INTERVIEW
No.166

夫婦でめざしたのは、地域に根差し、まちと一緒に成長できるパティスリー ブーランジェリー。そのためにも新しいものを生み続けたい。

パティスリー ブーランジェリー アルタナティブ オーナーシェフパティシエ

古屋健太郎さん

profile.
東京都出身。東京都立芦花高等学校からエコール 辻󠄀󠄀 東京 辻󠄀󠄀製菓マスターカレッジに進学。辻󠄀󠄀調グループ フランス校 を2008年に卒業後、東京・保谷のパティスリー『アルカション』に就職し、やがてスーシェフに。約9年間の修業を積み、東京・自由が丘のパティスリー『パリセヴェイユ』へ。フランスのパティスリー『オ・シャン・デュ・コック』でも研鑽を重ね、2022年1月、東京・小金井市に『パティスリー ブーランジェリー アルタナティブ』をオープン。
access_time 2023.06.20

作為を感じる無駄を排除し、「そうであること」が必然なものをつくりたい。

東京都心部から離れた住宅街、多摩エリアの東小金井に位置するパティスリー ブーランジュリー『アルタナティブ』。シンプルな店内に生菓子、焼き菓子、パンがそれぞれ20種類ほど並ぶ。オーナーシェフパティシエは、古屋健太郎さん。パンの製造を担当するのは、その道で修業を重ねた妻の朋実さんだ。住居を兼ねた3階建ての一軒家を新築し、結婚翌年の2022年1月にオープンさせた。
「妻とは最初の修業先で出会い、一緒にお店をやろうという話は随分前からしていました。お互い“やりすぎ”が好きじゃなく、“ちょうどいい”をめざしたいという、感覚や考え方が近かったんですよね。難しくはあるんですが、『そうであること』が必然なものをつくりたい。無駄なものがあると作為を感じてしまうので、それらを排除することをコンセプトにしました」
「かっこつけず、かわい子ぶらず…男性的なものと女性的なものの中間、中性的なものが個性になるんじゃないかと。そのおかげか、男性一人のお客様も結構いらっしゃいます。心がけているのは、主役やテーマがわかりやすい商品づくり。見たものから想像する味って記憶だと思うので、その記憶を超えるおいしさに出合わせられたらうれしいですね」

自分でお店を開き、自分のチームでお菓子づくりをすることが将来の目標に。

1988年、東京生まれの古屋さん。小さい頃から絵を描いたりモノをつくったりすることが好きで、将来は漠然と、建築デザインの仕事に就ければと考えていた。
「高校時代の焼き肉店でのアルバイトをきっかけに、自分でも料理をするようになり、飲食業に興味をもち始めました。だけど仕事にして嫌いになってしまうのもイヤだなと…。そこで目に入ったのがお菓子だったんです。実は昔、甘いものが苦手だったんですよね(苦笑)。だから最初は造形からです。もともとは大きな建築物に憧れていたものの、あの小さなお菓子のなかで、人を惹きつける表現ができれば面白いんじゃないかと思ったんです」
高校卒業後はエコール辻󠄀󠄀 東京 辻󠄀󠄀製菓マスターカレッジに進学。1年間、日本で学んでからフランス校へ留学できる課程が決め手になった。
「基礎を固めてから現地で学べるのは、とても魅力でした。以前はケーキ一つ食べるのにものすごく時間がかかっていたんですが、進学してからはパクパク食べられるものが増えていって…。『好き』から入らなかった分、自分のなかの『おいしい』は早めに決まっていきましたね。たとえばチョコレートの口どけと一緒に甘さも消えると、その潔さがおいしく感じたりする。そういう『なぜこうなのか』といった深いところを考えるのが好きだったので、勉強はとても楽しかったです」
日本でもフランス校でも強く感じたのは、チームプレーの楽しさだった。
「みんなで意見を出し合い、班で一個のメニューをつくるプロセスが、とても勉強になりました。お菓子屋さんってチームワークが大事。お店となると、一人で全部つくるのには限界がある。その予行演習になるような連携が楽しかったです。チームワークがお菓子づくりの醍醐味でもあると、今も思っています」
レストラン形式での実習を約半年間重ねたあとは、現場研修へ。選ばれたのは、お菓子の聖地とも呼ばれるストラスブールのパティスリーだった。
「自分からその文化に触れに行かないとわからないことばかり。フランスでは食事の最後に必ず甘いものが出るんですが、その文化が染みついて、『食べたいな』と感じている自分に気づいたときにはビックリしました(笑)」
「研修先では、そのコミュニティに入る気持ちで積極的に働きかけ、いろいろやらせてもらえて楽しかったです。自分でお店を開き、自分のチームでお菓子づくりをやりたいという目標は、その頃から。お菓子の構想も含め、未来のビジョンをノートに書きためていたんですが、見返しても割とそのまま形にできています」

