をもとに派生させていけば、発想力でアレンジしていけると考えました」
自動販売機は父親が営む理容所の前に設置し、その後、不定期でオープンする販売店も併設。展開するにあたり、クラウドファンディグも試みた。
「資金集めはもちろん、いま、何が求められているのかを知るためや、この取り組みを広く知ってもうためにも行いました。お客様からのリクエストに応える形で惣菜などの種類も増やし、パッケージなどのデザインも女子会でギフトとして渡せるようなイメージでつくりました」
食材ロスも極力削減しようと、野菜の茎や葉などまで活かすレシピ開発にも尽力。スープであることのメリットを活かし、市場に出回らない規格外品を引き取るなど、生産者とのつながりも深めている。
生産者と現場にて
「せっかくなら地元の野菜を使ったスープに仕立てたいと、特産の川越いもなども活用しています。コンセプトは、『フランスの街なかにあるような、美と健康を意識したスープとお惣菜のお店』。フランス料理というと、生クリームやバターが多くこってりしていそう…というイメージをもたれがちなので、美容にいい素材を組み合わせ、より軽く最大限においしいものを提供していこうと、ハーブやスパイスも多用した女性好みの味わいを狙っています」
ホテル ウエリーズ

家庭的なイギリスの郷土料理も、フランス料理の技法でよりおいしくできる。

自動販売機のインパクトやクチコミなどで、徐々にリピーターが増えてきたものの、まだまだこれから。どうすれば広げていけるのかと、次に考えた展開が、飲食の現場で経営のノウハウを学ぶことだった。
「シェフを募集されているところを探し、たまたまFacebookで見つけたのが軽井沢の『ホテルウエリーズ』でした。『スープの事業を続けつつ、シェフとしてご協力できることがあれば』と投げかけ、現地にお伺いしたんです」
ホテル ウエリーズ
イギリス人オーナーのクリスさんは元銀行員。彼がつくる家庭的なイギリスの郷土料理も好評ではあったが、宿泊客だけでなくレストランとしても集客できるよう、ブラッシュアップしたいというのが要望だった。
ホテル ウエリーズ リビング ダイニング
「初めての訪問で料理をつくった際、『レイさんの料理は素晴らしいし、スープを広めるお手伝いもさせてください』と言ってもらえたんです。ホテルをサポートされている経営コンサルタントの静香さんともお話し、事業拡大の相談にも乗ってもらいました。ここならギブアンドテイクできる関係になれるなと、契約を結ぶことにしたんです」
ホテル ウエリーズのオーナー クリスさん(左側)
その話を受けて、クリスさんも会話に加わってくれた。
「シェフを探すにあたり、求めていたことは二つ。人間性と料理です。レイさんは、その両方が良かった。ここで初めて会ったときに、彼がつくってくれた料理はとてもおいしく、これならイギリス風のアレンジもできると感じました」(クリスさん)
「世間的にはイギリス料理はおいしくないというイメージが強い。それを払拭し、質の高い料理を提供したいとご要望いただきました。イギリス料理のビーフ・ウェリントンはフランス料理のブフ・アン・クルートに近かったり、シェパードパイはアッシ・パルマンティエに近かったりと、実は共通するところも多い。フランス料理の技法で間違いなくおいしくできると確信したんです」(塚越さん)
「イギリスのスタンダードな料理でも、レイさんが手を加えると、一般的じゃない特別なものになる。レイさんの協力を得て、いまの料理をグレードアップさせて新しいものにするのはもちろん、これまでやっていなかったランチやアフタヌーンティーも展開していきたいです。一緒に働く仲間には、みんな幸せになってほしい。だから彼がやりたいスープをここで提供したり販売したりすることにも、喜んで協力したいと言いました」(クリスさん)
ホテル ウエリーズ 内観

料理はどれだけ勉強しても尽きることがない。仕事をしても常に楽しく感じる。

2022年春先からの提供に向けて、メニュー開発や食材調達などの準備を進めている塚越さん。めざすは軽井沢で一番の「ブリティッシュ・キュイジーヌ(料理)・レストラン」だという。
ホテル ウエリーズ 客室
「クリスさんは、とても親切で素晴らしい方。スープのための器具もすべて用意してくれて…。こういう方がオーナーなのは、すごくありがたいです。とにかく人柄が良くてファンが多く、お客様とも友だちになっちゃうような、あたたかい雰囲気。クチコミの評価がものすごく高いのも納得です。僕自身もお客様と仲良くなり、その方が後日、ふじみ野のお店まで遊びに来てくださいました。とても良いご縁がつながる場所なので、ここでやるべき意義があるなと感じています」
『ビーフウェリントン』
生産者の方とのつながりを大切にし、地元の食材を活用すること。極力廃棄を出さないことでも、クリスさんと考えが合致している。
「変わった野菜も多いので、ここじゃないと食べられない料理を開発していきたいですね。自分はまだまだ若手なので、ストップしたらそこで終わり。絶えず考え、絶えず学び続ける毎日です。料理はどれだけ勉強しても尽きることがない。仕事をしていて常に楽しいなと感じています」
『天美也農園人参のスープ』
ゆくゆくは、本格的なスープやコース料理のセットを販売していきたい。取り寄せれば、その一日が幸せになるような、特別感のある料理をつくっていきたいと、塚越さんは語る。
「レストランのオーナーシェフになることばかりがゴールじゃない。常に自分のビジョンをもちながら、足し引きしていくことが大事です。コロナ禍など、世の中の変化によって不安が訪れることもありますが、こうありたいという気持ちがあれば、なんとか乗り越えていけると思います。料理人になりたいと願いつつ、やめてしまうのはもったいない。自分の力が生きる、働きやすい環境をつくるためにも、誠実な仕事と、出会った一人ひとりへの感謝の気持ちを忘れないことが大切だと思います」

塚越 黎(れい)さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

辻󠄀調グループフランス校 フランス料理研究課程 launch

辻󠄀調グループ フランス校

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