No.176
「料理人になりたい」というより「料理について学びたい」という好奇心から3年制学科へ。全力で追究することで、世界は広がっていく。
HAJIME 料理人
岡田 知太郎さん
profile.
北海道出身。北海道札幌北陵高等学校から3年制の辻󠄀󠄀調理師専門学校 高度調理技術マネジメント学科に進学。2019年に卒業後、大阪のイノベーティブレストラン『HAJIME』に就職。2024年度現在は、前菜部門のシェフになって3年目にあたる。
access_time 2024.12.02
じっくり学んで成長し、将来の道を模索できるだろうと、3年制の学科を選択。
2008年5月のオープンからわずか1年5カ月という、ミシュランガイド史上最短で三つ星を獲得した大阪市内のレストラン『HAJIME』。キッチンスタッフの岡田知太郎さんは、調理師学校の3年制学科で学んだのち、今なおイノベーティブ(独自のスタイルに進化させた革新的な料理群)のカテゴリーで三つ星に輝くこの店へと就職した。
北海道札幌市に生まれた岡田さん。幼い頃から食べることも料理を手伝うことも好きで、母親が仕事を再開した小学5年生の頃からは自分でもつくるようになった。高校生になると、料理について論理的に書かれたレシピ本に出会い、「もっと深く知りたい」という興味が強まっていく。
「あるテレビ番組で、アフリカのまだ貧しい地域の人たちに料理を振る舞っている料理人の姿を見て、その可能性の大きさにも惹かれました。同級生たちは当たり前のように大学をめざしていましたが、そのまま自分が進学してもやりたいことが見つかるのかわからなくて。だったらまずは好きなことを学んで、進路は後から決めたらいいかなという軽い気持ちで、料理の学校を探し始めました」
周りに流され、人と同じようなことをするのにも抵抗があった。それなら今の自分の思いを重視したい。体験入学に訪れ、「ここなら成長できるチャンスがたくさんあるのでは」と感じたのが、大阪の辻󠄀󠄀調理師専門学校だったという。
「ちょうど3年制の高度調理技術マネジメント学科が新設されるタイミングだったんですよね。就職までの想像もできなかったので、料理人になりたいというよりは、じっくり学べるカリキュラムに魅力を感じました。大阪出身で大学教員をしている父親にも、実績があり有名な辻󠄀󠄀調でしっかり学べるのならいいんじゃないかと後押しされ、進学を決めたんです」
興味の赴くまま、「とにかくなんでもやってみる」という学び方ができた。
いざ学び始めると、興味を惹かれたのはやはり調理理論の授業だった。たとえば肉を焼く際、肉と油の間にどんな反応が起きているのか。おいしさを裏付ける科学的根拠を知ることが面白く、どんどんのめり込んでいった。
「教室の本棚にあった調理科学の本を放課後にも読むなど、料理の背景にどういう理論があるのかを調べていくのが楽しかったです。実技と理論を結びつけようと、先生にもよく質問していたのですが、授業外でもとことん付き合ってもらえて。仲良くなった友人たちとそれぞれ自分が調べたことを教え合うのも面白かったです」
一つの料理ジャンルを専攻して掘り下げる2年次には、日本料理を選択。仲の良かった友人2人が西洋料理と中国料理に進むと聞き、「自分が日本料理に行けば情報交換が面白くなるかなと思った」という、一風変わった理由が大きかった。
「料理の歴史や変遷を学ぶのも好きでした。『経験してみないとわからない』という方針の先生に恵まれ、理論の授業でも学生に実践させてくれたり、放課後の活動としてカラスミをつくったりとか、お節のシーズンには黒豆を煮てみたりと、授業外でも『とにかくなんでもやってみる』という学び方ができました。より深く、さまざまな知識が身についていくことはとても面白かったです」
一方で、「日本料理の道に進もう」という思いに至ることはなかった。そんななか、最も印象的だったのは、約1カ月ずつ3カ所の現場で仕事を経験する「キャリア形成実習」と向き合ったことだった。
「事前に取り組んだ自己分析がとてもいい経験でした。自分の価値観や人間性、長所や短所、自分が提供できる能力やあるべき姿など、とことん掘り下げて考えたんです。自分のことをあんなに突き詰めたことは過去にありませんでした。だけど行ったこともない現場で働く自分を想像するのはとても難しく、『はたして自分がそこにいる意味は何なのか』という部分に頭を悩ませました。その結果、とても抽象的なんですが、自分は“本質”に重きを置く人間なんだと気づけました」
