INTERVIEW
No.156

まちに根づき、生産者を大切にし、長く働き続けられる環境を守るために。お客様の幸せが自分たちの幸せにもつながるチームづくりを。

株式会社タバッキ 代表取締役 / オーナーシェフ

堤 亮輔さん

profile.
東京都出身。東京都立忠生高等学校を卒業後、大学へ進学。飲食店でのアルバイトを機に料理の道へ進むことを決め、中退してイタリア・トスカーナ州へ。現地のレストランで研修し、帰国後は現在のエコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジを2002年に卒業後、東京のフランス料理店『タンドロン』に就職。渋谷松濤『アロッサ』、割烹料理店『旬味 森やま』などで経験を重ね、イタリア料理店『トゥ セイ グラン』ではシェフ兼店長を務める。その後独立し、2013年2月、『リ・カーリカ』をオープン。1年後に株式会社タバッキを起業し、'15年に『カンティーナ カーリカ・リ』、'17年に『あつあつ リ・カーリカ』、'20年にはショップ、ラボ、オフィスを兼ねた『リ・カーリカ ランド』を開店。'21年12月には工場機能をもつ『リ・カーリカ ラボ』を新設。そして'22年4月には恵比寿に新店舗『ta.bacco』をオープンするなど、多角的な事業を展開している。
access_time 2022.10.01

クリエイティブで人に喜んでもらえる。料理の面白さに目覚め、イタリアへ。

生まれ育ったのは、東京都町田市。小学生の頃から高校時代まで、ずっとサッカーに打ち込んできた。卒業後は大学に進学するが、将来の目標があったわけではない。転機となったのが、飲食店でのアルバイトだった。
「居酒屋とイタリアンをかけもちしていたんですが、まかないを担当させてもらい、調理に興味を覚えたんですよね。みんなが楽しみにしてくれ、食べればおいしいと言ってもらえる。もともとモノをつくったり、人を喜ばせたりすることが好きだったので、料理ならその二つがかなうなと。一方で、大学生活に具体的な意味を感じられなくなっていたこともあり2年次に中退し、バイトで稼いだお金でイタリアへ行くことに。バイト先のイタリアンはまちの食堂的なお店だったんですけど、そこでトマトソースのパスタが大好きになり、極めたいなと思ったんです」
イタリア修業時代
熱意を認めてくれた母親の知人を通じて1999年、トスカーナ州の語学学校へ留学。そこでの紹介を受け、3カ月後からはレストランで研修に励んだ。
イタリア修業時代
「山あいにポツンとある、地域の人から愛されているお店でした。少しモダンに仕上げたトスカーナ料理だったんですけど、ものすごくおいしかった。人にも恵まれ、居心地も良かったです。前菜やドルチェ、パスタの仕込みなどを経験させてもらったんですが、一つひとつできるようになっていくのがうれしくて。生地づくりは飲み込みが早いと褒められ、どんどんのめり込んでいきました」
イタリア修業時代

フランス料理の基礎も学び、イタリア料理に応用。接客の楽しさにも目覚めた。

帰国後は、このまま現場に出る選択肢もあった。しかし生涯の道として進むからには、基礎からしっかり勉強したいと考えた。
エコール 辻󠄀 東京時代の作品
「OBだったいとこが、『料理やるなら辻󠄀調に入ったほうがいい』と勧めてくれて。せっかくなら西洋料理に特化して学べる、現在のエコール 辻󠄀 東京へ。実習が多く、実践を通じて学べるスタイルが自分には向いていて楽しかったです。ソースもフォンドヴォー(出汁)も、ちゃんとつくればおいしく仕上がるのが面白い。フランス料理の技術はイタリア料理にも応用できると学び、卒業後はフランス料理店で働き始めました」
志望したのは、『オテル・ドゥ・ミクニ』の初代総支配人がオーナー、辻󠄀調グループの元教員がシェフを務める、東京・自由が丘のフランス料理店『タンドロン』。まずはサービスから入り、1年後から厨房で経験を重ねた。
「料理人はシェフと自分だけ。スタートが遅かった分、間近で効率的に学べるところが良かったんです。一流のサービスやワインの勉強ができたのもありがたく。厳しかったですが、3年間は辞めずにやろうと踏ん張りました」
その後は渋谷のオーストラリア料理店、渋谷松濤『アロッサ』へ。現在も師匠と慕う、佐藤幸二シェフとの出会いが大きかったと振り返る。
「オーストラリアワインを主体としたお店だったんですが、ここでお客様とふれあえるカウンター商売の面白さに目覚めて。狭いキッチンでスピーディに料理を提供するノウハウも身につきました。シェフは現在もポルトガル料理店『クリスチアノ』をはじめ多彩なジャンルの店舗を展開し、高い評価を得ている天才肌。ほかにはない料理づくりを大事にされていて、差別化が図れるアイデアの考え方なども今に生きています」