フランスの修業先では、地域に根差し愛されてることを肌身で感じられた。

帰国後は、東京・保谷のパティスリー『アルカション』に就職。約4年後にはスーシェフとなり、合計9年以上も勤めた。
「ところ狭しと並ぶ商品がどれも美しく、何よりおいしかったので志望しました。クラシックなフランス菓子が多く、お菓子づくりの基本も、人の上に立つことも教わり、すべてが今のベースになっています。森本(慎)シェフからは、『独立するなら早めの方がいい』とも言われていて。20~30代と40~50代では体力はもちろん、思考も違ってくるでしょう。経験を重ねると、良くも悪くも若い頃の野心や理想を追い求めるエネルギーも変わってくる。僕自身はその勢いを大切にしたかったので、若いうちに自分の店をもちたいなと思っていました」
その後は東京・自由が丘のパティスリー『パリ・セヴェイユ』へ。金子美明シェフの計らいにより、3ヵ月おきにフランスのパティスリー・ブーランジュリー『オ・シャン・デュ・コック』へ行き来し、研鑽を重ねた。
「今までとはチームの質も仕事の運びも違い、めちゃめちゃきつかったです。視点や考え方が、これまで触れていないものだったので難しく…。自分の至らなさを痛感できたので、新しく物事を考えるきっかけにもなりました。『オ・シャン・デュ・コック』では、まちをコックコートで歩いてるだけで、『おいしかったよ』『いつもありがとう』なんて声をかけられることが多かったんです。地域に根差し愛されてることを肌身で感じられ、本当に魅力的でした。フランスでは、パンとお菓子を一緒に買うのが日常的。それが日本でできればと…と心から感じ、独立しようと思いました」

オープン前から話題となり、1年以上経った今も人気は継続。

退職後は『アルカション』時代の先輩の新規オープンを手伝うことに。山梨県の富士河口湖と東京を往復しながら約1年間、自身の独立開業の準備も進めていった。
「オープン前から携わり、自分のお店を開くうえで大事なノウハウや商品の試作方法などを学ばせてもらえました。開業場所は、まず自分たちが住みたいところから探し始めたんですが、お子さんを連れた同世代の人を多く見かけたのが東小金井駅の周辺。栄えている駅と駅の間にある住宅街、だけど大学が3校もあって、一緒に成長していける場所だと感じて惹かれたんです。ここで、フランスのパティスリーのように、特別ではなく日常になじむようなお店をめざそうと決めました」
オープンの1年ほど前からインスタグラムを始め、試作のケーキなどを紹介。すると早くも専門誌『カフェ-スイーツ』の表紙を飾るなどメディアに取り上げられ、約1,000人ものフォロワーがいる状態でオープン日を迎えた。
「オープンラッシュと呼ばれる状態は3ヵ月ぐらいだと聞いていたんですが、ありがたいことに常連さんも増え、毎日売り切れのまま今に至っています。買いたいのに買えない方がいらっしゃるのは申し訳なく、応えられないストレスも大きいのですが、それがレア感につながるなど違う効果を生んでいたのかもしれません。パンとお菓子、それぞれにしか興味のない人もいるだろうから、たとえば食パンを買いに来た人がフィナンシェの1個でも買ってくれたらいいなぐらいの気持ちだったんですけど、想像以上にバランスよく購入していただけています」

本気で考え、本気でプレゼンしたものが、本気な人に伝わるのはとても楽しい。

現在のスタッフは10人ほど。「スタッフの雰囲気がいい」と言われることも多く、それがとてもうれしいと、古屋さんは目を細める。
「僕自身もチームの一員。輪を乱す人間がいるとチームプレーが成り立たないのは、僕も同じこと。感情も伝播すると思うので、仕事を楽しむ気持ちが連鎖するチームでありたいです。商品を考えるときは、みんなの意見をすごく聞きます。自分から問いかけもするし、まずは聞く耳ももつ。お店でやる以上、システムも絶対に大事でしょう。ものすごく凝った飾り付けをして、それがいくら映えたとしても、つくり続けられなければ意味がない。面倒くさがっては、いいチームはできません。教え合い、カバーし合って、みんなでつくりあげたものが、お店の商品になりますからね」
店名の『アルタナティブ』は、音楽ジャンル「オルタナティブ(Alternative)」のフランス語読みに由来。Alternativeは「もうひとつの選択、代わりとなる手段」といった意味で、商業主義的なロックに対する新しいロックとして支持を集めている。
「そういったものがフランス菓子でできたら、それが個性になるんじゃないかと思ったんですよね。埋もれないためには挑戦し続けなければいけないと思いますし、そのうえでも伝統は大事です。僕自身、自分が学び、教わって得たことしか、今できていません。そのなかで自分を表現するのは、めちゃくちゃ面白いです」
「伝わってきたものを自分なりの形にすること自体が伝統なんじゃないでしょうか。これまで引っ張ってきた人が伝えたものが違う形になり、新しいものができ、それをまた伝えていく。やり方や考え方が伝統として伝わるのも、飲食業の特徴的な面白さだと思います」
「今は毎日が刺激的で面白い」と古屋さん。「これからも新しいことを表現し、提案していきたい」と力を込める。
「もちろん、おいしいことは大前提。そのうえで、見た目やアプローチの仕方、SNSでの発信など、あらゆる面で気になる存在でいられたらなと。考えるのをやめないことが目標です。お菓子はただつくるだけじゃなくて、食べる人の感情だとか、いろんなものが作用して出来上がるもの。すべてに本気なので、新作を考えるのは遅いほうだと思います。でもその分、待ってくれていた人がすごくいい反応を返してくれる。本気で考え、本気でプレゼンしたものが、本気な人に伝わるのは、とても楽しいですよ」

古屋健太郎さんの卒業校

エコール 辻󠄀 東京  辻󠄀製菓マスターカレッジ launch

エコール 辻󠄀 東京
辻󠄀製菓マスターカレッジ

お菓子をつくり、味わい、集中して製菓の基本と応用を学びとる。

多くのお菓子と出会うことで、
基礎と応用を徹底的にマスター。
お菓子をつくる仕事に就く自信や誇りにつながる1年間。
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