岡田さんは2024年、前菜部門のシェフになって3年目を迎えた
身についたのは、最後まで突き詰めて考える習慣。それが仕事にも生きている。
キャリア形成実習では、福島県にあるリゾートホテル、京都にある老舗の懐石料理店、石川県の金沢温泉にある旅館で実務を経験。純日本料理の仕事に携わることで、逆に他の道への興味も高まった。
「それぞれにまったく違う環境で、現場に即した職務を担う経験はとても貴重でした。ありがたいことに、3軒とも『うちで働かないか』と言ってくださったんですが、そこで働いているイメージがつかなかったんですよね。ただ、この3カ月間のおかげで、自分のやりたいことがわかっていれば、ある程度目の前の環境に順応できるのではないか、という勇気と自信ももてました。同時に『常に新しい変化があり、刺激を受け続けられ、成長できる環境で働きたい』という、ジャンルとは違う次元の自分の希望も見えてきました」
辻󠄀調理師専門学校時代 特別授業
自らテーマを決めて研究発表を行う3年次。転機となったのは、フードジャーナリストである佐々木ひろこさんによる特別講義だった。海外諸国がサステナブルな食を一般家庭にまで落とし込んでいるのに対し、日本ではフードロスが多く、料理人にすら浸透していない。日本の食が、その視点でいかに世界に劣っているかという話を聴き、なぜ日本がそうなったかの背景が知りたくなり、研究テーマを決めたという。
辻󠄀調理師専門学校時代 ヨーロッパ研修
「人を変えようとしても、何かしらの根拠がなければ変えられない。日本の背景や現状を知れば、野菜の切れ端一つとっても、『まだ使えるかもしれない』と意識できるようになるのではと考えたんです。知識や技術はもちろん、3年間の学びを通じての一番の成長は、物事を最後まで突き詰めて考える習慣が身についたこと。理論がわかれば実践にもつながっていく。学生時代に鍛えた自ら考える力は、日常生活でも仕事でも生きています」
「自分がすべてだと思ってはいけない」という一言で、気持ちに火がついた。
興味のあるテーマを追究する一方で、地域の清掃活動や農家での収穫サポート、こども食堂での調理といった学外活動が、視野を広げるきっかけにもなった。特別講義で感銘を受けた畜産業をメインとする九州の企業へは、就職も視野に見学に行かせてもらった。レストラン事業も手がけ海外展開もしている同社に、料理人に限らない可能性を感じたが、当時は働きたいと感じられるポストの募集がなく、進みたい道が見つからないでいた。
「どこかに働きたいと思える場所はないかと調べたんですが、自分の気持ちがよくわからなくて…。そんななか、キャリア形成実習を担当した桐原(清武)先生に誘われ、お店の存在ぐらいしか知らなかった『HAJIME』を訪ねたんです」
『HAJIME』の米田肇オーナーシェフは、大学の電子工学科を卒業し、エンジニアとして働いた後、辻󠄀󠄀調グループ校で西洋料理を学び、フランスなどで修業を重ねた異色の料理人だ。“本当に素晴らしいレストラン”をつくるというテーマを掲げて独立開業を果たしている。
HAJIME 米田肇オーナーシェフ
「肇さんに話を聴き、僕の考えていたことも伝えたところ、とても真摯に耳を傾けてもらえたうえで、『自分がすべてだと思ってはいけない』と優しく言われたんです。当時の僕は、学ぶことが楽しく、研究に没頭して燃え尽きた感もあったので、さらにめざすべき上の世界がイメージできずにいたんでしょう。当然ではありますが、『僕には想像もできないような広い世界をもっている人だ』と感じ、翌日には働きたいと連絡しました」
HAJIME キッチン(“ Chikyu “ Planet earthの盛り付け)
岡田さんを『HAJIME』へと連れて行った理由について、後に桐原先生は、岡田さんの望む進路が和洋中でくくれるものではないと感じたから、また、岡田さんの疑問に対し、徹底的に理由を答えられる人のもとで学ぶべきだと考えたからだと教えてくれた。
HAJIME キッチン(“ Chikyu “ Planet earthの盛り付け