日本料理も自身の糧に。ゼロからシェフを任され、マネジメントも経験できた。

その後、『アロッサ』で切磋琢磨した仲間に声をかけられ働き始めたのが、西麻布の『旬味 森やま』。日本料理を手がけることになる。
「父親の跡を継ぐので手伝ってほしいと誘われたんですが、くずし割烹的な雰囲気のあるお店で。ここでもカウンター仕事が勉強になりましたし、和食のだしのひき方や食材の旨味のひきだし方は、後の料理にも活用できています。和食だけど僕らがいたから、最後にペペロンチーノを出してみたり、自由にやらせてもらえ、いい経験ができました」
やがて30歳になる頃、佐藤シェフの友人、小林鉄太郎シェフに誘われ、駒沢大学駅エリアにオープンする『トゥ セイ グランデ』のシェフに就任。ゼロの状態から店づくりに携わった。
「『アロッサ』での僕の料理を気に入ってくださったようで、ご自身が独立されるにあたり、なぜか2店舗同時オープンしたくなったと口説かれ(笑)、1店舗を任されることになったんです。駅からは遠かったんですが、駒沢公園の入口にあるきれいなロケーション。当初はマネージャーもいましたが、最終的にはマネジメントまですべて任せてもらえました。イベントなども好きにやらせてもらえ、感謝しかありません」
『リ・カーリカ』

独立後、早い段階で3店舗を展開。全員を正社員で雇用し、長く働ける環境に。

もともと35歳までには独立したいと考え、小林シェフにもそう伝えていた。その言葉どおり、4年ほどで次のシェフにバトンタッチし、2013年2月、『リ・カーリカ』をオープン。カウンターキッチンの図面を自ら描いて設計し、自身を含め3人の料理人でスタートさせた。コンセプトは、まちに根づくこと。
『リ・カーリカ』
「それまで都心で働いてきたなか、駒沢大学のベッドタウン感が心地良かったんですよ。常連さんがつく場所がいいなとリサーチしてはまったのが、乗降客数も多い学芸大学という立地。普段、いいところで遊んでいる大人が、サンダル履きで来るような場所をイメージしました。もともと人を喜ばせるのが好きなサービスマンの気質をもっていたので、料理もサービスも全員でやるほうが効率的だろうと考えて。火口をカウンター側に向け、料理をしながら全員が笑顔でおもてなしできる店づくりを心がけました」
『リ・カーリカ』
これまで知人の開店や周年には必ず花を贈るなど、人とのつながりを大切にしてきた。そのおかげもあり、開業時に届いた大量の祝い花が広告効果を発揮。スタート時点から大盛況が続いた。
【モッツァレラと極みエノキ】熊本県で作られた国産のモッツァレラチーズ、そこに高知県の海洋深層水を栽培に使った「極みえのき」の素揚げとソテー、糠床のパウダーをあわせ、自家製で発酵させた豚の熟鮓のペーストをアクセントに添えて。(『リ・カーリカ』のコース料理)
「12坪20席の店舗なのに、一時期8人まで増えましたからね。その全員が料理人で、長きにわたり主力メンバーとして活躍してくれています。実は最初から必ず3店舗は開こうと決めていたんですよ。当時の飲食店の多くは、休みが少なく労働時間が長く賃金も安く、長続きしづらかった。それを変えたかったので、自分の店というより会社をつくるという感覚のほうが強くありました。雇った人を守って、長く働きやすい環境をつくる。3店舗で利益を上げればスタッフに還元できるだろうと、漠然と想い描いていました」
【すだち鮎のラサ】北イタリア エミリア・ロマーニャの郷土料理。生地をチーズ削りで削りながら作るパスタ。(『リ・カーリカ』のコース料理)
開業1年後には、株式会社タバッキとして法人化。スタッフは全員、正社員として雇用し、2015年10月に『カンティーナ カーリカ・リ』、2017年4月に『あつあつ リ・カーリカ』をオープンさせた。
【南瓜と林檎のセアダス】イタリア サルデーニャ島の郷土菓子。セアダスをワインが進むような味わいに。(『リ・カーリカ』のコース料理)
「1号店で予約がとれない状態が続き、ファミリーが来づらい規模でもあったので、受け皿がほしいと思っていたところ、都立大学駅の高架下をリニューアルするからとお声がかかり、大箱の『カーリカ・リ』を開きました。一方、『あつあつ リ・カーリカ』は、学芸大学駅前の商店街の角地に構えた、わずか7坪の立ち飲みっぽい店。このあたりは飲み歩く人が多いので、予約なしでも気軽に寄れて、料理もちゃんと食べてもらえるようにしたかったんです」
『カーリカ・リ』