「後日、『HAJIME』で実務を見学させてもらったんですが、『こんな世界があるのか』と驚いたと同時に『絶対についていけない』と感じました。絵を描くような盛り付けで、見たこともない料理が次々にできあがっていく。自分は動きが鈍く、頭でっかちだというコンプレックスがあったので、『だったら、なおさらここでやらなきゃ』と、完全に決意が固まりました。ここでできるようになったら、自分に自信をもてるんじゃないかなと思ったんです」
担当外のことまで全部やるつもりで臨めば、思考も体も速く動くようになる。
『HAJIME』のキッチンスタッフは、大きく前菜部門、野菜部門、肉魚部門、デセール部門に分かれ、まずは前菜部門のアシスタントからスタートする。いざ働き始めると、「最初は本当についていけなくて大変だった」と岡田さんは苦笑する。
「もう、スピードが全然違うんですよね。ディナー営業の17時頃までに間に合うよう仕込みをするのですが、効率が悪くて全然間に合わない。先輩たちもよく根気強く指導してくれたなと思うぐらい、足を引っ張っていました。一方、入社1年目から何でも言える環境でもありました。オイルのつくり方の手順やメニューに使う食材などを提案して採用してもらえることもあったので、働くうえでのモチベーションになりました」
2年目からは野菜部門のアシスタントとなった。1年目の後半で、仕込みは間に合わせる感覚が身についたものの、営業中に仕事をこなす力はまだ追いついておらず、再び打ちのめされという。
「非常に高いクオリティーが求められるので、新人だろうがベテランだろうが失敗は許されません。そんななか意識すればするほどピントが定まらず、何度も同じ失敗をしてしまい、そのたびに周りの先輩や肇さんに修正してもらっていました」
しかしサービススタッフが少なかったある日、自身のキャパシティが広がっていることに気づくタイミングがあったと振り返る。
「僕がアルバイトの動きを見て指示を出しながら自分の仕事もやらなきゃいけない状況になったんですけど、それができている自分に気づいたんです。当時マネージャーから、『自分の担当外のことまで全部やるつもりで臨めば、思考も体も速く動くようになる』って言われていたんですが、まさにこれかと。それと同時に、以前肇さんが『スタッフを守ろうとするなら、その家族や地域の人のことまで考えなければ守れない』、『日本を変えようとするなら、世界を見なければ変えられない』と語られていたことが、小さな実感としてわかりました」
今やれることに全力で取り組めば、見えない形ででも将来に生きてくる。
野菜部門のアシスタントを2年間務め、2024年度は前菜部門のシェフになって3年目にあたる。続いて野菜部門と肉魚部門のシェフを経験することが目下の目標だと岡田さん。
「『HAJIME』は人間関係の悩みがまったくないのがいいところ。自分の技術不足など料理面以外でのストレスがなく、日々の仕事自体が楽しいです。自分の作業はもちろん、アドバイスした後輩がうまくできるようになってもうれしいですし、店に来てくれた学生さんらと会話をするうちに入社を希望されることも喜びになっています」
「将来のビジョンはまだわからない」と岡田さん。「いざ一人になったとき、自分に何ができるかというところに価値を感じているので、もっと自分の性能を上げていきたい」と力を込める。
「自分の世界の中にいたら、その限界もわからない。自分の世界が広がり、成長していけば、また次の世界が見えてくるはずだと考えています。型に収められず好きなことを追究し、本気になれた3年間があったからこそ、今がある。何をやったかの経験ではなく、何かに本気で取り組んだ時間が、人を成長させ、見えない形ででも将来に生きてくるのだと思います。やりたいことのジャンルが変われば、また違うことを本気でやればいい。料理など好きなことはあるものの何になりたいのかわからない人たちも、今、全力でできることをやるのが一番大事だと思いますよ」
辻󠄀調理師専門学校
西洋・日本・中国料理を総合的に学ぶ
食の仕事にたずさわるさまざまな「食業人」を目指す専門学校。1年制、2年制の学科に加え、2016年からはより学びを深める3年制学科がスタート。世界各国の料理にふれ、味わいながら、自分の可能と目指す方向を見極める。
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