一つの会社でも成長を続けられるよう、経験の機会を提供。生産者にも学ぶ。

まちに根づき、人を育て、生産者を大切にし、身体にいいものを提供する。堤さんが志す、すべての軸は“人”だった。
「人を育てることありきで考えていたので、各店のメニューもそれぞれのシェフに考案してもらっています。3店舗とも、最初は僕がシェフと店長を務め、話し合いながらスライドさせていく形で委ねました。飲食業っていろんなお店を渡り歩いて経験値を高めていくのが一般的でしたが、同じ会社に在籍しながらも、それぞれのシェフから学べるようにもしたかったんです」
『あつあつ リ・カーリカ』
教育の一環として、スタッフにはさまざまなイベントの機会を提供。他店と共同で催す300人規模のBBQ企画や、各地方のデパートでの催事など、 経験を通じた成長を促してきた。
「イレギュラーな作業は、想定外のことが起こるのは当たり前。自分で考える能力がないと乗り切れませんし、その経験がチーム力アップにもつながります。各地の生産者を訪ね、インプットしたものをレポートにまとめ、ほかのスタッフにアウトプットする研修も続けていますが、連れて行ったスタッフは目を輝かせて生まれ変わる。僕自身の教科書も、生産者の声にありますからね」
イタリアのワイン生産者と
コロナ禍前は、イタリアのワインの生産者のもとへも毎年訪問していた。開業時から、ナチュラルワインに特化していたが、「どれも生産者の思いが詰まった個性的なワインで、会いに行きたくなる」と目を細める。
イタリアのワイン生産者と
「自然に敬意を払って毎日仕事をされている考え方が、すっと入ってきて、料理に対する姿勢にも大きな影響を与えてくれています。ナチュラルワインは、今でこそブームになっていますが、当時は扱っている飲食店も少なかったので、仲間意識が強かったんですよね。食材を大切にする考え方も共通していたので、生産者さんを紹介し合うことも多く、結果、食材ごとに全国各地の生産者さんから仕入れるようにもなりました」

ライフスタイルの変化に応じた働き方も追求。地域にも貢献できる会社に。

3店舗の経営は順調だったが、2020年からのコロナ禍により転機を迎える。スタッフは全員、正社員。それぞれの生活も守らなければならない。
「“思考と行動を止めない”をテーマに、常に何かやり続けようと、テイクアウトやデリバリーに取りかかりました。すぐに行動できたのは、みんなが主体的に考えられるよう育ってくれていたから。売上げは上々でピンチは切り抜けられたんですが、いつ覆るかもわからない。社員も増えてきましたし、リスクヘッジが必要です。それに、ここまで育ててきてくれた、まちに恩返しもしていきたい。地域に貢献できる会社にしていきたいとも考えるようになりました」
店舗営業が緩和されてからも、ワインは提供できない日々が続いた。生産者も窮地を迎えている。だったらワインをはじめ、全国の生産者のプロダクトを販売するショップを開こうと、2020年11月、学芸大学エリアに『リ・カーリカ ランド』をオープン。まちにも開けた場にしようと、ワークショップもできる空間をデザインした。
『リ・カーリカ ランド』
「ショップ、飲食店、オフィス、ラボという、4つの機能をもたせようと考えたんです。独立開業から8年近く経つと、働いているスタッフもライフスタイルも変わってくる。社内でも2組のカップルが誕生したんですが、出産や育児で働き方も多様化させる必要がある。経理に限らないオフィス業務を増やすためにも、新しいことに取り組もうと考えました」
『リ・カーリカ ランド』では、自社ブランドの商品開発にも着手。その主力としたのが、トスカーナのピチという太めのパスタに濃厚なトマトソースを合わせた「ピチアリオーネ」をはじめとする、冷凍ピチだった。
「オープン当初からの看板メニューなんですよ。ソースと麺を一緒にし、電子レンジで温めればすぐに食べられるようにするのが難しく、試行錯誤し、納得できる商品にするまでには苦労を重ねました」
その後、2021年12月には工場機能をもつ『リ・カーリカ ラボ』を新設。製造機器に合わせてレシピをつくり直し、スープやカレー、調味料なども開発。オンラインショップでの販売にも力を入れていく。
ピチアリオーネ
「無農薬野菜とかって、生産量をコントロールしづらいんですよ。買ってもらえなえなければ廃棄になるし、形が悪ければスーパーに並べられません。食材の高騰、フードロス、持続可能な生産など、さまざまな課題があるなかで、僕らに何ができるだろうと考えたとき、おいしさを担保した冷凍食品をつくることだと、さらに開発を進めていくことにしたんです」
『リ・カーリカ ランド』
さらに2022年4月には、恵比寿に『タバッコ』をオープン。『リ・カーリカ ラボ』でつくる料理を仕上げるだけで提供できる、新しいスタイルをめざすことにした。
「好きな生産者のそばにお店を開き、そこで採れた野菜にかけるだけで立派な料理になるようなソースが開発できれば、地方に役立つことにもつながるはず。そんな話題でスタッフたちと盛り上がり、プロトタイプとして『タバッコ』事業を始めました。スタッフがやりたいと思えることを実現していきたいんですよね」
『タバッコ』

めざすは全員が能動的に動けるチームづくり。幸せが連鎖する飲食業は楽しい。

現在の社員は約30人。持続可能な雇用に向けて、社内に事業企画部、料理開発研究部、広報部、ワインサービス部、管理部、物販戦略部、人材開発部という7つの部署を設置。社員それぞれが自発的に行動できる体制を整えた。
『リ・カーリカ ラボ』
「チームを大事にするのは、サッカーをやっていたからだと思います。誰かが攻めたときに、誰かがフォローする感覚がすごく好きで。みんなでつないだパスが決まったときに、ものすごいエクスタシーを感じましたし、ああいうのをこれからもずっとやっていきたいなって。青臭いんですけど、それが今の会社になっています」
『リ・カーリカ ランド』のオフィススペース
「これからの料理人は、会話の仕方やサービスの仕方、ビジネススキルも身につけるべき」だと堤さん。より働き方も自由になってきた現在、これまで強かった「職人を育てる」という意識だけでは成り立たないと指摘する。
「職務を多角化させるには、適性を見極めることも大切です。たとえば料理を開発するのが苦手な人でも、同じことを真面目にやり続けることに長けていたりもするし、調理が遅い人でも、ワインの管理を任せたら誰よりも秀でたりもする。うちでは人の資質を知る診断ツールで各自のパーソナルデータをつくり、どういう仕事が向いていて、どういうところを伸ばせばいいかを考える。全員が能動的に動けるチームづくりをめざしています」
誰もが独立をめざす時代ではなくなった今、飲食業界においても持続可能な雇用は大きなテーマだ。独立を目標にする場合でも、開業はできても継続は難しい。独立するスタッフにも、会社として何かしらフォローを続けられる体制を模索している。
「飲食は、単に料理を提供するんじゃなく、食に対する価値や幸せを提供する仕事。空間や笑顔をつくるための努力が必要です。AIに取って代わられる仕事が増えてきていますが、人とのつながりは決してなくなりません。やりがいがあり、お客様を幸せにして、自分自身も幸せになれる。大好きないい仕事です。つながりの連鎖を意識すれば絶対に楽しいと思うので、興味がわいた人には飛び込んできてほしいと思います」

堤 亮輔さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京 辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀フランス・イタリア料理マスターカレッジ

フランス料理とイタリア料理の現場で、
必要となる技術や力を集中して学びとる。

フランス料理とイタリア料理。
世界を代表する2つの料理の基礎と最新を
学びながら、考え、つくる力を身につける。
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